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第23話 足りない一枚

 その日の放課後、生徒会室の開け放たれた窓から、柔らかな風が入り込んでいた。


 四月も半ばに近づき、先週より日が長くなっている。

 西日にはまだ少し早い明るさが窓辺に残り、長机の上へ淡い光を落としていた。


 カサンドラが部屋へ入ると、キャロルは既に給仕台の前に立って準備を始めている。

 茶器を並べた横には、先週カサンドラが使ったサイフォンが用意されていた。


「ごきげんよう、カサンドラ様」


 こちらを振り返って微笑むキャロルに挨拶を返すと、給仕台の端に置かれた湯差しへ視線を向ける。

 お湯はもう届いているらしい。

 カサンドラも鞄を自分の席へ置き、そのまま給仕台へ向かった。


 先週と同じように、キャロルが紅茶を淹れ、カサンドラがコーヒーを用意する。

 まだ二度目だというのに、並んで作業する流れは妙に馴染んでいた。


 隣に立つキャロルはカサンドラよりも10センチは身長が低く、三つ子と同じくらいの身長だ。

 整った顔立ちの彼女を見ていると、可愛いとしか言いようがなかった。


「今日もわたくしがコーヒーを淹れますね」


「ありがとうございます!

 助かりますわ」


 キャロルの笑顔に、同性なのにドキッとしてしまう。


「それでは失礼いたします」


 カサンドラはサイフォンに手を伸ばし、再度気合を入れ直す。

 先週は王子に残さず飲んでもらえた、今回も美味しく淹れられるよう頑張らなくては!


