奴隷少女は新しい夜に眠る
商業都市ウェルトの中心から少し離れた場所に位置する宿の一室に、泊まることになった。
流しで体を洗い、部屋に戻る。
「気持ちよかったぁ~」
温かい水で体を拭くのは久しぶりだ。
まだ、ぽかぽかと温かさが残る体で、扉をノックして中に入る。
部屋の中には大きなベッドが一つ置いてあり、その上にルークが窓の方を眺めながらポツンと座っていた。
ほとんどの部屋が、埋まっていて、ルークと同じ部屋になったのだ。
やはり、人が集まる街ウェルトだ。
「お湯を浴びてきました」
「そ、そっか、疲れたしそろそろ寝ようか」
ぎこちない話し方でルークは、ベッドに横になる。
どこか、おぼつかない感じがルークから見て取れた。
同じ部屋になってから、ずっとこんな感じだ。
私と一緒の部屋になるのが嫌だったのかな?
そんなことを考えながら、ルークが横になるすぐ近くに、私も体を預ける。
やはりベッドは、ふかふかだ。今まで、寝ていた場所が固い所だったから、柔らかいだけ、ありがたい。こんなの、すぐに眠れてしまいそうだ。
「……」
しばらく、天井を見つめるが中々、眠れない。
疲れているはずなのに、目が冴えていた。頭にたくさん明日のことを浮かべると、わくわくして、眠れそうにない。
このまま、明日の朝まで起きてたら、次の日がきつくなる。私はそれを思い出したくもない労働の日々で、知っている。だから、寝ないと。
目を閉じて、無心になってみる。
「……」
ダメだ。どうしてもわくわくしてしまう。
少しでも、気を逸らさないと寝れそうにないな……。
ちらりとルークの方をみる。
寝息が聞こえてこないから、まだ寝てないのかな?
私に背中を向けて寝ているルークの方に体を向けて、声をかけてみる。
「あの、起きてますか?」
「ど、どうした?」
すぐに、動揺するような返事が返ってきた。
もしかしたら、ルークも同じで、眠れないのかもしれない。
少し、くすぐったい気持ちになり、微笑む。
「聞きたいことがあるんですけど……良いですか?」
「い、いいよ」
「どうして、魔法使いになろうと思ったんですか?」
旅が始まってから、ずっと気になっていた。
魔法よりも撃つのが早い銃が存在する世界で、ルークはなんで魔法使いになったんだろうと。
「気になる?」
「はい。気になります」
「じゃ、話してあげる。だけど、ちょっと長いよ」
「大丈夫です! 今とても元気なので!」
「なら、話すね」
ルークは体を起こし、ベッドに座る。
私も起き上がり、ルークの隣に同じように、腰を下ろす。開いた窓から涼しい風が流れてきくる。
空には月が浮かび、ウェルトの中心に聳え立つ時計台が見える。
そして、静かな夜にルークはどこか遠くを見ながら、落ち着いた様子で、話し始めた。
「僕はカリオッドの街のすぐ近くにあるクルリア村の出身で、そこで毎日、優しい父と母と暮らしていたんだ。その時はまだ、剣を握って物語の中に存在する勇者になりたいと思っていたよ」
「そうなんだ。最初から魔法使いになりたかったわけじゃないんですね」
「うん……そうだね。最初は、魔法使いは弱くて、この世界じゃ生きていけないって聞いてたから、魔法と剣、両方を扱う勇者になりたかったんだけどね……。だけど、ある日、両親が僕の家を狙ってきた強盗に、僕を守ろうとして銃に撃たれて死んだんだ」
だから、この都市に来た時、あんな寂しそうな顔をしていたんだ。
ルークはあの時、お母さんとお父さんの顔を思い浮かべていたのかもしれない。
「僕も撃たれそうになった。だけど、助けられたんだ、師匠に」
「師匠?」
