奴隷少女は旅を始める
――起きろ、朝だ。
そんな声が聞こえた気がして、急いで目を開く。
体を起こすと、私はふかふかなベッドの上にいた。
窓から日が差し、ピヨピヨと鳥の鳴き声がする。
首元を手で触れる。
「軽い……」
昨日の夜、邪魔だからって、魔法を使って鉄の首輪を取ってくれたんだった。
そっか今、外の世界にいるんだ……。
地に足がつかないような、ふわふわしているような感じで、あまり現実味がない。夢でも見ているようだ。
布団から出て、窓に近づき、外を見る。
青い空に、ぷかぷかと浮かび流れる雲。
子供たちが走り回り、大人たちがそれを温かく見守っている。
ここは、オルランド邸から少し離れた場所にある小さな村、ホッコル村。
昨日までのことが嘘のように、時間が流れる村の様子に、胸を撫でおろすような気持ちになる。
これが、自由なのかな?
そのまま、部屋を出て、宿の一階の食堂に向かうと、窓際の席で魔法使いのルークがパンを食べていた。
声をかけようと近づいたとたん、お腹の虫が大きく鳴り響く。
その音に、ルークは気づきこっちを見る。
「おはよう。ティアラも食べる?」
「お、おはようございます。食べます……」
恥ずかしくて、顔に熱が上がってきてるのが自分でもわかる。
返事を返すと、ルークは席を立ち二つのパンとコップ一杯の水を持ってきた。
「これ、食べていいよ」
「ありがとうございます」
パンを受け取り、冷めない顔の熱を感じながら、ルークの正面に座る。
受け取ったパンを、改めて手に持つ。
柔らかい……この感触、久しぶりかも。
小さい頃は、こんなパンを毎日食べていたけど、味が思い出せない。
今、思い出せるのは、固くて味がないパン。
期待を胸に唾を飲みこみ、パンをかじる。
「美味しい!」
ふわふわと柔らかい感触に、甘さを感じる。
ぺろりとパンを食べて、水を飲み込む。
水からもなんか味があるような気がする。
そんな私の姿を、ルークは目の前で微笑むように見ていた。
「そんなに美味しい?」
「はい! とっても美味しいです!」
「そっか、それは良かった。あの屋敷では、なに食べてたの?」
「味がほとんどない固いパンです」
「あーそれは、美味しくないね。多分、それは普段食べるようなパンじゃなくて、保存食のパンだからね」
「なんですか、それ?」
保存食がわからず、私は首を傾げる。
「保存食ってのは、戦争中によく食べてる人がたくさんいた長持ちするパンだね。確か、普通の麦と違って、この近くのガンホコ山で取れる特殊な麦を使っているんだよ」
「そうなんだ……」
ルークはさらに続ける。
「武器の街って言っても、各国に武器を流してるって噂もあるから、それで、美味しくもない固いパンを作ってるのかもしれないね」
「なんの、ためにそんなことするんですか?」
私が聞き返すと、ルークは表情を曇らせる。
「もしかしたら、戦争を他の国にやらせようとしてるのかもしれない。あいつの中にいる悪魔がなにを考えているのか全く分からないけどね」
「悪魔?」
「この世界になにかしようとしている存在だよ。なにをしようとしてるか知らないけど、危険なのは、確かだ。悪魔は僕の力じゃ勝てる存在でもないし」
私も悪魔の存在は知っている。それが、ルイス様に憑いていたなんて、知らなかったけど。
悪魔は、神に敵対する対なる存在だと、小さなころに聞いたことがある。
「でも、思いっきり顔面に拳いれたじゃないですか」
「あれは、逃げるための一時的なやつだよ。あんな攻撃じゃ絶対に悪魔は倒せないし、逃げの一手だよ。そのために、一回かまかけたしね」
かま……?
昨日のことを思い出しながら、首を傾げる。
「あいつに、人間じゃないだろって言ったら、アイツ、笑ったからな。色々、手は考えてたけど、予想外のことに助けられたよ」
予想外のことって、もしかして、あの光のことかな?
自分で言って、ルークは思い出したように、私に聞いてくる。
「そういえば、あの光ってティアラの魔法?」
「自分でも、わからないです」
「そっか、な一応、光の魔法ってのは存在するけど、わからないか……うーん、なんだろうね」
本当になんだったんだろう……魔法なのかもわからない。だって、私は今まで魔法なんて使ったことないから。
私の力?
