第24話 借り一つ
保管室での確認を終え、生徒会室へ戻る頃には、窓から差し込む光も随分と傾いていた。
儀礼幕が見つからなかったことで予定より時間は掛かったが、今日の役員会はこれで終了だ。
来週までに各自が調べることを改めて確認し、皆それぞれ帰り支度を始める。
王子とキャロル、それにシリウスは、保管室の鍵を返すついでに職員へ確認したいことがあるらしく、先に部屋を出ていった。
明るい金髪の王子に続き、柔らかな髪を揺らしたキャロルと、眼鏡を掛けたシリウスの姿が廊下の向こうへ消えていく。
ラルフとジェイクの二人も鞄を手に取った。
長い蜜色の髪を首の後ろで束ねたラルフの隣に、ひと回り大きな体格のジェイクが並ぶと、同じ制服でも随分と印象が違って見える。
どうやら二人とも、この後も外せない用事があるようだ。
「じゃあ、また月曜な」
ジェイクが軽く片手を上げる。
赤い髪が動きに合わせて揺れ、ラルフもこちらへ軽く会釈してから、二人揃って生徒会室を出ていった。
ビクター達最上級生もほどなく帰り、部屋の中は急に静かになった。
ただの備品確認のはずだったのに、まさかこんなことになるとは……。
すぐに儀礼幕が見つかればいいのだが。
残ったカサンドラは給仕台の前へ向かう。
窓辺から伸びた夕方の光が、長い金色の髪を淡く照らしていた。
今日使ったカップをまとめ、残った湯を片づける。
コーヒーを淹れるために使った器具も、そのまま置いて帰るわけにはいかない。
自分で用意したものを自分で片付けるのは当たり前のことだ。
しかもキャロルの方が先輩である。
ここはちゃんと自分が役目をこなさなければ、とサイフォンの部品を布で拭き、棚へ戻そうとした時――
廊下の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。
誰だろう、とカサンドラは手を止め、翡翠色の瞳を扉へ向ける。
バターン!!
直後、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。
「やっべ、忘れてた!」
「……ジェイク様!?」
つい先ほど出ていったばかりのジェイクが、一人で部屋へ飛び込んできた。
大柄な身体で勢いよく入ってきたものだから、静かだった部屋の空気まで一気に変わったように感じる。
ジェイクはカサンドラを一瞥した後、そのまま自分専用の机へ一直線に向かう。
長い脚で床を踏む音はひと際大きく、生徒会室の静寂を引き裂いた。
「何かお忘れになったのですか?」
「あったあった、これ!」
ジェイクが机の上に置かれていた数枚の紙を持ち上げた。
「週報! これから騎士団に提出に行くんだよ。
昼休みに書いてそのままにしてた」
「まぁ」
だからあれほど慌てて戻ってきたのか。
スマートとは程遠く騒々しい彼だが、根は真面目なのだとよく分かる。
カサンドラは納得し、再び給仕台へ向き直った。
ジェイクは騎士団へ提出するという紙を、大きな手で手早く揃えている。
何気なく視界に入った文字は、思っていたより随分と整っていた。
もっと勢い任せの豪快な字を書くのかと思っていたので、少し意外だ。
「あっぶねぇ……!
そのまま帰るところだった……セーフ!」
ジェイクは一人で呟きながら、週報を入れるための書類挟みへ手を伸ばした。
カサンドラはカップを片付けながら、何気なく彼の仕草を視界に入れていたのだが――
その拍子だった。
制服の袖口が、机の端に置かれていたインク壺へ引っ掛かる。
カサンドラは瞠目した。
「あ」
小さな容器がぐらりと傾く。
「――っと!」
ジェイクの手が咄嗟に伸びた。
長い腕が机の上を横切り、倒れる寸前のインク壺を掴んでそのまま元の位置へ戻す。
一瞬の出来事だった。
完全に倒れる前に掴んでしまうあたり、流石反射神経が良い!
