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一章終幕 少女たちは次への場所に向かう

 その後、王宮に戻り部屋で明日の準備していると、部屋の扉がノックされる。


「王のグレイストだ。ティアラ殿、話があります。部屋の中に入ってもよろしいでしょうか」


「あ、す、少し待ってください!」


 え、なんで王様が部屋の前にいるの?

 私、なにか悪いことしたのかな。

 ちょっとくつろぎすぎたかな。


 で、でも、国を救った報酬として、この部屋と金貨を少しもらう予定だし、なにもしてない……はずだよね?


 私は、明日の準備で散らかった部屋を大雑把に片付けた。


 鏡の前で、今着ている借りた部屋着を整えて扉を開く。


「ど、どうぞ……中に入ってください」


 この数日間で、王になったグレイストからは威厳を感じる。

 堂々とした佇まいで、部屋の中に入る。


 この人がフィストの兄らしいが、正直まったく似ていない。


 髪は妹とは違い、白髪。目もぱっちりとした大きな青い瞳でフィストとはまるで違う。


 どうやら、グレイストは女王でありお母さんであるヒストの血を濃く継いでいるらしい。


「あの、なんでしょうか?」


 私は物腰低く、聞く。


 グレイストは窓際に立ち、国の明かりを見つめながら言う。


「一つ、頼みごとがあるんだ」


「なんでしょうか。私にできることなら」


 ルークにも手伝ってもらったりするから、なにを頼まれても平気だ。

 グレイストはこちらに振り向き、膝をつき、私よりも低い姿勢を取る。


「頼む、私の妹をあなた達の旅に同行させていただきたい」


「え……」


 言葉の意味を理解するのに数秒かかってから、聞き返す。


「それはなんで、ですか?」


「妹は小さい頃から、世界を見て回りたいというのが夢でした。今でもあいつは夢を見ていると思う」


 それは、私も知っている。

 フィストと夢の話をしたから。


「けど、俺か妹どっちかが王の地位につかないといけない。けど今回、父が殺されベルガンドも牢に幽閉し、今、王の地位につけるのが私だけになりました。だから、妹は実質、自由みたいなものなのです」


 グレイストが私に、そんなことを頼む理由が今のでわかった気がする。


「でも、妹は同じ夢を持っていた私を気にして、旅に出ようなんてしないと思うんです。だから、お願いします。フィストを連れて行ってください」


 そんな頼みごとに、私はゆっくりと首を振った。


「それは、私の役目じゃありません。だから、引き受けることはできません。もちろんフィストと旅ができるなら嬉しいですけど」


 必死に頭を下げて、頼み込んでくるグレイストに心が痛くなる。

 けど、その役目は私じゃないと思ってしまったから、断る。


「ならなぜ……」


「そのフィストの背中を押すのは、王様……ではないですね。お兄さんの役目なんじゃないですか?」


 私は、フィストがそう思う気持ちが分かってしまう。

 フィストは誰よりも、家族思いで、それでいて、お兄さんが好きな妹なんだ。

 だからこそ、同じ夢を持つお兄さんを一人にしないために、旅に出ないと決めている。

 そんな、気持ちを私は踏みにじれない。


 視線が下に向くグレイスト。


「私の言葉で、妹は夢に進めるのでしょうか」


「自信持ってください。フィストはお兄さんのあなたが大好きですから、きっと本音で話せば、聞いてくれると思います」


 目の前で、グレイストは考え込むように悩んでいる。


 これは、私の想像だけど。

 多分、このお兄さんも妹が旅立ってしまう不安があるのだろう。

 だから、一人で行かせるのではなく、私に頼みに来たのだ。


 そう考えると、なんか似てるなと思う。

 兄も妹も、どっちも自分の家族のことを思ってる。


 少し、難しい顔で悩んだ後、グレイストは立ち上がり、私の顔を見る。


「わかりました。そうすることにします。ティアラ殿、ありがとう」


「はい。頑張ってください!」


 赤いマントを靡かせて、グレイストは部屋を出ていく。


 その背中は王というより、フィストのお兄さんだなと思わせるような、優しく、どこか哀愁を感じるような背中だった。


☾ ☾ ☾ ☾

 

