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廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
王子から奴隷へ

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第3皇女

翌朝、レオンは離宮を出た。

2年間暮らした部屋に残ったのは、帝国から貸与された衣服と本ばかりだった。持参を許された私物は小さな鞄1つに収まり、その中には着替えが2組、筆記具、数冊の本、母の形見の指輪、そしてセレスティアからもらった押し花が入っている。

廊下に出る前、1度だけ室内を振り返った。

ここへ来た17歳の自分は、敵国で2年も暮らすことになるとは思っていなかった。

まして、ここを去るときに祖国の王子ではなくなっているとは想像もしなかった。

「参りましょう」

近衛兵に促される。

レオンは頷いた。

連れていかれたのは牢ではなく、皇城東側の行政棟だった。窓の少ない石造りの建物で、廊下には軍人より官吏の姿が多い。小さな待合室へ入れられ、しばらくすると昨日とは別の役人がやってきた。

机の向こうへ座り、何枚もの書類を広げる。

「これより、帝国法に基づく身分変更について説明します」

レオンは向かいの椅子に座った。

「身分変更?」

「現在、あなたは旧アルヴェリア王族として帝国政府の保護下にあります。しかしアルヴェリア側が王族籍を抹消したため、和平条約上の保護対象には該当しなくなりました」

「昨日聞きました」

「はい。問題は、次にどの法的区分へ置くかです」

役人は書類を1枚ずつ指した。

「通常であれば敵国民として戦時拘束民となります。ただし、あなたは帝国領内に滞在中に敵国が開戦しており、本人に敵対行為の事実はありません。そのため刑事犯として処刑、投獄する根拠はありません」

少しだけ安心している自分がいた。

だが役人は次の紙を出した。

「ただ、戦時中に敵国人を自由身分のまま帝国内へ置くこともできません。帝国評議会は昨日、あなたを第3種戦時拘束民へ変更し、軍務労役への編入対象とすることを決定しました」

聞き慣れない言葉だった。

「軍務労役とは?」

役人の目がわずかに下がった。

「辺境、鉱山、輸送路、軍事工房などで帝国軍務に従事する者の区分です」

「断ったら?」

「拒否は認められません」

その言葉で意味が分かった。

「奴隷ですか」

役人はすぐには答えなかった。

「帝国法上、戦時拘束民は私有財産として売買される奴隷とは異なります」

「本人に拒否権がなく、行き先を決められ、働けと言われる。違いは誰に所有されているかだけでは?」

役人は目を逸らさなかった。

「法的には帝国政府の管理下です」

レオンは小さく息を吐いた。

「では、帝国に所有される奴隷ですね」

役人は否定しなかった。

奇妙なほど腹は立たなかった。

昨日、王籍を剥奪されたと知ったときに、怒るための何かを使い切ったのかもしれない。

「行き先は決まっていますか」

「灰の辺境です」

レオンは顔を上げた。

その名前なら知っている。

2年間帝国の地誌を読んできた。北東部に広がる高魔力地域で、帝国と魔境の境界に位置する。強力な魔物が多く、数年ごとに小規模な魔物の群れが南下するため、複数の要塞が築かれている。

「辺境守備ですか」

「正規兵ではありません。補助兵団へ編入されます」

役人は慎重に言葉を選んでいた。

「俗に奴隷兵と呼ばれる部隊です」

今度ははっきりした。

レオンは自分の手を見た。

剣術は王族教育で習った。だが訓練用の木剣や刃を潰した剣でしか人と打ち合ったことがない。魔物討伐などしたこともない。

「私は、戦えません」

「辺境で訓練を受けることになります」

「どのくらい?」

「それは現地の判断です」

その返答から、まともな訓練時間など用意されないのだろうと分かった。

扉が開いた。

役人が立ち上がる。

入ってきたのはリシアだった。

昨日までのドレスではなく、黒に近い紺色の皇族用軍礼服を着ている。銀糸で縁取られた上着は細身の身体によく合い、腰には護身用の細いレイピアが下がっていた。紫の瞳の下には薄く疲労が見える。

「席を外してください」

「殿下、まだ説明が」

「私が聞きます」

役人は迷ったが、書類を置いて部屋を出た。

扉が閉じる。

しばらく、どちらも何も言わなかった。

「灰の辺境だそうですね」

リシアが先に言った。

「はい」

「止められませんでした」

「そうですか」

「もっと怒ってください」

レオンは目を瞬いた。

「誰に?」

「私でも、帝国でも。何でもいいです」

「あなたに怒っても仕方ないでしょう」

「そういうところです」

彼女の声が少し強くなった。

「あなたはいつも、仕方がないで終わらせる」

レオンは答えられなかった。

図星だった。

王宮でもそうだった。

兄たちに殴られても、仕方がない。

父が自分を見なくても、仕方がない。

人質に選ばれても、仕方がない。

王籍を剥奪されても、仕方がない。

「怒ったところで変わりません」

「変わらなくても怒っていいでしょう」

「……どうやればいいのか分かりません」

口から出た言葉に、自分で驚いた。

リシアも黙った。

レオンは膝の上で手を握った。

「怒ると、もっと悪くなることが多かったんです。子供のころは特に。黙っていれば、そのうち終わる。そうしていた方が楽だった」

「それで今も?」

「たぶん」

リシアは椅子へ座った。

いつものように向かいではなく、少し横だった。

「父上には反対しました」

「陛下に?」

「ええ。人質交換や和平保証という制度そのものへの信用を失う、と言いました。相手国が勝手に王籍を奪ったからといって、預かった者を軍務労役へ送れば、今後どの国が帝国へ保証人を預けるのかと」

