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廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
飢える要塞

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退く場所を決める

 「受取を止めて、運び終えた者を西へ。ネマ、担架を確かめて」

 レオンが言うと、ホバンが近くの者へ同じ指示を繰り返した。荷を肩から下ろす音が続く。誰かが開いた袋へ戻ろうとしたが、補給係の兵が口を縛るだけでいいと止めた。

 荷台の脇にいた男だけが、縄を結び直していた。レオンが名を呼んでも、まだ終わらないと返してくる。受領札を握った手が、縄から離れなかった。

「その荷は置いて。今は戻る準備をして」

「なくしたら、俺が弁償することになる」

 レオンは倉庫の兵を呼び、作業打切りを確認してもらった。兵は札を受け取り、自分が記録すると告げた。それでようやく男の手がほどけた。

 荷を捨てろという言葉だけでは、動けない者もいる。札をしまう兵を見届ける間もなく、次の報告が来た。

 北東の柵の向こうで枝が折れた。ミラは耳を動かし、暗い沢の方へ顔を向けた。

「近い。小さいのが何頭か、その後ろにもいる」

「柵を越えそう?」

「まだ見えない。音が重なってる」

 レオンは伝令をサイラスへ送り、次に自分がいる位置をホバンへ伝えた。曲がり角の灯りは揺れていたが、通路の端は見えた。ここを離れれば、戻ってくる者に姿を見せられなくなる。

 笛が重なった直後、北の隙間を灰色の影が抜けた。作業場に残された空箱を蹴り倒し、柵沿いに走る。正規兵の弓から放たれた矢が背後の泥へ刺さり、影は身を低くした。

 灰牙犬だった。続く影は同じ方へ進まず、干した皮の匂いに引かれたように倉庫へ曲がった。物音に驚いた荷馬が鳴き、手綱を引く兵が声を荒らげる。

「馬を先に小門へ。人は通路の端を空けて」

 レオンの言葉を、伝令が受けて走った。班の者だけへ叫んでも、荷馬は止まらない。サイラスの指示が返り、馬の担当者が西へ向きを変えた。

 ホバンたちの盾が、倉庫の角へ並んだ。飛び込んできた灰牙犬が盾の縁へ噛みつき、槍先に追われて離れる。倒れた空箱へ後ろ脚を引っかけた別の個体が、甲高く鳴いた。

 レオンは数を数えようとしたが、雨と灯りの陰が動き、同じ影を追ってしまった。代わりに、通路へ入ったものがいるかとミラへ尋ねた。

「今はまだいない。北の班が見えなくなった」

 彼女が言い終わる前に、倉庫の間から男が転がるように出てきた。肩幅の狭い若い奴隷兵で、剃った頭の片側に古い火傷があった。息を切らし、北の班に負傷者がいると告げる。

「足を、荷の下へ……持ち上げられなくて」

 レオンの足が動きかけた。男の背後で、雨に濡れた道が暗く伸びている。どこへ行けばいいか分からないまま、身体だけが前へ出ようとしていた。

 彼は靴を踏みとどめ、ネマの名を呼んだ。

「担架を持って、運搬役の4人と行って。ゴルドは荷が動くか見てほしい。ミラ、北の通路を見て、無理なら戻して」

 それぞれの返事を聞き、案内の男にもついていくよう伝えた。ホバンには盾を広げさせず、帰る口を残してもらう。

 ガレスが隣へ来た。

「北の正規兵にも伝わった。サイラスは小門側の通路を押さえる」

 レオンはうなずいた。助けに向かう背中が倉庫に消えると、見えない時間がひどく長く感じられた。自分の目で確かめたい。それでも伝令が戻る場所は空けられなかった。

 南の斜面では、先に下がらせた運搬役が、北の区画から来る荷馬をよけていた。足元を空けるよう声を送ったが、雨に消えたのか、列は動かなかった。

 レオンは伝令へ、馬を止める兵のところまで行くよう頼んだ。班の指示だけで変えられない流れが、通路の向こうにもあった。焦れて待つ間、ガレスが最後に通った馬の数を教える。レオンはそれを聞き、道が空くのを見届けた。

 庇の下へ寄せていた空の荷台は、車止めが外れかけていた。ゴルドが抜けた分を自分で押さえようとすると、後ろにいた班員が代わった。

「俺がやります。指示を続けてください」

 レオンは手を離し、小門を指して、終えたらそこへ戻るよう伝えた。任せた後も車輪の音が気になったが、顔を戻した。ホバンの盾の列が狭まり、その右から北の通路がのぞいていた。

 重い衝撃が地面を伝った。続いて柵の横木が裂け、低い黒い塊が頭を振るのが見えた。湾曲した牙が灯りを返した。

「鎧猪だ。北東、柵を割った」

 ミラの声が倉庫の向こうから届いた。レオンはホバンへ撤退の準備を命じ、伝令をサイラスへ走らせた。決めていた条件に達している。まだ人が残るからと、待ち続けるわけにはいかなかった。

「運び終えた者から南の足場へ回って。小門まで止まらないで」

 柵を抜けた鎧猪は、盾の列を見て向きを変えた。逃げる灰牙犬が前を横切り、それを避けようとした巨体が倉庫脇の支柱へ肩をぶつける。乾いた音の後、庇が傾き、柱と横桟が通路へ落ちた。