固唾を呑んで見守り、思わず感心しかけたカサンドラだったが。
「…………っ」
ジェイクの動きが止まる。
橙色の瞳が、ゆっくりと手元へ落ちた。
「…………!」
カサンドラも今度こそ言葉を失った。
いくら俊敏な動作で掴んだとはいえ、蓋が開いたままだった中身までは止められない。
黒いインクが袖口と掌へ飛び散り、その一部が週報の上へ落ちてしまったのだ。
ジェイクは、手の中に収まったインク壺をじっと見つめる。
「昼に蓋閉めてねーじゃん、俺……!」
「何をなさっているのですか!?」
思わずカサンドラも悲鳴のように声を上げてしまう。
肝心なところで、何というミスを!
ジェイクは眼前の有様を見て、ようやく事態を理解したらしい。
「――嘘だろ」
今から騎士団へ持って行くはずだった週報の上には、大きな黒い染みが広がっていた。
広い肩が目に見えて落ち、赤い頭までがっくりと項垂れてしまう。
「ジェイク様、紙を!」
「お、おう! サンキュー!」
カサンドラは急いで布を持って駆け寄った。
長い金髪が肩から前へ流れるのも構わず、机の端に残ったインクを押さえる。
ジェイクも慌てて週報を持ち上げた。
しかし、既にインクは紙へ深く染み込んでいた。
文字の上を黒い染みが覆い、とてもそのまま提出出来る状態ではない。
数枚重なっていたうち、下の方にあった未使用の用紙は辛うじて無事だった。
それだけが救いと言えば救いだろう。
「…………」
ジェイクは汚れた週報を見下ろしたまま黙り込む。
先ほどまで生き生きとしていた橙色の瞳から、見事なほど光が消えていた。
――ハイライトが消えた橙色の瞳……。
つい先ほどまで「これで今日の用事は終わり」とでも言いたげに嬉しそうだったのに、一転してこの有様だ。
「……終わった」
低い声が漏れた。
「ま、まだ予備の用紙が残っているのでは?」
ジェイクはちらりと壁掛け時計に視線を遣る。
夕方を示す針を確認すると、大きなため息を吐いた。
「書き直す時間がな……いや、やるしかない。
そうだ、まだ間に合う! 諦めるには早いよな!」
ジェイクは額を押さえようとして、途中で手を止めた。
掌まで真っ黒なのだから当然である。
「これでは書けませんね」
ジェイクも自分の手を見て顔をしかめる。
指の間までインクが入り込んでいる。
「先に手を洗っていらした方がよろしいのでは?」
「そうだな。
この手で触ったら、新しい紙まで駄目になる」
踵を返しかけたジェイクを、カサンドラは呼び止めた。
「ジェイク様」
「ん?」
赤い頭がこちらを振り返る。
机には、インクで汚れた週報と無事だった予備の用紙が残っている。
「その週報ですが……わたくしが内容を見ても問題のないものですか?」
騎士団へ提出する書類なのだ。
たとえ目の前に置かれていたとしても、勝手に読むわけにはいかない。
ジェイクは一瞬きょとんとした後、すぐに意味を理解したらしい。
「俺個人の週報だから大丈夫だ。
他人に見せられないモノを持ち込みはしねーよ」
確かに。
騎士団の内部情報を気軽に学園内に持ち込んで、紛失でもしたら大変なことだ。
そういう「事情」が学生を通じて漏れるのを懸念して、騎士として叙勲を受けた学生は原則として在学中の騎士団勤務を免除されるんだとか。
情報の取り扱いには十分気をつけているはずだ。
でも――ジェイクは今から騎士団へ週報を届けに行くという。
どういう事情なのだろう。
ゲームの設定では、ジェイクは騎士団の仕事をしていたはずだけど……?
