↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
沈黙した外哨

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/36

戻れなかった名前

要塞の城門が見えたとき、レオンは立ち止まりそうになった。

石壁は見慣れた形をしていた。見張り台に帝国の旗が掲げられ、門の脇には兵士が立っている。出発したときと同じ景色だったが、帰ってきた人数だけが違った。

「歩けるか」

ガレスが聞いた。

「はい」

レオンは答えて、担架の後ろについた。負傷した補助兵の顔には少し血の気が戻っている。肩を借りて歩くフェリス伍長も、要塞を見上げて唇を噛んでいた。

門を通ると、治療所からリーネと手伝いの兵士が駆けつけた。

「こっちへ。寝台を空けています」

担架が運ばれ、フェリスたちも続く。レオンは後を追おうとしたが、サイラスに呼び止められた。

「8741。報告へ来い。お前が見たものを聞く」

レオンは治療所の扉を見た。3人が入っていく。自分が付き添わなくても、リーネがいる。

「分かりました」


詰所では監督官と軍の記録係が待っていた。レオンが入ると、サイラスが地図を広げる。

「黒岩外哨の門と見張り塔は破損していた。負傷者3人を発見し、遺体の一部を確認した。正確な死者数はまだ分からん」

軍曹は必要な事実だけを並べた。

「何に襲われた」

監督官が尋ねる。

「生存者は複数種の魔物が一斉に移動したと証言しています。私たちも帰路で灰牙犬と大型の獣を確認しました」

サイラスが答えた後、レオンへ視線を向けた。

「お前の意見は」

「外哨では門が内側へ倒れていました。北の道では、鹿と灰牙犬が同じ場所で踏み潰されたように死んでいました。ただ、何が原因で移動しているのかは分かりません」

「追い立てているものがいるのか」

レオンは口を閉じた。ミラが感じ取った静けさや、南へ逃げる獣の姿が浮かぶ。

「いるかもしれません。でも、見ていません」

監督官は不満そうに鼻を鳴らしたが、記録係はそのまま書き取った。

サイラスは帰路の事故も報告した。

「奴隷兵1人が大型の角鹿と衝突し、死亡した。遺体は現地へ残した。退路が狭く、これ以上の搬送は危険と判断した」

レオンは胸元の小袋を握った。

「場所は記録してあります。回収隊を出してもらえませんか」

監督官が眉を寄せた。

「外哨への再出撃も危険だと言っているところだぞ」

「でも、場所は分かっています」

「必要な調査が終わってから考える。今は許可できん」

声を荒らげても決定は変わらない。レオンは唇を噛み、頭を下げた。

詰所を出ると、サイラスが廊下で待っていた。

「お前の報告は記録へ残す。外哨の生存者を運ぶ方法も役には立った」

「……ありがとうございます」

「だが、全員助けられると考えるな。あの岩場で無理に遺体を運べば、もっと失っていた」

レオンは返事ができなかった。

軍曹は少し声を落とした。

「俺も、部下を置いて退いたことがある」

その先は話さなかった。レオンが顔を上げたときには、サイラスはすでに歩き出していた。


兵舎へ戻ると、ホバンが木箱の前に座っていた。そこにはダンが要塞へ残していった工具と小さな布袋がある。使い込まれた金属製の定規も入っていた。

「これ、石を測るやつだろ」

ホバンが定規を持ち上げた。

「昨日、橋を作ってたって話を聞きました」

「俺も何回か聞いた。昔はよかったって話ばっかりだ」

ホバンは定規を袋へ戻した。

「……本当に戻れなかったんだな」

レオンは何も言えなかった。

ダンがいつも座っていた寝台には毛布が畳まれ、修理しかけの革紐が残っている。レオンはそれを見つめた。残った品を数えても、彼がどんなふうに笑う人だったかまで残せるわけではない。

「ダンの遺品、どうしますか」

「管理官に渡せば倉庫行きだろ。身内がいるかも分からん」

ホバンは床を見た。

「俺は死にたくねえよ」

突然の言葉だった。

「もちろん、誰だって」

「いや、分かってんだろ。あいつも死にたくなかった」

レオンは頷いた。石工の橋をもう1度見たいと言っていた。そんな願いを持ったまま、岩場で倒れた。

「……うん」

「お前が俺らを守ろうとしてるのは知ってる。でも、全部上手くいくと思わせないでくれ」

レオンはホバンを見た。

「有難う」

ようやく言うと、ホバンは短く頷いた。

「ならいい。俺も生き残るために考える」

彼は立ち上がり、槍を取りに行った。レオンはその背を見送り、ダンの布袋を丁寧に閉じた。


夕方、レオンは治療所へ行った。

フェリス伍長は寝台に横たわり、左肩へ新しい包帯を巻かれていた。額を怪我した女は眠っている。脚を傷めた男も、足を固定して休んでいた。

「3人とも生きています」

リーネが水を換えながら言った。

「脚の方は時間がかかりますが、今すぐ命に関わる状態ではありません」

レオンは頷いた。それから自分の掌へ目を落とした。

「ダンは連れ帰れませんでした」

「聞きました」

リーネの手が少し止まった。彼女は水桶を置き、静かに椅子を引いた。

「座りますか」

レオンは首を振った。座ったら動けなくなる気がした。

「助けられた人がいるのに、どうしてあの人だけ」

言葉が途切れた。

リーネはすぐには答えなかった。窓の外では、別の負傷兵を乗せた荷車が通っていた。

「私が治療した人も、みんな助かるわけではありません」

しばらくして彼女が言った。

「傷を見て、できることをして、それでも亡くなる人がいます。慣れたとは思いません」

レオンは顔を上げた。

「それでも明日も治療するんですか」

「はい。来てくれる人がいるなら」

彼女は眠る3人へ目を向けた。

レオンは枕元の水筒を直した。少し傾いていたのを元へ戻す、それだけで手を動かしていられた。


兵舎では、ダンの遺品をどう記録するか話し合っていた。ネマは金属製の定規を持ち、端についた細かな傷を指でなぞる。

「これ、ちゃんと目盛りを刻み直してある。大事に使ってたんだね」

「軍に渡した方がいいのかな」

レオンが尋ねると、ガレスが頷いた。

「登録は必要だ。だが本人の遺品として申請しておけ。勝手に誰かの私物にするな」

レオンは名簿の横に別の紙を置いた。そこへダンの名前、番号、最後に確認した場所と、残った道具を記していく。書きながら、名前を消して空いた欄を詰める気にはなれなかった。