 …自分も以前はコーヒー派だったはずなのに、カサンドラの体は紅茶派らしく。

 自分で味を確かめられないのはちょっと残念。


 先週は互いに様子を窺うところがあったキャロルだが、生徒会に二人しかいない女子だ。

 自然と会話が増え、ちょっとずつ親しくなれているような気がする。


 その変化が、カサンドラには少し嬉しかった。


 茶葉を量っていたキャロルが、ふと思い出したように顔を上げる。


「そういえば、カサンドラ様。

 今日のお昼のことを聞きましたわ」


「お昼のこと…と仰いますと?」


「ええと…その、カサンドラ様のクラスメイト…

 特待生のことです」


 そこでようやく思い当たった。

 昼休み、数人の令嬢からリゼ達について話を持ち掛けられたばかりだ。


「もうキャロル様のお耳に入ったのですか?」


 早いな、とカサンドラは内心驚いた。


「ええ。少し不満そうに私のところへ相談に来まして」


 やはり、あの令嬢だったらしい。

 カサンドラはサイフォンの器具を組み立てながら、内心で納得する。


「あの子達も、御三家の皆様との距離には敏感なのですわ。

 少々気にしすぎだとは思いますけれど」


 キャロルは軽く肩を落とす。

 彼女もヴァイル派の筆頭令嬢と言うことで、色々と気苦労が絶えないようだ。

 この学園内で女子同士の目立った対立が起こらないのは、キャロルのような立場の高位貴族令嬢がしっかり手綱を握っているからだ。


 その分、キャロルの感じるプレッシャーは大きいはず。

 派閥などに一切関っていないカサンドラには、その気持ちが本当の意味では理解できないけれど。

 察するに余りある。


「それで…ですね。

 実際に同じクラスのカサンドラ様から見てどう思われます?」


「え?」


「件(くだん)の特待生の方々は、ラルフ様たちにご迷惑をかけているのでしょうか?」


 若干不安そうなキャロルの表情。

 あの令嬢がどんな訴えをキャロルにしたのか分からないが、相当三つ子への不満をぶちまけたに違いない。


「そのようなことは一切ございません。

 …学園生活に不慣れな彼女たちを、ラルフ様方が気に掛けてくださっているだけです」


 カサンドラがそう言い切ると、キャロルは少しだけ吃驚したように目を丸くする。


「まぁ、そうなのですね。

 少々…意外です」


 色々思い返してみても、三つ子があんな風に責められるいわれはない。

 少なくとも、「今」はまだ。


「カサンドラ様は…もう少し、身分に厳しい方だと思っていましたわ」


 ふふふ、と意味ありげに微笑むキャロル。


 もしかしたら、特待生の三つ子を庇うカサンドラの態度の方が、キャロルには新鮮に感じたのだろうか。


 今までのめくるめく噂の数々を思い返すと、確かに…

 キャロルの驚きも真っ当なものかもしれない。


 ほどなくして、香ばしいコーヒーの匂いが室内へ広がった。

 紅茶の香りと混ざり、まだ誰も揃っていない生徒会室が少しだけ落ち着いた空間に感じられる。


 やがて廊下から足音が増え、他の役員達も次々と姿を見せた。

 アーサー、シリウス、ジェイク、ラルフに、三年生のビクター達が加わる。


 全員が揃う頃には、キャロルは紅茶を配り終え、カサンドラも一度目のコーヒーを淹れ終えていた。

 けれど、それだけでは足りない。

 カサンドラはもう一度サイフォンを動かし、残りのコーヒーを用意する。


 今日こそは王子に熱いコーヒーを飲んでもらえたらいいのだけど。

 キャロルは当然、真っ先に王子の席にコーヒーを運ぶのでそれが叶わない…!


 案の定、王子は全員分の飲み物が揃うまで、自分のカップに口をつけることはなかった。



 ※



「それでは、生徒会役員会議を執り行う」


 副会長シリウスの声で、長机を囲んで席についた面々が口を噤む。


 先週遅刻してきたジェイクも、今日はちゃんと時間前に姿を見せた。

 こういう場所が嫌いで逃げまわっているというわけでもないようだ。


 まずはこの一週間の定期報告からだった。

 担当ごとに上がっている連絡を順番に確認し、次週までに調べる必要があるものだけを書き留めていく。

 急いで対応するような問題はなく、会議は滞りなく進んだ。


 カサンドラは話を聞きながら記録を取り、時折紅茶へ口をつける。

 向かいではジェイクが早々にカップを空にし、隣のシリウスは資料から目を離さないまま静かに飲んでいた。


 この一週間、特に学園内で問題が起こったという報告がないのはホッとする。


 新入生が入って二週目あたりから、だんだんと緊張の糸が緩んで衝突が起こるケースが多かったようだ。

 貴族だけではない、平民や商人の生徒たちも同じように過ごすのだから、何も問題が起きない方が珍しい。


 だが、今年は王子達が揃って入学ということもあり、目立って問題を起こす生徒がいないのだとか。


 シリウスは資料を長机の上に置き、眼鏡の位置を指で調整する。


「では、次の予定に移ろう。

 これより先週決めた通り、アンナ聖誕祭で使う祭礼用品を確認する」


 全員から視線を向けられたキャロルが、用意していた台帳を開いた。


「はい。例年は補助の生徒に任せる部分も多いのですけれど…

 今年は一度、役員全員で現物を確認する予定です」


「何がどこにあるのか、一度見ておきたかったんだ。

 …手間を増やしてごめんね」


 席を立ち、移動を始める役員たちに王子はそう声を掛けた。


「最初から他人任せというのは性に合わん。

 何か問題があった時に、責任の所在が曖昧になるからな」


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 まぁ、シリウスはそういう人物だろうな…と、カサンドラも納得した。



