6 対面式(5)
講堂に入場するのは在校生が先だった。三年、次に二年の順でみなわやわやがさがさと、肩から力が抜けた格好で指示されたエリアに座る。式典ではないので、椅子もない。気楽なものだ。
走り回っているのは放送局のメンバーだ。委員ではなく局なので、クラス替えに影響されないのがありがたい。乙彦たち生徒会の待機している袖と反対側には吹奏楽部および応援団が合図を待っている。在校生が全員入場後、生徒会長の指示を待ったうえで新入生を迎え入れる。
「そろそろ、いいかな」
清坂が羽飛に話しかけているのが聞こえる。
「いいんじゃねえの」
「じゃあ放送局さんそろそろお願い!」
待ってましたとばかりに放送局アナウンサーが、トランシーバーとマイクを交互に持ち替え、一年生側にて待機している他の局員に連絡する。
「了解、吹奏楽の演奏が始まったら同時に扉を開けて待機願います」
かすかに「ラジャー」と返事が響いたような気がする。
──うちに帰ったらラジオいじってみるか。この前はベリカードも新しいのが届いたしな。
いろいろあって趣味のBCLからご無沙汰の日々。久しぶりにラジオのチューナーを調節して全世界から響く声を耳にしたくなった。
「それでは、在校生のみなさん、ご準備はよろしいですか? お手元確認をお願いします!」
清坂が壇上に駆け上がり、一礼して呼びかける。三年生男子にはもともと人気の高い清坂のこと、拍手喝さいが一部の方面から鳴り響く。「きよさかちゃーん」「みさっちゃーん」とか図太い声が飛び交う。すっかり慣れっこの清坂は笑顔で、待機している吹奏楽部の指揮者に頷いて見せた。
「では、新入生入場です! 在校生のみなさん、拍手と、例のあれで、思いっきり歓迎お願いします!」
演奏と同時に扉が開き、一年生が男女各一列で入場し始めた。
同時に在校生たちが立ち上がり、それぞれの歓迎道具……いわゆる飴玉……を手に、勢いよく投げつけ始めた。華やかな飴が、新入生たちに降り注ぐ。
先頭は英語科一年A組、次にB、C、Dと続く。
──今年は英語科に進む奴がいないのか。
乙彦の知る後輩では一人もいなかった。意外だが新井林も普通科を選んだと聞く。なぜかは聞いていない。
「英語科は今年外部生が半分以上を占めているらしいぞ」
生徒会執行部は飴を投げられない。ただ壇上に並ぶのみ。見守るのみ。ぶつけるほうもぶつけられるほうも、ただ笑顔が溢れている。赤、白、黄色、さまざまな色が飛び交っているのは、壇上から見下ろすと壮観だ。
「なぜだ?」
「お前の活躍だろう」
にこりともせずに答える名倉。
新井林の姿を探すとD組男子列に交じっている。さらに知り合いがいるかどうか目を凝らすと、藤沖の彼女というヘアバンドが目印の女子がちらと見えた。
──応援団姿の藤沖を彼女はどう見るんだろうか。
あえて尋ねないのが礼儀だと、乙彦は考えている。
一年生の座るエリアは壇上からほど近い場所。みな固まって安座する。そこにたどり着くまでに飴の雨が降り注ぐ。散らばっている飴をみな、拾い集める一年生の兵もいる。
「あとで掃除大変だな」
「もちろん全員に拾わせるよ」
いつのまにかそばにいるのは更科だった。難波を近づけないように気を遣っているのか、乙彦との間にサンドイッチの具のごとく収まっている。
「ああ、あの元生徒会長はB組なんだね」
「新井林とは離されたということか」
佐賀はるみが何組所属かは正直どうでもいいことだが、覚えておく必要はある。ようやく飴がやんだ。
「それでは、新入生のみなさん、改めて、入学おめでとうございます!」
清坂が再度マイクの前で呼びかけ、笑顔を振りまいた。
