03
坊やとヨハンさんを探して、幾つもの街を歩いた。
匂いでは見つけられそうにない。
街には人も吸血鬼も多すぎる。
探し疲れてしまって、人に声をかけた。
「お願いします、血を吸って下さい!」
「あの、すいません、ごめんなさいっ」
「どうか、一緒に夜を過ごしていただけませんか?」
「そういう時は警察にどうぞ」
何を話しても、聞いてもらえない。
坊やとヨハンさんを探しているだけなのに。
何人に話しかけても、誰にも手伝ってもらえなかったので、今度は吸血鬼に声をかけてみた。
時々森に迷い込んできていた吸血鬼と違い、街の吸血鬼たちは見たことのない服を着て、透明な器に入れた血を飲んでいた。
村に来ていた徴税官のようで気持ち悪い、と思ったけれど、ヨハンさんを見つけてもらうには、狩人と関係のある吸血鬼に聞くのが早いと思った。
「ハンターを探しているのですか?
ああ、殺しに行くってことなら協力しますよ」
「ハンターに会いたいなら、早めに食事に行けばよろしいのですわ、殺しに行かれますの?」
「あのゴキブリみたいにしぶとい奴らのことですか?
関わらない方がいいですよ、関わるなら皆殺しにしないといけないし」
人とは違うけれど、やっぱり話を聞いてもらえない。
いくつもの街をさまよって、古い街へやってきた。
前に少しだけのぞいたけれど、匂いで見つけられないと気がつく前だったから、ちゃんと歩き回っていなかった。
大きな街の中には、多くの人の匂いと、多くの吸血鬼の匂いが混ざっている。
この街には、随分と吸血鬼が多い。
「…………あ」
ふわり、と匂いがした。
知っている匂い。
これは、狩人の匂い。
駆け込んだ店には、何人もの狩人の匂いと、ヨハンさんによく似た匂いの男性がいた。
「どなただね?」
声の主は、となりのおじいちゃんみたいな狩人で、ちょっとだけ安心した。
「人を探しています」
「人を?」
「はい、ヨハンという狩人です」
ちゃんとした名前を聞いた覚えはあったけれど、ヨハンさんと呼んでいたので、忘れてしまった。
言葉遣いには気をつける。
吸血鬼たちの話し方を聞いていて、覚えた。
礼儀だっけ、ヨハンさんに教えてもらったことは、まだ覚えてる。
「ヨハンね、ありふれた名前だけれど、その狩人を見つけてどうするんだい?」
「お礼を言います」
「……ええ?」
一生懸命ヨハンさんの話をした。
坊やのことも話したけれど、何年前なのか分からないし、名前も知らないというと、探しようがないよ、と言われてしまった。
◆
店員の仕事は大変だ。
従業員の多くが大人の男性で、必ず1人は狩人がいる。
でも、不思議なことに嫌な感じはしない。
店長は、一番ヨハンさんに似てる。
ヨハンさんに似た匂いがしているから、そばにいると気持ちいい
でも無口な人で、仕事のこと以外、あんまり話をしない。
この店の人たちなら、怖くないかもしれない。
◆
仕事に慣れた頃、同じ遅番のアーチーに「せっかくだから何か借りたら?」と言われた。
そう言われても、オーナーが保証人になってくれて借りた部屋には、服くらいしか置いてない。
これまで、森の中で暮らしていたから、何が必要かも分からない。
実は、映像作品が何か、もよく分かっていない。
「店長なら詳しいよ」
アンジーに相談したら「店長お人好しだし、ただで貸してくれるんじゃない?」と言われた。
給料はもらっているけれど、服を買うくらいにしか使っていなかった。
本当はアンジーやノーラ、ドリーみたいに可愛い服を着たい。
でも、何箇所か服屋に行ったけど、サイズが合わないし、品数が多すぎて決められなかった。
ヨハンさんや坊やに再会した時、驚かせたい。
