第8話 王子は今日も大人気?
昨日の図書室で、カサンドラは改めて思い知った。
ゲームで知っている人物像と、現実に生きている本人は同じではない。
リゼも、リタも、リナも、ゲームでは同じ一人の『主人公』だったはずなのに、実際に会ってみれば性格も考え方もまるで違った。
シリウスだって、冷静で知的な人物という認識こそ間違ってはいなかったものの、実際に間近で接すると、想像していた以上にはっきりと物を言う人物だった。
画面越しに抱いていた印象と、実際に目の前で接する本人との違い。
その隔たりは、思っていた以上に大きい。
ならば、ゲーム中でもほとんど情報のなかった王子など、なおさらだ。
今日こそ、もっと王子のことを知りたい!
そんな決意を胸に迎えた午前の授業だったが、一つ目の共通授業を終える頃には、カサンドラの意識はすっかり次の休憩時間へ向いていた。
今日からは昼食も学園で取ることになっている。
午前中には共通授業が二つあり、その間には一時間もの長い休憩が設けられていた。
前世(?)の感覚でいえば、休憩というより空き時間に近い。
そして今、その待ち望んでいた一時間が始まろうとしている。
教師が教室を出ていくのを見届け、カサンドラは教本を閉じながら、さりげなく前方へ視線を向けた。
次の授業までは一時間もある。
カサンドラは教本を閉じながら、さりげなく前方へ視線を向けた。
王子はすぐに見つかった。
大勢の生徒が席を立ち始めた教室の中でも、明るい金髪はよく目立つ。
今なら声を掛けられるかもしれない。
そう思って腰を浮かせかけたところで、王子の傍へシリウスが歩み寄ってきた。
二人とも何やら真面目な顔で話し始める。
カサンドラは中途半端に浮かせた腰を、そっと椅子へ戻した。
……出鼻を挫かれた気持ちだ。
とはいえ、用件があるなら仕方がない。
次の授業まではまだ時間もたっぷりあるのだから、少し待てばいいだろう。
ところが、しばらくしてシリウスが離れたと思えば、今度はラルフが王子のもとへやって来るのが視界に入る。
さっきの授業内容の確認なのか、教本の箇所を指さしながら不思議そうな顔――
まるで実務と講釈が噛み合ってないとでも言いたげな様子で王子も真剣に答えているようだ。
カサンドラは教本を開き、今日の授業で習った箇所へ目を落とした。
しかし、頭にはちっとも入ってこない。
数行読むたびに王子の方へ目が向いてしまうのだから、復習になどなるはずもなかった。
ようやくラルフが席を離れたことを視界の端で確認。
今度こそ!
カサンドラは意を決して立ち上がった。
王子のいる方へ一歩踏み出そうとした、その時。
「アーサー!」
三回目。
聞き覚えのある声が響いた。
振り返った先には、赤毛の長身の少年。
ジェイクが王子へ向かって歩いてきている。
「やっぱお前、剣術は危険だから出るの禁止だって」
「何度か粘り強くお願いはしたのだけど…
どうにかならないかな?」
「ダメダメ、ライナスが鬼の形相でストップかけてきた」
「そうか…彼に迷惑をかけるのも心苦しいし、諦めよう」
カサンドラは立ち上がったまま、しばし固まった。
…………。ストン。
何事もなかったかのように机の上の教本を取り、頁を捲る。
立ち上がったのは、そう。
ちょっと教本を確認したかっただけ。
誰も気にしていないだろうけれど、自分自身への言い訳が必要だった。
カサンドラは首を傾げながら、先ほどの会話を頭の中で反芻する。
剣…?
王子って剣術も得意なの…かな?
分からない。
いや、それ以前の問題だ。
三人とも、王子のこと好きすぎるのではないだろうか。
もちろん、彼らは王子の友人。
カサンドラよりずっと昔から付き合いがあるのだから、休憩時間を一緒に過ごしていても何ら不自然ではない。
そもそも、カサンドラが王子と話したがっていることなど、彼らは知る由もないわけだし。
それでも、一時間も休憩があるというのに惨憺たる結果に終わったことについて、彼らに責任転嫁してしまいたい。
シリウスがいなくなればラルフ、ラルフがいなくなればジェイク。
まるで交代でもしているようではないか。
その後も王子の周囲には他の生徒が訪れ、なかなか話しかける機会が巡ってこなかった。
少しくらい王子を貸してくれても良いのでは?
