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廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
奴隷兵の小隊長

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16/34

引く勇気

古い監視所の塔は、遠くから見ると折れた指のようだった。

レオンは街道の分岐で足を止め、ガレスから借りた地図を開いた。北東の荒野には低い岩山が点在し、白い土が風に削られている。道らしい道はなく、荷車が通れるのは水路沿いの平坦な部分だけだった。

「人数は?」

ガレスが問う。

「30人です。荷車の引き手も含めて、全員います」

「役割は?」

「前衛に盾兵、左右に槍兵、後衛にゴルド。ミラは先行して安全を見ます」

「大きな魔物が来たら?」

レオンは少し考えた。

「ゴルドに止めてもらいます。俺たちだけでは相手にできないので」

ガレスは眉を寄せたが、何も言わなかった。

任務は、放棄された監視所から魔導設備の金属部品や予備の資材を回収することだった。監督の正規兵は、頬がこけた痩せた男で、制御具を腰に下げている。

「荷車2台は空で行かせる。帰りはできるだけ詰めろ。日没前に要塞へ戻れ」

軍は壊れた設備も再利用するらしい。レオンは王宮なら使い古した道具を捨てていたことを思い出し、今さらあれが贅沢だったと感じた。

移動中、ミラが時折戻ってきて周囲の臭いや足跡を教えてくれる。

「小型の魔物がいた。でも今は近くにいない」

「何匹くらい?」

「分からない。古い臭いが重なってる」

「無理しないで」

「偵察なんだから、見てこなきゃ意味ないだろ」

尻尾を揺らして前へ走る姿を見送り、レオンは彼女の背中が軽くなったように感じた。契約後の変化はわずかでも、ミラ自身には確かな手応えがあるようだった。

監視所へ着いたのは昼前だった。崩れた石壁の内側には、錆びた金属板、壊れた魔導灯、分厚い歯車が散らばっている。荷車を引く者たちが手際よく部品を集め始めた。

「こっちの板も持って帰ります?」

レオンが目を向けると、ホバンが重そうな板を持ち上げていた。

「一覧にあります。お願いします」

「帰りは地獄だぞ、これ」

ホバンが顔をしかめる。荷車はじわじわと重くなり、車輪が土へ沈み始めた。

「全部積むな。軸が折れる」

ガレスが警告した。

「でも、回収品の一覧に」

「一覧を書いた奴は荷車を引かん。運べる量を見ろ」

レオンは荷を下ろして組み直すよう頼んだ。何を優先するか迷っているうちに時間が過ぎ、予定より作業が遅れてしまう。

「班長、早く決めろ」

ホバンの声に胸が縮んだ。決めなければ、と焦ったとき、ミラが北側を向いた。

「待って。何か来る」

耳がぴんと立っている。

「足音が重い。かなり大きい」

レオンがガレスを呼ぼうとした直後、崩れた塔の向こうから、巨大な猪が姿を現した。全長は3mほどあり、背中から肩にかけて黒い岩のような甲殻が重なっている。口元からは鋭く湾曲した牙が突き出し、太い前脚が地面を踏むたびに土が震えた。

