第26話 月曜日の放課後
土曜日にデイジーたちと一緒にお茶をしたカフェのケーキは、本当に美味しかった。
レンドールにも当然お抱えのパティシエがいるが、カフェという雰囲気のおかげなのかいつものケーキと違って感じられたのだ。
素材もよいものを使っていたのが分かるし、是非ともまた訪れたいカフェである。
それにしても、あの令嬢たちに寮のことで少し食いついてしまったのは良くなかったのだろうか…
後で思い出して、ちょっとモヤモヤした。
でも、羨ましく思ってしまったのだからしょうがない。
カサンドラは別邸から通っているが、昨日も一週間の出来事を報告書にまとめるため、アレクから聞き取りをされたし。
使用人が常に自分を見張っているようで、気が抜けないことも本当の話だ。
スウェットとズボンに着替えてベッドにダイブしてゴロゴロ雑誌を読むなんて、カサンドラには許されない…!
でも、デイジーとも少し仲良くなれたようで有意義な一日だった。
そんなことを想いつつ、月曜日の朝早い時間。カサンドラは一人で西棟へ向かっていた。
今日もまた、王子に宛てた手紙を書いてきたのである。
朝の生徒会室は、普段とはまるで違う静けさに包まれていた。
「失礼いたします」
扉を開けて声を掛けてみたものの、やはり返事はない。
窓から差し込む朝の光が長机の上まで伸びており、室内にはまだ誰も来ていないようだった。
カサンドラはそのまま中へ入り、手にしていた書類をシリウスの机へ置く。
先週の会議で記録した議事録だ。
内容を確認してもらうため、金曜日のうちに清書を済ませておいた。
これで書記としての用事は終わりである。
けれど今日、わざわざ早い時間に生徒会室へ立ち寄った目的は、もう一つあった。
カサンドラは鞄を開き、中から一通の白い封筒を取り出す。
宛名には、王子の名が記されていた。
自分で「アーサー王子」と書きつつも、その名前の響きに勝手にドキドキしてしまう。
先週、初めて彼へ手紙を書いたことを思い出す。
あの時は二人で話す時間が欲しいと伝えるための手紙だったけれど、今回は少し違う内容だ。
週末にあったことや、学園で過ごす中で感じたこと。
そんな何でもない日常を、思いつくままに綴っただけだ。
王子へ知らせなければならないような大切な用件など、何一つ書いてはいない。
だから最後には、返事は必要ありません、と一言添えておいた。
たったこれだけの近況をしたためるのに、何時間もかけた自分に呆れてしまう。
毎週こちらが手紙を送るたびに、返事を書かなければならないと思わせるのは本意ではない。
それでも、直接会えない時間にも自分がどのように過ごしているのかを、少しずつ知ってもらうことなら出来る。
たった一通の手紙でも、今までほとんどなかった二人の時間を埋めてくれるかもしれないという期待と希望を込めて…
カサンドラは、これから毎週手紙を書こうと決めた。
シリウスの机の上と同じくらい整然とした王子の机にそろそろと向かう。
「……これでよし」
王子の机の上へ、そっと封筒を置いた。
先週と同じことをしているはずなのに、自分の手から離れた封筒を見ると、途端に落ち着かない気持ちになる。
何を書いたのかは覚えているし、おかしなことも書いていない…はず。
何度も見直したのだから失敗はない!
