6 対面式(9)
難波が生徒会室の鍵をしっかりかけた。
「話が終わるまでは外に出るなよ」
「どうせ誰も来ないって」
更科が相槌を打つが、難波はきっぱり首を振った。
「これから話す内容は、絶対に生徒会役員以外誰にも知られてはならないことだ。念には念を入れねばならない」
ご苦労なことだが、否定もできないので黙って聞いている。難波は立ったまま部屋の中全員を見渡した。とりあえず乙彦も名倉と一緒に腰を下ろした。
「まず、今日の焦点一点目だが」
両腕を組み、指を立てて話し始めた。
「対面式前から、一部の不穏分子が動き出しているという噂が流れていたのは共通認識と考えてよいな」
「みんなに話してるよ、大丈夫」
清坂が答える。頷く難波。
「詳しくはあとで説明するが、その不穏な動きを止めるために清坂と羽飛の提案で、対面式前の持ち物チェックを行った。そして、結果はオーライ、無事に完了したように見えた」
「ように、見えた、とはなんじゃそりゃ」
羽飛が立ち上がり難波に尋ねる。顔を見合わせる格好になる。
「お前らふたりが心配していたのは、誰かが生卵や銀玉鉄砲、ビニール製の蛇あたりを用意して投げつけるんでないかというとこだったようだが、それは回避できた。そういう意味においては、事なきを得たと考えてよい。だがご存知の通り、新入生代表の対面挨拶の際に、三年女子が突然現れて、飴を投げ始めた。念のため聞くが、誰かが手回ししたとか、そういうことはないか?」
あるわけない。誰も返事をしない。
「そうすると、あの飴を投げる三人の女子は、突然自主的に壇上近くへ現れたというわけだ。しかもあの三名は俺の知る限り、生徒会や委員会関係で見かけたことがない。つまり、生徒会や委員会がらみの関係者ではない、ということだ」
「でも、同じ学校だし先輩たちに聞けば一発で素性は洗い出せるよ」
更科が口を出すも、
「俺が調べなかったとでも思ったか。なめるなよ。あの三人が自分らのクラスに戻ったところで組だけは確認してある。それぞれ別々のクラスだった。名前までは手を回し切れていないが時間の問題だ。すぐわかる。だが、残念なことにあの三人がしたことは、黒い包み紙の飴を佐賀に投げつけただけであって、それ以上の問題行動は起こしていない。当然のことながら、対面式に限り飴投げは無礼講だからとりたててとやかく言う権利もこちらにはない」
もっともだ。筋が通っている。
「だが、もうひとつ。英語科二年A組においていきなり規律委員が、ビニール袋に分けて飴を持ち運びしようと言い出した。各自でそれぞれ持ち込むのではなく、どさっと詰め込んでだ。正直効率悪いと思わないか」
「もっとも」
後ろで頷いたのは名倉だ。ちらと難波は名倉に目線を向け、すぐに自分の世界へ没入し始めた。
「それぞれが勝手に飴を握りしめて投げてそれで終わりにすればいいのになぜ、立村はそんなことを考えたのか。他の奴なら、気まぐれだろうと割り切れるのだが、なにせ前科がてんこ盛りの立村だ。念のためチェックはしたくなるというわけだ。で、つい先ほどまで任意の事情聴取を行った」
「立村くん、しゃべった?」
心配そうに清坂が問う。鼻で笑う難波。
「いたって無難な説明だけだったがな。まず、清坂から持ち物検査の提案があった段階で、後片付けを楽にしたいのが理由かと勝手に解釈したらしい。手間を減らすための方法として提案しただけと話してはいた。だがな、俺が詳しく説明する前に立村から即尋ねられた。あの、佐賀に飴を節分の豆のごとく鬼は外とばかりにぶつけていた三人は、生徒会側で手回しした奴なのか?とな」
ふふ、と受ける声。女子ふたり。
清坂は笑っていなかった。
「節分の豆、って言ったのね。鬼は外、福は内って」
「どうやらそう見えたようだ。血相変えて投げているように見えた、らしい。立村の解釈ではだ。俺も黒い飴の話はあえてその場でしなかったが、あの三人の様子だけは清坂と羽飛に伝えておいたほうがいいと助言まで食らったぜ」
「そっか。立村くん、やっぱりなんか感づいてるね」
羽飛を見上げて清坂がつぶやいた。
「理由は言わないけど、難波くんと同じような予感は感じているみたい。あの人中学の時からそうだけど、とにかく細かいことに気づきやすいのよ。たいしたことないことを大げさに受け取って大騒ぎするってパターンなんだけど。でも、難波くんのおかげでなんとか無事食い止められそうね」
最近の清坂は、難波を上手に持ち上げて機嫌を取っているところが見受けられる。何か理由でもあるのだろうか。褒められて鼻高々といかないのが、残念ながら難波の性格でもある。
「清坂、調子に乗るな。今だけは、無事、何事もなく収まった。だがな、俺の言いたいのはここから先だ。ここにいる奴全員よくよく心しとけよ」