「いきなりの歓迎にみなびっくりされたんじゃないでしょうか。今突然降り注いだシャワーというか、飴の雨なんですけど、普段は校則で持ち込み禁止なのを今日特別に許可していただいて、こんな感じになりました」
みな面白くなさそうな顔をして聞いている。清坂もありきたりな歓迎の言葉を、めいっぱい生徒会長の義務として楽しそうに語り続けている。悪いが三年生の熱狂的清坂ファン以外は右から左へとすり抜けていく内容だと思う。
「では、次に、新入生代表の佐賀はるみさんから、お礼の言葉をお願いします」
放送局司会担当が、佐賀はるみの名前を呼んだ。
B組の集団に飲み込まれていた佐賀はるみが、ちょこんと立ち上がった。
髪を二つ、お団子にして耳元に結い上げているおなじみのスタイルだ。
青大附中生徒会長として、いじめにもめげず、女子ひとりで頑張ってきた素晴らしい経歴の持ち主。それは高校でも知らぬものはないはずだ。少なくとも、一部の生徒たちにしか佐賀はるみの醜聞は届いていないはずだ。まかりまちがっても、附属中学で現在生徒会長を張っている、とんでもない男子に追いかけられて泣きじゃくっている女子とは気づかれていないはずだ。いや、もっというなら、
──新井林と別れたことも。
気づかれていないはずだ。おそらく、たぶん。
普通に歓迎の拍手が鳴り響く。
佐賀はるみがそそと、真ん中の道を歩いていこうと足を踏み出したその時だった。
──なんだ?
二年生、および三年生の方面から誰かが飴を投げつけているのが見えた。
ひとりだけではない。二人、いや三人か。
背中に向けて、ひょいと投げつける様子が壇上から見下せる。
「どうしたんだ」
「いいよ、飴だけなんだから。止めなくてもいいよ。佐賀さんを歓迎したいだけでしょ。ファン多いし。ちょっとマイク貸して」
清坂と羽飛がやり取りしているのが聞こえる。乙彦も見守るのみ。
「新入生を歓迎したりないみなさん、前のほうに集まってください。そこで思いっきりシャワーをどうぞ!」
盛り立てるためだと解釈したらしい。すぐに数名がぞろぞろ佐賀の昇る予定の踏み台近くに集まってきた。女子ばかりだ。乙彦の知らない三年ばかりだ。片手にビニール袋をぶら下げている。飴がかなり入っている。
佐賀はるみは素知らぬ顔で楚々と踏み台に上がり、マイクを放送局員から受け取り、壇上の生徒会メンバーに向かい顔を挙げた。
飴の雨がふたたび、佐賀はるみめがけて降り注ぐ準備をしている。数名の三年生女子は顔を見合わせて何やら頷きあっている。
「おい、まずいぞ」
乙彦より早く名倉がささやいた。
「何がだ」
「黙って見てろ」
その言葉よりも早く、佐賀はるみの真後ろに向けて、三年生女子有志が投げつけだしたのは、ただの雨だった。乙彦にはそう見えた。はしゃいでいるだけのように見えた。
「関崎、飴は黒いぞ、飴の雨が黒い」
名倉の言葉も今一つ聞き取れない。乙彦にはただ、佐賀はるみが飴のシャワーを背中から浴びているのを無視して、正面にいる清坂と向き合っている姿だけだった。
──飴の、雨が、黒い? 名倉、いったい何言ってるんだ?
三年生が投げつけるのをやめた。
「本日は、私たち新入生を歓迎していただき、ありがとうございます。在校生のみなさん、初めまして」
佐賀はるみがまず一言清坂に向かって述べたのち、ゆっくり方向を在校生のほうに向けた。ふと足元に目をやる仕草をし、言葉が途切れた。
「あの、私」
片手を口にやっているようだった。会場が少しだけ揺らいでいる空気のもと、佐賀はるみは凛とした声で周囲を見渡し、一礼をした。
「歓迎していただけて光栄です」
佐賀はるみの立つ壇の下には、さっき三年女子有志が投げつけた黒っぽいものが落ちている。
「黒糖の飴らしいな」
わざとらしく難波がつぶやいた。
「佐賀の足元に散らばっているのは、黒い包み紙の飴だけだ」