それなのに今から取り戻して、もう一度中身を確認したくなるのだから困ったものだ。
カサンドラは机の上の封筒をしばらく見つめた後、未練を断ち切るように踵を返した。
――もう置いたのだから仕方がない。
そのまま一度だけ振り返り、静かな生徒会室を後にした。
少しでも王子の心に留まりますように。
※
午前中の授業を終え、昼食の時間も終わりに近づいていた。
午後にはそれぞれが選択講義へ向かうことになっている。
自分の選んだ選択講義を忘れないように覚えておくのも大変だ、ということに気づいてしまう。
その場の思い付きで選んだ講義のことを忘れて、間違って講義を受けるケースも多いが…これはしょうがない。
実践式の講義でない限り、聴講できないというわけではないのが救いだろうか。
ゲームの方式を現実に当てはめることの大変さを知った。
教室では生徒達が必要な教本を鞄へ詰めたり、友人同士で行き先を確認したりしながら、少しずつ席を立ち始めていた。
カサンドラも次の講義へ向かおうとしたところで、教室の隅に集まっている三人の姿が目に飛び込んできたのだ。
リゼとリタとリナだった。
三人とも既に鞄を持っているというのに、何故かまだ教室を出る様子がない。
「いよいよだね」
リタが神妙な顔で呟いた。
「何が、いよいよなのよ」
対するリゼは、いかにも嫌そうに眉を寄せる。
「今からでしょ。三人とも」
「そうだけど……」
リナも手元の履修表へ視線を落とし、不安そうに小さく息を吐いた。
今日から三人は、それぞれ苦手な分野を補うための講義を増やしている。
先週、カサンドラも交えて履修内容を考え直した結果だった。
ただ好きな講義だけ適当に受けていたのでは、恋が叶うことはない。
――だからこその、アドバイスだ。
三人とも、好きな相手のためなら頑張るのだと決めたはずである。
「よし」
突然、リタが右手を高く上げた。
隣にいたリゼが、露骨に顔を顰める。
「何してるの?」
「みんなで気合入れようよ!」
リタは緊張をぬぐい切れず、やや引き攣った表情で――それでも笑おうと口角を上げている。
何と言っても、これから気品作法講座に特攻予定。
リゼは剣術、リナは本人が大の苦手とする算術講座。
うん、憂鬱になる気持ちは痛いほど分かる。
「嫌よ」
「まだ何も言ってないし!」
「大体分かるわ」
姉の拒絶など気にも留めず、リタはリゼとは反対側に立つリナへ顔を向ける。
「ほら、リナも!」
「…はーい」
クスクスと微笑んで、リナも右手を控えめに掲げた。
「リナ偉い! 三人で頑張るんだから、三人でやらないと!
ねー、リゼ?」
残された一人へ、二人の視線が集中する。
「リゼも、ね?」
リタに言われても揺るぎはしないリゼだが、穏やかな性格のリナには弱いのだろう。
はっきりと拒絶できず、戸惑いの表情で立ち尽くす。
「嫌だって言ってるのに…
――うわっ!?」
だが煮え切らないリゼの手首をリタが素早く掴み、そのまま強引に持ち上げる。
「やめなさいってば!」
「みんな、頑張ろうっ!」
抗議の声など聞こえていないのか、リタは満面の笑みを浮かべた。
「えいえいおー!」
「おー」
リナも控えめな声で続く。
腕を掴まれたままのリゼは、誰かに見られていないかと慌てて周囲を見回した。
かなりの狼狽えようである。
その時カサンドラとバッチリ目が合ってしまい、リゼはこの世の終わりのような絶望の顔を浮かべていたが…
観念したように項垂れ、「……おー」と小さく呟いた。
「もうー、ノリが悪いなぁ、リゼは」
頬を膨らませるリタからようやく解放されたリゼは、真っ赤になった顔を隠すように俯き、鞄を抱え直した。
「私、先に行くから」
「あっ、待って!」
早足で教室を出ていくリゼを、リタが慌てて追いかける。
「リゼ―、リタ―!
廊下は走っちゃダメよー。
あ! カサンドラ様、お騒がせして申し訳ありません」
二人を追って教室を出ようとしたリナは、途中でカサンドラに気づくとぺこりと一礼した。
それから慌てて二人の後を追い、三つ子の姿は扉の向こうへ去って行ってしまう。
少し前まで騒がしかった場所が急に静かになる。
カサンドラはその様子を見送り、さっきの可愛い三つ子のやりとりに心の中で悶絶していた。
何、あれ可愛い…!
もう一回見たい!