「鎧猪だ!」

ガレスの叫びと同時に、魔物が頭を下げた。次の瞬間、巨体が猛烈な勢いで突進してきた

魔物が頭を下げて突進してきた。盾兵は正面で受けようとしたが、「避けろ!」という叫びで辛うじて左右へ跳んだ。角が石壁を貫き、破片が飛び散る。

レオンは硬直した。あれを受けていたら、盾ごと人が吹き飛んでいただろう。

「ゴルド!」

「任せろ」

鬼人の身体から赤黒い魔力が揺らめいた。《鬼神》が発動すると、ゴルドの踏み込みで土が深く沈む。大斧が鎧猪の前脚へ叩きつけられ、硬い甲殻が割れた。

「すごい……」

思わず声が漏れた。鎧猪が後退し、ゴルドが追う。もう1撃が首の付け根へ当たり、巨大な身体が横へよろめいた。

「喜ぶな、周りを見ろ!」

ガレスに怒鳴られて振り向いた。

塔の陰から灰牙犬が現れていた。3匹、さらにその後ろにも影が見える。

「右へ槍を! 荷車から離れないで!」

レオンが叫ぶ。ホバンたちが槍を構えたが、灰牙犬が横へ跳び、隊列の薄いところを狙ってくる。

「ミラ!」

「見えてる!」

ミラが走った。低い姿勢で魔物の前へ滑り込み、左手の短剣で前脚を裂く。体勢を崩した灰牙犬の首へ湾曲刀を走らせるが、刃が浅く、獣はまだ動いた。

追撃しかけたミラは踏みとどまる。別の灰牙犬がホバンの横へ回り込もうとしていたからだ。

「そっち、2匹来る!」

彼女の声で槍が動き、1匹を貫いた。

レオンは剣を抜いたが、どちらを向けばよいのか分からなくなりかけた。鎧猪と灰牙犬、荷車と負傷者。目を移すたびに別の危険が見える。

「ゴルド、左へ!」

頼りたい相手の名を呼んだ。

ゴルドは大斧を構え直したが、最初ほど速く動かなかった。荒い息が聞こえ、赤黒い魔力が薄れている。

「……くそっ」

「ゴルド?」

「《鬼神》が切れた!」

ガレスの声にレオンの腹が冷えた。ゴルドは長く続かないと言っていた。使い終えた後は疲れるとも。なのに自分は、あの強さなら何とかなると考えていた。

鎧猪が再び突進する。ゴルドは斧の柄で角をそらしたが、足元が滑り、肩から石壁へぶつかった。

「ゴルド、下がって!」

「まだ動ける!」

「今は下がってください!」

ガレスが横から鎧猪の目元を斬り、注意を引いた。レオンは周囲を見た。西側には来た道があるが、魔物が塞いでいる。南には岩に挟まれた細い通路があった。

「南へ抜けられますか」

「荷車が通らんぞ」

ガレスが答える。

レオンは荷車へ目を向けた。積み上がった金属板も歯車も、軍が必要としているものだ。置いていけばまた罰を受ける。これ以上、班の人たちに迷惑をかけたくなかった。

「レオン!」

ミラが飛んできた灰牙犬をかわしながら叫んだ。

「南は人なら通れる! でも車輪は無理!」

迷っている間にも、負傷者が増える。盾兵の1人が腕を押さえ、別の者が脚を引きずっていた。

レオンは唇を噛んだ。

「持てる部品だけ持って、荷車を捨てます!」

「何を言っている!」

監督の正規兵が怒鳴った。

「資材を残して撤退しろとは命じていない!」

「ここで守り続ければ、全員が囲まれます!」

「奴隷兵が足止めすればいいだろう!」

男の指が腰の制御具へ伸びた。レオンの左腕が強張る。焼けるような痛みを思い出した。

しかし後ろでは、ホバンが負傷した仲間を支えている。ゴルドは壁へ手をつき、呼吸を整えようとしていた。

「任務を達成できなかった責任は取ります。今は退かせてください」

声が震えた。監督兵が怒鳴り返す前に、ガレスが間へ入る。

「ここで班長を潰したら退路の指示も止まる。報告なら俺もする。懲罰は帰ってからにしろ」

監督兵は歯を剥いたが、襲いかかる灰牙犬を見て舌打ちした。

「……必ず報告するからな」

許可とは言えない返事だった。それでも今は動ける。

「歩ける人は部品を抱えて! 怪我人は中央へ! 南側の通路へ移動します!」

レオンが叫ぶと、兵士たちが荷を選んで背負い始めた。高価そうな魔導設備でも重すぎるものは残す。置き去りにする荷車の軸を見て、胸が痛んだ。

「ゴルド、最後尾をお願いできますか」

「通常の力なら残ってる」

「無理なら交代してください」

「分かった」

珍しく素直な返事だった。ゴルドは大斧を斜めに構え、追撃する灰牙犬の進路を塞いだ。

ミラが彼の脇を抜け、迫ってきた1匹の前脚を斬った。

「こっちだ!」

灰牙犬が向きを変える。その横からホバンの槍が突き刺さった。倒しきれなかった魔物はゴルドが追い払い、2人の兵士が負傷者を支えて岩の通路へ入っていく。

レオンも剣を持って後方にいたが、ガレスに襟を掴まれた。

「お前まで最後尾に残るな。通路の先で人数を数えろ!」

「でも」

「誰が出てきてないか分からなきゃ、助けにも戻れんだろ」

言われて頷き、先に走った。狭い通路の途中ではゴルドが肩を斜めにしないと進めず、全員が足を止めた。

「つっかえたぞ!」

後ろから声がする。

「ごめん、少しずつ進んで!」

ネマが前の荷物を下ろし、腕を広げて流れを整えた。レオンは1人ずつ名前を呼び、抜けた者を帳面へ記した。

ようやく最後のガレスとゴルドが現れる。

「全員いるか!」

「……30人、全員います!」

鎧猪の咆哮が岩の向こうから響いた。狭い通路には入れず、重い身体を岩へぶつけている。レオンたちは息を切らしながら要塞へ向かった。


帰還したとき、荷車は1台もなかった。監督官は報告を聞くなり机を叩いた。

「資材を失って、のこのこ戻ったのか」

「申し訳ありません。大型魔物の出現で」

「何のために30人も連れていったと思っている!」

「死者を出さずに運ぶためです。でも、俺の判断が遅れました」

「言い訳はいらん。3日間、班全員に追加労役を命じる。特別配給も止める」

「罰は俺だけにしてください」

「お前は班長だ。班の損害は班で償え」

レオンは頭を下げた。言い返せば、余計な罰を増やすだけだろう。兵舎へ戻ると、ホバンが目を吊り上げた。

「俺らまで飯が減るのかよ」

「すみません」

「謝れば腹が膨れるのか」

答えられなかった。レオンは自分の掌を見た。できなかったことばかり思い浮かぶ。

夜、ゴルドが近づいてきた。

「俺の《鬼神》を当てにしたな」

「はい。どのくらい動けるか、聞ききれていませんでした」

「俺も、あの程度で分かると思って話さなかった」

ゴルドは壁へもたれた。

「全力なら数分で身体が重くなる。終わった後はしばらく力が入らん。次は覚えておけ」

「分かりました」

「それと、引いた判断は間違っていない」

レオンは顔を上げた。

「でも、荷車を」

「俺が倒れた後も荷車にしがみついていたら、もっと死人が出た」

ゴルドの声には飾りがなかった。レオンは小さく頷いた。

間違えたところと、間違えなかったところは違う。全部を駄目だったことにしてしまえば、次に何を直せばよいか分からない。

レオンは夜遅くまで名簿へ書き込み続けた。30人の身体と武器、使える技能、無理をさせてはいけないこと。まだ埋まらない欄がいくつも残る。自分が知らないまま命令すれば、その空欄が誰かの命にかかわるのだと感じていた。

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