二十二.まぼろし(その2)
やがて……車は、天覧学院に到着した。
大通りから見上げる……緑の丘。
この広大な丘が……全て天覧学院の敷地なんだという。
小高い丘の周囲に……幾つもの校舎が見えた……。
「……面接の時にも、あんまり広くてびっくりしたんですけれど……この位置から見上げると、全体が見渡せて壮観ですね……!」
うん……眼の前に拡がる景色が全て、『天覧学院』だ。
「……そうね、うちは幼稚舎から大学まであるから……」
さっきの加奈子さんからの電話以降……愛美さんは、元気が無い。
……どうしたんだろう?
オレは……面接の時に貰ったパンフレットを開いてみる。
……あっちの右側の白い校舎が、高等部で。
……そっちの赤い屋根の建物が、オレの通う中等部か。
……あっちにある塔の付いている白い建物が礼拝堂で。
……そっち、学生食堂……!
学生食堂だけで、オレの住んでいるアパートよりも大きい。
……っていうか。
あそこに見えているのは、中等部、高等部の生徒も使って良い『中央学生食堂』で……。
他には、大学部の文学部校舎前と工学部前にも『食堂』があるんだ。
……こんなに広いんだものな。
一つの学生食堂じゃ、食事する人が入りきらないし……大学の学部で校舎が離れているから、別個に作るしかなかったんだな。
「……食堂について知りたいの?」
パンフレットを見ているオレに……愛美さんが、興味を示す。
「はい……三つも、食堂があるんですね」
「どれも同じ業者さんが入っているから……お食事のメニューの内容とかは同じそうよ」
……へえ。
「ただ……料理の名前が変わるらしいの」
……料理の名前?
「うん。文学部前の食堂だと『ポーク・ジンジャー・ランチ』なのに……工学部前の食堂へ行くと『豚ショーガ定食』に名前が変わるんだって。同じものなのに」
「……何でなんです?」
「知らないわ……あたし、大学部の食堂って入ったことないから」
運転席から……清香さんの、クククという笑い声が聞こえてくる。
「文学部は女の子ばっかりで、工学部は男の人ばかりだからですよ……!」
……そうなんだ。
「それに……文学部校舎には、女子短大がくっ付いてますからね。若い女の子に合わせて、英語の名前にしたんでしょう……!」
「清香さんは、天覧学院の女子短大を卒業なさっているの」
愛美さんが、そう言う。
「はい。あたしも幼稚舎から天覧で……女子短では、芸術コースの日舞専攻です」
……清香さんも、先輩なんだ。
「まもなく……正門に着きます」
ロールス・ロイスは、学校の周りをぐるっと廻り込んで……ようやく、正門前に到着した。
うん……レンガ造りの時代かがった門柱に、黒光りする立派な鉄の門が着いている。
天覧学院の揃いの制服を着た中学生と高校生が……次々に中に入っていく。
「ここは、この時間は中高生専用よ。幼稚舎の子は、もう少し先の入り口から入るし。大学部の人たちは、西門か東門を使っているわ」
ああ……登校時の混雑を減らすために、入り口の門を使い分けているんだ。
「どこの門の前にも……ああやって、学校の警備員さんが監視していてくれるわ。この正門の脇にあるのが警備本部よ」
なるほど……正門前の脇には、2階建ての小さなビルが建っていて『総合警備本部』という看板が出ている。
朝の正門前には……豪華な制服を着た体格の良い警備員さんが、三人も立番をしていた。
みんな、眼を光らせて……おかしな人の出入りは無いか、完全にチェックしているらしい。
「……いつもは、あたし、この正門の前で車から降りるのよ」
愛美さんは、そう言った。
「中には父兄用の駐車場もあるんだけれど……一々、警備員さんに入校許可証と駐車許可証をいただくのは大変でしょ」
え……それって。
「……もしかして愛美さん、毎日、車で通学しているんですか?」
このロールス・ロイスで……。
「……うん。朝だけね。お祖父様が『朝の満員電車は危険だから、絶対に乗ってはいけない』っておっしゃるから」
愛美さんは、さらりとそう答えた。
いや……満員電車は。
うん……危険と言えば危険か。
この人、家元の孫娘なんだし……。
……でも。
毎日、車で通学だなんて……。
本当に、とんでもないレベルのお嬢様なんだな……。
「そんな顔しないでよっ!帰りは、ちゃんと電車を使っているわ……観劇日やお稽古先が遠くの日には、清香さんにお願いして車を出していただくこともあるけど……!」
……はぁ。
「だいたい……恵ちゃんだって、これからはあたしと一緒に毎朝、自動車通学よ。判っているんでしょうね……?!」
……あああ。
オレは……愛美さんの『ボデイ・ガード』役という名目で、天覧学院に転入させて貰ったんだから……。
そういうことになるのかよ……!