夕食はいつもの薄いスープだった。

ゴルドもホバンもほとんど話さず、ミラは黒パンをちぎっている。誰かの匙が椀へ当たる音だけが聞こえた。

レオンの椀には、食べ残した豆が沈んでいた。

「それ、もう食べないの?」

ミラが尋ねる。

「食べるよ」

「ずっと見てるだけじゃん」

彼女は自分のパンを小さくちぎった。

「ダン、あたしにも盾を持たせてくれたことあるんだ」

レオンは顔を上げた。

「ミラに?」

「盾があれば追い込まれたとき楽になるって。でも重くて、あたしには合わなかった」

ミラは視線を落とす。

「笑われたよ。そんな細い腕じゃ盾に振り回されるって」

「そうなんだ」

「いつも同じことをしてる人だったな」

レオンはダンが金具を叩いていた姿を思い出した。ミラの声が少し掠れている気がしたが、顔を覗き込むことはしなかった。

「……うん」

「だから、今日はあたしも腹が減ってない」

そう言ってミラはパンを口へ入れた。レオンも匙を持った。温くなったスープは、いつもと同じ薄い味だった。


夜、ガレスが兵舎の外へ呼んだ。

「休めてないだろ」

「そんな顔してます?」

「してる。明日は朝の訓練を減らすよう話しておいた。戻ったばかりで無理をする必要はない」

「ありがとうございます」

「人数を数えたか」

「班は29人です。ユリウは治療所にいます」

「そうだ。現在員は29人で、戦える者はそれより少ない」

ガレスは城壁の方を見た。

「数えるときに名前も忘れるな。ダンは死んだが、最初からいなかったことにはならん。我々に犠牲が出ない方が珍しい。だからやれることは全部やる必要がある」

レオンは頷いた。胸元へしまった番号札が、布越しに硬く当たった。


翌朝、訓練場にはダンの立っていた場所が空いていた。ホバンがその横で盾兵の位置を調整している。もうダンへ声をかけることはできない。

レオンは練習用の木剣を持った。ガレスと向かい合うと、初撃をかわしきれず肩を叩かれた。

「集中しろ」

「はい」

少し離れた場所で、ゴルドが素振りをしていた。巨大な斧が風を切るたび、土に深い跡が残る。しかし今日は《鬼神》を使っていない。レオンが近づくと、ゴルドは斧を止めた。

「お前、ダンのことを考えてるな」

「……はい」

「俺もだ」

それだけ言い、ゴルドは斧を壁へ立てかけた。その姿を見たとき、なぜかレオンはゴルドと《テイマー》契約が出来る気がした。そして衝動的にレオンは言った。

「部隊のメンバの生還率を上げるために出来ることはなんでもしたいんです。だから俺と契約しませんか」

ゴルドはレオンを困惑した顔で見ながら言った。

「何を言っている」

「俺には《テイマー》契約という能力があり、契約を結んだ相手の能力を向上させることができます」

「……もしかしてミラとその契約を結んでいるのか」

「……はい。よく分かりましたね」

「急にミラが少し強くなったなとは思っていた。……前にお前へ言ったな。俺は契約が嫌いだと」

レオンは頷いた。ゴルドはかつて捕虜を守る約束を果たし、雇い主に裏切られた。折れた左角を見るたび、その話を思い出す。

「お前とミラは、どんな約束をしてる」

レオンはすぐには答えなかった。ミラが自分で選んだ契約だ。本人の知らないところであれこれ話すのは嫌だった。

「本人に聞いてもらっていいですか。俺から話していいかも確かめたいので」

ゴルドは少し目を細めた。

「俺が知りたいと言ってるのにか」

「ミラが嫌がるなら、勝手には」

「……分かった」

ゴルドは斧を持ち上げた。


昼、ミラへ話すと、彼女は「別に隠すことじゃないよ」と言った。ただし信頼度を数字で表示する話だけは、自分のものを勝手に他人へ見せないよう頼まれた。

「数字で比べられるの、変な感じするからさ」

「分かった」

「それに、ゴルドなら本人から聞くでしょ」

その通りだった。

夕方、ゴルドとミラが武器庫の裏で話しているのを見かけた。レオンは近づきすぎず、壁に寄りかかって待った。

しばらくしてミラが去り、ゴルドが手招きする。

「俺にも、少しは強くなる効果があるのか」

「多分。でも、ミラも大きく変わったわけじゃありません。それに本人が同意しないと契約できません」

「命令する道具じゃないのか」

「そういうことはできません。少なくとも、今分かっている範囲では」

「解除は?」

「どちらからでもできます」

ゴルドは無言で折れた角を触った。

レオンは続きを急がなかった。ゴルドが自分で考える時間が必要なのは、分かる気がした。

「……少し考えさせろ」

「もちろんです」

去っていく大きな背中を見送り、レオンは夕暮れの空を見た。契約という言葉を、ゴルドがどんな思いで受け止めたのかは分からない。今は、答えを催促しない方がいいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。