ああやって気合を入れて、選択講義を乗り越えようと言うのか。
三つ子パワーって凄いと改めて思う。
苦手なことであっても、好きな人のためなら頑張れるらしい――恋する女の子とは強いものだ。
客観的に見たら、カサンドラも同じなのが面映ゆい。
朝からずっと、放課後になるのを楽しみにしていたのだから。
先週の約束が確かなら、今日は王子と放課後会えるはず!
選択講義の時間中、そわそわして何も身につかないのは明白だ。
もしも自分がゲームの主人公なら、今日のスケジュールは「失敗」、きっとパラメータの伸びは最悪だったことだろう。
※
長い長い午後の講義を終えたカサンドラは、西棟にある中庭へ向かった。
楽しみで心が弾み、自然と早歩きになってしまう。
春の空はまだ十分に明るく、柔らかな風が木々の間を通り抜けている。
植え込みに咲く小さな花が風に揺れ、時折どこからか鳥の鳴き声も聞こえてきた。
講義を終えたばかりの校舎からは生徒達の声が遠く微かに聞こえてくるものの、この中庭まで足を延ばす者は多くない。
はやる心を抑え、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら歩みを進める。
カサンドラはベンチの近くまで歩き――そこで足を止めた。
先週も同じ場所で王子を待ったことを思い出し、彼と話した記憶が蘇って恥ずかしくなる。
あの時は胸の鼓動が気になって仕方なかったけれど、今日は少しだけ落ち着いているかもしれない。
そわそわと落ち着かず、ベンチに座ろうかどうしようか悩んでいる時。
回廊から足音が聞こえた瞬間、自然と背筋が伸びた。
柱の向こうから、明るい金色の髪が現れたのである。
「カサンドラ嬢」
「王子!」
待ち人である王子が穏やかな足取りでこちらへ歩いてきた。
普段教室で彼の姿を視界に入れているのに、こうして一対一で向き合うとなると全く冷静でいられない。
「ごめん、待たせてしまったかな」
「いいえ。わたくしが少し早く来ただけです」
「それなら良かった」
カサンドラの前まで来ると、王子はほっとしたように微笑んだ。
「手紙もありがとう」
彼のさりげない一言に、恥ずかしさのあまり悲鳴が喉を劈きそうになった。
必死で堪え、微笑むカサンドラ。
「もう読んでくださったのですか?」
「うん。朝、生徒会室へ寄ったからね」
「大したことは書いておりませんでしたから、お恥ずかしいです」
「そんなことはないよ」
アーサーは少しだけ目を細めた。
「君が学園でどう過ごしているのか、私はほとんど知らないから。
とても興味深かったんだ」
何でもない日常を書いただけなのに、そう言ってもらえたことが素直に嬉しい。
「あの…また、書いてもよろしいでしょうか」
「もちろん嬉しいけれど、返事ができるかどうか分からない。
カサンドラ嬢に嫌な想いをさせるわけには…」
「いえ! もとより、読んでいただけるだけで嬉しいですから!」
大変失礼とは思いつつ、彼の配慮を全力で否定してしまった。
お世辞でも、嬉しいと言ってくれたことに縋りつきたい。
迷惑でないのなら――少しでも、彼と感情を共有できたらいいと思う。
相手のことを知りたいと望むだけでは、心を開いてはもらえない。
カサンドラは、彼の「生活」の中に僅かなスペースでも存在していたいのだ。
一瞬でも自分のことが彼の意識に浮かぶ瞬間があってほしい。
それだけのことなのに、想像したら胸の内がじんわりと温かくなる。
二人は並び、中庭をゆっくり一周するように歩き始めた。
まだ春になったばかりで、枝先に茂る葉も柔らかな色をしている。
何を話そうか、ここにきて焦る。
せっかくの時間なのだから、何か楽しい話が出来ればいいのに…話題を思いつかないなんて!
