猫耳少女は仲間のために戦う 3
エイブルは床に刺さった三叉槍の方に手を伸ばす。
さっき切った手が再生したからだろうか、槍の持ち手に張り付いていた手は消滅していた。
こもったような声で、エイブルはぼそぼそと呟く。
「この槍は僕と一心同体なんだ。だから、僕が願えばなんでも可能にしてしまう。例えば、こうやって戻って来いと言うだけで」
床に刺さった槍は無理やり抜けて、宙をぐるぐると彷徨う。
私の頭の上を通過して、エイブルの手中に戻っていく。
「圧倒的な力を僕に与えてくれ」
槍から黒い靄が浮かび、それがエイブルの体を少しづつ包む。
やがて全身を包み切ると、次に黒い靄が晴れていく。
そして姿を現したのは、少年とは言い難いぐらいに成長した男の姿だった。
「はあ……」
男が息を吐くと、床に落ちていた埃が宙に舞う。
私は、肌に目の敵の圧倒的存在感に、体が硬直する。
額から頬を伝って汗が床に落ちる。
こいつはヤバい……今までに戦ったことがないぐらいの圧を感じる。
「どうしてのお姉ちゃん? この姿にびびちゃった?」
口調は同じなのに、さっきより声が低くなっていた。
「そんなわけ……はあ、はあ、ないでしょ」
徐々に荒くなる呼吸に苦しみながら、私はなんとか冷静を取り繕うとする。
だけど、それも目の前の悪魔に見透かされているような気がして、背中に寒気が走る。
剣の柄を握る手が強張り、震えている。
頭の中に、悪魔を倒す方法が思い浮かばない。
「どれだけ、人質取ってもお姉ちゃんの速さだと、すぐに助けられちゃうから、僕は決めたんだ。お姉ちゃんを先に殺すってね」
冷静、冷静、冷静……。
頭の中で唱えるように何度も自分に言い聞かせる。
「じゃあ、行くよ」
狂気に満ちた笑みを浮かべ、エイブルは動き出す。
一歩、踏み込むだけで床にひびが入る。
圧倒的、力……今の私に受けきれるだろうか。
柄を両手で強く握りしめて、敵の動き窺う。
エイブルの口角が上がった。
私は一瞬目を瞬かせる。
その刹那、次に瞼を開くとエイブルは目の前で槍を構えて、笑っていた。
素早く、剣で受けようと構えるが、強化されたエイブルの力に押され、私は押し飛ばされる。
そして、宿の壁を突き抜け、外へと飛び出した。
――――速い。
飴細工のように砕けた木片と共に、私は宙に舞う。
息もつく暇もなく、すぐに追撃しに悪魔が目の前で、槍を地面に向かって突き刺そうとしていた。
なんとか受けきろうと、空中で体勢を直そうとする。
だが、エイブルの動きの速さのせいで、完全に立て直すことなく、剣と槍がぶつかり、地面に向かって勢いよく落ちる。
砂塵が舞って、石畳の道に大きなひびが入った。
「また、受けきられたか。反応速度は速いみたいだね」
「げほ、げほ……」
咳と一緒に、口から血が吐き出される。口元を手で拭い、落ちた剣を拾う。呼吸を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「キューキュー……」
「私は大丈夫だよ。キュー……なんとかするから」
それにしても、とてつもない力だ。
剣を握っていた手でさえ、震えてうまく柄を握ることができない。
「ふう……落ち着け」
勝てない敵じゃない。力もスピードも私を上回っているけど、落ち着いていれば、対処できないほどじゃない。
余計な思考をやめて、私は目の間の敵に向き合うことにした。
「すう……はあ……」
深呼吸をしながら、軽く剣を横に振って、視界を遮る砂塵を斬りつけるように払う。
落ち着くと、痛みも悪魔の強烈な気配も、すべてが遠のいていくような気がした。
この感じ、ヴェレットと戦っている時に感じたあの不思議な感覚と同じだ。
まだ、戦える。
笑みを浮かべるエイブルに向かって、私はもう一度剣を構えた。