……はぁ。
どうせ、後、半年だけの辛抱だ……。
中学さえ卒業すれば……緑郎左衛門先生だって、送り迎えを続けろとは言わないだろう。
オレは、高校へは進学しないんだから。
「それじゃあ、あたしはここで……!」
愛美さんが……正門前で、車から降りようとする。
「え……愛美さん?」
「恵ちゃんは、これから清香さんと事務棟でしょ?あたしは、このまま自分の校舎へ行くわ」
そ……そっか。
愛美さんに、事務手続きに付いてきて貰う必要は無いもんな。
「じゃあねっ!清香さん、恵ちゃんのこと、よろしくお願いします!」
「はい……お任せ下さい」
そう言って、愛美さんは車を降りると……手を振りながら歩いていく。
すぐに登校する生徒たちの中に消えてしまった……。
……ちょっと寂しい、感じがする。
まあ、仕方がない。
ここは、愛美さんが幼稚舎からずっと通っている母校なんだし……。
愛美さんだって、オレの相手をしているよりは……早く、クラスの友達に会いたいだろうしな。
愛美さんは、高等部の校舎へ向かったんだから……帰りまでは、もう会えない。
きっと、また携帯に電話が掛かってくるんだろう。
「恵ちゃん、今どこにいるの?!すぐに迎えに来なさい」……とか。
……うん。
それがオレの仕事なんだ……。
……仕方ない。
車が正門に入る。
清香さんが、校門の警備員に……在校生の家族の車である『証明書』を示して……。
それで、ようやく学校の敷地内に入ることを許される……。
しばらく、校内の舗装道路を走ると……丘の下に、右手に百台は駐められそうな大きな駐車場があった。
「予定の時間通りですわ……さあ、参りましょうか?」
清香さんが……そう言って、オレに微笑んでくれた。
◇ ◇ ◇
事務棟での手続きは、すぐに終わり……清香さんのお役目は終了。
オレは……清香さんにお礼を言って別れる……。
それから、学校の事務職員さんが……オレを中等部の職員室へ連れて行ってくれて……。
何か……悪いことをして、連行されているような気分だ。
……ドキドキする。
それにしても……本当に綺麗な学校だな。
どこもかしこも、ゴミ一つ落ちていない。
これは……生徒が、きちんと掃除しているわけじゃないな。
専門のお掃除の人を雇っているんだろう……。
そうとしか思えないくらい……完璧に、掃除されている。
中等部の職員室で……オレは、学年主任の男の先生に引き渡される。
「君が山田くんか……話は、まあ、聞いている」
五十過ぎの眼鏡の教師は……めんどくさそうに、そう言った。
こちらも……終業式の日なんて、変な時に転校して来たんだから文句は言えない。
……しかし。
この先生も、向こうに居る先生も……すごく高そうなスーツを着ているな。
最近、愛美さんと服を買いに行ったから、そういうことが気になるようになった。
というか……オレが今まで通っていた公立中学の先生が着ているような、クタッとしたスーツじゃない。
生地からして、テカテカして高そうだし……全体的に、ピシッとしている。
それに……サンダル履きの先生もいないなあ。
ジャージ姿の先生も。
みんな高級スーツに……磨き上げた革靴を履いている。
……愛美さんが、着る物や靴に拘っていた理由がよく判った。
こういう世界に……あの人は暮らしているんだ。
「君の担任だけど……桜木先生!」
学年主任の先生は……一人の女の先生に声を掛ける。
「は……はいっ!」
呼ばれてやって来た先生は……ちょっと、おっとりした感じの若い先生だった……。
「今日から君のクラスに入る……山田くんだ」
「……山田恵介です!」
オレは頭を下げて……。
それから、改めて自分の担任の先生を見る……。
年の頃は……二十代の半ばくらいか?
