36話 とんがり帽子の魔法使い 対 影の悪魔 後編
ほぼ同時に、悪魔の操る影が動き出す。
僕を四方八方から囲む影の動きを、一つ一つ見る。
左の影が先に動き、右の影が遅れて動く。
左上の影と右上の影は動きがない。
僕に反撃の隙を与えないためか……。
銀色に光る剣の数々が影と一緒に、僕を襲ってくる。
素早く上に飛び左からの攻撃を躱すが、それを見計らったように右から大ぶりの攻撃が飛んでくる。
無数の銀の刃が、一直線に僕を刺し殺そうとしている。
僕は剣の柄を強く握り、横に薙ぐ。
火花の波が散って、影を消滅させる。
消滅した部分に装備された剣は、宙を舞って地面に落ちる。
どうやら、影は明かりに弱いらしい。
僕は横に勢いをつけて、一本の木の枝の上に飛び乗る。
厄介な能力だが、つけいる隙はありそうだ。
戦うなら、ティアラに敵の弱点を聞けばよかったか……それだと、間に合わない可能性があったから仕方がないか。
「ふう……」
一息ついて、僕は悪魔を観察する。
赤い瞳が暗闇の中で、ひと際目立つ。
「どうした、人間? 反撃は来ないのか?」
「そんな殺意むき出しで、影を構えられたら、反撃に行けないだろ」
反撃に出たいのも、山々だが、四方から伸びる影をどうやって乗り越えるべきか……。
そんな思考をしていると、地面に落ちた剣が影に吸い込まれていく。
そして、さっき失った影の部分に、剣が戻った。
「じゃあ、死ぬまで無駄に足掻け! そして、死ね!」
叫び声をあげて、悪魔はまた攻撃を仕掛けてくる。
さっきと同じ、左右からの攻撃。
――――いや、違う。
僅かな違いに気づき、僕は素早く炎の魔法で空へと飛ぶ。
だが、反応が少し遅かった。
しなるように影が動く。そして、影に装備された剣が僕に向かって投げられる。
無数の剣が左右から飛んでくる。
躱すなんて、不可能に近かった。
僕は、剣を横に薙ぐ。数本の剣が弾かれ、数本の剣が体を掠めた。
「――――ぐッ!」
さらに、木の側面を纏わりつくように、細い影が僕を狙っていた。
あれは……。
刹那、剣を弾きながら、その細い影を凝視する。
すると、弓から放たれた矢のように早く、僕の方へと向かってくる。
――――まずい!
影に向かって、また剣を薙ぐ。
剣に纏った炎の明かりのおかげで、細い影は消滅するが、左右から飛んでくる剣から気を逸らしてしまった。
二本の剣が僕の腹部に向かって一直線に飛んでくる。
一本は、僅かに脇腹を掠める。だが、もう一本は、腕で防ごうとしたものの、僅かに腕を貫通して腹部に突き刺さった。
「――――がはッ!」
腹の底から血がこみ上げてきて、僕は吐き出す。
無数の剣は全て、地面に落ちて、また、影の中へと吸い込まれていく。
僕は、ゆっくりと悪魔の正面に落ちた。
「はあ……はあ……」
右腕に刺さった剣を無理やり抜くと、大量の血が腹部と腕から地面に落ちた。
すぐに、僕は回復魔法をかけるが、治せたのは腹部だけだった。
辛うじて痛みは感じるが指は動かせる。だけど、腕を曲げることはできない。
腕を伝い、指先から血がぽたぽたと垂れる。
「おい、人間がっかりさせるなよ。さっきまでの威勢はどうした?」
「そうだな……どうやら、僕一人じゃ君に勝てないみたいだ……」
魔力も、あと一発魔法を撃てるか、撃てないかぐらいしか残っていない。
動ける体力はある。だけど、傷が多くて、動くたびに体中から痛みを感じる。
こんな状態でこの悪魔を倒すことは可能なのか?
そんな疑問を自分に問いかける。
だけど、僕は自分の問いに、首を振る。
可能か、不可能か……そんなのやってみないとわからない。
だから、僕は動くしか選択肢はないのだ。
「ふ……」
「貴様、何を笑っている」
「なんだか、おかしくなっちゃってね。こんな状態なのに、諦められない自分にさ」
今の自分がこんなふうになったのは、あの日の夜、ティアラと出会ったからだ。
夢を貰い、一緒に約束したあの夜があったから、今の僕は、こんなにも諦め悪く、泥臭い人間になってしまったのだ。
「笑ってられるのも、今だけだ。死ねえぇぇぇ!」
殺意むき出しの悪魔が、僕に向かって決着をつけようと、上から影が降り降ろされる。
無数の剣が僕に向かって、落ちてくる。
僕は、足から炎を吹き出し、影に向かって勢いよく突っ込む。
左手で柄を強く握り、僅かな魔力からほんの少しだけ、剣に纏わせる。
利き手ではない手で、剣を軽く横に薙ぐ。
影が少しだけ、薄くなった。
僕はそこを狙って、勢いを殺さないまま、槍のように突き抜ける。
僅かに、影の中の空間が見えたが、気づけば正面には月が浮かんでいた。
どうやら、影を突破することに成功したらしい。
僕は、勢いを止めて、上から悪魔を見下ろす。
「上に立って、勝った気でいるのか? それとも最後の悪足掻きか?」
僕を見上げて、悪魔は笑っている。
「そうだなぁ……」
少しだけ時間を使って、僕は笑みを浮かべて言った。
「君は上を見すぎだ」
「それは、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。もっと周りを見なっていう忠告さ」
「あぁぁぁん?」
訝しむように目を細め、僕を睨む悪魔。
僕は掌に、今残っている魔力すべてを溜めて、悪魔に向ける。
少しずつ力が溜まっていき、掌の魔法陣から赤い炎の球が形を作っていく。
それは、徐々に大きくなっていき、次第に僕の手よりも大きくなった。
「じゃあ、最後にしよう悪魔。これが、僕の最後の力だ!」
「は!?」
――――ファイアーボール!!!
力の限り溜めた魔力の塊が、悪魔に向かって飛んでいく。
剣を装備した影の塊すら、すり抜けた。
やがて、それは悪魔に直撃する。
――――パ!
爆発ではなく、大きな光がぱっと光る。まるで、グラットが魔法で作り出すスタングレネードのように。
「な、なんだ!」
困惑気味に叫ぶ悪魔を見て、僕は叫んだ。
「グラット、今だぁぁぁ!!!」
――――パン! パン! パン!
三発の発砲音が森の中から響く。
その発砲音の正体は、グラットが木の陰から悪魔を狙って銃を撃ったものだった。
銃弾は、悪魔の心臓部を貫いていた。
赤い瞳で、悪魔は僕を睨み、怒り狂ったように、叫ぶ。
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!! こんな卑怯な手で、我が負けるのかぁぁぁぁ!!」
「だから、僕は言ったよ。周りを見ろってね」
「――――うがぁぁぁぁぁぁ!!」
苦しむように悪魔は叫び、やがて叫び声とともに、黒い靄となって、兵器と数多くの剣だけを残して、消滅した。
僕はそれを確認した後、魔力が切れて、足からの炎がなくなりそのまま頭から落ちていく。
これで、僕たちは旅を続けることができるね……ティアラ。
最後に、僕は綺麗な月を見上げて、意識を手放した。