そんな理不尽なことを考えているうちに、二つ目の共通授業を告げる鐘が鳴ってしまったのだ。
――王子が……王子が遠い……。
※
午前の授業が終わり、カサンドラは他の生徒達とともに食堂へ向かった。
王立学園の食堂へ足を踏み入れたところで、思わず歩調が緩む。
食堂と呼ばれてはいるものの、前世の自分が知る『学校の食堂』とは随分と様子が違って面食らった。
二階まで吹き抜けになった天井は高く、白を基調とした壁には淡い金色の装飾が施されている。
南側には縦長の大きな窓が並び、明るい昼の光が磨き上げられた床へ差し込んでいた。
壁際には王家や有力諸侯の紋章旗が飾られ、広い室内には学年ごとの長卓が規則正しく並んでいる。
卓上には真っ白な布が掛けられ、磨かれた銀器とグラス、小さな花まで用意されていた。
生徒が料理を受け取りに行く必要もない。
食堂に雇われた給仕達が席まで料理を運び、飲み物を注ぎ、空いた皿を下げていく。
これを学食と呼んでいいのかと唖然とする。
毎日が晩餐会状態ではないか。
前世の庶民的感覚が顔を覗かせ、ついそんな感想が浮かぶ。
もっとも、十五年間貴族令嬢として生きてきたカサンドラには馴染みのある形式でもあり、その二つの感覚が同居していることの方がよほど妙だったのだが。
食堂の席は自由ではなく、学園側によってあらかじめ指定されている。
カサンドラが一年生の長卓で自分の席を探すと、それは上座に近い場所にあった。
長卓の端に王子が座り、その右手側にシリウスとジェイク。
反対側にはラルフ、その隣がカサンドラの席になっている。
つまりカサンドラの正面にはジェイク、隣にはラルフ、そして一席挟んだ斜め前に王子という席次だ。
王子の隣ではないものの、教室で遠巻きに眺めていた時に比べれば十分過ぎるほど近い。
しかも指定席なら、誰かに先を越されることもない。
カサンドラは密かに期待を膨らませながら席へ着いた。
斜め前にいる王子へ、そっと目を向ける。
明るい金髪に、澄んだ青い瞳。
こうして近くにいるだけで、どうにも胸が落ち着かない。
前世の記憶がこの身体に馴染んでいるのか、それとも前世の自分の精神年齢がよほど幼かったのか。
十五歳の王子を見て、ときめきが止まらない。
もう自分でもどうしようもないのだ。
やがて全員が揃い、食前の祈りが捧げられる。
『天より我らを見守りし、女神ヴァーディアに感謝と祈りを』
祈りが終わると、給仕達が静かに動き始めた。
最初に運ばれてきたのは、鶏肉と根菜を煮込んだ淡い色のスープ。
続いて温かなパンが置かれ、主菜には香草を使って焼いた白身魚と、豆や青菜の付け合わせが添えられている。
華美ではないが、日々の昼食としては十分過ぎるほど丁寧な料理だった。
五人はそれぞれ銀器を取り、静かに食事を始める。
……休み時間の賑わいとは正反対に、静寂に包まれる。
時折、短い言葉が交わされることはあるけれど、すぐにまた沈黙が戻ってくるのだ。
――もしかして、私がいるから……?
そんな不安が胸中をよぎる。
誰も喋らないまま、淡々と食事は進んでいった。
銀器が皿に触れる微かな音と、給仕達の足音だけが耳に入る。
妙に居心地が悪い。
もちろん、このメンバーで和気あいあいと話をされたとしたら、カサンドラは疎外感を覚えるだけなのでまだマシな状態とも言える…のだろうか?
