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廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
飢える要塞

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明日の支度

 外郭の柵は、遠くから見るより傷んでいた。地面との境が黒く湿り、横木をつなぐ縄には細かい毛羽が立っている。レオンが指を近づけると、ネマが触るなと止めた。

「棘が立ってる。皮膚の下に残ったら、抜く方が面倒だ」

 彼女は木槌の柄で支柱をたたき、音を聞いた。替えなければならない物と、締め直せば使える物を分ける間、ホバンが資材運びの順番を決めていく。


 石の要塞から西の小門を出ると、通路が北東へ折れ、外郭の作業場と仮置き倉庫へ続いていた。周囲は木柵で囲まれているが、倉庫の間には作業用の隙間があり、荷車を停めると人がすれ違えない場所もある。

 レオンは監督兵へ頼み、搬入に使わない空箱を動かす許可を得た。だが倉庫の軒下に積まれた材木まで移そうとすると、そこは別の係が使うと止められた。

「じゃあ、どこなら置けますか」

「南の斜面の上だ。ただし、雨で流すなよ」

 指定された場所を見に行くと、浅い傾斜の途中へ水が集まっていた。全部を運ぶのは無理でも、通路へはみ出した分をまとめれば幅は広がる。レオンは必要な場所を縄で示し、監督兵に見てもらってから班へ指示した。


 休憩の間、ゴルドは斧を膝へ置き、柄に巻いた革を直していた。レオンはその隣へしゃがんだ。

「柵を押さえる仕事と、重い物を運ぶ仕事なら、どちらが得意ですか」

「何をどこまで動かすかによる」

「戦いが始まったとき、前へ残ってもらうか迷っています」

 ゴルドは革の端を歯で引いた。

「斧を振る間は、荷を持てん。《鬼神》を使った後なら、荷を持つ者が俺を運ぶことになる」

 契約してから力の出し方が変わったかと聞くと、踏み込みは軽くなったが、疲れないわけではないと返ってきた。レオンは、前へ出てもらうと決めたつもりの印を紙から消した。

「最初は運搬を手伝ってほしいです。重い物が通路へ落ちたら、動かせるか見てもらえますか」

「見てから言う。それで構わんな」

 うなずくと、ゴルドは革を締め直した。承諾を得た安堵より、聞くまで分からなかったことの多さが胸に残った。


 昼過ぎ、サイラスが北東側の巡回から戻ってきた。金髪の先が雨粒で濡れ、欠けた左耳の下に泥がついている。レオンが通路の整理について報告すると、彼は縄をまたぎ、実際に幅を確かめた。

「担架は通したか」

「まだです。仕事が終わってから試そうと」

「荷車が戻る前にやれ。戻ってきてから塞ぐな」

 監督兵へ短く命じ、練習に使う時間を認めた。レオンは借りた担架へ土嚢を載せ、治療所から受け取っていたユリウの助言どおり、持ち手の緩みを確かめた。ネマが締め直した金具はきしんだが、抜けなかった。

 最初の試行で、担架は曲がり角へ引っかかった。前を持つ者が内側へ寄り、後ろが荷車の車輪に当たる。レオンが止まれと叫んだ直後、別の班員が、後ろを詰めろという声を伝えてきた。

「誰の指示だ」

 ガレスに尋ねられ、その男は隣で聞いたと答えた。隣の者は、前を空けろと言ったのだと首を振った。

 レオンが説明し直す間も、担架を支える腕は下ろせない。土嚢がずれ、ネマの足先をかすめた。

「今ここで、聞き直せない声が来たらどうする」

 ガレスの問いに、レオンは曲がり角を見た。自分がそこへ立てば通るかもしれない。だが、反対側で何か起きれば、また全員が待つことになる。

 彼は伝令を1人決め、指示を受けた相手の名と、どこへ向かうのかを復唱させた。担架の前はネマが見て、ホバンは後ろを止める。レオンの姿が見えなくなっても、担当を変えずに動けるよう、立つ位置から決め直した。

 2度目には角を通れたが、荷車が戻ってきて練習は打ち切られた。担架を返すとき、レオンの掌にも縄の跡が残っていた。今日は試せても、夜の暗さまでは再現できなかった。

 翌日、必要な留め具を受け取りに行くと、倉庫の入口にラザルがいた。小さな机で資材の受領票をそろえている。レオンが通路の話をすると、彼は紙の裏に倉庫の並びを描いた。

「全部をここへ戻そうとするから詰まるんでしょう。先に移せる物まで、危なくなるのを待つ必要がありますか」

「俺たちでは、勝手に動かせません」

「だから、その許可を今のうちに取るんです」

 ラザルは油の容器と薬用の乾燥布を先に挙げた。壊れやすく、失えば代えにくい。材木を全部運ぶより少人数で済むが、どの保管係の扱いかを確かめなければならなかった。

「相談料が要りますね」

 ラザルがペンを置いた。

「何を払えばいいんですか」

「この箱を棚へ戻してください。私は数字を見ている方が役に立つので」

 レオンが監督兵を振り返ると、ついでに隣も運べと言われた。ラザルは涼しい顔で、箱の正しい位置を教えた。

 その帰りに、彼は古い図面の話を持ち出した。資材の照合で見た記録には、外郭東側へ抜ける排水路が載っていたという。レオンは写した位置だけを受け取り、ネマと監督兵に同行してもらった。