考え始めると、たくさん疑問が浮かんだ。
「もしかして、私を奴隷として買ったのも、悪魔のなにかの目的だったのかな?」
「悪魔がなにかを企んでいたことは間違いないけど、そこにティアラが必要だったのかはわからないな」
ルークは目を細めた。
悪魔は、どんな目的があるんだろうか。気になるような、気にならないような、もやもやした。
二つ目のパンが食べ終わり、お腹をさする。
「美味しかった!」
「食べ終わったか、それじゃ、準備して行こうか」
「どこに、行くんですか?」
「それは……」
ルークは笑みを見せて言う。
「この近くで一番賑やかな街、商業都市ウェルトだ!」
どんな場所かわからないが、一番賑やかと聞くだけで、自然とそこが楽しい場所なんだと想像がたくさん湧いてきて、胸の鼓動が弾むように鳴り、わくわくする。
その後、出発の準備をしようと一度部屋に戻った。
けど、特に持ち物とかがなく、使った布団を綺麗にしてすぐに部屋を出た。
「うわ!」
扉を開けたら、ルークが立っていて私は、驚いて声を上げる。
「驚かせたねティアラ。準備は終わった?」
「はい……持ち物とかなかったので」
「じゃ、一ついいかな」
「なんですか?」
ルークは、私の着ている服に目をつけて言う。
「その格好だと、危ないからこっちに着替えてみて」
服を渡され、私は部屋に戻った。
部屋に置かれた姿鏡の前で、今まで着ていた汚れた服を脱ぐ。
たくさんの傷跡がついた体が鏡に映り、不思議だなと思う。
まだ、外にいることを実感できていないのかもしれない。
そして、ルークから渡された服を着て、もう一度鏡を見る。
「これで、あってるのかな?」
フード付きの白いコート、中にはぶかぶかな青色の服に、防寒用の黒い下穿きを着た。
少しだけ、大きい気がする。でも、このコートは良い感じ。
後は、髪が邪魔だなあ。
背中を覆うぐらいに長い青い髪は、旅をするのに絶対に邪魔になると思った。
奴隷になって、一度も切ったことのない髪。長い長い奴隷の時間が詰まっている。
こんな髪をさっさと切ってしまいたかったが、今、切る道具もないので我慢するしかない。
私は、気持ちを切り替えて、これから、だんだん旅が始まるんだと実感が湧いてきて、外を走り回る子供のように弾む足取りで、部屋の扉を開けた。
「どうですか?」
着替えてる間に、準備したのだろうか、部屋の前には背中に荷物を背負ったルークが立っていた。
大きく目を見開きルークは固まってしまう。いきなり、扉を開けたから驚いているのだろうか。
返事がないことに私は首を傾げると、なにかに気づいたように視線を逸らした。
「良いと……思う……」
返事を聞いて、胸を撫でおろすような気持ちになる。
ごほんとせき込み、ルークは改めて聞いてきた。
「サイズはどうかな?」
「少し、大きく感じるだけです。コートはいい感じです」
「それなら良かった。ウェルトに着いたら服買うから我慢してね」
「全然、これで大丈夫ですよ」
「服は二着ぐらいあった方がいいから、後それ、昔僕が着ていたやつだから、綺麗にはしたけど、古いから」
「そうなんですね……」
少し、遠慮したい気持ちはあるけど、私には手持ちがないから甘えることしかできない。
「ごはんとか服、ありがとうございます」
心からの感謝を伝えると、ルークは笑みを浮かべて私の頭に手を置く。
「別に良いよ。これぐらい普通のことだから。僕とティアラはこれからたくさん助け合って旅をするんだ。だから、これは普通のこと。だから、遠慮なんてしないでね。改めてよろしく」
言って、ルークは頭に置いた手を動かし、包み込むように私の手を握ってきた。
その温かく、大きな手を私は握り返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「後、そのぼろぼろの靴もウェルトで替えようね」
「はい! 後、一ついいですか?」
ルークが遠慮をしなくていいと言うなら、早速頼んでみよう。
「ん? なに?」
「髪を切りたいです」
☾ ☾ ☾ ☾
木漏れ日が照らす、明るい森の中をスキップするような心持ちで歩いている。
目を閉じれば、鳥と虫の鳴き声が聞こえてきた。
冒険が始まって、まだそんなに時間は経っていないのに、たくさんのことが目や耳に新しい情報として入ってくる。
今、純粋に楽しいのだ。
「ティアラ、そろそろ見えてくるよ」
「なにがですか?」
「見れば、わかるさ」
先を歩くルークが、私の方に振り向き笑う。
なんだろうと思いながら、どきどきと鼓動が跳ねた。
「ほら、見えた」
ルークが足を止めて、私を促す。
近くまで来ると、太陽の日差しが眩しくて目を閉じる。
次に強い風が、ざあっと吹いて、肩まで短く切った髪を揺らした。
ゆっくり目を開くと、広い緑の草原の真ん中にたくさんの建物が円を作るように並んでいるのが見えた。
ルークは指を差す。
「あそこが、商業都市ウェルトだよ」
「うわぁ……すごい」
私は思わず、自分が見ている景色に言葉を奪われてしまう。
「ふふ、そういう反応すると思ったよ」
隣でくすくすと笑うルーク。
「だって、すごく綺麗な景色だと思って」
「わかるよ。僕も初めて来た時は、そんな反応したと思う」
「来たことあるんですね」
「うん。昔、親とね」
懐かしむように街を見下ろすルークの姿が、少し寂しそうに見えた。
「よし、早速ウェルトに行こう!」
ルークは、拳を空の方に掲げる。
「はい!」
私もぎこちなく、ルークと同じように空に拳を上げた。




