34話 悪魔は逃げる
「くそ! くそ! くそ!」
シャグラットは、荒い息を吐きながら真っ暗な闇を睨んだ。
プライド高き悪魔は、今、人間の手によって敗北していた。
その敗北という事実を受け入れられていなかった。
「我は……我は、負けてない……負けてない……」
そう呟き続けるが、脳裏では、過去に敗北した同族の悪魔に言われた言葉が蘇る。
――――やはり、逃げるか……弱いな。
笑うわけでもなく、蔑むわけでもない。ただ憂すら感じさせる、非常につまらなそうな冷たい言葉に、シャグラットは今でも悔しさを抱いていた。
圧倒的強さを持った相手から逃げたという事実に、シャグラットは自分自身に怒りを抱いた。
だから、シャグラットは力を求めた。悪魔の上に立つために、それ以上に一度敗北した悪魔に勝つために、ただ力を追い求めた。
唇を噛みしめて、弓を使う少女と銃使いの男を思い浮かべた。
「我は……我は……逃げてない……」
胸に刺さった弓を力づくで抜いて、痛みに顔を歪める。
弓を投げ捨て、シャグラットは壁を思いっきり殴った。
沈まぬ怒りが未だに残るが、シャグラットは乱れた呼吸を整えて、冷静に考える。
「仲間との合流地点に向かおう……あの人間どもを殺すことは、いつでもできる」
今はただ、作戦通り動くことを優先した。
影の中に姿を消して、合流地点に行こうとした時だった。
夜空に、夜とは思えないぐらい強い光がシャグラットを照らした。
「な、なんだ!?」
空を見上げれば、夜空に黄色の光が流れ星のように、一瞬空を駆ける。
それが、何度も真上を通っていく。
光の正体を確認しようと、建物の影から光が流れる方を見た。
その方向は、さっきまで兵器を探し、人間と戦っていた工房がある場所だった。
建物の上から、さっきの弓の少女が、その光を放っていた。
そして、その力がなんなのかシャグラットはすぐに気づく。
「あれは……神の力……なんで、あの弓使いが……」
圧倒的なまでに悪魔を震撼させる力の気配を感じ取っていた。
シャグラットは、あることを思い出す。
それは、ピスタニア王国から兵器を盗む作戦を決行する前の記憶だ。
大迷宮の奥深くに存在する魔界の入り口。
その中には、悪魔が拠点とする城があった。
ある日、シャグラットは第七悪魔の一人ギルガットが死んだことを聞きつけた。
その死因が、神の力であると情報を掴んでいた。
ビスタニア大森国で、ギルガットはやられ、その数日後、神の力がシャグラットの目の前にある。
確信した。
……今、夜空を流れ、光で国を照らすあの力がギルガットを葬ったのだ。
「そうか……そうだったのか……」
シャグラットは、不気味な笑みを浮かべた。
頭の中で、もう一つ目的が増えた。
「あいつらと合流したら、次はあの弓使いから神の力を奪おう」
自分の中で、作戦は成功すると確信していた。
理由は簡単だ。
今、自分の手中に兵器がある。これを使えば力を奪うなんて容易なことだとシャグラットは考えたのだ。
すぐに、シャグラットは行動に移した。
☾ ☾ ☾ ☾
ピスタニア王国の国境内に存在する森の中。
ここは、人々が木の実を採取するために存在する場所だ。
そこに、生まれたばかりの小鹿のような足取りで、シャグラットがゆっくりと歩いていた。
もう少しで、仲間がいる合流地点にたどり着きそうだった。
空を照らす光のせいで、影には潜れない。
未だに再生しない胸の核につけられた傷の痛みに苦しみながら、ゆっくりと森まで歩いた。
「はあ……はあ……この傷が回復したら、この国は終わりだ」
頭の中にこの国の絶望が浮かぶと、笑いが漏れる。
「がははは……我を苦しめたあの銃使いも弓使いも、死ぬ。絶望して死ぬ。絶望まで、待ってろよ……」
そんな言葉を呟いた時だった。
背後で、小さな魔力の力を感じた。
素早く振り向くと、そこには、すでに攻撃態勢を取るとんがり帽子をかぶった魔法使いがいた。
「そうは、させない!」
赤い炎を纏った剣が横に振られる。
炎の光によって、影に隠れることは不可能だ。
だが、シャグラットは自分の背後に作られたわずかな、影を使って回避を試みる。
剣は頬を掠める。
頬に切り傷がつくが、シャグラットは致命傷は避けた。
そして、赤い双眸で目の前の魔法使いを睨んだ。
「誰だ、貴様……」
シャグラットがそう問うと、魔法使いは真剣な表情を作り答えた。
「僕は旅をするただの魔法使い。取られた兵器を取り返しに来た!」
足から噴き出す炎で宙に飛びながら、魔法使いはシャグラットに剣を向けて、言い放った。