 ピヨピヨと鳴く鳥の声に気づき、私は目を覚ます。

 窓の向こう側から差す木漏れ日が、開いた瞳に丁度当たり、ベッドの奥に潜りたくなる。


 けど、すぐに今日は旅立ちの日だと気づき、体を起こす。


「眠いけど、起きないと……」


 大きな欠伸をした後、布団の中から出た。


 とりあえず、着替えよう。


 王宮で借りた部屋着を脱ぎ捨て、私は旅服に着替える。

 裸になると、冷たい空気が体を包み震えた。

 すぐに下着をつけ水色のシャツを着る。さらにその上に黒いワンピースを着る。

 下には黒いタイツを穿いて、ウェルトの靴屋で買った靴を履き、最後に、ルークから貰ったフード付きの白いコートを着ると、体がぽかぽとと日差しに照らされるように温かくなる。


 私は、鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。


「よし、準備完了!」


 服を着た頃には、眠気が覚めていた。

 獣人のメイドさんが朝のご飯を運んできた。


 私はそれをしっかり食べた。


「ごちそうさまでした!」


 椅子から立ち上がり、今日まで使わせてもらった部屋を見渡し、頷く。


「よし、少し寂しいけど、部屋も昨日綺麗にしたし、そろそろ部屋を出よう」


 私は、部屋に軽くお辞儀して、部屋を後にした。


☾ ☾ ☾ ☾


 赤い絨毯が敷かれた長くて広い廊下を進み、王宮の入り口に行くと、すでにルークがバックパックを背負って待っていた。


「おはようティアラ」


「ルーク、おはようございます」


 朝でも変わらず、ルークは優しい笑みを浮かべている。


「おーう。ティアラおはよう!」


 ルークの横にはグラットが壁に背中を預けて、立っている。


「え、なんでグラットいるんですか?」


「え、なにそのいちゃダメみたいな言い方。傷ついちゃうじゃん」


「で、なんでいるんですか?」


 私はグラットのふざけた身振り手振りを無視して、聞く。


「だって、今日旅立つんだろ? 俺もついて行こうと思ってよ」


「え、ルークそうなんですか?」


「うん、そうだよ。僕たちがここで休んでいる間、王から貰った金貨で遊びに行ってたらしいけど、なんか色々あって、国を出ることにしたんだって」


「へえー……で、なにがあったんですか?」


「まだ、お嬢ちゃんには、早い話しかもしれないが大人のあれこれがあったんだ」


 その、言い回しから予想するに……。


「また、振られたんですか?」


「ま、そうとも言うかな」


 カッコつけてるけど、振られて気まずいから一緒に行こうってことか。


 この人は、ずっとこんな感じなのかな? カッコつけてるけど、とてもダサい。


 私、今まで色々、助けてもらったからすごい人だと思ってたのに、一気に見損なったよグラット。


 私は、グラットのことを一旦、頭の隅に置いた。


 これで、準備もできてるし、いつでも旅立てる。


 後は、フィストだ。


 フィストはどっちを選んだのだろうか。

 そんなことを考えていると、王宮の奥からフィストとグレイストが出てくる。


 ゆっくりと階段を下りてきて、私たちの方に近づいてきた。


 赤いドレスを着ているフィストを見ると、綺麗という言葉が口をついて、出て来そうになる。

 そうだよね。王女だからそういう格好するよね。でも、今その格好してるってことは、旅には行かないのかな。


「もう、行くのだな」


「はい。とても、楽しくさせていただきました。ありがとうございます」


 グレイストにルークが感謝を伝え、私も頭を下げる。


「いや、国を救ってもらった。返しても返しきれない恩がある。これぐらい普通のことだ。こちらこそ、ありがとう」


 グレイストもまた、頭を下げて感謝を口にする。

 すると周りにいた獣人メイドたちも、フィストもみんなが私たちに向けてお辞儀する。