頭には白いカチューシャ。
眼には金縁の眼鏡……ちょっと垂れ目だな、この先生。
首にはライト・グリーンのスカーフを巻いている。
白いワンピースを着ていて……。
これもきっと、高級なブランドの服なんだろうな。
うん……公立中学にはまずいないタイプの先生だな。
とっても上品そうで、大人しい感じの美人先生だ……!。
「わたしは、桜木ひかると言います。よろしくお願いしますね!」
先生は、オレにふわっと微笑んだ。
「はい……よろしくお願いします!」
第一印象が大事だから、オレはもう一度丁寧に頭を下げた。
とにかく……緑郎左衛門先生と愛美さんに恥をかかすようなことはしてはいけない……。
「では、教室に行きましょうか、山田くん……!」
桜木先生にくっついて……オレは、職員室を出る。
「こんな時期に転校だなんて、大変ですね」
先生が、オレにそう言ってくれた。
「はい……オレも、二学期になってからでいいと思ったんですけれど……」
まさか……愛美さんが、オレを『臨海学校』に連れて行きたいがために無茶を決行したとは、口が裂けても言えない。
これまたゴミ一つ落ちていない、ピカピカの廊下を歩いていると……。
窓の外……木々の向こうに、白い校舎が見える。
「あれが、高等部の校舎ですよね?」
オレは、先生に尋ねた……。
「そうです……向こうに見えているのが、高等部。小等部と幼稚舎は、丘の向こうですからここからは見えません……あそこに見えているのが、大学の文学部校舎で……」
先生が……窓の外に見える建物を説明してくれた。
この人は……とても、いい人なんだな。
でも……オレの視線は、高等部の校舎に向かう。
愛美さんも、加奈子さんも、綾女さんも……。
あそこに居る。
だからオレは……この中等部でたった一人で、お金持ちの生徒たちとやり合っていかないといけない。
……はぁ。
正直……ドキドキが治まらない。
……オレ。
こんな学校で半年間……。
ちゃんと、やって行けるんだろうか……?
「……判りましたか、山田くん」
「はい、ありがとうございます」
とりあえず……担任は良い人っぽいというだけでも満足しておこう。
でも、期待しちゃダメだぞ……恵介。
希望を持つな。甘い考えは捨てろ。
クラス全員に無視されて、徹底的にイジメられる可能性だってあるんだからな……!
……オレは。
貧乏人の家の子なんだから……!
「……山田くんは、ここでちょっと待ってて下さいね!」
オレの教室は……三階の三年二組か。
……よし。
「わたしが声を掛けたら……教室に入って来て下さい」
「……了解致しましたっ!」
オレは、腹を括る。
まずは……桜木先生が教室の扉をガラガラと開けて、一人だけ先に入って行く……!
……日直の号令ッ!
「……起立!」
「……気をつけ!」
「……お早うございますっ!」
「……おはようございますッッ!!!」
さすが、名門校……みんな礼儀正しい。
声がぴたっと合っている。
うわっ……オレ、緊張してきたぁぁぁ!
「みなさん。今日はまず、転校生を紹介します!」
教室中から……「えーっ!」という驚きの声。
……そりゃそうだよなあ!
……一学期の終業式の日だもんな。
あらためて、愛美さんのことを恨む。
「山田くん、入って来て……!」
「……は、はい!」
桜木先生に呼ばれて……オレは、教室に突入する!
そのまま、ペコリと頭を下げて……!
……ちくしょう!
こうなりゃ、ヤケだ!
ちょっと身体が小さいからって、みんなに馬鹿にされてはいけない!
最初の挨拶は、バチッと決めないと……!