「でしたら、ジェイク様が手を洗っている間に、少し書き写しておきましょうか?」
「え? マジで?」
橙色の瞳が大きくなる。
「このまま待っているより、その方が早いでしょう?」
今日中に提出するという話だった。
既に日は傾いている。
これから全て書き直し、その後で騎士団へ向かうのなら、少しでも時間を稼いだ方がいい。
ジェイクはカサンドラと週報を交互に見る。
「いいのか?」
「わたくしは片づけを終えれば帰るだけですから」
「じゃあ……悪い。頼む」
ジェイクは机の引き出しから、何枚かの小さなメモを取り出した。
大きな指先で紙を摘まみ、カサンドラへ差し出す。
「これ見れば書き直せる。
分からないところはそのままにしといてくれ」
「分かりました」
「すぐ戻る!」
そう言い残し、ジェイクは今度こそ部屋を飛び出していった。
大きな足音が廊下の向こうへ遠ざかっていく。
カサンドラは残っていた片づけを手早く終えると、週報と予備の用紙、それから渡されたメモを長机へ移した。
ジェイクの机で作業するより、こちらの方が広い。
そもそも彼の机の上には、まだ拭き取り切れていないインクが点々と残っていて、とても使えない。
豪快に飛び散らせたものだ。
「ええと……」
汚れた週報の中にも、まだ読める箇所は残っている。
メモと見比べれば、どこに何を書けばいいのかも大体分かった。
カサンドラは長い髪が邪魔にならないよう肩の後ろへ払い、予備の用紙を一枚取ってペンを走らせ始めた。
詳しい内容まで理解する必要はない。
元の文章とメモを確認しながら、そのまま新しい紙へ移していけばいいだけだ。
しばらくすると、再び廊下から足音が聞こえた。
「悪い、待たせた」
ジェイクが戻ってくる。
急いできたらしく、赤い髪が少し乱れている。
袖口には黒い染みが残ったままだ。
掌は随分綺麗になっていたが、指先や爪の際にはまだ薄くインクの色が残っている。
「まだ少し汚れたままですが……
落ちなかったのですか?」
「これ以上洗ったら手の皮まで剥けるだろ!」
ジェイクは両手を広げて見せる。
幸い、インクの色が残っているものの、触れたものへ移るほどではないらしい。
そのまま長机へ近づき、カサンドラの肩越しに手元を覗き込んだ。
「もうこんなに書いたのか」
大柄なジェイクが横から覗き込むと、座っているカサンドラの視界に制服の肩口まで入り込んでくる。
「まだ少しだけです」
「いやいや、十分助かる!
正直、同じ内容二回書くのは精神的にしんどい」
その気持ちはよく分かる。
ジェイクはカサンドラの隣の椅子を引いた。
長机の同じ側へ二人並んで座る。
ジェイクは背も高く肩幅もあるため、隣に座ると改めて体格の差がよく分かった。
中央にメモを広げ、それぞれの前へ予備の用紙を置けば、二人で同時に作業出来る。
「じゃあ、俺はこっちから書く」
「では、わたくしはこちらを」
それから二人は黙ってペンを走らせた。
窓の外では、夕暮れの光が校舎の壁を橙色に染め始めている。
紙の上をペン先が擦る音だけが、静かな生徒会室に響いた。
正直なところ、少し気まずい。
ジェイクと仲が良いわけでもない。
必要なことがあれば普通に話しかけるが、ジェイク自身もカサンドラに興味がない様子。
そんな距離感だというのに、当のカサンドラはゲームを何度もプレイしているから、ジェイクの事情を大体把握しているのだ。
彼の好みは知っているし。
この先に起こる恋愛イベント、しかも真剣な告白の場面だって何度も見てきた。
一方的に相手のことを知っている状況というのも、こんなに居心地が悪いものかと思い知らされる。
だが、終始無言というのもまるで仕事そのものだ。
何か話した方がいいのだろうか。
そう思う一方、わざわざ話題を探すのも不自然な気がする。
ちらりと隣を見る。