 見つかったのは、土と石で半ば塞がれた穴だった。水は細く流れていたが、人を通せる幅はない。入口の上には根が張り、崩すと柵の土台まで緩みそうだった。

「この図面、いつのだい」

 ネマに聞かれ、レオンは端の年を読んだ。12年前だった。


 夕方、結果を伝えると、ラザルは図面をしばらく見つめた。

「記録では、そこに道がありました」

「今はありませんでした」

「ええ。今の方へ直しておいてください」

 彼は描いた線を自分で消した。レオンは代わりに、南側の浅い斜面を示した。荷を積んだ車は通せないが、人なら西の小門へ回れる。翌日の作業で足元を確かめ、滑りやすい場所だけ砂利を足すことになった。

 サイラスへ提出した案は、最初に考えたものより短くなった。移す物を絞り、作業を打ち切る条件を先に書いたからだった。北東の柵が破られ、通路へ魔物が入った場合は、残った資材より人の移動を優先する。

 サイラスは南の斜面まで歩いてから、条件を書き足した。

「ここは逃げる方向が外から見える。弓兵の援護がなければ、担架を長く止めるな。西の小門へ入るまでは、こちらの指示を聞け」

 レオンは復唱した。許されたのは全体の改修ではなく、資材移動と最低限の足場直しだった。それでも、危なくなってから初めて頼むよりはよかった。戻り道では、新しい板を積んだ荷車が南の倉庫へ向かうのが見えた。こちらへ残る補修材は、古い物から使うよう指示された。

 許可が下りると、保管係が容器の封を読み上げた。班が受け持つのは運搬だけで、行き先の係が数を認めるまで仕事は終わらない。レオンは最初の容器を抱えて西の小門を通り、引渡しの印をもらって戻った。

 外へ戻ると、ネマが残りの荷を止めていた。荷台の縁から釘が出ている。布を積めば破れると指摘し、木槌で打ち込んだが、次の釘は頭が潰れて抜けなかった。

「少し待ってくれ。こっちは使わない方がいい」

 予定より運べる数が減った。レオンは人を増やそうとしかけ、容器を受け取る側の机が詰まっているのを見た。荷の前で待たせても、行列が長くなるだけだった。

 ホバンへ作業の切れ目を伝えると、先に終えた者は南の足場へ回された。レオンも空の荷台を戻し、次の受領が済むまで通路の出口へ立った。ここからなら内側の係と外の運搬役の両方が見えた。


 夜に近いころ、監督兵が借りた灯りを返すよう命じた。レオンが夜も残せないか尋ねると、油の支給先が違うと断られた。サイラスへ確認してようやく、小門と曲がり角へ灯りを置くことが認められた。

 暗くなり始めた通路を戻ると、昼には気づかなかった穴が足元へ沈んで見えた。ネマが短い木杭を打ち、白い布の切れ端を結ぶ。

「灯りが消えても、ここへ足を入れるなよ」

 レオンは杭の位置を後ろの者へ伝えた。返事が端まで届いたのを聞いてから、最後の道具を拾った。

 作業を終えた夜、兵舎では誰かが靴の中へ詰めた布を抜いていた。ミラが匂いから顔を背けると、持ち主は外へ出せば盗まれると言い張った。

「誰が盗るの、それ」

「靴じゃねえ。布の方だ」

 返事に笑いが起こった。ネマは膝の上で小さな木片を削り、先の丸みを指で確かめている。ユリウの箱に残った端材だという。

「匙ですか」

「欲しいって奴がいたからね。口を切らせたら面倒だろ」

 若い盾兵が向こうから手を上げた。木片はまだ厚く、出来上がるまでには日がかかりそうだった。

「自由になったら、もっといいのを買えばいい」

 ホバンが言うと、盾兵は首を振った。

「自分で持っていけるなら、これがいいです」

 声が少し細くなった。誰も笑わなかったので、彼は慌ててパンを削るのにも使えると付け加えた。

 そこから食べたい物の話になった。ホバンは熱い肉を挙げ、ゴルドは量が足りればいいと言った。ミラは故郷で食べた香草の名前を口にしたが、誰にも伝わらず、匂いを説明するうちに空腹を訴え始めた。

 レオンは、誰にも起こされずに眠ってみたいという声を聞いた。王宮でも人質の部屋でも、自分の起きる時刻は他人が決めていた。そこだけは同じだと思いかけたが、口にはしなかった。

 ミラが隣へ座り、彼の袖から飛び出た糸を見つけた。

「それ、貸して。明日の朝に引っかけるよ」

「今、脱ぐの?」

「脱がなくても切れるってば」

 小さな刃が動き、糸が離れた。肩越しに彼女の耳が近づく。レオンが動かずにいると、ミラはどうしたのと顔を上げ、それから少しだけ距離を戻した。

 通路の足音が止まり、監督兵が入口に立った。いつもの消灯を促す声かと思ったが、顔つきが違った。

「明日の荷受けは中止だ。北の橋が落ちた。補給隊は迂回路を探している」

 食べ物の名前が、誰の口からも出なくなった。レオンは膝の紙を開き、移動を許された物資の欄を見た。数量の横に記した到着予定日は、まだ書き直していなかった。

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