 灯りの片方が消えた。

 レオンの視界で、白い布を結んだ杭だけが浮いた。西へ直進する道が塞がれている。南へ回っていた者は動き続けていたが、倉庫の間から戻る担架には、まだ距離があった。

「止まれ。落ちた物に触るな」

 ガレスの声で、柱へ近づこうとした男が引いた。すぐ横を灰牙犬が走り、ホバンの盾が押し返す。レオンは南の足場へ人を誘導し、北から戻る者の数を見た。

 ネマが先に出てきた。後ろには脚を固定された男を載せた担架があり、ゴルドは荷台から抜いた横板を抱えている。

「上の荷はどかした。こいつは脚が折れてるかもしれない。揺らすんじゃないよ」

 担架の男は正面を見ることもできず、歯を鳴らしていた。北の班の者が横へつき、手を握っている。

「南へ回れますか」

 レオンが尋ねると、ネマは斜面を見た。弓兵の援護で動けていた人の列が、泥の深いところで遅くなっていた。背後からは、別の班も合流してくる。

「運べる。ただ、あそこへ今から入れると、担架の足が止まる」

 ホバンが短く怒鳴った。灰牙犬の牙が盾の脇をかすめ、左前腕へ細い血が走っている。彼は盾を立て直し、こちらを見るなと叫んだ。

 レオンは喉の奥が冷たくなるのを感じた。止まっている間にも、助けた男の呼吸が乱れていく。

「柱を動かせるか」

 ゴルドが聞いた。ネマは折れた端を見てから、傾いた庇の下をのぞいた。

「奥の桁は残ってる。これを転がすなら、こっち側だ。上へ持ち上げるなよ」

 ゴルドが斧を渡し、柱の端へ手を掛けた。まだ技能を使ってはいない。それでも柱はわずかに動いたが、横桟が石へ噛んで戻ってしまった。

「少しなら使える。動かした後は、俺を勘定に入れるな」

 レオンは後ろにいる運搬役を2人呼び、ゴルドを支える役を命じた。ネマには柱が転がった先へ木の楔を差し込んでもらう。

「ホバン、そこから下がる準備を。ガレス、担架が通ったら後ろを見てください」

「分かった」

 返事を聞く間に、鎧猪が積んだ材木へ突っ込んだ。板が跳ね、灯りの外で誰かが息をのむ。ゴルドの首筋へ筋が浮き、濡れた袖が膨らんだ。

 柱が泥をえぐって動いた。

 レオンは動く柱を見続けず、開いた隙間へ担架を通した。持ち手の4人が歩幅をそろえる。後ろを持つ男が足を滑らせたが、隣の者が身体を入れ、担架は地面へ落ちなかった。

 ネマの楔が打ち込まれ、ゴルドが手を離した。次の瞬間には片膝が沈み、待っていた2人が脇へ入る。彼の足は動いたが、先ほどの速さはなかった。

「次の4人、そのまま小門へ。ミラ、南の最後を見て」

 レオンは通る者の肩を数えた。通り終えたと思っても、確認が返るまでは切り上げられない。曲がり角から小門へ向かった伝令が戻り、サイラスが受け入れを続けていると告げた。

 南側からミラが走ってきた。班の者は通したという。彼女は隠れている敵がいないか耳を澄ませたが、馬の鳴き声と柵の壊れる音に顔をしかめた。

「後ろ、音だけじゃ分からない」

「見えるところまででいい。離れないで」

 ガレスがホバンの肩をたたき、盾の列が短く下がった。開いた隙間へ灰牙犬が飛び込む。レオンは槍を突き出し、刃を届かせるより、目の前に壁を作るつもりで柄を支えた。灰牙犬が穂先を避け、槍の柄へ前脚をぶつけた。掌がずれ、槍が腕の中で跳ねた。

 横からミラの刃が走った。灰牙犬は身をひねって離れ、別の影とぶつかって倉庫の間へ消えた。レオンは追わずに足を戻した。小門の上から矢が落ち、背後でガレスが退けと命じた。

 小門をくぐった途端、足元が石に変わった。最後の盾が内側へ引かれ、兵が横木を掛ける。扉の向こうで走る音は続いたが、やがて南へ遠ざかっていった。

 レオンは息を吸った。吸い込んだ空気が喉へ引っかかり、咳になりかける。ホバンの声が聞こえ、そちらへ向き直った。

「数えるぞ。返事をしろ」

 レオンは返事に合わせ、見えた顔を確かめた。濡れた頭を振る者、胸へ手を当てる者の間に、足を投げ出して座るゴルドがいる。まだ呼ばれていない名を、先に心の中で探してしまった。

 28人分の名が呼ばれた。ゴルドは壁にもたれ、低い声で応じた。ホバンの左前腕と、担架を持って滑った男の足首に手当てが必要だったが、班に戻らない者はいなかった。

 別の班の重傷者は、正規兵が呼んだ治療所の当番へ引き渡された。レオンがその担架を見送っていると、サイラスが来た。

「外郭へは戻るな。北側はまだ確認できていない」

「了解しました。外郭へ出た28人は、全員戻っています。負傷は2人です」

 声に出すと、数が胸へ落ちてきた。レオンは壁へ手をつきたい衝動を抑え、運搬途中だった物資と、残した資材を報告した。

 サイラスは最後まで聞き、朝に確認すると言った。向こうで兵が油の容器を運んでいる。先に移しておいた分だった。

 レオンは、その数を今は思い出せなかった。濡れた紙を開こうとすると指が震え、角がうまくつかめなかった。

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