2 明け渡しカウントダウン(6)
乙彦が実際思った通りのことを話したに過ぎないのだが、古川はかなり頭を抱えている。予想外の反応だった。
「俺からすると非常に望ましい反応なんだがな」
「まあね、確かにね」
古川もその辺りは素直に頷く。
「立村がこの三年間どれだけ杉本さんのこと想い続けてきたか、あいつの知り合いで知らないやついないもん。それが、当のご本人いなくなったとたんもう解放されたのように学園生活エンジョイしているなんて、すぐ信じられる?」
「清坂からは聞いてないのか?」
問い返してしまった。少し疑問が残る。古川と清坂は親しい友人のはずだし、それなりに事情も確認しているのではないだろうか。
古川は首を振った。
「あの日から美里には会ってないよ」
「あの日、とは」
「決まってるじゃん。この前の霧島キリオ迎え撃ちのお茶会よ」
とすると、一週間近くか。
「あのあと本当は、立村から私らが事情聴取されるはずだったんだよ。けど、私のほうがこうなっちゃったじゃん? 場所提供するつもりだったんだけどさ、突然のお引っ越し決定なもんで、まず私がてんやわんや。そのことだけ軽く羽飛に伝えておいて、とりあえずはまたにしてって伝えたんだ。美里にはね、ちょっと伝えづらい内容立ったし立村にはあの日のあとだからいきなりってのもね」
「引っ越しのことは羽飛も知っているということか」
「ううん、知らないよ。都合悪くなっただけで留めてる。たぶん羽飛に言ったら美里にそうばれるからね。今の段階ではまだ時期早々かなって」
意外ではある。女子の場合親友には本当のことを打ち明けるものではないだろうか。尋ねると古川は、欧米人のような方をすくめるゼスチャーをした。
「あんたも美里のこと、生徒会役員として見てて思わない? あの子、ものすごく潔癖だって!」
「潔癖なのか?」
「一時期美里に、男ったらしとかいろんな噂流れてたから誤解されることもあるんだけど、ノーノー、全然そんなことないって。確かにね、あの子男友達は多いよ。いや、多いように見える、かな? 親しくなった奴には何もかもさらけ出すからね。けど、よーく数えてみたらわかるけど、羽飛と立村だけじゃん。今後の展開で新井林が加わるかどうかだけど、私はまずないと思ってる」
言われてみると納得する。羽飛とは幼馴染の関係のまま生徒会に乗り込んできているし、立村に至っては「別れた彼氏」であるにも関わらず「親友」扱いしている。乙彦に対しては最初ずいぶんと馴れ馴れしく接してきたが、こちらで距離をおいたらそれなりに対応してくれている。生徒会長と副会長の矩は超えない
「前も言ったと思うけど美里はね、気のない奴には冷たいの。秒速で振るよ。男子たちもあの二人以外とはそうそうべったりしないしさ。だからねえ、この前はびっくりしちゃった。美里、よくがんばってあの男たらしな佐賀さんを守るって言えたなって。あれ、清坂生徒会長だからできたことなんだよ。肩書取っ払った清坂美里なら絶対にできない」
「羽飛も似たようなこと言ってたな。いろいろあって体調崩しているようだが」
「そんなこと言ってた? 美里が?」
本当に会っていないらしい。とりあえず生徒会室で感じたことをかんたんに伝えた。
「俺が講習のあとで見たときは顔色がまさにコピー用紙だった。羽飛が持ってきた特製野菜ジュースをがぶ飲みしていたが、腹を壊したらしくてすぐ外に出ていった。羽飛がいうには精神的に参ってしまっているらしい」
「なるほどね、そういうことかあ。あれだけいろんなことあれば、普通はめげるよね」
古川の方がはるかにめげてもいい要素てんこ盛りに見えるが、あえて飲み込んだ。缶コーヒーを握りしめ古川は大きなため息をついた。
「それに今度は私のなんやかんやが知れ渡るわけかあ。美里の身体持たないよ。自分の主義主張とは違うことしなくちゃいけなくて、ついでに私の親がいわゆるど顰蹙なことして他所様の家庭崩壊してるってこと伝わってご覧なさいよ。間違いなく美里ぐれるよ」
「ぐれる、のか?」
「だから今私が美里に何も言わないで、あんたと藤沖にだけ打ち明けてるのはその辺りの対応も相談したかったの! ほんと私、落ち込む間もないくらい学校問題てんこ盛りじゃん! あ、そうそうついでに言うと、もう一人問題児がいてさ、そこんとこも相談しないとまずいのよねえ。あ、なんか飲む? 追加で飲み物持ってくるよ」
──しかし、すごい精神力だ。
自分の問題だけでも押しつぶされて不思議はないのに、なぜにこんな人のことを構えるのか? 改めて乙彦は古川こずえを英語科A組から失うことの大きさを噛み締めた。藤沖も同様の理由で、古川を引き止めたいに違いない。




