04
店に行ったら、坊やが寝ていた。
顔を見るたびに違和感はあるけれど、寝相が昔と同じ。
思わず頭をなでてしまう。
人の時間は過ぎるのが早いな、と大人になった坊やを見て、少しだけ寂しさを覚える。
もう、子守唄を歌ってあげることはできない。
子供みたいに抱きしめて、額にキスもできない。
坊やに〝ママ〟だって知られたら、嫌われるかもしれない。
坊やを助けられなかった。
待っていないで、迎えに行けばよかった。
坊やのそばを離れなければよかった。
「……ママ?」
坊やの眠たそうな声で、心が飛び跳ねる。
嬉しくて、顔が熱い。
「んん?」
覚えてる。
坊やは寝起きがちょっと悪い。
起きてしまえばご機嫌なのに、起きるまでが大変。
目覚めが近い、子供扱いを喜ばないかもしれない、と名残惜しいけれど手を離した。
「坊や、おはよう」
坊やはとても頑張り屋さんだから、無理をしたら助けてあげないといけない。
また、ママって呼んでほしい。
◆
病院から戻ってきた坊やに、坊やと出会ったことを伏せて、今までのことを話す。
言わなくても思い出してくれるかもしれない、と期待はしていた。
でも、坊やは何も思い出してくれなかった。
きっと、思い出すのも嫌なのだ。
「ごめんなさい、店長」
「……まあ、起こってしまったことは仕方ない。
ロゼ君、悪いがこれからは私をルッツと呼んでくれ。
店内では気をつけて欲しいが、舞踏会とやらの会場で店長呼びを聞かれたくない」
ルッツ、それが坊やの名前。
絶対に忘れない。
でも、ヨハンさん以外、人を名前で呼んだことがなくて、なかなか慣れない。
失敗した所を穏やかな目で見つめられると、顔が熱くなる。
◆
坊やを守る。
坊やに嫌われるまでの間でいいから。
そう決めたら、気が楽になった。
坊やの家は花園とは違い、いつも金属や樹脂の匂いがしている。
でも、足元をぐるぐるしている器械や、壁際でブンブン音を立てている器械が部屋をきれいにしていて、空気はいつも新鮮。
子供じゃない坊やと遊ぶことはできない。
真剣な顔して器械をいじっている坊やを見ているだけで、幸せだ。
今度こそ、坊やを守ってみせる。
ママなんだから。
◆
店長がオーナーに連れ出された後、マイクが店に連れてきた女性と外に出た。
すぐそばの家で〝ドレス〟という服に着替えて〝メイク〟される。
「本当に細いのね、ちゃんと食べなきゃダメよ」
食べてないから、坊やにママだとわかってもらえないかもしれない。
狩人の匂いのする女性が笑顔で言うので、思わず聞いていた。
「動物の血と、バラのしずくでは食べたことにならない?」
女性は驚いた顔をしていたけれど「詳しい人に聞いてみるわね」と答えてくれた。
それから、店の前で大きな車に乗って、どこかへ向かう。
「ロゼ、君?」
「は、はい」
坊やの匂いが近づいてきているのは知っていたけれど、黒い服を着た坊やは素敵だった。
背が高くて、狩人のように力強そうな腕や足はしてないけれど、優しい目をしている。
肩幅が広くて、指が長い。
黒っぽい髪が短くなっていて、服装にあっていた。
坊やと車内にいても、吸血鬼の匂いが近づくのを感じる。
「ルッツ、あなたを守るから」
必死な思いで言ったのに、坊やはナイフを出して、男なんだぞ!って強がる。
とてもかわいい。
子供の頃と変わってなくて、嬉しくなった
坊やのためになら、なんだって相手にする。
たった1人だけ、守りたいものだから。
◆
突然、別人のように暴れる坊やを守って、会場を飛び出した。
狩人らしい、人にしては素早い坊やだけど、蜂蜜色の髪の吸血鬼の方が早かった。
嫌なやつ。
坊やを傷つけた、大嫌い。
坊やを抱えて、匂いを頼りにオーナーの元へ駆ける。
女性が綺麗にしてくれた髪の毛はもつれて、かかとの尖った靴は脱いでしまった。
せっかく、坊やが綺麗だって褒めてくれたのに!