「正論に聞こえます」

「父上もそう言いました」

「ではなぜ」

「あなたを処刑しないこと、私物を保持させること、通常の刑事奴隷として売買しないこと。それが帝国の信義として保証できる限界だと」

レオンは少し考えた。

皇帝らしいと思った。

娘の意見を無視したのではない。利益になる部分だけ採用したのだろう。

「帝都に置くことはできないのですか」

「私も聞きました」

リシアは苦い顔をした。

「父上は、警備と維持に金がかかる、と」

レオンは思わず笑った。

「同じことを言われました」

「笑うところですか?」

「いえ。ただ、本当に陛下は筋が通っているなと」

リシアもわずかに笑いかけたが、すぐに俯いた。

「レオン」

「はい」

「辺境行きを拒否してください」

「拒否できないそうです」

「形式上はそうです。でも、あなたが強く抗議すれば、少なくとも再審議させる理由にはなります。私も働きかけます」

その言葉は魅力的だった。

帝都へ残れれば、温かい食事も安全な部屋もあり、リシアと盤上遊戯をする日々へ戻れて、魔物と戦わずに済むかもしれない。

「その代わり、あなたはどうなります?」

リシアが顔を上げた。

「私?」

「皇帝陛下の決定に何度も異を唱えることになります」

「皇女には意見を言う権利があります」

「限度はあるでしょう」

沈黙が答えだった。

レオンは首を振った。

「やめておきます」

「どうして」

「あなたが悪くなる必要はありません」

「またそれです」

「でも、これは本当にそうです」

レオンは彼女を見た。

帝国に来て初めて、自分を人質ではなく名前で呼んでくれた人。

セレスティアとは違う意味で、リシアと過ごした時間には救われた。

「2年間、ありがとうございました」

「別れの挨拶みたいに言わないでください」

「別れでしょう」

「……そうですけれど」

彼女が唇を噛んだ。

レオンは言葉を選んだ。

「ここへ来たばかりのころ、私は毎日、何か失敗して殺されるんじゃないかと思っていました」

「そんなことを?」

「帝国は敵国でしたから」

「私たちを何だと思っていたのです」

「怖い人たちだと」

「間違ってはいませんね」

リシアが自嘲するように言った。

「でも、あなたは違いました」

レオンは続ける。

「王子としてでも、人質としてでもなく、普通に話してくれた。盤上遊戯で負けたら悔しがって、菓子がまずければまずいと言って、私の国のことを聞いてくれた」

「普通のことです」

「私には、普通ではなかったんです」

リシアの紫の瞳が揺れた。

「それだけで、私は救われました」

昨日と同じ言葉だった。

けれど今日は、きちんと伝えたかった。

彼女に責任はない。

自分を救えなかったと背負わせたくない。

リシアはしばらく何も言わなかった。

やがて立ち上がると、腰の小さな革袋を外した。

「これは持っていけますか」

卓の上に置かれたのは銀貨だった。

レオンは首を振る。

「たぶん没収されます」

「では、これを」

今度は右手の指から細い銀色の指輪を抜いた。飾り気はなく、内側に帝国文字が刻まれている。

「皇族の証ではありません。私個人の印章です。商会や官吏の中にはこれを知る者がいます」

「受け取れません」

「命令です」

「私はもう、殿下の臣下でもないですが」

「元から臣下ではありません」

思わず笑った。

リシアも少し笑う。

レオンは指輪を受け取った。

「使う日が来ないことを祈ります」

「私は、使ってでも生きて帰ってきてほしいです」

帰ってきて。

その言葉に、セレスティアの声が重なった。

胸が痛んだ。

「努力します」

「絶対、と言いなさい」

レオンは少し迷った。

2年前、妹に軽々しく言った言葉を思い出す。

もう守れない約束はしたくなかった。

「……生きる努力は、絶対にします」

リシアは不満そうだったが、最後には頷いた。

扉の外から声がかかる。

「殿下、時間です」

彼女は振り返り、それからもう1度レオンを見た。

「私も、できることをします」

「何を?」

「あなたがどこで何をされているのか、帝都にいても分かるようにします」

レオンは返事をしなかった。

できるとは思わなかった。

灰の辺境へ送られる奴隷兵1人の情報が、皇女のもとまで届くとは思えない。

それでも、その気持ちは嬉しかった。

リシアが退室する。

扉が閉じる直前、黒髪が揺れた。

それが見えなくなってから、レオンは掌の指輪を握った。

王籍も祖国も帰る場所も失い、失ったものばかり数えていたが、帝国で得たものもあった。

そのことだけは忘れたくないと思った。

役人が戻ってきた。

「説明を続けます」

机に金属製の輪が置かれた。

腕に装着するには少し太く、表面には細かな魔法文字が刻まれている。

「軍務労役者には《隷属環》を装着します。管理区域からの無断離脱を検知し、管理者による懲罰機能を備えています」

レオンはそれを見つめた。

これまで言葉だったものが、急に形を持った。

奴隷兵という言葉が現実味を帯び、自分は本当にそこへ行くのだと理解した。

怖くないはずがなかった。

けれど逃げる場所もない。

「いつ出発ですか」

「明朝です」

レオンは頷いた。

明日から、自分を殿下と呼ぶ者はいなくなる。

それで何が残るのかは、まだ分からなかった。

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