6 対面式(7)
A組に戻った。別に何事もないふつうの教室内だ。ひとりの席が空いているのを除いては、特に目立つこともなかった。
「立村、ちょっといいか」
難波の頼み事を伝言する。
「さっき難波から、放課後用事があるから付き合えと言ってきた」
「ありがとう、わかったよ」
こちらも別に何もなく自然に受け答えする。
「飴の件だと思うが」
「ああ、大体見当はついてる」
動揺する気配もない。まったく見当ついていないのか、本当に乙彦の想像を超える状況なのか。わからない。しかたないので自分の席に戻るしかない。
──黒い飴の雨? 難波はともかく、なぜ名倉まで。
乙彦に見えないものがこの学校には存在する。それが何なのか、判明するのに恐ろしいほど時間がかかる。ヒントもなにもない。
「片岡、今の対面式で気になることあったか?」
「ないよ。どうしたの」
乙彦だけではない。目の前できょとんとした顔をして見上げる片岡も同様だった。見えないものはない、それでいい。
委員会が発足するのは、新入生の各クラスで委員が決まってからになる。すでに在校生側では委員長を決めておいて体制を整えておくのが常だった。年功序列で三年生が委員長というのが普通なので、今のところ乙彦が口出しできるところはひとつもない。
「名倉、少し聞きたいんだがいいか」
早めに生徒会室へと向かう。果たして難波の緊急生徒会役員会議が清坂に了承されたのか定かではないが、早めに来るに越したことはない。
「さっきのことか」
「察しがいいな」
幸い生徒会室には誰もいなかった。
「対面式の飴玉のことだが、難波があんなにつばを飛ばしてわめきまくるほどのことなのか、俺には理解できない」
坊ちゃん刈りの名倉には本音が伝えられる。
「理解できないならこれから説明があるだろうしそれを聞けばいいだろう」
「お前はわかっているようなことを話していたが」
名倉は首を振った。
「俺の予想が当たっている保証もない」
「憶測で十分だ。話してくれ」
戸口を振り返る名倉だが、改めて首を振り直した。
「いや、誤解を膨らませてもしょうがない。まずは難波の話をしっかり聞いてから今後のことを考えたほうがいいと思う」
「お前、あいつのこと気に入らなかったんじゃないのか」
「関崎が思っているほどではない」
意外なことを名倉は口にした。
「春休み以降の出来事を鑑みて思ったことだが、難波の観察力はホームズの名に勝るとも劣らないと実感している。餅は餅屋として、使えるところは使わせてもらうのが一番いい」
──ホームズか。
どこが、と言いたくなるのをあえて押さえた。清坂と羽飛がふらふら現れたからだった。やはり顔色がよろしくない清坂を、羽飛が無理やり腕をひっぱり、パイプ椅子に座らせている。
「美里、まじでお前病院行けよ。うちの母ちゃんも心配してるぞ。ほら、これ飲め」
「あんがと」
対面式ではつらつと挨拶した生徒会長とは思えない疲れっぷりだった。遠目で見ている乙彦にもそれはよくわかる。羽飛が水筒で怪しい色の飲み物をマグカップに注ぎ込む。例の野菜ジュースに相違ない。
「ああ、生き返ったって感じする! おばさんによろしくね」
「人間の飲むもんじゃねえよなあ」
自分でも少しだけ口にしてみて顔をしかめる羽飛。
「けどなんとか無事に終わったよね。ひやひやしたよほんっとに」
乙彦たちをちらと見て、清坂は微笑んだ。
「さっき難波くんがいろいろ話してたでしょ。これから詳しいこと説明してくれるって話してたから、それを待っててほしいんだよね。私も、もしかしたらってところあったの」
思わず名倉と顔を見合わせた。戸惑っているのに気づかれたか、羽飛が口を出す。
「まああれだ。ホームズの先読みしすぎって節もあるんだが、俺も何となくやべえなあというのはあったぞ」
「羽飛、本当に何があった」
改めて問う。やはり理解できていないのは乙彦ひとりだけらしい。
「少なくともうちのクラスでは平穏だった」
「俺んとこも見た感じはそうだった。だろ、美里」
「まあね。今は、ね」
含みを持たせて清坂がつぶやく。
「詳しいことは三年の先輩たちに確認取らないといけないと思うけど、とりあえず難波くんの解釈は聞く必要あると思うの」
「同じクラスだろう。確認しなかったのか」
名倉が問い詰める。もっともな疑問である。
「クラスの中でそんなこと話せないってば。それに、さっきの立村くんのこともあったでしょ」
「それこそ直接確認すればいいんじゃないのか?」
乙彦も思わず問いかける。それができる関係だろうと思う。羽飛も「いいや」と口にする。
「立村は直感でまずいと思ったからそうしただけじゃねえのかなあ。あいつは本能でこれはと感じたらすぐに動くから、具体的になんでというのは説明できねえかもしれねえなあ。そういうのことやっぱ、難波の出番じゃねえのか。我らが青大附属のシャーロック・ホームズってことで」
とにかく難波に何かしゃべらせたいらしいということだけは窺えた。
ついでに、わかっていないのが乙彦だけというのも、いやというほど理解した。
「わかった。難波の話を聞いてそれからだろう。いったん立村と話をしてから来るとか言ってたが、それでいいのか」
清坂と羽飛は顔を見合わせて頷いた。