 ※



 保管場所は、本館から渡り廊下を越えた先にある。

 授業を終えた生徒達の声は次第に遠ざかり、古い棟へ入る頃には廊下も随分静かになっていた。

 細長い窓から差し込む夕方の光が、磨かれた床へ長く伸びている。


 保管室の前では、職員が鍵を持って待っていた。

 重い扉が開くと、ひんやりとした空気と共に、木と古い布の匂いが流れて――まるで、この区域だけ学園とは切り離された空間のようだ。


 中には背の高い棚が何列も並び、その間に大小の木箱が積まれていた。

 壁際には巻かれた布や長い棒状の道具が立て掛けられ、大きな祭具には埃除けの布が掛けられている。

 普段はあまり人の出入りがないのだろう。


「……随分たくさん、保管されているのですね」


 カサンドラが思わず辺りを見回すと、キャロルが台帳を開きながら笑った。


「今日確認するのは一部だけですわ。

 聖誕祭で使うものは、こちら側にまとめられています」


「じゃあ始めるかー。

 マックス、運ぼうぜ」


 早速ジェイクが近くの木箱へ手を掛けたところで、シリウスの低い声が飛んだ。


「待て、先に番号を確認しろ」


 ジェイクは箱とシリウスを見比べた。


「これじゃないのか?」


「確認してから動かさないと、後で面倒だ」


 見渡すだけでも、保管庫の中には大小何十個もの木箱が並んでいる。

 それぞれ決められた場所にきっちり置かれているわけで…

 一度に全部出したら、しまうときが大変だ。


 キャロルが台帳の最初の項目へ指を置き、確認作業が始まった。

 彼女の指示に従って、ジェイクと最上級生の役員が箱を前に出す。


 中身を抜いたとしても、木箱自体が随分と重そうに見える。

 だが、彼らは軽々とそれらを持ち上げるのだから目を丸くした。


「祭壇用の白布、十二枚ですわ」


 ジェイクたちが指定された棚から木箱を持って、ラルフ達の前に静かに置く。

 蓋を開けて布を取り出し、数を確認するのだ。



 十二枚揃っていることを確かめると、キャロルが台帳へ印を付けた。

 カサンドラはキャロルの隣で、印をつける項目が間違っていないかのチェック要員だ。


 次は銀燭台が六基、その次は聖アンナ像に使う装飾布が二枚。

 番号と品物を照らし合わせ、数と状態を確かめていく。


 古い祭礼用品については、最上級生のマクスウェルが場所を覚えていることもあった。

 大きな木箱を動かす必要が出るたび、自然とジェイクたち二人へ視線が集まる。


「なぁ、保管庫内ってちゃんと掃除しないのか?」


 特に、奥の方から引っ張り出すと埃が舞う。

 小さな蜘蛛の巣を手の甲で払いのけながら、ジェイクが小さくぼやいた。


「貴重品が多いから、出入りが少ないのかもね」


 ラルフは木箱に蓋をしながら、それに応える。


「そうはいっても放置され過ぎているような気がするね。

 学園長に定期的な清掃を頼んでみようか」


 王子の言葉に「そーしてくれ」と、ジェイクがうんざり声で返す。

 口では文句を言いながらも、作業そのものには一切手を抜かないところが凄い。


 歴代の生徒会役員達が面倒がって任せていた理由も分かる光景なのに…

 皆、責任感が強いのだと思う。


「聖誕祭分は、もう少しで確認が終わります。

 清掃に関しては後日改めて」


 キャロルの言う通り、テキパキとした作業の結果あっという間に確認作業は終わりそうだ。


 カサンドラはそっと燭台の入った木箱に触れてみたが、自分の腕では全くびくともしない。

 これを簡単に運べるジェイクたちの体はどうなってるのだろうと、疑問が浮かんでくる。


「では、最後ですね」


 次の項目へ指を移したキャロルの動きが止まる。


「――王家紋章入り儀礼幕、一張ですわ。

 41番です」


 全員の視線が、台帳に記された保管場所へ向いた。


 儀礼幕と言われてもピンとこなかったが、応援の垂れ幕みたいなものかな?と。

 なんとなくのイメージが脳裏をよぎる。


「あった、この箱だな」


 壁際の棚だ。

 そこには、他の木箱よりも薄く、横長の箱が置いてあった。


 今までと同じようにジェイクが箱を持ち上げようとして…


「うおっ!?」


 急にジェイクのうめき声が聞こえ、皆そっちに注目してしまう。


「どうした? そんなに重いのか?」


 マクスウェルが不審そうな顔でジェイクに尋ね、木箱を支えようとしたが…


「違う、逆だ。……めっちゃ軽すぎて勢い余った」


 ジェイクの腕が予想以上の勢いで持ち上がったところを見るに、本当に中身はほとんど入っていないらしい。

 首をひねりながら置かれた箱の蓋を開けると…


「ない…?」


 嫌な予感はしていたが、本来厚い幕が保管されてあるはずの箱の中には汚れ防止の薄い布が敷かれているだけだ。


「おっかしいな、別のところに置いてるのか?」


 ジェイクやマクスウェルが棚の奥を手分けして探る。

 何本かの巻き布と畳まれた布が重ねて置かれていたが、中央に王家の紋章が刺繍されたという大きな幕らしきものは見当たらなかった。


「流石にむき出しのまま保管されているはずはないと思うのですが…」


 キャロルが棚番号を確かめ、横からシリウスも台帳へ目を落とした。