学生の食堂って、もっと雑然としていて笑い声が絶えないものなのに、違和感が体を駆け巡る。
誰かに睨まれているわけではない。
意地悪を言われたわけでも、露骨に無視されているわけでもない。
四人ともただ普通に昼食を取っているだけなのに、どうにも肩へ力が入ってしまう。
それも当然なのだろう。
彼らは以前のカサンドラを知っているし、自分自身にも今までの悪評には心当たりがあり過ぎる。
侯爵令嬢という立場を鼻に掛け、気に入らない相手には刺々しい態度を取る。
自分の失敗には甘いくせに、他人には厳しい。
何か特別に優れているわけでもないのに、身分だけを理由に偉そうに振る舞っていた。
我ながら、好かれる要素が皆無だと納得せざるを得ないのが悲しい。
数日前から急に態度が変わったところで、彼らには理由も分からない。
簡単に警戒を解けという方が無理な話だ。
カサンドラは余計なことを言わないよう静かに食事を進めながら、そっと正面へ目を向けた。
真正面にいるジェイクは、こうして近くで見ると改めて大きかった。
燃えるような赤髪に、鮮やかな橙色の瞳。
肩幅も広く、制服越しにも鍛えられた身体つきがよく分かる。
精悍な顔立ちは整っているものの、王子やラルフのような優美さとは無縁だ。
食卓を挟んで向かい合っているだけなのに、妙な迫力がある。
ゲームでは何度も見た顔のはずなのに、こうして実物を前にすると、なかなか落ち着かない。
――いや、別に睨まれているわけではないのだけど。
カサンドラは何となく居心地が悪くなり、そっと視線を横へ逃がす。
視線をずらした先にはシリウスがいた。
黒髪に黒い瞳、細い縁の眼鏡。
背筋を伸ばし、ほとんど無駄な動きをせず食事を進める姿は、まさに理知的という言葉が似合う。
皿へ銀器を置く動作まで几帳面で、まるで決められた手順を寸分違わず守っているようだった。
昨日の図書室でリタへ延々と説教をしていた人物とは思えないほど、黙っている時の佇まいは端正そのもの。
――眼鏡を外したら、本気で一番格好いいと思う。
乙女ゲームにはつきものの、眼鏡キャラの眼鏡オフイベント。
もともと眼鏡属性のなかった自分は、あまり乗り気になれず、シリウスを最後まで残していた。
ところが実際に攻略し、眼鏡を外した一枚絵が表示された時には度肝を抜かれた。
あの顔が今、眼鏡一枚を挟んだ向こうに実在している。
つい余計な想像をしそうになり、カサンドラは慌てて視線を逸らした。
そんなことを本人に知られた日には、昨日のリタとは別の意味で長い説教を受けそうである。
自分の隣に座っているラルフは、二人とはまた違った雰囲気を持っている。
蜜色に近い長い金髪を首の後ろで低く一つに束ね、深い赤の瞳を伏せながら静かに料理を口へ運んでいた。
長い指が銀器を扱う動きまで優雅で、何気ない所作にも育ちの良さが滲んでいる。
横顔の線まで綺麗で、髪を解いて黙って立っていれば一枚の絵になりそうだった。
王子とは遠い血縁にあたると聞いているせいか、よく見れば整った顔立ちにはどこか通じるものがある。
けれど印象はまるで違う。
王子が柔らかな正統派の美形なら、ラルフはもっと繊細で優雅だった。
そしてラルフの向こうには、王子がいる。
整った顔立ちは正統派の王子様そのものでありながら、表情が柔らかいせいか不思議と威圧感はない。
時折給仕が皿を置くたび、王子は小さく会釈を返していた。
それもごく自然な仕草で、相手の仕事を邪魔するような大袈裟なものではない。
四人とも違う種類の美形だが、その中でも王子はやはり目を引く。
オーラが違うとしか言いようがない。
ゲームでは何度も見た顔のはずなのに、制服を着て静かに昼食を取っている姿をこうして間近で眺めていると、画面の向こうにいた人物とはまるで違って見える。
