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廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
初めての契約

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8/35

奴隷兵の朝

翌朝、レオンは鐘の音で目を覚ました。

目覚めた瞬間、右肩が重く痛んだ。治癒魔法で楽にはなっていたが、完全に治ったわけではない。寝返りを打とうとして痛みに顔をしかめると、下段からガレスの声が飛んできた。

「起きたか」

「起きました」

「なら5分で着替えろ」

「今日は出撃ですか」

「違う。掃除だ」

レオンはしばらく黙った。

「掃除?」

「兵舎の床を見ろ」

上段から顔を出す。

泥、砂、乾いた草、誰かが落としたパンくずが板張りの床に散っている。昨日は疲れすぎて気にならなかった。

「当番なんですか」

「新入りの仕事だ」

「なるほど」

王宮では、床が汚れていることはあっても、自分が掃除するという発想はなかった。帝国の離宮でも同じだった。

レオンは箒を渡され、見よう見まねで掃き始めた。

数分後、ガレスが言った。

「下手だな」

「箒に上手い下手があります?」

「お前が証明してる」

「どうすればいいんですか」

「埃を舞わせるな。端から集めろ」

言われた通りにやる。

思ったより時間がかかった。


掃除が終わると今度は水場へ行くよう命じられた。兵舎の裏には共同井戸と長い石槽があり、すでに奴隷兵が列を作っている。

そこでミラを見つけた。

左脚にはまだ包帯が巻かれていたが、自力で立っている。昨日より顔色は良い。

「歩いて大丈夫なの?」

レオンが声をかけると、ミラは露骨に嫌そうな顔をした。

「朝からうるさい」

「心配しただけなんだけど」

「リーネが軽く動かせって言った」

「ならいいけど」

「何、その顔」

「別に」

「また助ける気?」

「今は転んでも灰牙犬が来ないだろ」

ミラが鼻で笑った。

昨日より会話が続いた。それだけのことなのに、少し嬉しかった。

レオンは石槽へ衣服を入れた。

周囲の者が灰色の粉を少量振りかけているのを真似して、自分も桶から粉をすくった。

「待て」

ミラが言った。

「何?」

「それ全部入れる気?」

「汚れてるから」

「馬鹿か」

「昨日からよく言われる」

「それ洗剤だぞ。そんなに入れたら泡だらけになる」

「どのくらい?」

ミラが指で少量を示す。

「これくらい」

レオンは手に持った粉を見た。10倍以上あった。

「危なかった」

「王子って洗濯もできないの?」

「元王子は、昨日まで洗濯する必要がなかった」

「すげえ嫌味に聞こえる」

「言ってから俺もそう思った」

ミラが小さく笑った。

ほんの少しだけだったが、初めて自分に向けられた笑いだった。

レオンは布を石槽へ入れた。

今度はこすり方が分からない。

「それじゃ落ちない」

また横から言われる。

「これ?」

「違う。貸せ」

ミラが奪い取り、石板へ布を押しつけてこすった。

脚を怪我している相手に洗濯を教わっている自分が情けない。

「ありがとう」

「金取るぞ」

「今、金ない」

「役立たずだな」

その言葉に、一瞬だけ身体が固まった。

王宮で何度も聞いた言葉だった。

ミラが気づいたのかは分からない。

レオンはすぐに手を動かした。

「それは昔から言われてる」

「ふうん」

それ以上、彼女は何も言わなかった。


洗濯の後は朝食だった。

固い黒パンと豆のスープ。

最初の数口は味が薄いと思ったが、訓練と掃除の後では不思議と美味しかった。

「食ったら外へ来い」

ガレスが言う。

「何をするんです?」

「昨日やるはずだったことだ」

「剣ですか」

「その前に走る」

レオンはパンを持ったまま止まった。

「肩を怪我しています」

「肩で走るのか?」

「……走りません」

「なら問題ない」

問題がある気がしたが、ガレスは聞く耳を持たなかった。

兵舎裏の訓練場を10周させられた。

4周目で息が上がった。

6周目で脚が重くなった。

8周目では歩きたくなった。

「遅い!」

「肩が」

「さっき聞いた!」

「昨日人を背負って走ったんですけど!」

「今日も背負わせてやろうか!」

周囲の奴隷兵が笑った。

恥ずかしかったが、不思議と嫌ではなかった。

王宮で笑われたときとは違う。

あの笑いには、相手を下へ押し込むものがあった。

ここでの笑いは、自分も同じ場所で苦しんでいる者への笑いだった。

走り終えると、木剣を渡された。

ガレスが向かいに立つ。

「構えろ」

レオンは王宮で習った通り、左足を前へ出して剣を胸の高さに構えた。

「綺麗だな」

「どうも」

「褒めてない」

次の瞬間、木剣が手首を叩いた。

「痛っ」

剣を落とす。

「握りすぎだ。肩も上がってる。昨日と同じだ」

