3 思い当たるふし(3)
菱本先生の指示に従い車のトランクを開けた。平屋建ての真四角な家の前で、まずしたのは中に詰め込まれた箱型の機械類の数々だった。
「先生、これは」
「ああ、これな。とある場所から借りてきたんだ」
「とある場所?」
「秘密の物置とも言う。野暮はなしだぞ。とにかく運び込んで、その辺にあるコンセントにつないでくれ。この家はちびっこいが腐っても戸建て持ち家だ。思い切り歌ったって文句でねえぞ」
見るまでもなく、カラオケ用器具だった。ということは、もともと菱本先生の持ち物ではないということだろうか。それとも日ごろから喉を鍛えるために車のトランクへ常備しているなんてことが……常識で考えればあるわけない。
「ほら、慣れてるだろ、ちゃんとテープもある」
「テープ?」
別口の荷物には、カセットテープ一式も用意されている。曲名はわからないが、かなり年期が入っているようにも見うけられる。あまり使われているようでもない。
力仕事には慣れている。言われた通りに運び込んだ。部屋の中は片付いているが、ベビーベットや子供の肌着類、ブロックや人形、ゴムボールなどが散乱していた。子どものいる家庭と一目でわかる。
「置く場所はどうしますか」
「その辺でいい。ほら、コンセントつなげるだろ」
「でも、邪魔では」
どう考えても邪魔だ。今はよくても奥さんと子どもが帰ってきたらどうするつもりなのか乙彦には理解できない。菱本先生……いまだ名乗りなし……はあっさりと、
「大丈夫大丈夫、寝場所はその辺どこにでもあるしな、今日は古川と一緒に泊まてくれる予定だ。今夜は俺も関崎とじっくり男同士の語り合いをしたいんでな」
「あの、でもうちに電話しとかないとまずいかと」
のんびりした関崎家の両親も、さすがに夜遅すぎると怒る。
「大丈夫だ、今から電話かけとくよ。葵の御紋、教師ってのは強いぞ」
何か間違ってるような気もするが否定はできない。
「ではよろしくお願いします」
すでに夕方六時過ぎ、そろそろ夕食の時間だ。見たところテーブルやちゃぶ台らしきものもなく、よって食べ物も見当たらない。
「あ、恐れ入ります。私、青潟大学附属中学にて教師をしております、菱本守と申します。あ、いえいえこちらこそ。実は、今日、お宅のご子息でらっしゃる乙彦くんと学校内で顔を合わせまして、ぜひこの機会にじっくりお話をさせていただきたいと思いまして」
──学校内ではないんだがいいのか、教師なのに嘘ついて。
母が電話口でびっくりしているのかもしれない。丁寧に、それこそ穏やかに。少なくとも乙彦が問題おこして補導されてどうのという勘違いをされないように説明しているのが聞こえた。別に本当のことを伝えても問題なさそうに見えるのだが、あまり深いことは考えない。青大附属の風土で学んだことは、
──訳の分からないことが起きた時は、とりあえず流れに身を任せて様子見する。
これに尽きる。特にやたらと大人が親切な時は、逆らわないに限る。
「お前の母さん、いやああったかそうな人だなあ」
無事受話器を置いたのち、菱本先生は冷凍庫から丸いものを取り出した。かなり大きな円盤で、見た感じ冷凍ピザではないかと思う。
「腹すいただろ。今からレンジでチンするからな。まあ食え」
「あの、うちの親は何と言ってましたか」
「送り届けるから安心してくださいと伝えたらほっとしてたぞ。かなり遅くなるかもしれないが日が変わるまでには必ず送るからと言っといた。念のためお前に代わったほうがいいかと思ったんだが、必要なかったみたいだな。信頼度満点だ、ほんとに」
──うちの親は、青大附属の教師が言うことなら絶対だと思ってる。
どちらにしてもありがたい。そんなに遅く居座る気もない。今一番ありがたいのは、レンジでくるくるチンしているピザが出来上がりそうだということだ。
「まあ、一曲どうだ」
テープの入ったひとかかえの箱を受け取ったが、すべて演歌。残念ながら乙彦の歌えそうなものは見当たらない。
「うちの父か母ならよろこびそうですが、僕は」
さすがに一人称「俺」を使うのは気が引ける。
「そうかあ、ま、一曲ぐらいは歌えよ」
「菱本先生は、演歌がお好きなんですか」
「いや、まあ、あの」
言葉をとぎらせる。しばらくもごもご言っていたが、タイミングよくレンジがチンと鳴り響く。すぐに取り出し今度は魚焼き用の機器に乗せた。
「やはり、ピザは焼かないとな。いったん溶かしてそのあとが大事なんだ」
腹の虫、まだ鳴りやまず。乙彦はテーブルに乗っているオレンジジュースの瓶を眺めた。半分しかない。飲んでもいいのか。
「これについで飲めよ。ぬるいかもなあ。ああ冷蔵庫に缶コーヒーがあるや、それも後で飲めよ」
まずは焼けるまで待とう。カラオケについふらついた我が身を呪いたくなるが、この菱本先生の態度はなかなか面白い。
「先生、ひとつ聞いていいですか」
まだピザが焼けるのに時間がかかりそうなので、乙彦なりにひとつ質問を投げかけることにする。
「今日、僕に確認したいこととは、古川のことですか。それとも」
「古川はまあ大丈夫。ほっといてもなんとかなる」
「では、なんで今日」
なんとなく理由はわかっていなくもないのだが、きっちり確認しておいたほうがいい。菱本先生は何度も魚焼き機をのぞき込んではため息をついていたが、何度目かのち、乙彦の顔を見つめて、
「単刀直入に言うと、お前のクラスメートの立村についてちょっと、相談したいことがあってなあ。チャンスがあればなと思ってたんだが、古川が耳打ちしてくれたおかげで助かったよ」
「古川のことは?」
ずいぶんのんきな人ではある。念のため、もう一度確認する。喫緊の問題はどう考えても古川こずえの緊急移転問題ではないかと思うのだが。
「子どもが悩んでもしゃあねえことだよ、古川のことはな。それよりも優先順位というのがあるんだよなあ。ま、清坂やそれこそ古川、羽飛あたりから聞かされているだろうが、今、俺たち元三年D組にかかわってきたメンツにとっては、最後の希望が関崎、君ってことでなあ」
ひとりで受けて笑っている。まったく訳が分からないが、とりあえず立村の問題であれば付き合ってもいいような気はする。ただし、と心に留める。
──うっかり本音しゃべってあとで立村に恨まれないようにしないとならない。これは気を付けよう。
菱本先生には好感もてそうだが、あとで立村が祟るのだけはごめんだ。