「……山田恵介です。みなさん、よろしくお願いしますッ!」
頭を下げ……顔を上げる。
それから……睨み付けるように、教室中の生徒たちの顔を見回していく。
……うん。
どの顔も、どの顔も……。
オレより頭が良さそうだ……。
金は……絶対に、向こうの方が持っている。
……それから。
女の子は、可愛い子が多い。
これは、芸能人の娘さんが居るからだな。
そして……。
……んんんんんん?!!!
……は?
……なんですと?!!!
三十人くらいの生徒の中で……一際目立つ、美しい少女……!
天使のような微笑で……オレに手を振っている。
……洞口加奈子さん?!
な、何で……ここに居るの?
ここ、中等部だよ?!
中等部の……三年二組。
あ、あなたは……高校生じゃなかったんですか?!
オレは、もう驚いちゃって、腰が抜けて……。
……声が出ない。
……と。
その加奈子さんが、スッと立ち上がって……。
クラスメイト全員に言った。
「山田恵介さんは、わたしの『彼氏』ですから……みなさん手を出さないで下さいねっ!」
加奈子さん……な、何を言うんです。
「もし、恵介さんに何かしたら……わたしが、許しませんからねっ!」
教室全体が、軽いパニックに陥った…!
「ちょっと、みなさん、落ち着いて……静かになさいっ…!!!」
桜木先生の一声で、事態は沈静に向かうが……。
「洞口さん……あなたがこんなことを言うなんて、先生、びっくりしたわ!」
「すみません先生……お騒がせしましたぁ!」
加奈子さんは、ウフフンと楽しそうに微笑んでる!
「だって、洞口さん……あなた、レズじゃなかったの……?!!!」
……はい?!
「先生……学年主任の先生から、そう伺っていたから。洞口さんは、レズだから注意して指導するようにって……!」
加奈子さんの顔が……ムカッと怒りの表情に変わる!
「違いますッ!わたしはレズじゃありません……!」
……加奈子さん?!
「本当に……結婚を前提に、山田恵介さんと交際しているんですからっ!」
その加奈子さんの一言で……。
再び教室は、パニックの渦へ……!!!
◇ ◇ ◇
体育館に移動して……終業式が始まる。
天覧学院では、中等部と高等部の行事は何でも一緒に開催しているらしい。
広い体育館は……中高の生徒でいっぱいなっていた。
それでも、一学年のクラスの数が少ないから……オレが、今まで在籍していた公立中学校の終業式と、そう全体風景は変わらない。
オレは……周りの生徒たちをぐるっと見る。
……良かった。
愛美さんは……いない。
これで、もしも愛美さんまで同学年だったらどうしようかと思った。
……あ。
ずーっと、向こうの方に綾女さんが居る。
さすがに背が高いから、よく目立つ。
ってことは……あっちの方の列が、みんな高校生なんだな。
しっかし……綾女さんは、本当に大きいなあ。
高校生の中に居ても……一人だけ飛び抜けている。
……愛美さんも、あの辺に居るんだろうか?
「……そんなにキョロキョロしてちゃ、ダメよ」
オレのすぐ横で……加奈子さんが囁く。
加奈子さんは、さっきの宣言通りにぴったりオレに寄り添っている。
3年2組の連中どころか……他のクラスのやつらまでが、オレたちの様子に注目している。
……何だ、このとてつもなく気まずい雰囲気は……。
「うふふ……さっきは、驚いたでしょ?」
校長先生の長話が続く中……。
加奈子さんが、小声でオレに囁いた。
「そりゃあ……驚きましたよ。まさか……加奈子さんが、同い年だなんて」
加奈子さんは、すっごく大人っぽいし……。
オレより、全然、背だって高いし……。
しかし、まさか……愛美さんと綾女さんが高校生で、加奈子さんが中学生とは思わなかった。
加奈子さんが、雰囲気も喋り方も一番年長みたいだったのに……。
「……でも、これで安心よ。ああ言っておけば、誰も恵介さんにちょっかい出さないから……!」
……え?