「王宮ではこれで」

「王宮の床は噛みついてこないだろ」

「床と戦ったことはありません」

「口だけは慣れてきたな」

ガレスが木剣を拾って投げ返す。

「構えろ。型は捨てなくていい。ただし型に殺されるな」

何度も打たれた。

手首、肩、脇腹、腿。

ガレスの木剣は痛い場所だけを正確に狙う。

「綺麗に振るな」

「綺麗に?」

「お前は剣を正しい形で振ることを考えすぎてる。敵は採点しない。生きて帰れる振り方を覚えろ」

レオンは歯を食いしばった。

また打たれる。

転ぶ。

起きる。

遠くから笑い声がした。

ミラが訓練場の端に座り、面白そうに見ている。

「何?」

「王子様、弱いなって」

「元だよ」

「知ってる」

「君もやってみる?」

「怪我人に負けたら立ち直れないだろ」

「そこまで弱くない」

言い終わる前にガレスの木剣が脇腹へ入った。

「ぐっ」

「よそ見するな」

ミラが声を上げて笑った。

昼になるころには全身が痛かった。

ガレスはようやく解放してくれたが、その代わりに言った。

「午後は治療所へ行け」

「治療ですか」

「手伝いだ。昨日かなり世話になっただろ」

確かにそうだった。


治療所へ行くと、リーネが大量の包帯を桶へ押し込んでいた。

「何か手伝えますか」

「水を替えてください」

「分かりました」

素直に桶を持つ。

重かった。

「王子様なのに働くんですね」

リーネが言った。

「昨日からその肩書きが役に立ったことが1度もないです」

「ここでは役に立ちませんね」

笑顔で言われた。

リーネは穏やかに見えるが、言うことは案外容赦がない。

水を運び、汚れた包帯を洗い、薬草を刻む。薬草の種類はまったく分からず、2度間違えて注意された。

治療所には昨日の戦闘で負傷した者がまだ何人も残っていた。

左腕を失った男もいる。

レオンは目を逸らしそうになった。

リーネが傷口を確認している。

「治癒魔法で腕は戻らないんですよね」

「戻りません」

「もっと強い魔法でも?」

「少なくとも私は知りません。切断直後で腕が残っていれば、専門の治癒術師なら接合できる場合があります。でも失われたものを作り直すことはできません」

「魔法なら何でもできると思っていました」

「そう思う人は多いです」

リーネが薬を塗りながら続ける。

「治癒も魔法も、できることとできないことがあります。だから怪我をしないのが1番です」

「ガレスにも言ってください」

「聞きませんよ、あの人」

思わず笑った。


午後の作業を終えて兵舎へ戻るころには、朝とは別の意味で疲れていた。

夕食を受け取る。

今日も黒パンとスープだった。

端の席が空いていたので座ろうとすると、ミラが顎で向かいを示した。

「そこ」

「いいの?」

「他が埋まってるだけ」

確かにそうだった。

ガレスも横へ座る。

3人で食べ始めた。

「毎日これ?」

レオンがスープを見ながら聞く。

「嫌なら俺がもらう」

ガレスが答える。

「嫌とは言ってません」

「王子はもっといいもの食ってたんだろ」

ミラが言う。

「昔はね」

「銀の皿とか?」

「祝宴では」

「肉は?」

「普通に」

「甘いものは?」

「出たよ」

ミラの目が少し細くなる。

「腹立つ」

「聞いたの君だろ」

ガレスが鼻で笑った。

「いい生活だったんだな」

その言葉に、レオンは返事を迷った。

食事は豪華だった。

部屋もあった。

服も困らなかった。

それをいい生活と呼ぶなら、いい生活だったのだろう。

「食べ物には困らなかった」

そう答えた。

ミラがこちらを見る。

「他には困ってたみたいな言い方だな」

「まあ、家族が多いと色々ある」

「王子って何人兄弟?」

「俺が第8王子だから、かなり」

「覚えてないの?」

「覚えてるけど、数えると疲れる」

ミラが少し笑う。

「変な家」

「それは否定しない」

虐待されたことまで話す気にはなれなかった。

同情されたくないからではなく、まだこの場所でそこまで自分を開く勇気がなかった。

夜、寝台へ入る前に、レオンは洗った服を確認した。

汚れは完全には落ちていないが、朝よりましだった。

隣を通ったミラが布を見る。

「まあまあ」

「先生がいいから」

「金ないくせに」

「借りにして」

「利子つける」

そんなやり取りをしてから、レオンは上段へ上がった。

身体中が痛い。

明日も朝から走らされると思うと憂鬱だった。

それなのに、不思議と昨日より眠るのが怖くない。

掃除をして、洗濯をして、剣を振って、包帯を洗い、同じ鍋のスープを食べた。

王子だったころには、自分でやる必要がないと思っていたことばかりだ。

けれど今日は、誰かが決めた王族の役割を演じる時間が1度もなかった。

ただレオンとして疲れた。

それが少しだけ心地よかった。

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