ジェイクは何も気にしていないのか、真剣な顔で紙へ向かっていた。
普段は快活な印象の強い橙色の瞳も、今は紙の上へ真っ直ぐ向けられている。
やはり字は綺麗だ。
書く速度は速いのに、線が乱れていない。
大きな手で握られたペンが細かく動く様子は、本人の普段の印象とは少し違って見えた。
カサンドラは自分の紙へ視線を戻した。
再び沈黙。
更に居心地が悪くなり――ふと、先ほどの騎士団の件について確認しようと思い立った。
「……そういえば、ジェイク様は騎士団に所属しておられますよね」
紙へ向かったまま声を掛ける。
「そうだけど?」
ジェイクも手を止めずに答えた。
「確か――騎士の皆さまは負担の大きさから、学園に通っている間は免除されると聞いたことがあるのですが」
そこで初めて、ジェイクのペンが止まった。
カサンドラも、学園側のその配慮は正しいと思う。
学園生活を送りながら騎士団の実務にも関われば、軍内部の情報が不用意に外へ漏れる可能性もある。
国家防衛を担う組織なのだから、学園側がそこを慎重に扱うのも当然だろう。
「あー……なんか親父に免除申請却下された」
「……!?」
思わず顔を上げる。
カサンドラは反射的にジェイクの顔を見たが、彼は淡々とした様子で再びペンを走らせていた。
「却下されたのですか?」
「された」
あっさりした返事だった。
力技で、ジェイクだけ特例で仕事を任されていることにしているなんて。
この『世界』のゲーム内設定順守機能が強すぎる……。
「いや、別に仕事するのはいいんだけどさ」
そこまで言って、ジェイクの眉間に僅かに皺が寄る。
「学園行って、生徒会やって、騎士団の仕事も普通に入れてくるくせに、めちゃくちゃ無理吹っ掛けてくるからムカつくよな」
「は、はぁ……」
「いつか絶対下克上してやる」
ぼそりと呟いたジェイクの橙色の瞳が据わっていた。
下克上。
カサンドラは苦笑を浮かべる。
何と返せば正解なのかも分からず、そっと自分の用紙へ視線を戻した。
……話題を選び間違えたかもしれない。
再び二人の間に沈黙が落ちる。
先ほどよりも若干気まずくなった気がするが……。
もう少しで作業は終わる。
それからしばらく、二人は黙々と書き続けた。
窓の外から聞こえていた生徒達の声も、いつの間にかほとんどなくなっている。
傾いた陽射しが長机の上まで伸び、二人の手元を横から照らしていた。
「ジェイク様、こちら終わりました」
「俺もあとちょっと」
カサンドラは書き終えた用紙を揃え、間違いがないか最初から確認する。
やがて隣からも、ペンを置く音が聞こえた。
バシ、と大きな掌が机を叩く。
「よーし、終わったー!」
ジェイクが椅子の背にもたれ、大きく息を吐いた。
赤い髪を掻き上げる顔には、先ほどまでとは打って変わって満面の笑みが浮かんでいる。
二人で書いた週報を一つにまとめ、元のものと見比べながら確認する。
「大丈夫そうですか?」
「大丈夫大丈夫。
どうせ細かいところまで突っ込まれるんだから、これ以上はキリないしな」
肩を竦めて軽口を言う彼は、いつもの調子を取り戻している。
ようやく焦りが消えたのだろう。
ちょうどその時、生徒会室の扉が開いた。
「明かりがついていると思ったら――まだいたのか」
最初に顔を見せたのはシリウスだった。
黒髪の下、眼鏡越しの視線が長机へ向き、並んで座っている二人を見て僅かに眉が上がる。
その後ろから、明るい金髪の王子とキャロルも部屋へ入ってきた。
「あれ、ジェイク?」
澄んだ青い瞳が意外そうに瞬く。
「今日は騎士団に寄るって言っていたのに、どうして」
王子も驚いた顔をしてジェイクを見る。
彼がこんな風に虚を突かれた表情をするのは珍しい。
カサンドラは思わずその顔を見つめ、内心で王子の戸惑う姿を堪能してしまった。どんな表情でも麗しい…!