許せない。
坊やを傷つけて、バカにした。
◆
坊やが元気になるまで、時間稼ぎをオーナーに頼まれた。
14日もあれば、元気になるだろう、と。
喜んで吸血鬼を困らせることにする。
足の速さでは負けなかった。
森の中を、ウサギやネズミを追いかけて、走り回っていたから。
物陰に隠れて、息をひそめるのも使えた。
他の吸血鬼たちは、匂いで探せないみたい。
時々、諦めずに追いかけてくるように手を出す。
一番後ろにいる落ちこぼれを引っ掻けば、全員が気が狂ったように追いかけてくるから。
大型ゴミ箱の中や、泥の中に隠れたりして、集まってきたら飛び出して蹴散らす。
それを何日も続けると、吸血鬼たちは数が減っていった。
隠れん坊のようで面白かったのに、吸血鬼たちにはそうでもなかったみたい。
坊やを傷つけたんだから、もっと困らせたかった。
◆
坊やの匂いを感じた。
不思議、どこにいてもわかるみたい。
よかった、元気になった。
嬉しくて、泥まみれなのも忘れて、匂いを追いかける。
——知らない家の中から坊やの匂いがする。
家に近づくと、どんどん坊やの匂いが濃くなっていく。
元気になったんだね、会いたかった。
「坊や、無事?」
姿は見えないけれど、坊やが近くにいるのを感じる。
血まみれの坊やを舐め回したいと思ったこと、秘密にしたままだから、少し後ろめたい。
「坊や、痛いところはない?」
少しすると、扉が開かれて坊やが姿を見せてくれた。
ああ、信じられない。
坊やは、覚えているのと同じ顔になっていた。
もちろんもっと大人びているけれど、この前までの違和感はなくなっていた。
髪の長さと色が変わり、目の色も違う。
でも、間違いなく坊やだ。
可愛い坊やが帰ってきた。
嬉しい気持ちを隠すことなんてできない。
歯がムズムズする。
坊やが欲しいって、でもダメ、坊やが望んでないことはしない。
「ママ」
「坊や、怪我はしていない?」
「もう、大丈夫」
「よかった」
ママ。
坊やがママと呼んでくれた。
あなたが望むなら、なんでもする。
「心配してくれてありがとう」
「坊やを守るって決めたから」
可愛い坊や、今度は守ってあげられた。
男の戦いに手を出すものじゃない、オーナーに教わったから、これでいいはず。
「ママ、っ、教えて、くれる?」
「何?」
「っ……俺に何をした!?」
坊やが手に持っていた紐を首に巻きつけてきた。
苦しい、痛い、やっぱり怒ってる?
助けるのが遅かった?
それとも、子供の時に、守ってあげられなかったことを怒ってる?
「子供の時に血を飲ませた。
坊やを助けたくて」
「子供の時?」
「夏に来てくれて遊んだの、楽しかった。
ママって呼んでくれて、嬉しかった」
坊やはもう子供じゃない、ちゃんと本当のことを言って、謝れば許してくれるかもしれない。
何かを思い出したように、坊やは手を緩めてくれた。
そして、その後襲ってきた男から、守ってくれた。
坊やはすごく素敵になっていた。
狩人の血を引いているからなのか、坊やの才能なのか、答えはどちらでもいい。
もう一度、側にいることができる。
それだけで、天にも昇る心地になった。
だから、吸血鬼が邪魔なら、坊やのためにいくらでも倒す。
ママを側にいさせて。
時々でいいから、ママって呼んで。
ルッツ、大好き。
これにて、一旦完結とさせて頂きます
最後に登場人物紹介を投稿し、筆が進めば続きを書くかもしれませんが、未定です
お読み頂きありがとうございました