坊やが「ママ、すてき!」って褒めてくれるような服がいいかな。
アンジーが「オシャレの基本の勉強になるの貸してあげるから、店長に機材を頼んだらいいよ」と言うので、その通りにしたら、困ったような顔をされた。
でも、その後で、全部やってくれると言ってくれた。
店長はヨハンさんと似てる匂いだから、優しい人なのかな。
そんなことを思ったら、笑顔になれた。
◆
店長に指定された日、見たことのない乗り物で現れた店長は、30階?!と言いたそうな顔をした。
人にとって、30階建てを登るのは大変らしい。
それでも店長は手慣れた様子で〝再生機器〟を繋げてくれた。
さらに、再生機器を置くための棚を買いに連れていってくれた。
ヨハンさんと一緒にいるような気持ちになって、すごく幸せな時間だった。
店長のそばにいるとすごく落ち着く。
でも、人の街も悪くないかもしれない。
「ヨハン、さん(の教えてくれた通りだった)」
◆
店長が帰った後、吸血鬼の匂いが周囲にあるのを感じる。
しかもそれは、店長を追いかけている。
嫌な感じがして、店長の車の後を追いかけた。
人は本当に吸血鬼には敵わないのだ、と分かった。
店長が肩を切り裂かれ、倒れるのを見たとき、坊やが傷ついている姿が蘇った。
「……店長を傷つけるのは、許さない」
◆
戦い方なんて知らない。
でも、あんなに遅い相手に、負ける方がおかしい。
店長を車の後ろに乗せて、匂いを辿る。
店長の匂いを辿って、車を持って街中を歩く。
店長の家は、家中に再生機器?が積んであった。
本当にアンジーやアーチーが言うように、好きなんだろう。
1つのことにこれだけ打ち込めるなんて、凄い人だ。
店長のことを、また1つ尊敬できるようになった。
シャツを破いて、肩の手当てをしようとすると、とても美味しそうな匂いがする。
店長の血、すごく美味しそう。
でも、坊や以外は……。
すごく、歯がムズムズする。
ほんの少しだけ、と店長の傷の周辺を舐めた。
「……坊や、なの?」
店長の血からは、坊やの味がした。
匂いが違うし、子供だった頃とは違うけれど、間違いなく坊やの血の味だった。
美味しすぎてクラクラする。
とろけそうに美味しい。
思わずむしゃぶりついてしまいそう。
だめ、そんなことしてる場合じゃない。
傷口の周りの血を拭き、近くにあった治療用品の箱を勝手に持ち出す。
布を押し当てて血を止め、包帯を巻いた。
治療用品の中には薬らしいチューブもあるけれど、字が読めない。
作品の検索は、オーナーの配慮で音声案内を入れてあるので、困ることはない。
新人なので、検索に参加することも少ない。
「坊や、会いたかった」
天使と同じでくるくるだった坊やの髪は、癖のあるうねりを持った髪になり、高い頬骨の周りで踊ってる。
すべすべの頬は、髭剃り痕のある頬になった。
顔が違う気がするのは、気のせい?
大人になった坊やを、怖がるべきなのか。
でも、坊やは坊やだ。
きっと、嫌なことはしないと思う。
坊やが目覚めるまで、コシのある髪の毛を撫で続けた。
嬉しくて、涙がこぼれた。
◆
坊やはヨハンさんの子孫だった。
高祖父とか言う、4代前のおじいさん。
もう、死んでいると言われ、もっと早く森を出なかったことを後悔した。
坊やが見せてくれた日記には、ヨハンさんが〝姫〟に会ったと書いてあった。
そういえば、名前を名乗っていなかったな、と思い出す。
村ではママが死んでから、誰も名前で呼んでくれなかった。
ずっと〝あの子〟と〝あれ〟だった。
名前を教えるのが怖かった。
名乗った後に〝あの子〟って呼ばれたくなくて。
ヨハンさんに、名前を教えてあげればよかった。
お礼を言えばよかった。