三年後には、この人があの黒い影に包まれる。
その未来がどうしても目の前の王子と結びつかず、カサンドラは無意識のうちに王子の顔を見つめ続けていたらしい。
「カサンドラ嬢?」
突然名前を呼ばれ、カサンドラの肩が小さく跳ねた。
王子が少しだけ首を傾げ、こちらを見ている。
「私に、何か?」
「い、いえ! なんでもございません」
思った以上に大きな声が出てしまい、カサンドラは慌てて声量を落とした。
「失礼いたしました」
「そう。何もないなら良かった」
王子は僅かに不思議そうな顔をしたものの、特に気を悪くした様子もなく、再び食事へ視線を戻す。
彼を見過ぎてしまったようだ。
恥ずかしさを誤魔化すように自分の皿へ視線を戻したところで、今度は真正面のジェイクと目が合ってしまう。
「……」
ジェイクは何も言わない。
ただ僅かに眉を寄せ、何だこいつ、とでも言いたげな呆れた表情を浮かべていた。
そんな顔まで妙に様になるのだから、美形というものは得である。
カサンドラは少しだけ悔しくなりながらも、何も見なかったことにしてそっとスープへ視線を落とした。
なおもジェイクの視線がこちらへ向けられているような気がして、大変居心地がよろしくない。
できるだけ彼を視界に入れないように努力する。
食卓には再び静けさが戻った。
だが、四人を間近で眺めてみた感想は――
本当によくもまあ違う種類の美形を揃えたものだと感心してしまう。
彼らと同じテーブルと言うのは、確かに誰しもがうらやむ状況ではあるが……
三人が以前の自分に良い印象を持っていないだろうと思うせいもあり、とにかく緊張する。
何でもないような顔で銀器を動かしているものの、自分だけ妙に背筋へ力が入っている気がした。
ふと、ゲームの中のカサンドラを思い出す。
彼女はこの三人から好かれていないことなど気にも留めず、何度も王子の傍へ現れていた。
それだけじゃない。
主人公が攻略対象へ近づけば「この方たちに相応しくありません、身の程を知りなさい」と牽制し、プレイヤーをいらつかせていた。
――自分は王子と婚約してるくせに、三人にまで手を出す気か!
当時の自分が画面の向こうへ何度突っ込んだことか。
今ここに流れている空気を考えると、別の意味で感心してしまう。
よく平気で付きまとえたな、ゲームのカサンドラ……。
こんな空気の中へ、何度でも自分から入っていったのだ。
並の精神力ではない。
昨日、御三家のシリウスへ真っ向から言い返したリゼを鋼の精神だと思ったけれど、ゲーム内のカサンドラはそれ以上の合金素材で出来ていたのではなかろうか。
今の自分こそがカサンドラだというのに、つい他人事のように驚嘆してしまう。
そうしているうちに主菜の皿が下げられ、食後の果物が運ばれてきた。
最後の一切れを食べ終えた頃、給仕達が飲み物を尋ねに回ってくる。
「王子、お飲み物はいかがなさいますか」
「コーヒーをお願いできるかな」
「かしこまりました」
王子の返答を聞いて、カサンドラは少し意外に思った。
何となく、王子には紅茶の方が似合うと思っていたのだ。
隣のラルフは紅茶を頼み、カサンドラも同じものをお願いする。
ジェイクとシリウスは、迷う様子もなくコーヒーを選んでいた。
やがて白磁のカップがそれぞれの前に置かれ、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。
王子がカップを手に取るのを見て、カサンドラはふと思った。
――そういえば。
今朝、もっと王子のことを知りたいと思ったばかりではないか。
せっかく目の前にいるのだ。
これくらいなら、聞いてもおかしくないはず!
