25話 猫耳少女 対 剣士の悪魔 3
私とヴェレットは、また睨み合っていた。
さっきと違うのは、ヴェレットが私に本気で向き合っているというところだ。
相手の足は、後数秒もすれば再生するだろう。
柄を握る両手が震えている。
自分が強くなったとわかっても、恐怖は拭えない。
でも、それは大事なことだとお父様が言っていた。
それは――――命を大切にしている証拠だからと。
だから、私はこの恐怖を忘れない。
「フィスト、本気の勝負をしよう。私はもう、あなたをへなちょこと呼ばない」
「そう、それは良かった。命がかかってなかったら、楽しい勝負になったかもね」
「そうね……それでも、私はこの戦いを楽しむよフィスト」
「そう……」
相手の狂気が、私を包もうとしている。
抵抗するために、頭の中でティアラを浮かべた。
私は今、戦いを楽しむために戦っていない。
今を生きるために、ティアラと一緒に旅を続けるために戦っているんだ。
「それじゃ、本気で行かせてもらうわ」
ヴェレットは微笑み、最初に動き出した。
赤い眼光が、線を引くように真っ直ぐと私に向かってきていた。
縦に振り下ろされた剣を、私は剣を横に構えて止める。
ヴェレットは体勢を変えて、蹴りを入れてこようとした。
だが、それはもう見た。
私は、すぐに力の抜けた相手の剣を弾き返す。
脇腹辺りを狙った蹴りを私は、低い姿勢で躱した。
ヴェレットの足が私の頭の上を通りすぎた。
その瞬間を狙い、私は剣を振るう。
体制を崩し、私の剣を躱すことはできない。
横に薙いだ剣が、ヴェレットの首を捉えていた。
――――なんだ!?
だが、その刹那、私の剣は弾かれてしまう。
何が起こったのか、私はすぐに理解する。
私の剣を振る速度よりも、ヴェレットが空中で体勢を立て直し、圧倒的力によって剣を弾く方が速かった。
地面を滑り、私は後ろへ下がる。
ヴェレットの剣を受けた手は痺れていた。
剣を受けるだけで、ここまで響くのか……。
「これが、ヴェレットの本気……」
「そうだよ。あなたは、私の力と速さにどれだけついてこれる?」
「私は、弱いよ。だけど、諦めは悪いから、死なない限り戦う」
「それじゃあ、最後まで戦おう」
☾ ☾ ☾ ☾
私とヴェレットは次に、速さでぶつかっていた。
四方八方に、飛び交い空中で斬り合う。
壁を蹴り、何度も火花が散る。
速さは互角、力は圧倒的に相手が上回っていた。
私は壁にひびが入る力で、壁を蹴り、勢いよくヴェレットとぶつかる。
剣と剣がぶつかり、鋭い金属の音が響いた。
私は、押し返そうと力を入れるが、やはり力では勝てない。
逆に押し返され、私は地面へと叩きつけられる。
「――――がはッ!」
さらに、ヴェレットはそんな私に追撃してくる。
空から勢いよく振り下ろされる剣に気づき、私はすぐに避ける。
間一髪、躱すことができて、私は距離をとった。
だが、体力は限界に近づいていた。
肩で息をして、私は目の前の敵に剣を向ける。
そろそろ決着をつけないと、確実に負ける。
「フィスト、楽しいね」
ヴェレットが、外で走り回る子供のように笑っていた。
震えて、恐怖を感じているのに、この感情はなんなのだろうか。
私は今、生きるために、ティアラとこの先の旅を続けるために戦っているのに、この高ぶる感情はなんなのだろうか。
ヴェレットの狂気染みた表情に引かれるように、私は笑みを浮かべていた。
私は今……。
――――この恐怖を楽しんでいる。
懐かしいな、この感情……子供時、お兄様と剣で手合わせをした時を思い出す。
あの頃は、純粋に楽しんでいた。
けど、今はダメだ。
「すう……はあ……」
深呼吸をして、私は心を整える。
「ヴェレット、そろそろ決着をつけよう。次で私は限界がくる」
「いいだろう。なら、私の本気の剣を受けてみなさい」
私は一度、剣を鞘に納める。
そうして、構える。
鞘に刺した剣の柄を片手で握った。
ヴェレットは、剣を両手で握る。
そうして、天に構えた。
地面にひびが入るぐらいの力が溜まっている。
「ふう……」
私は、この剣の性能に気づいた。
戦いの中で、私はずっとヴェレットに勝つ唯一の方法を考えていた。
その時、浮かんだ答えはとても簡単だった。
この剣は、頑丈で鋭い。そして、片手で持てるくらい軽い。
お父様が私のために頼んで作ってくれた剣。
それに気づいたのは、ピスタニア王国にきて、剣の正体をグラットに教えてもらった時だ。
私が速く動けば動くほど、この剣は切れ味が増す。
そして――――今、その性能を生かす時なんだ。
必ず、勝ってティアラたちと旅を続ける。
「それでは、ヴェレット行きます」
「フィスト、勝負だ」
その声に合わせて、今までにないほど、足に力を溜めて地面を蹴った。
私は一直線に、ヴェレットに突っ込む。
私たちの距離が、剣を振れば届く距離になった。
その刹那、ヴェレットは剣を振り下ろす。
とてつもない剣の振りの速さと力を感じる。
それに合わせて、私も鞘から剣を抜いた。
ゆっくりと流れる刹那の時間の中、私とヴェレットは交差する。
――――抜剣。
そして、私は横に剣を振りぬいた。
地を揺らすような轟音が響いた。
私は、剣を鞘に納めて振り向く。
「フィスト、やるな。負けたよ」
ゆっくり振り向くと、剣と胴から下を切り裂かれたヴェレットが地面に転がり、空を見上げていた。
私は、歩くことさえままならない足取りで、ゆっくりと近づく。
すると、ヴェレットはゆっくりと胸の辺りを指さす。
「私の弱点はここだ。ここを刺せば、再生が止まり、死ぬ」
「私に弱点を教えて、いいの?」
「いいさ、私は真の勝負で負けたのだから」
「そっか……」
お父様も敗北は死と言っていた。その言葉だけ、私は好きになれない。
だって、敗北が死だなんて、悲しい。
だけど、私は決着をつけようと思った。
だって、敵はそれを望んでいたから。
微笑みながら、仰向けに倒れたヴェレットに言った。
「案外、人みたいな弱点なんだね」
「そうかもね。でも、私はそういう自分の体が好きだ」
「そっか……」
ヴェレットの胸に私は、剣を突き立てる。
そして、心の奥に感じた悲しさを言葉にする。
「もし、ヴェレットが悪魔ではなく、獣人だったら私たちは剣士同士のライバルだったかもね」
「ふふ……そうかもね」
微笑みを零して、ヴェレットは目を閉じた。
私は、それを見て、ゆっくりと胸に剣を刺す。
そして、ヴェレットは黒い靄になって消滅した。
「はあ……はあ……流石に、もう立てないな」
安心感からか、体の力が一気に抜けて私はその場に膝をつく。
今までにない戦闘に全身が悲鳴を上げていた。
息をするだけで、体に痛みが走る。
思いっきり、地面に体を預けて空に浮かぶ月を見上げた。
後は、頼んだよティアラ。
私はただ、次に目を開いた時、ティアラの笑顔が目の前にあることを信じて、意識から手を放した。