 その光景を見て、私は悪魔を倒した達成感とやってよかったと心が温まるような感情を同時に感じた。


 フィストの国を助けてほしいと直接の依頼から始まったこの、長いようで短い戦いは無事、国に笑顔を取り戻す結果になった。


 国の賑やかさと獣人族の笑顔を見ていると、私はよかったと心から安心する。


 そして、グレイストはルークに小袋を渡す。


「この中には、金貨が入っております。ぜひ、使ってください」


「はい。使わせていただきます」


「あと、一ついいかな」


 そう言って、グレイストはフィストの背中を優しく押す。


「妹を一緒に旅に同行させてやってくれないか」


「え⁉」


 目を大きく広げて、フィストは驚きの声を上げた。


 その反応を見て、私は首を傾げる。

 あれ昨日、話したんじゃないの? これじゃ、今日聞いたみたいな反応だけど。


「グレイスト兄様、私は昨日、行かないと言いましたよ。だから、旅の準備なんてしてないし、ドレス着ちゃってるし」


「言い訳なんて、いらないよ。フィスト」


「言い訳なんかじゃない! 私は旅には行かないって決めたんだ! 私はここで、生きていくって決めたんだ!」


 フィストの強い意志に、グレイストは首を振るように言う。


「私には、フィストのその意思が言い訳にしか見えない」


「だから……!」


「わかっている。フィストの気持ちもちゃんとわかっている」


 言葉を遮り、グレイストはフィストを真っ直ぐとした青い瞳で見る。


 私なら行かないと言ったフィストをここまで、粘らないだろう。

 でも、兄妹だからこそ、この強引な方法が効く。


「フィストが旅に出たがらない理由に私の存在があるなら、そんなこと、考えないで自分の好きなように生きてほしい。他に理由があるなら聞いてやる」


 グレイストの言葉にフィストは黙る。


 しばらく、黙り込んだ後、フィストは絞り出すように口を開く。


「……そうだよ! 私は兄様と一緒に旅をしたかった。だけど、国を背負わないといけない大事な役目が兄様にはあるから。だから、私はここで生きるって決めたんだ!」


 同じように、フィストの意思も強いように感じた。


 兄弟喧嘩にも見える、この光景を私は真剣に見つめて、隣にいるルークは笑顔を崩さず黙って見守っていた。


 私は気になり、小さな声で話しかける。


「どうして、笑っているんですか?」


「僕は、こういうの好きだからかな」


「なんか、わかりますけど、笑顔は今の雰囲気に合ってないように感じますよ」


「いいさ、今は喧嘩なんて軽い表現で表せるものじゃない。これは、意思と意思の大事な戦いだからね。ティアラもわかるでしょ」


「はい。わかります」


 私はこれまで、何度もルークの意思の強さを見せつけられる瞬間があった。

 あれは、諦め悪く、負けず嫌いで、真っ直ぐ前しか見ないルークの意思なのだろう。

 私は、また視線を兄弟の二人に戻す。


「フィスト頼む。私を理由に夢を諦めないでほしい。私はフィストを縛りたくない。まだ、世界を旅したいって気持ちがあるなら、それを選んでほしい」


 フィストは、ドレスの裾を強く握る。


「どうして……」


 唇を噛みしめるフィストの目には、涙が落ちる。


「兄様だって、私と同じ夢を持っているはずなのに、兄様はどうして、そうやって私の背中を押せるの? 私にはできないよ。一緒に約束した夢だから、それを裏切るなんてできないよ……」


「僕がフィストの背中を押せるのは、優しさでもこの国の王様だからでもない。私はフィストの兄だからだよ」


 その言葉にフィストはまた、言葉を詰まらせる。

 グレイストは優しく笑い、言葉を紡ぐ。


「フィストが夢を諦めるなんて、似合わないよ。だから、行ってきてほしい。私はこの国の王としてここを守るから。そして、いつか帰ってきたら私に聞かせてほしい長い長い旅の話を」