「番号は合っているな」


「別の布の下にあるとか?」


 ラルフが腕まくりをして別の棚の中を探る。

 重ねられた布を一枚ずつずらしてみても、それらしいものは出てこなかった。


「どのような幕なのですか?」


 カサンドラが尋ねると、キャロルは両手を少し広げるようにして大きさを示した。


「かなり大きなものですわ。

 王家の紋章が中央に刺繍されています」


「それなら、ここにあれば見落とすことはなさそうですね…」


 カサンドラも小首を傾げる。

 そもそもこの保管室の状態を見るに、最近出入りした形跡もなさそうだ。


 シリウスも棚の奥へ手を伸ばして確認していたが、やがて首を振った。

 近くの木箱まで開けてみても、儀礼幕は見つからない。


「――ないな」


「別の場所へ移されている可能性はありますか?」


 入り口で様子を見守っていた職員へ王子が尋ねると――

 職員は台帳を確認してから、保管上はこちらにあることになっていると答えた。


 王子は他の保管場所も見てもらえるよう頼み、職員はすぐに部屋を出ていった。


「そういえば、ジェイク。

 先週、学園内で荷馬車のトラブルがあったと聞いたが」


 シリウスがふと思い出したように話しかける。

 どうやら、先週の生徒会でジェイクが遅刻したのは、荷馬車が破損して動けなくなってしまったのを助けていたから…らしい。


 物品を運んでいた荷馬車なら、何か関係があるのではと考えたのだろうか。


「あの荷馬車は。講義用の備品の搬入だって言ってたけどな」


「ふむ…では、関係はなさそうだな」


 シリウスは腕を組んで、再び思い当たる節がないか検討を始めた。

 そんな風に考え込んでいた皆を見回し、王子が口を開いた。


「この箱の中にないのは事実だ。

 原因を探るため、まずは去年の記録を確認しよう」


 王子の判断に、キャロルも頷く。


「昨年度の聖誕祭では、確かに使われているはずですわ」


 カサンドラは近くにいたビクターへ視線を向ける。


「ビクター様は、何か覚えていらっしゃいませんか?」


「儀礼幕、ですよね……」


 ビクターは棚を見ながら、しばらく記憶を辿った。


「使っていたのは覚えています。

 舞台の奥に掛かっていましたから。

 そういえば、祭が終わった後だったかな。

 幕の端が破れているという話を聞いたような気がします」


 ただ、自分で破損を確認したわけではないらしい。

 キャロルはそれを聞いて、処分された可能性を口にした。

 破れていたものを翌年もそのまま使うとは考え難い。


「正式に処分しているなら、記録が残っているはずだ」


 シリウスが棚の脇に置かれていた前年の資料へ手を伸ばした。

 ラルフも別の束を取り、机代わりの木箱の上へ広げる。


「去年は確認作業を補助の生徒に任せた部分も多かったのだろう?

 処分した後で、記載だけ抜けた可能性はないかな」


「ないとは言い切れない」


 シリウスが資料から目を離さずに答えた。


 それなら、この棚にないこと自体は説明出来る。

 けれど、カサンドラには少し引っ掛かった。


「ですが、その幕は王家の紋章が入っているのですよね?」


 キャロルが頷き、かなり大きな刺繍が入っていると教えてくれる。


「それでしたら、多少破れた程度で処分するでしょうか。

 新しく作り直すより、修繕に出された可能性の方が高い気がします」


 王家の紋章が入った幕を処分すると言っても、かなり大がかりな作業になりそうだ。

 記録も残さず簡単に処分出来るとは思えない。


「修繕か、それなら支払いの記録に何か残っているかもしれないね。

 少し待ってて、確認するよ」


 ラルフはそう言うと、一度生徒会室に戻っていく。


 会計の彼を待つ間、キャロルは台帳を見返し、ジェイクとマクスウェルは近くの棚に儀礼幕らしきものがないか改めて確認していた。

 ラルフはすぐに会計帳簿を携えて戻ってきてくれたが、相当急いだのだろう。

 しばらく呼吸を整え、咳払いを一度して資料を繙く。

 

 収支報告は全て記帳してあるはずだ。

 カサンドラは中を見たことがないので、どんな形式なのかは分からないけれど。


「ええと、去年の経費は…」


 紙を一枚ずつめくる音が、静かな保管室に響く。


 少しして、ラルフの手が止まった。


「あった。

 王家紋章入り儀礼幕、修繕費――確かに支払いの記録があるね」


 キャロルも隣から覗き込む。

 処分されたのではなく、少なくとも一度は修繕へ出されていることが分かった。


 それを聞いたシリウスも、今度は物品の搬出記録を確認し始めたのだ。


「搬出の記録もある。

 依頼先もここに書いてあるな」


 王子が資料をのぞき込むと、シリウスは該当する行を指で示した。

 さらにその後の記録を追っていく。


 何枚か紙をめくったところで、その手が止まった。


「……返却の記録がない」


 シン、と保管室内が静まり返る。

 シリウスは念のため、該当する日付の前後をもう一度確認した。


「修繕へ出した日付は残っている。

 だが、学園へ戻った記録がない…どういうことだ?