「はいはい」
やさしく、無理な笑顔で清坂は促した。
「あの三名が不穏分子かどうかは現段階で特定できない。たまたま面白がって飴を投げに来た物好きである可能性も大だからだ。だが一方で選りすぐった黒い飴を投げつけていたこと、また立村の視点からしても、楽し気に投げている様子ではなかったことは確認が取れた。何か意味があると考えてもいいだろう」
「いやそれも決めつけるのは危険じゃあねえの」
羽飛が難波をなだめようとしているのが窺える。
「対面式だけであればたまたまの話として片が付く。だが、お前らも知ってる通り、去年から今年にかけて中学と高校をはさんでいろいろ面倒なことが起きている。はっきり言ってしまうと、中学生徒会の恋愛騒ぎだ。それもへたしたら退学の恐れありときた。春休みによりによって俺たちが介入するはめになり、清坂、お前はあの淫乱元生徒会長を」
「難波くん、それ言い過ぎだよ。憶測やめなよ」
それまで口を閉ざしていた泉州がぴしりと制した。むっとする様子も、難波はすぐに訂正した。
「訂正する。あの元生徒会長でさっき俺たちにあいさつしてきたあの女子を、清坂、お前さんはどんなことがあっても守ると言い切った。それは覚えているな」
清坂は頷いた。はさまれる格好でおろおろしているのが羽飛だった。難波はそのまま勝手な推理を語り続ける。
「霧島キリオと本当にそういう関係があったのか、それとも関崎の親友と色恋沙汰をやらかしているのか、新井林をたぶらかしているのか、そんなのはどうでもいい。ただそういう三角か四角ある男関係を平気で楽しんでいる女子に、お前らいい感情持つこと可能か?」
──持てないな。
密かにつぶやく。同時に、名倉の言葉が耳に蘇る。
──「叩きたいから、叩くんだ。事実はどうでもいい」ということか? 名倉、お前それを言いたかったのか?
なんてことだ。思わず頭をこぶしで殴りたくなる。自分の耳たぶを引っ張って我慢する。こんなことになぜ自分は気づかなかったのか。
──真実はばれていない。だが、噂だけは走っている。それを聞いてむかついた相手を叩いた場合、真実なんてどうだっていい。ただその相手が嫌いなだけなのだから。そうだ、やったかやらないかなんてどうだっていい。むかついた奴を殴るだけなんだ。そうか、そういうことか。
難波は朗々と自らの推理を語る。
「すでに二月あたりから、佐賀とキリオとの噂が流れてきている。ついでに立村がらみの例の女子の転校問題もいろいろある。どちらにしても本来なら俺たちには関係ない内容だが、足を突っ込んでしまった以上しょうがない。この本来なら、というのは、仮に佐賀がこれから在校生の女子たちにいじめられるようなことがあったとしても、直接介入する義務はなかったということだ。それを、清坂、お前さんはその悪意から佐賀を守る、だから安心してほしいと言い切ってしまった。生徒会長の言葉だ、それは清坂個人の言葉だという見方もあるが、それこそ真実なんてどうでもいい。多くの連中は都合よく、生徒会共通見解として受け取るはずだ。さあどうする」
清坂の顔色は真っ白だった。それでもこっくり頷きながら、
「そうね、難波くんの言う通りだね。私が先走りしすぎたのは承知してるよ。ごめんね」
かすれた声で答えた。難波の攻めはまだ続く。
「俺が一番恐れていたのは、今日のように黒い飴を降らせるような奴がひょこひょこ飛び出てきた時に、生徒会側で一方的に佐賀をかばわなくてはならない立場となることだ。もちろんいじめはよくない。反対する立場であることには変わりない。それこそ生徒会の共通認識だ。だが、佐賀が男たらしであるという噂が流れていてそれを信じ込んでいる連中に、本来なら何もしなくてもいいはずなのに、俺たちは清坂の発言でどうしても動かなくてはならなくなる。それだけじゃない」
声がでかくなる。
「今の話は佐賀ひとりの問題だが、それ以外にも今まで隠されてきた出来事がひとつひとつあらわにされつつある。あえてここでは言わないが、少なくとも俺の知る限り三件ほど機密情報が漏れだしている」
「それ、俺の事言ってくれてる?」
またあどけなく尋ねるのは更科だ。みな息を呑む。それは触れちゃいけないお約束じゃなかったのか。難波も気まずそうに一瞬俯くも言葉を止めなかった。
「更科、悪い。そうだお前と都築先生のことだ。あれは今までであれば誰もが知ってて不思議ではない、学校でも了承済みだったはずだ。それがなぜ今更のようにいちゃもんつけられたのか」
「いいよホームズ、もう終わったこと気にするなよ」
また笑顔で止めようとする更科。無視されている。