あ……「恵介さんは、あたしの『彼氏』」って発言のことか。
「決して良い子ばかりじゃないからね、うちのクラス……特に男の子は……!」
さっきから……不良っぽい男子生徒たちが、ジロジロとオレを見ている。
やっぱり、金持ちの学校でも色々あるんだ。
もっとも……公立中学校のホンモノの不良と比べたら、そんなに怖くはないけれど。
とにかく、みんな、金持ちで我が儘そうな顔をしているな……。
「……意外と、わたしの『彼氏』ってことで、かえって男の子にも女の子にも敵を作ったかもしれないわね……!」
……はい?
「わたし……こう見えても、結構人気があるのよ。男の子にも……女の子にも」
加奈子さんは、艶やかに微笑んだ。
「これからの学校生活は、覚悟してね……恵介さん。あなたは、わたしの『彼氏』なんだから……!」
加奈子さんは……そう、言うけれど。
「……あれって、もちろん『冗談』ですよね?」
オレが、加奈子さんの『彼氏』なんて……。
……そんなこと。
……冗談でも、あってはいけない。
「あら……あたしは、本気よ!」
加奈子さんの柔らかそうな唇が……オレの耳に囁く。
「……恵介さんは、あたしじゃ嫌?」
……ええっと。
「それって……やっぱり、オレが愛美さんの弟だからですか?」
……オレは。
加奈子さんは……笑うと思った。
「そうよ、当たり前じゃない」って……。
だけど、彼女は……。
「違うわ……あたし、本当にあなたのことが気に入ったの……!」
……加奈子さん?
「愛美ちゃんのためを思って、緑郎左衛門先生の前で『お芝居』したあなた……素敵だったわ……!」
加奈子さんの顔が……オレに、接近する。
「わたし……胸がキュンてなったのよ……!」
……えええ?
……加奈子さん??
今は、終業式の最中ですよ……!
みんな見ていますよ……!
あわわわ……。
唇が……近付いてくるぅぅぅぅッ……!!!
「……あら、残念」
加奈子さんの動きが、突然止まった。
「……愛美ちゃんが、こっちを睨んでいるわ」
……へ?!
加奈子さんの視線の先を追うと……。
あ……確かに、愛美さんがこっちを凄い顔で睨んでいる。
……場所は。
ちょうど、オレたちと綾女さんの中間辺りだ。
綾女さんも……こっちを見ているな。
「だから、続きはまた後でねっ……!」
加奈子さんは、そう言って……艶やかに微笑む。
そして、愛美さんに向かってウインクした。
愛美さんは……加奈子さんに対して、ベーッと舌を出す……。
「……続いて、今学期の成績優秀者の表彰です」
司会の先生が、マイクでそんなことを言った。
「……成績優秀者?」
「ああ……天覧学院では、学期ごとに中間テストと期末テストの両方の点を集計して、成績が良かった上位3名が表彰されるのよ。各学年ごとにね」
加奈子さんが、そう説明してくれた。
「まずは……中等部」
加奈子さんが、チラッとオレを見る。
「じゃ……行ってくるわね!」
……ん?
「中等部第3学年1位……3年2組、洞口加奈子さん!」
「はいっ!」
加奈子さんが……立ち上がる。
そのまま……演壇の方へ。
加奈子さんて、そんなに頭がいいんだ。
学年でトップってことだろ。
続いて、2位と3位が発表される。
後の二人は、男子生徒だった。
「中等部第2学年1位……2年1組、三条麗香さん!」
……まさか、愛美さんも成績1位とかってことはないよな。
まあ、一応、高等部の発表の時になったら気にしてみよう。
っていうか……。
そう言えば……愛美さんて、高校何年生なんだ?
と……考えていると……!
「中等部第2学年3位……2年2組、三善愛美さん!」
…………え?!
……今、何て言った?!
……中等部……第2学年て……!
「……はいっ!」
そう叫んで、席を立つのは……。
……愛美さん。
間違いなく……オレの知っている、三善愛美さんだけど。
……はぃぃぃぃ???!!!
「中等部第1学年1位……1年1組、高塚綾女さん!」
「……はい」
……綾女さんは。
……中学1年生……。
あんなに、でっかいのに……。
……う、嘘だろう???