 妹の頭を兄が優しくなでる。

 フィストは決壊したように涙を流し、泣き声を上げる。

 そんな、女の子らしい姿に私は、微笑む。


「いいのかな?」


「いいよ。私が言っているんだから心配することはないよ」


「兄様は私がいなくなっても、寂しくない?」


「寂しくなるかもね。だけど、大丈夫だよ。ここには母様もいるし、父様も見てる。だから、寂しくない。だから、いつでも帰っておいで」


「うん……ありがとう、お兄ちゃん。私、決めたよ」


 涙を拭い、兄の顔を真っ直ぐ見上げる。

 お兄ちゃんと呼んでいた姿を見て、昔はそんなふうに呼び合っていた仲だったのかなと想像ができた。今は、王と王の妹の立場だけど、今だけはただの兄妹に見えた。


「私、ティアラたちと旅してくる。いつ帰ってくるかわからないけど、必ずここに帰ってくるから!」


「うん。私はいつでも待ってるから、行ってきな」


「はい!」


 泣き止んだフィストはドレス姿で、王宮の中へと走っていく。

 すると、グレイストはゆっくりとこっちに近づいてくる。


「ルーク殿とティアラ殿、後グラット殿、わがままなところがあるけど、優しくて可愛い私の妹を頼みます」


「わかりました。危険がいっぱいある旅になるかもしれませんが、僕とティアラで守りますので、安心してください」


「私は守られる側になるかもしれないけど、フィストに悲しい思いをさせないです」


「俺も、サポートするから大丈夫だぜ」


「そうですか。それは、よかった……」


 そう言葉を零すグレイストはどこか寂しさを感じさせるような表情で笑っている。


 そんな、話をしているとフィストが戻ってきた。

 腰には剣を下ろし、背中に重そうな荷物を背負っていた。


「なにを話していたんですか?」


「フィストは頼むってお願いしただけ」


「余計なこと言ってないよね?」


「それは、どうかな」


「もう、なにそれ」


 ムッと顔をしかめる。

 フィストってあんな表情するんだ。


 今まで、強張った表情しか見てこなかったから、意外だ。


「じゃ、そろそろ行こうか」


 ルークの合図に、私は振り返る。

 王宮の扉を開き、外へと出た。


 その時、フィストは笑顔で振り向き、手を振った。


「お兄ちゃん、行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


 それに答えるように、グレイストも小さく手を振り返す。

 フィストは、後ろ髪を引かれるような気持を我慢して、正面を向いた。


「旅に行こう」


 その赤い瞳には、初めて私が月に手を伸ばした時のような、わくわくしているような気持が輝き移っているような気がした。

 初めは、固く真面目な子なんだと思っていたフィストは、気づくと私のように年頃の女の子の感情を持つ獣人なんだと気づいた。


 そして、今は夢への第一歩を踏み出した一人の獣人の少女である。


☾ ☾ ☾ ☾

 

 王宮から出て、私たちビスタリア大森国の出入り口である門の下を潜る。


 木々の隙間から快晴の空が見える。

 まるで、私たちの再出発を祝ってくれているように、木漏れ日が照らした。


「それじゃ、改めて……」


 先頭を歩くルークが、私たちの顔を一人一人、確認していく。

 私たちも、それに合わせて一人一人の顔を見合わせる。


 口角を上げ、ふっと鼻で笑うグラット。

 むずむずした様子を隠せないで、フィストは楽しそうな笑顔をこぼす。

 ルークは、変わらず優しい顔で微笑み。


 私は、それらを見て満面の笑みを浮かべた。


「行こうか!」


 ルークの出発の合図に、みんながそれぞれの一歩を踏み出した。


 世界は広く、美しいことを知っている。

 けど、数多くの危険だって存在することも知っている。

 だけど、不思議とそんな不安は浮かんでこない。


 それは今まで、小さな牢で月を見上げる生活をしていた私にとっては、すべて新しいものだと感じることができるから、そして、一緒に旅をする心強い仲間がいるから。


 私たち、それぞれの思いと夢を抱えて、歩き始めた。

 

 次はどんな景色、人、食べ物に出会えるんだろう。

 次への場所に、そんなわくわくとした気持ちを心に抱いて、再出発した。

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