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廃王子のテイマー戦記~祖国に捨てられた王子は、奴隷兵と国を興す~  作者: こたつレンレ
初めての契約

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11/34

助ける順番

同じ鍋を囲んだ夜から5日後、次の出撃は鐘の音から始まった。

いつもの起床鐘ではない。短い音が何度も続き、兵舎の全員がほとんど同時に起き上がった。

「緊急招集だ」

ガレスがすでに長剣を腰へ差している。

「何が?」

「外へ出れば分かる」

広場には各中隊の奴隷兵が集められていた。正規兵の伝令が馬上から命令を読み上げる。

「北西農地に魔物の群れが侵入! 農夫及び周辺住民が取り残されている。第4、第5、第6中隊は直ちに救援へ向かえ!」

レオンは剣の柄を握った。

人を助けに行く。

その言葉に少しだけ安堵した自分がいた。

魔物を殺すためだけではない。今回は守るものがはっきりしている。

だが、ガレスの顔は険しかった。

「何かおかしいんですか」

「農地まで魔物が来たことだ」

「珍しい?」

「この時期はな」

城門が開く。

一行は北西へ走った。

農地までは街道を3kmほどだった。途中から煙が見えた。

麦畑の一部が燃えている。

農家が数軒並ぶ小さな集落の周囲を、黒い甲殻を持つ魔物が走り回っていた。狼ほどの大きさで、前脚が鎌のように長い。

「刈爪獣だ! 群れで来てる!」

誰かが叫ぶ。

刈爪獣と呼ばれているが、姿は昆虫と獣の中間に近い。レオンは本でしか見たことがなかった。

正規兵が隊列を組む。

奴隷兵には住民の救出と側面防御が命じられた。

「レオン、ミラと右へ行け」

ガレスが言う。

「何人連れて?」

「6人。俺は中央を見る」

「分かりました」

いつの間にか、自然に指示を受けている。

レオンは近くの奴隷兵へ声をかけた。

「俺と来てくれ!」

6人が動いた。

全員がレオンを信頼しているわけではない。ただガレスの指示だからついてきただけだ。

それでも、初めて自分の声で人を動かした感覚に喉が乾いた。

「家の裏に人の臭い」

ミラが言う。

「何人?」

「3、たぶん4」

「行こう」

刈爪獣を2匹避け、石造りの農家へ回り込む。

裏手には老人と女性、それに10歳にも満たない子供が2人いた。

「城まで逃げて!」

レオンが叫ぶ。

「動けない人がいるんです!」

女性が家を指す。

中へ入ると、梁の一部が落ち、男が脚を挟まれていた。

「持ち上げるぞ」

奴隷兵3人で梁を動かす。

重い。

ミラが外を警戒する。

男を引き出した瞬間、正面から悲鳴が上がった。

「レオン!」

ミラが叫ぶ。

外へ出る。

畑の向こうで別班が崩れていた。

刈爪獣が想定より多い。

負傷者が次々に運び込まれ、農道脇に簡易救護場所が作られていた。

リーネがそこにいる。

「こっちへ!」

男を運ぶ。

リーネは脚を診てすぐに別の者へ指示を出した。

「骨折です。命には関わりません。固定を先に」

その横では腹を深く切られた奴隷兵が血を流している。

さらに向こうでは肩を失ったように見える男が叫んでいた。

レオンの足が止まる。

「手伝えることは?」

「水を! あと歩ける人は負傷者を後ろへ運んでください!」

桶へ走る。

戻ってきたとき、別の奴隷兵が運び込まれた。

胸が大きく裂けている。

「リーネ!」

彼女は一目見て、別の負傷者へ向かった。

「そっちを先に!」

「でも、こっちは」

「今治している人を動かせません!」

「なら俺が」

何ができる。

治癒魔法は使えない。

布を押し当てるくらいしかできない。

男がレオンの腕を掴んだ。

「死にたく……」

言葉が途切れる。

「大丈夫」

反射的に言った。

何が大丈夫なのか、自分でも分からない。

そこへガレスが来た。

「レオン、動ける奴を集めろ。東側の住民を退避させる」

「この人は?」

ガレスは男を見た。

ほんの一瞬だった。

「置く」

「まだ生きてます」

「分かってる」

「リーネなら」

「リーネはあっちの3人を治してる。その3人を捨ててこいつにかかれば、助かる保証はあるのか?」

答えられない。

「でも」

「今、東に20人以上いる。刈爪獣が回り込んでる。ここで4人使って重傷者1人を運ぶか、その4人で20人を逃がすか選べ」

言葉が冷たく突き刺さった。

あのときのミラが浮かぶ。

あのときは助けた。

見捨てなかった。

では今、目の前の男を見捨てるのか。

自分は何がしたい。

「レオン」

ガレスの声が低くなる。

「時間がない」

胸が苦しい。

男の手がまだ腕を掴んでいる。

「……ごめんなさい」

声が震えた。

その手をゆっくり外す。

「行きます」

ガレスは何も言わなかった。

東側へ走る。

