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廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
飢える要塞

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薄い粥

 匙を鍋へ差し入れた炊事係が、底を探るように腕を動かした。すくい上げた粥は白く濁っていたが、木の器へ落ちる音は水に近かった。

 レオンは器を受け取り、長椅子の端へ座った。向かいにいるホバンがパンをちぎる。その隣へ視線を移してから、レオンは自分の匙を探した。ダンなら、その固さでは歯が欠けると笑ったはずだった。

「取ってあるぞ」

 ホバンが匙を差し出した。いつの間にかレオンの肘に押され、卓の縁まで滑っていた。

「ありがとう」

 礼を言って粥を口へ運ぶと、熱さの後にわずかな塩気が残った。空腹の腹はすぐに続きを求めたが、斜め向かいの若い盾兵は、パンをちぎって粥に浸そうとしていた。その器はもう空に近い。黒岩外哨から戻って以来、固いパンを飲み下すのに苦労している。

 レオンが自分の器を持ち上げかけると、隣から指が伸びてきた。

「それ、どこへ持っていくの」

 ミラの琥珀色の目が、器からレオンへ移った。

「パンをふやかすのに、少し分けようと思って」

「その少しを、昨日も残してたよね」

 声は低かった。卓の向こうではゴルドが大きな掌でパンを包み、ゆっくりとかみ砕いている。折れた左角の下で眉が動いたが、口は挟まなかった。

「あなたが倒れたら、誰が皆の話を聞くの」

 ミラは器から手を離した。それ以上は言わず、自分の粥を食べ始める。レオンは盾兵へ、食後に気分を聞かせてほしいと伝え、器を手元へ戻した。食べることにまで理由が必要になっているのが、ひどく情けなかった。

 食堂の壁際には、新しく運び込まれた寝具が積まれていた。北の拠点から移された兵が増え、配給を待つ列も長くなっている。誰かが咳をすると、まだ自分の順番が来ない男が苛立たしげに肩を動かした。

 食事を終えたレオンは、許可された見舞いの時間に治療所へ向かった。窓辺ではユリウが、左手で木片に線を引いていた。右腕は布で吊られ、膝の上には端材が置かれている。

「ネマさんに頼まれて、箱の仕切りの寸法を見ています」

 見られたことを弁解するように言ってから、ユリウは木片を伏せた。

「運ぶ方なら、そろそろ戻れると思うんです」

「その箱を、自分で持ち上げてごらんなさい」

 背後でリーネが言った。栗色の髪をまとめ直し、寝台の間を抜けてくる。ユリウが左手で箱の縁をつかむと、傾いた底を支えようとして右肩がわずかに動いた。すぐに唇が固く結ばれた。

「痛まないように動くことと、仕事を続けられることは違います。今日は線を引くところまでにしてください」

 リーネは箱を引き取った。レオンも何か言おうとしたが、ユリウが線の曲がりを指でなぞっているのを見て、言葉を選び直した。

「仕切りができたら、見せてほしい。道具が動かない箱があると助かる」

 ユリウは顔を上げずにうなずいた。帰る前、レオンが寝台の脇に水を足すと、今度は小さく礼が返ってきた。


 昼前、レオンは班の配給票を持ち、監督兵に付き添われて軍需倉庫へ入った。食事量が減った理由を問い合わせることは認められたが、棚へ近づくことまでは許されなかった。

 入口に置かれた机の向こうで、痩せた男が帳簿を写していた。無造作な黒髪には額の近くに銀色の房が混じり、細い暗緑色の目の片方に片眼鏡を掛けている。くたびれた上着の袖からのぞく手首には隷属環があり、指先は黒いインクで汚れていた。背はレオンより少し高そうだったが、椅子へ深く沈んだ姿勢のせいで、ひどく長い腕ばかりが目についた。

「配給への苦情は、そちらの箱へどうぞ」

 男は顔も上げず、空の木箱を指した。

「そこへ入れたら、誰が読むんですか」

「さあ。私は転記係なので」

 監督兵が靴先で机の脚を蹴った。

「受取票の照合だ。余計な口を利くな、ラザル」

 男はようやく顔を上げ、レオンの差し出した票を受け取った。目が行を追う時間は短かった。

「班は29人ですね。今朝は28人分を食堂で受領し、療養分は治療所から支給されています。受取数は合っていますね」

「数は合っています。でも、先週より薄くなっています」

「鍋へ入れる量が減っていますからね。水は減っていませんが」

 レオンが黙っていると、男は片眼鏡の位置を直した。

「私をにらんでも、豆は増えませんよ」

「誰が減らすと決めたのか、知りたいんです」

 男は監督兵を見た。兵は倉庫の奥へ声を掛け、丸い肩をした中年の補給係を呼んだ。補給係は短く刈った褐色の髪を指でかき、レオンの票を確かめると、予定の荷がまだ届いていないと説明した。

「人数は増えた。荷は来ない。以前と同じ量を出せば、先に底が見える。お前の班だけ減らしたわけじゃない」

「次は、いつ届くんですか」

「明後日の予定だ。予定ではな」

 補給係は机の端の帳簿を開いた。書かれた数をレオンが読もうとしたところで、ラザルがそのページへ指を置いた。

「それは入庫済みの数ではありません。到着予定を写した欄です」

 補給係の手が止まった。

「昨日の締めで直したはずだろう」

「こちらは直っています。受領用の控えが古いままです」

 口調に勝ち誇るところはなかった。面倒が増えたとでもいうように、ラザルは椅子を引き直した。補給係が棚番号を読み、監督兵が奥の袋を数える。レオンは入口で待ち、戻ってきた数字と控えの数字を並べる役だけを任された。