「以上の9名を、今学期の成績優秀者として表彰致します!」
演壇の上で……各学年にバラバラになりながら……。
オレの知っている三人の美少女が……。
表彰されている。
……あ、オレ。
頭が、クラクラする……。
み、みんな……中学生だなんて。
つーか……愛美さん……。
……と、年下なのかよ……!
……ななななな、何で???
『お姉ちゃん』て、言ってたじゃないかよっ!!!
◇ ◇ ◇
「ごめんね、ごめんね、ごめんね、本当にごめんね……恵ちゃん、怒っている?」
終業式の後……まだパニックの残る三年二組の教室から、オレたちは加奈子さんが部長を務めている『日本舞踊クラブ』の部室に逃げてきた。
愛美さんと、綾女さんも……そこに合流してきた。
「別に……怒ってはいません、ただ」
オレは……愛美さんを見る。
「どういうことなのか、ちゃんと説明して下さい!」
今考えれば……おかしなことは、幾つもあった。
幼なじみなのに、愛美さんは『加奈子さん』と『さん』付けで呼び、加奈子さんは『愛美ちゃん』と『ちゃん』付けで呼んでいる。
つまり……加奈子さんの方が、愛美さんより年上なんだ。
ていうか……どんな時でも、加奈子さんは三人の中で一番の年長者として振る舞っていたと思う……。
愛美さんと同い年で、オレより年上だと思ったのは……オレの勝手な勘違いだ。
綾女さんが、中1だってのは意外だったけれど……。
綾女さんの成長しすぎている体格に惑わされただけで……。
彼女のこの間の様子を改めて思い返せば……大好きなお姉さんを、オレに取られるんじゃないかと思って、ハラハラしている『年下の女の子』だもんなあ。
年上の愛美さんのことを呼び捨てにしているのは……愛美さんに対する依頼心の裏返しなんだな。
大体、愛美さんと綾女さんは遠縁の親戚なんだし……。
元から、とっても近い間柄なんだ。家にもよく行くって言ってたし。
それに……三十郎さんが、わざわざオレのことを気遣ってくれてた様子でわかるじゃないか……。
……ああ!
オレって、本当に洞察力に欠けているな……!
……しかし。
……うん。
そこまでは……納得する。
オレの勝手な勘違いだと……。
でも……愛美さん。
あなたは、最初から……『お姉ちゃん』としてオレの前に現れましたよね……!
「……ええっとね、恵ちゃん。それはね」
愛美さんが……困惑しきった顔で、オレに話す。
「話すと……長くなるんだけど」
「……構いませんから、話して下さいっ!」
愛美さんは、アハッと笑う……。
「……だって、あたし」
だって、何なんです?!
「……『妹』より『お姉ちゃん』の方が、やりたかったから……!」
……おいおいおーいっ!
やっぱり、知ってたんだッ!
そりゃ知ってるよな……!
この人、法律事務所の人にオレの生年月日とか聞いてるはずなんだから……!
「最初は……『妹』でもいいかなあって、思っていたんだけど」
うつむいていた愛美さんが……チラッとオレを見る。
「……最初に会った時……恵ちゃん、あたしよりもずっと小さくて、とっても可愛かったんだもん……だからっ!」
……だから?
「あたし……つい、『あたしは、あなたのお姉ちゃんなんだと思うの……多分』て、言っちゃって……!」
……ああ。
『多分』の意味が、やっと判った。
「そうしたら……引っ込みがつかなくなっちゃって。本当のこと、言い出せなくなっちゃって……」
……はぁ。
……そういうことか。
「それで……恵ちゃんと、ハンバーガー屋さんでお話したでしょ。『お姉ちゃん』として、恵ちゃんとお話ししているうちに……何か、ハマッちゃったの」
……ハマッちゃった?!
「あたしね……年下だけど『お姉ちゃん』がやりたいの。『お姉ちゃん』がいいんだもん……!!!」
『だもん』、じゃないですよ……愛美さぁん!!!
そういうわけには、行かないでしょうがッ……!