そう考えていたカサンドラは、ふと朝の登校風景を思い出した。
「そういえば、王子」
「何かな」と王子の静かな声が聞こえる。
たったそれだけなのに、緊張で声が張り詰めそうだ。
「毎朝、シリウス様達と一緒に登校なさっていますよね」
彼はすぐに頷いた。
さらさらの金の髪が、彼の動きに合わせて揺れて煌めく。
「同じ寮住まいだからね。
自然と四人揃ってから出発するようになったかな」
「皆様、同じ寮なのですね」
女子生徒とは違い、王子やシリウスたちは寮生活を送る。
よほどの事情がない限り、男子生徒は寮生活で揉まれつつ交流を行い、親睦を深める…というのが慣例なのだ。
女性と違い、自立が望まれる立場だからだろう。
「男子寮の奥にある別棟に割り当てられていてね。
ずっと王宮の私室で過ごしていたから、毎日新鮮で楽しいよ」
二人の少し先を、風に煽られた花びらが一枚だけ横切っていった。
それを目で追ってから、王子は微かに笑う。
「ずっとこうして皆と過ごしたいと思うくらいには、ね」
シリウス達と過ごす今の生活が、本当に楽しいのだろう。
普段より少し柔らかな表情を見ていると、それがカサンドラにも伝わってくる。
実際、普段の彼らの様子は長年かけて培われてきた関係性を思わせるものだ。
…今から二年後、心を許した友人たちを王子が裏切るなんてとても信じられないと思う。
やはり、何かの間違いなのでは。
「とても楽しそうですね」
「カサンドラ嬢は、レンドール家の別邸から?」
「はい」
王子の話ぶりから、やはり気心の知れた友人と寮生活は楽しそうだなぁ、と。
羨ましさが加速する。
まぁ、カサンドラが寮に入りたいと言ったらアレクが秒で却下するに違いない。
女子の場合は――もしも変な噂の一つでも立ってしまったら、それが後の縁談を潰す致命傷になりかねない。
娘を自由にさせてしまえば、守れるものも守れないのである。
カサンドラの非常識すぎるお願いは、きっと父の耳に入ることもないであろう。
「王都での生活には慣れたかな?」
「はい、不自由はございません。
ただ…父は領地におりますので、家族全員で暮らしていた時とは少し違いますね」
「レンドール侯爵は、南部を長く離れるわけにはいかないよね。
とても実直で真面目な方だから、人任せにはできないだろうし」
あまりにも自然に返された言葉に、カサンドラは隣を歩く王子へ顔を向けた。
「王子は、父とお話をされたことが?」
「侯爵には何度か会ったことがあるよ。
年に一度は王都に来るよね?」
王子は少し考えるように視線を前へ戻す。
「それに――私は二年ほど前から、執政官のもとで政務を学ばせてもらっているんだ。
地方から届く報告に目を通すことも多いから、レンドール侯爵の名前はよく見るよ」
「そうなのですね」
既にしっかりと国政のために働いていると知って、カサンドラは驚いた。
金と権力にあかせて遊び惚ける放蕩王子というイメージとは真逆の、カサンドラの理想の王子様像…!