 予定の荷を除けば、倉庫にある量は帳簿から受けた印象より少なかった。袋の口が濡れて使えなくなった分も、別の欄へ移されている。

「豆だけなら、今の払出し方で約11日です」

 ラザルは紙の端へ計算を書いた。

「要塞の食料が、それで全部なくなるんですか」

「この倉庫が扱う、奴隷兵用の豆の話です。麦も干し野菜もありますし、別倉庫の在庫は私の仕事ではありません。ただ、豆がなくなった分を何で埋めるかは、今から考える必要があります」

 補給係が紙を取り上げ、数字を確かめた。上へ報告すると言い、今朝の支給量は変えられないと付け加える。レオンには反論の材料がなかった。

 退出を促される直前、彼は男の机へ向き直った。

「名前を聞いてもいいですか」

「さっき呼ばれていたでしょう」

「あなたから聞きたいんです」

 男はインクのついた指を布で拭いた。

「ラザル・クロイツです。次から質問をするなら、答えるのに必要な時間も用意してください」

「どれくらいですか」

「あなたが帳簿を読めるなら短くなります。荷を数えるところからなら、その分は長くなる」

 レオンは机に残された計算を見た。数が合っているというだけで安心していた自分には、その差が見えていなかった。

「では、次は受取量と、班で食べている量を確かめてきます」

「どうして私に報告するんです」

「質問だけして帰ると、あなたも困るでしょう」

 ラザルの指が布の上で止まった。やがて、好きにしてくださいと返ってきた。

 倉庫の外では、運搬当番のミラが空の籠を重ねていた。監督兵が戻りの人数を数える間、レオンが控えを折っていると、窓の内側からラザルの声がした。

「書き写すなら、端の紙を使ってください。そこは受領印を押す場所です」

 レオンは慌てて指を離した。ミラが窓へ耳を向ける。

「ずいぶん細かいんだね」

「その細かいところを落とすと、夕方にもう1度ここへ来ることになりますよ。私は居眠りの時間を失います」

「仕事中に寝るつもりなの」

「仕事を終えたらです。終わらせるために、今こうして親切にしているんですが」

 ミラの尻尾が籠を払った。ラザルは窓越しにそれを見て、倒すと数え直しになりますと付け加える。彼女は籠を押さえ、腹の立つ声だと小さく言った。レオンは思わず口元を緩めたが、倉庫へ目を戻すころには笑みが消えていた。机の男はもう別の票を読んでいた。


 昼の作業では、乾燥豆の袋を荷車へ積むのを手伝った。袋を肩に載せるたび、縫い目から乾いた土の匂いがした。これが何食分になるのかと考えたものの、重さだけでは見当がつかない。運ぶ先も、自分たちの炊事場とは限らなかった。

 ゴルドが次の袋を受け取り、積み重ねる向きを変えた。下の袋の口が押し潰されないようにしている。

「傭兵のころも、こういう仕事を?」

「食わずに斧は振れん」

 それだけ言って、ゴルドは荷車の縁を引いた。車輪が石の継ぎ目を越えると、レオンの手元まで重さが伝わってきた。

 午後の作業が終わるころ、レオンはホバンから班の食事の様子を聞いた。食べ残す者がいる一方、ゴルドのように今の量では腹が満たされない者もいる。夜番を終えた者は、冷えた粥を急いでかき込んでいた。

「同じ器に同じだけ入れれば済むと思うなよ」

 ホバンは濡れた靴を脱ぎながら言った。

「増やせるのかは別だが、困ってる奴の話くらいは集められる」

 レオンはうなずき、覚えている名前の横へ短く印をつけた。書き終わっても、ダンの名を消した跡へ指が触れてしまった。紙を折り直すまで、少し時間がかかった。


 夕食では、朝の盾兵がパンを最後まで食べた。ミラが何も言わずにレオンの器を見るので、彼も残った粥を飲んだ。温かさが腹へ落ちると、張っていた肩がわずかに下がった。

 食堂を出る途中、雨粒が石畳を打ち始めた。ガレスが軒の下で空を見上げていた。灰の混じった茶髪へ手をやり、レオンの足元を見る。

「靴底は持つか」

「今のところは。明日、ネマに見てもらいます」

「自分で確かめてから頼め。直す者の手も足りん」

 ガレスはそこで言葉を切り、兵舎へ続く道へ目を向けた。

「明日、少し話をする。帰りの岩場で、お前が何を見ていたのか聞きたい」

 レオンは、雨の音が急に近くなったように感じた。担架の揺れと、岩へぶつかった鈍い音がよみがえる。それでも顔を伏せず、はいと答えた。

 兵舎へ戻ると、空いている寝台の横を誰かが荷袋で埋めようとしていた。ホバンが袋をずらし、通路だけは残せと注意する。レオンも自分の荷を寄せ、床に落ちていた木屑を拾った。

 明日の食事も、明日の仕事も続く。その中でダンのいない場所が少しずつ狭くなっていくのを、レオンは黙って見ていた。

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