 まさか十か月前に依頼したものが返却されていないなど、ありえないと思うが」


「会計の方は支払い済みだから、依頼したことは間違いないね」


 ラルフが会計簿を指で叩いた。


 破損したことは分かった。

 修繕へ出された記録もあり、費用も支払われている。

 けれど、その後どこへ行ったのかだけが分からない。


「受け取った記録を書き忘れたのか?

 んー、でも受け取ってたらここにない方がおかしいよな」


 ジェイクが言うと、マクスウェルは嫌気が差した顔を隠さず、他の壁面に並ぶ木箱に視線を遣った。


「まさか、適当に他の箱にしまったなんて言うんじゃないだろうな?

 それだと全部ひっくり返して確認する必要があるぞ」


「返却の記録があるなら全部確認するのもいいけど、ないんだろ?

 無駄骨になりそうじゃね?」


 これからどう動くべきかと皆が考えていると、王子が皆に声をかける。


「まずは修繕先へ確認することから始めよう。

 ラルフ、修繕依頼先は分かるかな?」


「もちろん。よく知っている業者だよ。

 今も向こうにあるなら、それで済むからね」


 ラルフは頷く。

 キャロルは閉じかけた資料をもう一度開いた。


「昨年度の担当者にも確認してみますわ。

 返却後に別の場所へ移した可能性もありますもの」


「お願いするよ。

 ただ、見つかることを前提にはしない方がいいと思う」


 王子はそう言って、空っぽの木箱の中へ視線を向けた。


「もし所在が分からなかった場合、聖誕祭までに代わりの幕を用意しなければならない。

 確認が終わるまで待ってから動くと、間に合わなくなるかもしれないからね」


「じゃあ、新しく用意する場合の費用と納期は僕が調べておくよ」


 ラルフが会計資料をまとめながら大きく頷いた。


「お願い出来るかな?」


「週末に商工ギルド長の会合に招かれてるから大丈夫」


 気が付けば、混乱もなく今後の手順も次々に決まっていく。


 シリウスは修繕に出した際の記録をさらに遡り、誰が依頼と受け渡しを担当したのかを調べる。

 カサンドラは議事録と引き継ぎ資料を調べ、ジェイクは職員へ他の保管場所や搬入出について聞いて確認。

 ビクター達は前年の役員へ直接経緯を尋ねる――と言ったところだ。


 気づけば、誰が何を調べるのかが自然に分かれている。


 王家の紋章が入っている以上、儀礼幕の紛失という大きな事件なのだろうが…

 皆で現在の在処を探し出すという作業は、宝探しのようで不謹慎ながら少しドキドキした。


 まだ時間的に余裕があるからなのだろう。

 もしも別の生徒に任せていて、報告が遅くなったらもっと大変だったはず。


 これだけで、実際に足を運んでよかったというものだ。


 ちょうどその頃、学園職員が戻ってきた。


「他の保管場所も確認しましたが、該当する幕は見つかりませんでした」


 王子は礼を言い、今日の確認はここまでにしようと皆へ告げた。


「他の祭礼用品は確認ができたね。

 儀礼幕については、それぞれ来週までに調べたことを持ち寄ろう」


 皆が頷き、広げていた資料を片づけ始める。


 カサンドラは、その様子を少し不思議な気持ちで眺めていた。


 ここにいる者達なら、その気になればもっと強引に物事を進めることも出来るはずだ。


 けれど、誰もそうしない。

 まず何が起きたのかを確かめ、必要なことを分け、それぞれが出来る範囲で調べようとしている。


 少なくとも、ここにいる人達が何でも他人任せにする性格ではないことはよく分かった。



 ――そりゃ、忙しいはずだわ。



 カサンドラは妙に納得しながら、今日分かったことを記録へ書き込んだ。



 王家紋章入り儀礼幕は、前年の聖誕祭後に破損。

 修繕へ出された記録があり、費用も支払い済み。

 けれど、返却された記録は残っていない。


 最後に、所在確認中と書き加える。


 顔を上げると、夕方の光が小さな窓から差し込み、棚や木箱の角を淡く照らしていた。

 確認を終えた祭礼用品は、全て元の場所へ戻されている。



 ただ一か所だけ。

 儀礼幕があるはずの箱だけが、ぽっかりと空いていた。


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