二人は中庭の中央にある噴水の横を通り過ぎる。
絶え間なく流れ落ちる水の音が、静かな中庭へ小さく響いていた。
「王都にいると、地方の貴族を軽んじるような発言が聞こえてくるかもしれない。
それに関しては申し訳なく、私も不甲斐なさを感じているよ。
彼らには彼らの矜持があって、簡単に意識を変えることができないんだ」
「……はい」
カサンドラにも心当たりはあった。
地方に領地を持っているというだけで、王都の華やかな社交界とは縁遠い田舎者だと決めつける者はいる。
自分も以前なら、そうした価値観を疑ったことさえなかったかもしれない。
「でも、国は王都だけで成り立っているわけじゃない」
彼は静かな声で続けた。
「王家だけで全ての土地を治めることも出来ない。
そしてもちろん、中央貴族だけでも、手に余る。
だから、それぞれの土地を預かり、そこで暮らす人達を守る者がいるんだ」
歩調を緩めたアーサーが、カサンドラへ視線を向ける。
「南部が安定しているから、王国はこんなにも栄えているのだと私は思うよ。
難しい土地を素晴らしい手腕で治めていると、宰相もよく口にしているくらいだ」
シリウスの父、宰相エリック。
名前くらいしか知らないが、そんな大物にも父が認知されているのかとちょっと嬉しくなった。
「……ありがとうございます。
王子にそう仰っていただけるなど、父も感無量でしょう」
「レンドール侯爵が長く南部を安定させてくれていることは、王家にとってもありがたいことだ」
その言葉が、思いのほか胸に響いた。
父が人に褒められるところなど、ほとんど見たことがない。
領主として仕事をすることは当然で、本人もそれを殊更誇るような人ではなかった。
だからこそ、王都にいる王子が父の働きを知っていることが嬉しかったのだ。
「王子は、随分と色々なことをご存じなのですね」
「知らなければいけない立場だからね」
彼はすぐに何かを考えるように視線を落とした。
「いや、少し違うかな」
カサンドラは黙って続きを待つ。
「――正確には、将来多くの人に支えてもらう立場だから、かな」
「支えて……?」
「王族だからといって、一人で出来ることには限りがある」
アーサーの声は変わらず穏やかだった。
「地方を治める領主がいて、その土地で働く人達がいる。
そうして国が成り立っているのだから、王家だけが偉いと思うのは違う。
私も、支えてもらうに足る人間でありたいだけだよ。
何も知らない、知ろうともしない王族を支えたいなんて思う人はいないからね」
あまりにも当然のことのように、彼は淡々と語る。
もしもこれを他の人が言っていたら、「口では何とでも言える」と話半分に聞いてしまうかもしれない。
だが彼の今までの姿を思い起こせば、シリウスたちに信頼されている光景が雄弁に彼の真実を語っている。
こんな清廉な人だから、周囲に人が絶えず。
そして親友たちも心を許しているのだ、と。
王位を継ぐことが決まっているから偉いのではなく、多くの人に支えられるのだから、それに相応しい人間でありたい。
「王子のような方を王に戴けるクローレスの民は、幸せです」
「それは……買い被り過ぎだと思うよ。
私はまだ、先達の足元にも及ばないのだから」
彼は困ったような表情で首を傾げる。
そんな仕草さえ、目を奪われてしまう。
話をすればするほど、憧憬の念が募っていって困る。
もっと知りたいと欲が顔を出す。
――この人を、絶対に悪魔になんかさせない!
カサンドラは隣を歩く横顔を見上げながら、胸の奥に浮かんだ気持ちを静かに噛み締めた。
すると、遠くから鐘の音が響いた。
静かな中庭を渡った音に、王子が校舎の方へ顔を向ける。
それで、もうこの夢のような時間が終わるのだと悟った。
カサンドラは少しだけ名残惜しく思ったものの、随分心が満たされたと感じる。
以前なら二人きりでこれほど長く話すことさえ難しかったのだから、欲張ってはいけない!
一足飛びに関係が前に進むことはないのだ。
「もうお帰りですか?」
王子は軽く首を横に振った。
「このあと学園長のところへ寄ってから帰るよ。
先日の件のことで、確認しておきたいことがあるんだ」
ああ、儀礼幕のことか。
学園の備品の行方が分からないのは確かに問題だろう。
「そうなのですね」
忙しい中で時間を作ってくれて有難いと思う反面、時間が短すぎて地団太を踏みたくなる。
彼の時間を邪魔したいわけではないのに。
ただでさえ少ない彼の自由時間を拘束しているのだという罪悪感と。
それでも会いに来てくれたという高揚感。
どんな感情を抱けばいいのか、カサンドラには分からない。
いつの間にか、中庭の出口まで戻っていた。
王子がそこで足を止め、カサンドラもつられて立ち止まる。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、お時間をいただき感謝の念に堪えません」
「手紙、楽しみにしているね」
その一言に、カサンドラの胸がまた少しだけ弾む。
僅かな時間が、何ものにも代えがたい宝物そのもの。