「そう。僕に魔法を教えてくれたマルクス師匠が、銃を持った強盗から魔法で助けてくれた。とても、強かったよ。銃相手に魔法で圧倒したんだ。その時から、魔法は強いんだって知ることができたよ」
私はうんと頷き、ルークは続ける。
「師匠は、村を守る魔法使いで、僕は師匠に引き取られたんだ。最初は親がいなくなって、悲しかった。たくさん泣いたよ……」
ルークは窓の向こうを見て、懐かしむように微笑む。
「だけど、師匠が魔法で慰めてくれたんだよ。あの魔法はとても綺麗だったなぁ……」
「どんな、魔法だったんですか?」
「そうだね……説明は難しいけど、夜空にぱっと花が咲いたんだよ。あれが、なんなのか、わからないけど、魔法は綺麗なものなんだと知ったら、僕ちょろいから、すぐに魔法使いになりたいって思ったよ」
月に照らされ、優しく照れるように笑うルーク。
「魔法は人を笑顔にできる唯一の力だと僕は思ったから、魔法使いを選んだんだ」
「私も、ルークと旅をして少ししか経ってないけど、たくさん笑った気がします」
魔法で空に連れ出してくれた。重い首輪の縛りから解放してくれた。足の傷を温かく癒してくれた。
それらのことが、確かに私に笑顔を与えてくれた。
「私は今、ルークのおかげでたくさん笑えてる気がします!」
満面の笑顔で私が言うと、ルークは頬を赤く染めて恥ずかしそうに笑う。
「そ、そっか……」
頬を掻いた後に、ルークは話を続ける。
「後ね。魔法使いを目指したから、ティアラに出会えたと思うし」
「そうなんですか?」
「そうだよ。ある日、泣き声が聞こえてきて、泣き声の方に行ってみたら、あの邸宅でティアラが泣いてたんだ」
「耳がいいからじゃないんですか、それって?」
「いいや、これは僕の特殊魔法だね」
「特殊魔法?」
聞いてこともないような言葉を耳にして、首を傾げる。
「特殊魔法っていうのは、持ってる人は少ないけど、普通の魔法と違って、特別な力がある魔法のことだよ」
「へえ~」
「魔法を習い、使い始めたから、僕の中の特殊魔法が覚醒したんだと思う。実際はどうなのかわからないけどね」
「初めて、知りました。もしかして、私も特殊魔法があるのかな?」
あの光は特殊魔法だったのだろうか。
「それは、わからないけど、もしかしたらティアラには魔法の才があるのかもしれないね」
にこっと口角を上げて、笑みを浮かべた。
「だったら、私も……」
魔法は綺麗だと思う。
空を飛び、縛りから解放して、傷を癒してくれる魔法は、今の私に温かみをくれる。
――魔法使いになりたいです!
そんなことを、言う前に私は疲れで布団に横になった。
「ティアラ、おやすみ」
耳元に、温かく、優しい声が、最後に聞こえた。
☾ ☾ ☾ ☾
――ティアラ。楽しい、楽しい、拷問の時間だ。
体を縛り付けるような声が、聞こえたような気がして、目が覚める。
「は……!?」
起き上がり、辺りを見渡しても声の元凶はいない。
「ティアラ、僕はそんなに食べられないよ……」
隣には、寝言を言うルークがいて安心する。
「はあ……」
大丈夫、ここはあの狭くて冷たい場所じゃない。
ルークも、あいつは兵を動かしてまで、ここまで追いかけてこないって言っていたし大丈夫。
私の中の恐怖もいつか、時間が経てば消える。
大丈夫、きっと大丈夫。
心の中で、何度も暗示するように大丈夫と自分に言い聞かせて、また横になる。
震える自分を包み込むように抱きしめながら、目を閉じた。
楽しい、明日が待っている。
だから、夜だけは我慢しよう。
大丈夫だから。
私は一人じゃない。
そっとルークの背中に触れた。