ところが、加奈子さんは……。
「もう……しょうがないわねっ、愛美ちゃんは!」
「……うん、愛美がそうしたいのなら、仕方がない」
綾女さんまで……!
「……というわけだから、恵介さん。これからも、愛美ちゃんが『お姉さん』てことでいいわよね……!」
……ちょっと、ちょっと!!!
待てーいっ!
どうして、加奈子さんも綾女さんも、そんなに愛美さんに甘いの……?!
あなたたちは、それでオッケイなんですか?!
オレの意志は、無視なんですかっ?!
無視のまま、『お姉ちゃん』続行なんですかッ?!
「恵ちゃん。あたしがお姉ちゃんじゃ……ダメかな?!
」
ま、愛美さん……そんな眼で、オレを見ないで……。
……ち、ちくしょう!
「ダメです!ダメに決まっています!」
オレは、そうハッキリと愛美さんに言った……。
「それから……今まで、愛美さんや緑郎左衛門先生とした約束も、全部無しにして下さい!今までのは、全部無効です!」
オレの言葉に……愛美さんが、驚く。
「恵ちゃん、何を言い出すのよ……!」
……オレは。
「愛美さんが、オレよりも年下だって判った以上……今までと同じように接するわけにはいかないでしょう!」
……そうだ。
……オレは。
「……恵ちゃん、やっぱりうちには住まないとか言わないよね?お祖父様の『付き人』はしないとか……」
「そんなことは言いませんッ!」
オレは……怒鳴った!
「緑郎左衛門先生の家に住みますし……『付き人』の仕事もしますっ!それとこれとは、話が別でしょう!!!」
……オレは、眼の前の少女を見る。
黒髪の……長身の美少女。
生まれついての運命を背負わされた……。
大人びた外見だけど……心の中は、まだ幼い……。
オレの……『妹』。
「……あなたのことは、一生、オレが守ります」
当然の様に……。
そんな言葉が、口から出た。
「……恵ちゃん」
愛美さんが、オレの名を呼ぶ……。
「当たり前でしょう……あなたは、オレの『妹』なんだから……!」
打算も、思惑も、期待も……何も無い。
ただ、この少女がオレの『妹』だと言うなら……。
オレは……この人を守り続けないといけない。
……そうだろ、バァちゃん。
バァちゃんが、オレを守り続けてくれたように……。
水が大地に染み込むように……。
そんな思いが、オレを包んでいく。
『妹』なら……守らなきゃ!!!
「……ありがとう、恵ちゃんっ!!!」
ま、愛美さんっ!
だ、抱きつかないでッ!!
は、離れて下さい!
「……可愛いっ!恵ちゃん、本当に可愛いいっ!」
愛美さんが、オレをギューッと抱き締めるっ!
「……年上を可愛いって言うなぁッ!!!」
オレは、ついに怒鳴った。
それでも、愛美さんは……!
「だってぇぇ……可愛いものは、可愛いんだものっ!」
オレの顔を豊かな胸に押しつけている……!
「そうよねっ!あたしも可愛い人だって思っているわ!」
加奈子さん……そんなこと言ってないで、愛美さんを止めて!
「……可愛くないわよ。こんな男」
綾女さんも、ふてくされてないで……!
「……ああーん、やっぱりあたし、『お姉ちゃん』の方がいいよおっ!」
愛美さんが、オレに頬ずりする……!
たたた、助けてぇぇ!
「……お姉ちゃんがいい、お姉ちゃんがいい、お姉ちゃんがいいのおっ!」
……ああ。
オレ……この先、どうなるんだろう!
オレに抱きついている……愛美さん。
それを、愛おしそうな眼で眺めている加奈子さんと……。
憮然とした表情の綾女さん……。
オレは、大きくハァと溜息を吐いた……。
……と。
そんなオレの顔を見て……愛美さんが……!
「……恵ちゃん、可愛い」
……オレは!
「オレを可愛いって言うなぁぁぁッ!!!」
……ちくしょう。
大好きだよ……!!!
愛美さん……!
……ちくしょう!!!
【END】
後書きは、次話にて。