民家の間から住民を集め、動ける奴隷兵を左右に置く。

「子供と老人を中央へ! 走れる人は後ろを見て!」

自分の声が聞こえる。

頭の中では、さっきの男の顔が消えない。

それでも止まれない。

ミラが先行し、刈爪獣の位置を知らせる。

「右から2!」

「盾、右!」

声を上げる。

奴隷兵が動く。

1匹が盾へぶつかり、別の1匹を槍が止める。

「そのまま下がって!」

住民を街道へ出す。

後方には正規兵が防衛線を作っていた。

20人。

22人。

最後の家から母親と幼児が出てきた。

全員が防衛線を越える。

「終わった」

誰かが言った。

終わっていない。


救護所へ戻る。

胸を裂かれた男がいた場所を見る。

布が顔までかけられていた。

レオンは立ち尽くした。間に合わなかった。

いや、違う。間に合わせなかった。

「見るなとは言わない」

ガレスが横に立った。

「忘れるな」

「俺が残ってたら」

「死んだかもしれん」

「助かったかもしれない」

「そうだな」

否定してほしかった。

正しい判断だったと言ってほしかった。

ガレスは言わない。

「指揮ってのは、正解を選ぶ仕事じゃない」

「じゃあ何なんです」

「間違ってるかもしれない中から、今選ぶ仕事だ」

レオンは唇を噛んだ。

「俺には向いてない」

「向いてる奴なんているのか」

「あなたは平気そうです」

「平気に見えるなら、俺の演技が上手いだけだ」

ガレスは死体を見た。

「慣れていいことと、慣れなきゃいけないことは違う」

その後の戦闘はほとんど覚えていない。


夕方には魔物が討伐され、残存個体も北へ逃げた。

要塞へ戻ったあと、レオンは食堂へ行かなかった。

空腹なのに食べる気になれなかった。

兵舎裏の石段に座る。

空は暗くなり始めている。

左腕の隷属環が冷たい。

自分は何をしているのだろう。

人を助けたいと思った。

そのくせ人を置いてきた。

あの男には家族がいたかもしれない。

自分の判断で、その人間は戻らない。

「ここにいた」

ミラの声がした。隣へ座る。手には黒パンが2つある。

1つを差し出された。

「いらない」

「食え」

「腹減ってない」

「嘘。さっき鳴ってた」

「聞こえたの?」

「狼獣人なめんな」

無理やり手へ押し込まれる。

レオンはパンを見た。

「俺、1人見捨てた」

「知ってる」

「助けられたかもしれない」

「かもな」

「俺がもっと強かったら」

「何人助けた?」

「え?」

「東の人」

「22人」

「じゃあ、22人は助けた」

「だから1人は仕方ないって?」

「言ってない」

ミラは前を向いたままだった。

「間違ってたと思う?」

問われて、すぐには答えられない。

「分からない」

「じゃあ次も考えればいい」

あまりにも単純な言い方だった。

「それだけ?」

「それ以外どうすんの。死んだ奴は戻らないし、あんたが飯食わずに倒れてもそいつ喜ばないだろ」

「知らないよ」

「じゃあなおさら食え」

レオンはパンを1口かじった。

味がしなかった。

それでも噛んだ。

ミラが隣にいる。

何も慰めない。

自分は正しいとも言わない。

それがありがたかった。

そのとき、視界の左端に淡い光が浮かんだ。

前にも見た。

ミラを治療所へ運んだ日だ。

今度は消えなかった。

レオンは瞬きをする。

文字が並ぶ。

《対象:ミラ・ファング》

《種族:狼獣人》

《年齢:18》

《信頼度:47》

息が止まった。

「どうした?」

ミラがこちらを見る。

「いや……」

文字は彼女の近くに浮かんでいるように見える。

目を閉じても消えず、意識を外すと薄れる。

信頼度。

47。

何の数字だ。

レオンの胸が速くなる。

《テイマー》。

まさか。

しかしミラは魔物ではない。

獣人だ。

知性があり、言葉を話し、自分で考えている。

そもそも人を対象とするテイマーなど聞いたことがない。

「本当に何?」

「疲れてるみたい」

嘘をついた。

まだ話すべきではないと思った。

自分にも何が起きたか分かっていない。

それに、信頼というものが数値になって見えたことが、ひどく気味悪かった。

ミラは、魔物でも道具でもない。

少なくともレオンにとってはそうだった。

数字を上げるために優しくするなど、絶対にしたくない。

「レオン」

「何?」

「パン」

手を見る。

考え込んでいる間に握りつぶしかけていた。

「……ごめん」

「パンに謝るなよ」

ミラが呆れたように笑う。

レオンも少しだけ笑った。

視界の数字はまだ47のままだった。

でも今は、それでいいと思った。

信頼されたいから何かをするのではなく、自分がしたいと思うことをして、その結果として信頼されるなら受け取ればいい。

それが何につながるのかは、まだ分からなかった。

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