6 対面式(6)
部活動新歓のアピールや、応援団、バトントワラー部の演技などもあり、それなりに盛り上がって対面式は幕を閉じた。
「では、在校生のみなさん、ここからはお掃除です。みんなで思う存分飴を拾ってください。もちろん持ち帰りOKですよ!」
泉州と阿木がほがらかに在校生たちへ呼びかける。実はこの二人も、地道な仕事は結構こなしているのだ。清坂の手が回らないこと、たとえば掃除の段取りや部活動の顧問たちにはちゃんと話を通してくれていたりする。男子が怒鳴ると角が立つことでも、あのふたりであれば意外と頷いてくれることもあるらしい。
「さてとだ」
難波が、壇下の踏み台を片づけようと手を伸ばし、ふと飴を拾った。
「やはり俺の見た通りだ」
「黒糖の飴?」
更科が大きな声で問う。さほど乙彦たちとは離れた場所ではないのでちゃんと会話が聞こえるわけだ。
「いや、それだけじゃないが、よくもここまで集められたな」
「何がだよホームズ、もっとわかりやすく説明してくれよ。俺、ワトスンくんにはなれないよ」
「更科、よっく見ろ」
難波は、手のひらに何粒か飴を乗せた。乙彦をちらと見る。ついでに名倉にも視線を向ける。いかにも誘っているその態度にむっと来るが、
「関崎、とりあえず説明聞こう」
名倉の言葉に仕方なく向き直る。ふっと笑う仕草を見せる難波。困った顔の更科に挟まれ、説明を聞く羽目となる。
「さっき、新入生挨拶の時に佐賀が昇ったのがこの壇だ」
指さす。
「その時に歓迎する在校生、主に三年の先輩女子が三名追いかけてきてご丁寧に飴を投げつけた。まあ、歓迎の意味でセッティングしたのならまだわかるが、なぜ、よりによって、全部飴が黒いんだ?」
「飴が、黒い?」
乙彦も再度問う。なぜ難波がそこまで「黒い飴」にこだわるのかが解せない。
「黒糖飴が好きだからじゃないのか」
「いや、俺の推理が正しければ」
難波はさらに、ポケットから別の飴を取り出した。見た目濃いめの紫、ぶどう味の飴だった。
「このあたり周辺に落ちている飴は黒糖以外にも遠目には黒にしか見えないタイプのものばかりだ。更科、気づかなかったか」
「わからないなあ」
あきれたように難波は笑う。
「お前らどこに目がついてるんだと言いたいが、遠目で確認するのは難しいのもさもありなん。だが、黒、とはどういう意味か、おおよそ見当はつくだろう」
ぱらりと飴をお手玉する難波。
「縁起はよくない」
乙彦の後ろでぽつりとつぶやくのは名倉。思わず乙彦も振り返る。反応があったことに満足そうなのは難波だ。
「そうだ。黒は喪を表す」
「も?」
またきょとんと更科が合いの手を入れる。
「そうだ、今日は対面式、本来は祝いの日だ。赤か白、少なくとも明るい色が似あうもんだろう」
「いや難波、たかが飴の包み紙くらいでとやかく言うのはどうかと思うが」
あまりにも重箱の隅をつつくようなこだわりに聞こえる。クラスの連中を見ている限り、飴の包み紙の色ごときにこだわるような面倒な奴はいなかった。
「たまたまスーパーに並んでいたのが黒糖飴なりぶどう飴だっただけじゃないのか。めでたく盛り上げるために投げた飴がたまたま黒っぽいものだっただけで、いきなり縁起悪いとかこじつけるのは、何か違うだろう」
「こじつけるだと?」
気色ばんだ難波が、乙彦に一歩詰め寄る。
「関崎、俺は過去の出来事も踏まえて今のような推理を導き出したんだが、それのどこがこじつけなのか説明してみろ」
「過去の出来事とは」
改めて問い返す。確かに黒糖飴が多いことは認めざるを得ないが、それが何かのいわゆる「不穏分子」のたくらみとして勘繰るのは早計だと、乙彦は思う。今後黒飴好きの生徒が、たまたま手に持っていただけで、「お前は不穏分子だ」とレッテル張られる可能性もある。
難波が口を開こうとしたタイミングで、阿木が戻ってきた。名倉を見てにっこり笑顔を見せ、その流れで難波に問う。
「難波くん、いい加減片づけて各教室に戻ろうよ。もうだいぶきれいになったよ。生徒会役員がこんなところで油打ってたらかえってまずいと思うんだけど」
「阿木、清坂に伝えておいてくれ」
荒々しく難波は背を向け、阿木にのみ依頼した。
「緊急会議を願いたいとな。一般生徒はシャットアウトして、役員だけで集まりたい」
「ええ? 私たちも?」
「当然だろう」
一発怒鳴る。
「それと、関崎」
目を血走らせて難波は乙彦をにらみつけた。受けて立つ覚悟はある。
「その時に改めて説明するが、前もって立村と話をしたい。立村に伝言してくれ。放課後時間よこせとな」
有無を言わさぬ迫力だった。
難波がひとりで走り去ったのち、更科と阿木が顔を見合わせた。
「会長と同じクラスなのに、なんで私に伝言するわけ?」
「そうだよなあ。ホームズはD組なんだから、直接清坂に話せばことたりるのに。もうあいつ、頭かっか来ちゃってるんだよ。察してやってよ」
「ゆいちゃんのことね」
ふたり相通じるキーワードをかわしつつ、飴を一個口に投げ込んだ。
「関崎、今はあいつに花を持たせてやれ」
名倉も小声でささやいた。
「なんだと」
「俺にも、黒い飴の雨は見えた」
それだけ言い残した。
──俺には何も見えなかったと言いたいのか?
屈辱もいいところだが、取り急ぎ乙彦もA組に戻らねばならなかった。ついでに立村へ、難波の伝言を持っていかねばならなかった。