「さらにあと二件、古川の問題だ。だいたい情報は把握してるが、そろそろ ばれるだろうしここでは言わないことにする」
「古川さん? A組の評議やってた古川さんのことだよね」
「そうよ、こずえのこと。難波くんの話を最後まで聞こうよ」
清坂が泉州を黙らせた。
「清坂もわかっていると思うが、古川の件もおおよそ噂で耳にしている内容はみな中学上がりの連中なら知っているはずだ。驚くことでもない。なのに今になってなぜ、夜逃げなんぞしなければならないのか」
思わず息を止めすぎて、しゃっくりがひくりと出る。みなが乙彦に向かい視線を投げる。受け止めたくてもひっくひっくが止まらない。
「わ、悪い。続けてくれ」
「ああ続けよう。それでだ」
いきなり名倉が全力で乙彦の背中をぶったたいた。てきめんに効果あり。しつこいしゃっくりが止まった。
「なぜ最近になってこんなに隠されてきたことがわらわらと明るみに出てきたのか、俺はどうしても腑に落ちなかった。さまざまな情報を集めて考察しているが、残念ながら今の段階では憶測に過ぎない。俺なりの解釈はあるが、今ここで話すべき内容ではない。話した段階でここにいる何名かを傷つけるのは確実だ」
「いいよ、話してくれたって。どうせ鍵をかけてるんだし」
阿木が口を出すがこちらは無視された。
「俺の知り合いだけであと二件ほど噂があるが、どちらにせよ本来であれば青大附属の中できっちりと管理されうやむやにされているはずだった。それが、ここ一か月ほどの間にどんどんばれていってるのは、やはりおかしいと思うだろう?」
「難波くん」
清坂が呼びかけた。もう立ち上がることも難しそうな状態であることは乙彦の目にもよくわかる。羽飛が近づこうとして、はっと立ち止まる。
「ひとつ、聞いていい?」
「話せることなら話そう」
「難波くんが把握している、その、本来ばれちゃいけない案件の中に、立村くんの話はいくつ混じってる?」
難波は俯いた。唇を噛んでいるのが見え見えだ。こいつはふんぞり返ってむかつく野郎だが、隠し事はできない性格らしい。
黙る難波に、清坂は畳みかけた。
「もしかしてここに来るのが遅かったのって、立村くんにその裏事情を聞き出そうとしてたからじゃないかなって、思ったの。確かにいろいろあの人噂あるから、ばれちゃまずいよねって。貴史、あんたならわかるでしょ」
「清坂、俺はあの」
いきなりどもりだす難波を清坂は制した。テーブルに片手をついてふらつきながら立ち上がった。
「難波くんありがと。私がずっと疑問に思ってきたことがカーテン開けたみたいにすっきり見えてきたよ。もちろん今はまだ推理の段階だけど、もう少し掘り下げる必要はあると思う。いろんなことをばらしてくてならない人たちのことを、もしかしたら私たちは不穏分子と呼んでるのかもね」
みな誰も言い返さなかった。
「佐賀さんを嫌ってる人がたくさんいるらしいってこと、あと今まで隠してこれたことをあえてばらそうとしている人が学校内外にいるってこと、それは確かだと思う。対面式では嫌がらせをかろうじて抑えることができたけど、これから先、同じようなことが佐賀さんやそれ以外の人たちにも回ってきたら、生徒会として私たちはどうすればいいかってことを、考えなくちゃいけないね。佐賀さんのことについては、少しどういう動きが起きるかを様子見したいの。それからでも遅くない。けど、それ以外の噂話については、正直私もどうしていいかわからないんだ。どこまで本当か、本当に見当つかないもん。そして、難波くんの言ったことで一番真をついているって思ったのは」
鞄を持ち、清坂は鍵を開けた。
「何股もかけて付き合ってる女子に、いい感情なんて持てないよね、普通。真実か嘘かなんて、もうどうだっていいんだよね。要は嫌い、これ以上の感情には、誰も勝てないよ。そう思う。でも、生徒会としては、いじめたり無視したりということは絶対に避けなくちゃなんない。これからどうしていけばいいのかな。ごめん、これ以上何も考えられないんだ。少し寝てから、ちゃんと言うね。ありがとう難波くん」
繰り返し難波に礼を言ったのち、清坂はつまづきそうになりながら生徒会室を出て行った。慌てて羽飛も荷物を抱え、
「悪い、あのままだと車に轢かれる可能性大だぞ。先におさらば!」
慌てて清坂を追いかけていった。なんとも手筈のよい二人である。
「俺の言いたいことは以上だ。とりあえず清坂が復活してからこれからの話をしよう。状況も変わってくるかもしれないしな。あとこの話は一切外部に持ち出し厳禁だ。いいな」
難波が口留めしたのを、乙彦はひそかに無駄なことと感じつつ、大きく頷いた。結局乙彦は、しゃっくり以外に難波と話すことはできなかった。