カサンドラはピンと背筋を伸ばし、勇気をひねり出す。
「王子は、コーヒーがお好きなのですか?」
思い切って声を掛けると、王子はカップを持ち上げかけた手を止め、こちらへ顔を向けた。
「紅茶も好きだけど、そうだね……食後はコーヒーかな」
「そうなのですね」
カサンドラは小さく頷いた。
王子は食後にコーヒーが好きらしい。
この情報は心のメモ帳にしかと刻み込み、覚えておこう。
「まあ、ジェイクやシリウスほどのコーヒー好きではないけどね」
王子が少し可笑しそうに笑った。
その微笑みは今まで見たことがないもので、思わずティーカップを落としてしまいそうになるくらい動揺する。
不意打ちは卑怯だ。
王子から話を振られ、ジェイクが顔を上げる。
「この世からコーヒーが消えたら死ぬ」
あまりにも真顔で言い切ったので、カサンドラは思わずジェイクを見た。
……死ぬの!?
そりゃゲーム中の情報でコーヒーが好きなのは知ってるけど、そこまで!?
「大袈裟だね、ジェイク」
王子が苦笑する。
「大袈裟じゃないだろ。
なかったら休憩した気にならねーよ」
「……そうだな。朝が今以上に……」
シリウスが同意しかけ、不意に口を閉ざした。
「いや、何でもない」
眼鏡の位置を指で直し、何事もなかったようにカップへ手を伸ばす。
……朝が今以上に、何?
そこまで言われると気になるのだが。
王子は何か心当たりがあるのか、シリウスの方を見て小さく笑っている。
なんだろう、空気が一瞬だけ和んだ気がした。
カサンドラは思わず表情が緩みそうになり、意識的に表情筋を引き締める。
「皆さま、コーヒーがお好きなのですね」
「そうだね。ラルフは紅茶を良く飲んでいるけど」
王子が隣へ視線を向けると、ラルフは静かに頷いた。
「この時期はラズエナの良い葉が手に入るからね」
カサンドラは思わず自分の紅茶を眺める。
普通の紅茶よりも色が淡く、若葉のような爽やかさと、花にも似た香りがある。
前世ではあまり紅茶には詳しくなかったが、ダージリンに似ているような気がする。
この世界ではラズエナという名前?
ちょっと面白い。
ラルフは優雅な仕草でティーカップを手にとる。
…非の打ちどころのない貴公子だ…
会話はそこで途切れる。
ほんの僅かな時間だったけれど、カサンドラは妙に嬉しくなってしまった。
王子はコーヒーが好きという情報を知れたのはラッキーだ。
ゲームの攻略情報には載っていなかった、何でもない日常の話。
それを、初めて彼ら自身の口から聞くことができたのだ。
こういうことが、知りたかったのだと半ば感動中。
カサンドラは温かな紅茶を一口飲み、そっとカップを戻す。
つい先ほどまで、王子の周囲にいる三人の友人が少しばかり恨めしかった。
けれど、彼らが会話に加わってくれたおかげで、思いがけず話が広がったのも事実である。
それに、王子が友人達と話している時の表情は、先ほどまでより少しだけくだけて見えた。
穏やかなのはいつものことだが、ジェイクの大袈裟な物言いに苦笑したり、シリウスの歯切れの悪い返答を面白がったり。
そんな何気ない姿は、ゲームの中では見たことがなかった。
――なるほど。
さっきは友人達が邪魔だなんて思ってしまったけれど、こうして一緒にいるからこそ分かることもあるのかもしれない。
王子もカップを口へ運び、食堂には再び穏やかな静けさが戻った。
やがて食後の飲み物も終わり、王子が席を立った。
シリウスとラルフ、ジェイクもそれに続く。
特に誰かが声を掛けたわけでもないのに、三人はごく自然に王子の近くへ集まり、そのまま食堂を出ていった。
カサンドラは少し遅れて席を立つ。
今朝はあれほど王子に話しかける機会を窺っていたというのに、いざ話してみれば何でもない飲み物の話だった。
それでも、今日という日は決して無駄ではなかったと思う。
画面の中の攻略対象としてではなく、実際にこの世界で暮らしている一人の人間として、王子のことをほんの少し知ることができたのだから。
――王子は、コーヒーが好き。
忘れないように、もう一度心の中で繰り返す。
カサンドラは弾む気持ちを隠しきれないまま、食堂を後にした。