「忘れ物取りに来て、ちょっと事故った」
ジェイクが机の端へ避けていた元の週報を持ち上げる。
大きな黒い染みを見た王子は、すぐに事情を察したようだ。
「まさか、インクをこぼした?」
「壺は落としてないんだけどなー、やらかした」
「――災難だったね」
王子が苦笑する。
整った顔立ちが柔らかく崩れるのを見て、カサンドラの視線はついそちらへ吸い寄せられた。
「袖に引っ掛けてさ。
ちゃんと掴んだぞ!? ……中身だけ飛んだ」
ジェイクが染みの残った袖口を見せる。
キャロルが淡い菫色の瞳を丸くしたあと、何とも言えない顔になった。
胸元まで流れる柔らかな髪が、首を傾げた拍子に肩から滑る。
「それで、全部書き直していらしたのですか?」
「そうそう、カサンドラが半分くらい写してくれたから助かった」
突然指を差され、カサンドラは慌てて手を横に振ってしまう。
「わたくしは書き写しただけです。
大したことではございません」
「いや、マジ助かった。
早めに持って行かないとバルガスの機嫌が悪くなるからなー」
ジェイクは書き直した週報を揃え、今度こそ書類挟みへ収める。
「バルガスにぶん殴られるのだけは避けられたな」
「えっ!?」
明日の天気について言及したかのような軽さで、とんでもないことを言うジェイクに、カサンドラの動きが固まる。
「殴……? ……ええ?」
「いい加減なことしたら鉄拳制裁。今に始まったことじゃないけど」
そう言いながら、ジェイクは週報を鞄の中へ入れた。
「相変わらずだな……。
お前の家はどうなってるんだ……?」
シリウスも辟易した様子でジェイクに言葉を放る。
黒い瞳の奥に浮かぶ呆れは、長い付き合いだからこそのものだろう。
「それがウチの家風、お前もよーく知ってるだろ?」
「理解できん」
シリウスが眼鏡の位置を直しながら、短く言い切った。
ジェイクは今度こそきちんと奥まで収まっていることを確認し、鞄の口まで閉じる。
王子がその様子を見て、僅かに笑った。
「バルガス卿に宜しくね」
「あーあ、毎回面倒だし……地方視察とかでしばらく王都離れねーかな、アイツ」
ジェイクは鞄を肩へ掛ける。
大きな身体が立ち上がると、先ほどまで隣に座っていた分だけ余計に背の高さが目についた。
「じゃあ、今度こそ行ってくる。
またな」
騎士団へ向かうには、まだ急がなければならないのだろう。
扉へ向かって歩き出し、途中でふと足を止めた。
「カサンドラ」
「はい?」
ジェイクが振り返る。
橙色の瞳が、真っ直ぐカサンドラへ向いた。
「今日は助かった、借り一つな」
それだけ言うと、ジェイクは片手を上げた。
「じゃあな」
赤い髪を揺らし、今度こそ生徒会室から出ていく。
廊下を遠ざかっていく足音を聞きながら、カサンドラは小さく首を傾げた。
借り一つ。
そう言われても、ジェイクに頼みたいことなど今のところ思いつかない。
自分としては、困っていたから少し手を貸しただけなのだけれど。
――まぁ、そのうち何かあったら思い出せばいいか。
カサンドラはその程度に考え、長机の上に残った紙や筆記具を片づけ始めた。
「遅くなって申し訳ありません。
学園長に報告したついでに保管室の清掃の件も打診したのですが……その件で、時間がかかってしまいましたの」
キャロルも急いでカサンドラの片づけを手伝い始める。
小柄な彼女が紙を揃える横で、シリウスは王子の傍らに立ったまま、帰り支度を待っていた。
「カサンドラ嬢、今日はお疲れ様。
――ありがとう」
王子がカサンドラへ向き直る。
夕方の光を受けた明るい金髪の下で、澄んだ青い瞳が柔らかく細められていた。
「……はい!」
王子はそのままシリウスと一緒に生徒会室を出ていった。
二人の姿が扉の向こうへ消えてからも、カサンドラの視線はしばらくそちらへ向いたままだった。
お昼に引き続き、王子が自分にお礼を……!
ジェイクの手伝いをしたことで、こうして王子の姿を見られたのだから、ラッキーだったと思っておこう。




