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異世界ハンバーグ ~最初の一皿は、まずかった~  作者: もふもふぐんだん


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第49話 また食べたい[ミレナ]

 ハリスの商隊が王都へ出るという話を聞いたとき,ミレナはそれほど迷わなかった。

 護衛が二人ほど足りないらしい,と知り合いの冒険者から聞いたのは,森の異変がようやく落ち着き始めた頃だった。火爪熊が浅い場所へ出てきた騒ぎから始まり,森の魔獣がまとめて外へ逃げ,最後には地下から漏れ出した魔力まで相手にすることになったせいで,しばらくアルカ周辺の仕事は普段とはまるで違うものになっていた。

 今は森にも少しずつ日常が戻り,猟師も採集者も以前の範囲へ入り始めている。

 なら,自分も次へ動いていい頃だろう。


 冒険者になって三年。

 短いとは思わないが,長いとも思っていない。

 アルカ周辺の森については,駆け出しだった頃よりずっと分かるようになった。角猪や森鹿なら,一人で無理をすることもないし,複数で狩るときにどこへ立てばいいかも考えられる。ガルドと仕事をするときにも,最初の頃ほど細かく指示されることはなくなった。

 だからこそ,一度くらいアルカの外で仕事をしてみたかった。


 王都へ行けば,この辺りとは違う依頼もあるだろうし,冒険者の数も多い。武具を扱う店もアルカよりずっと大きいと聞くし,旅の途中で別の土地のやり方を見るだけでも経験になる。

 何より,王都へ行くためだけに自分で荷車を探し,護衛を雇う必要もない。

 商隊を守って金を受け取り,そのまま王都まで行ける。

 条件としては悪くなかった。

 だから,ハリスに声をかけられたとき,ミレナはその場で大まかな条件を聞き,翌日には引き受けると返事をした。


 その時点では,理人が同じ商隊へ乗ることなど知らなかった。

 数日後,市場で本人から王都へ行くと聞いたときには,さすがに少し笑った。

 あの男なら,いつか町の外へ行くだろうとは思っていた。

 ただし,剣を持つためでも,強い魔獣を探すためでもない。

 食べ物を見に行くためだった。

「ほんと,変わってるよね」

 誰もいない部屋で呟きながら,ミレナは寝台の上へ並べた荷物を確認した。

 着替えを二組,薄い毛布,水袋,予備の靴紐,砥石に手入れ用の油。それから道中ですぐ使う細かなものを革袋へ分けてある。

 理人なら,この中に塩や香辛料が何種類も加わるのだろう。

 ぽんたなら干し肉。

 クウなら香草。

 三人とも容易に想像できるところが,少しおかしかった。


     ◇


 初めて理人を見たときには,まさかこんなことになるとは思っていなかった。

 森の中から聞こえた大きな音を追って行った先で,角猪に追われている男がいた。

 剣もない。

 革鎧もない。

 森へ入るための服ですらない。

 白い上着に細いズボンを穿き,足元まで見れば,町の中ならまだしも森で走るための靴ではなかった。

 何か事情があるのは一目で分かった。

 ただ,その事情が,

「朝起きたら,ここにいたので」

 だとは思わなかった。

 最初は,頭でも打ったのかと思った。

 角猪を知らない。

 魔法を知らない。

 魔石も知らない。

 アルカも,共通語も知らない。

 それなのに,こちらの言葉は普通に話している。


 聞けば聞くほど話がおかしくなる男だった。

 ただ,不思議と危ない感じはしなかった。

 分からないことを聞く。

 説明すれば,いったん受け入れる。

 分かったふりをして森へ勝手に戻ろうとはしないし,自分が何も知らないこと自体はきちんと分かっている。

 町へ向かう途中にも,何度か後ろを振り返っていた。

 角猪を警戒していたのか,知らない森を気にしていたのかまでは分からない。

 少なくとも,いきなり知らない場所へ放り出されたという話が本当なら,不安でないはずはなかった。

 それでも,取り乱してはいなかった。


「本当にどこから来たの,あんた」

 そう尋ねたとき,

「それは自分も知りたいです」

 と返された。

 あれで,少し肩の力が抜けたのを覚えている。

 嘘をついている人間なら,もう少しましな話を作るだろう。

 全部本当だと信じたわけではなかったが,少なくとも,自分を大きく見せようとしている男ではなさそうだった。

 変なやつ。

 でも,悪いやつではなさそう。

 最初の印象は,それくらいだった。


     ◇


 その後,煮込み鹿亭へ行くたびに,理人の様子は少しずつ変わっていった。

 最初は皿を洗っていた。

 次に厨房へ入り始めた。

 何か変わった肉料理を作ろうとして失敗したらしい,という話が聞こえてきた。

 名前はハンバーグ。

 肉を細かくして,涙玉やパンや卵を混ぜ,また肉の形へ戻して焼くという。

 説明を聞いたとき,ミレナは正直に言えばよく分からなかった。

 肉なら焼けばいいし,硬いなら煮込めばいい。

 腸詰めのように保存しやすくするわけでもないのに,一度細かくしてから丸め直す理由が見えない。

 それでも理人はやめなかった。


 市場で肉を見ている。

 ガルドへ部位を聞いている。

 ドランの鍛冶場へ妙な道具を頼みに行ったかと思えば,今度は森で変化狸を見つけてきた。

 あの日のことも,よく覚えている。

 古い猟師小屋で鉄屑を探している最中,鍋が走った。

 箱になった。

 棒にもなった。

 最後に出てきたのは狸だった。


 ガルドも珍しそうにしていたが,理人は驚いたあと,すぐ別のところへ興味を向けた。

 どんなものへ変われるのか。

 形をどこまで覚えているのか。

 道具に使えるのか。

 危ない魔獣ではないと分かると,妙に楽しそうだった。

 その狸が,今ではぽんたという名前で理人の隣を歩いている。

 当時の自分へ教えても,信じないかもしれない。


     ◇


 ハンバーグも,一度で終わらなかった。

 何度か理人に食べさせられた。

 正確に言えば,理人が毎回自分を呼びつけたわけではない。ガルドと一緒に煮込み鹿亭へ行ったとき,ちょうど試作をしていたり,森の話をしに行った先で皿を出されたりしただけである。

 ただ,結果だけ見れば何度も食べている。


 最初に口へ入れたものは,悪くはなかった。

 角猪の硬さは減っていて,肉を細かくする意味も何となく分かった。

 けれど,ミレナにとっては,それ以上でもなかった。

 普通に焼いた肉も好きだし,マルタの煮込みもうまい。

 わざわざ手間をかけるほどなのかは,まだよく分からなかった。

 その後,ぽんたが肉を粗く細かくできるようになってから食べたものは,前より好きだった。

 噛んだときに肉が残る。

 柔らかいのに,何を食べているのか分かる。


 理人はそのたびに,

「前と比べてどうです?」

 と聞いてきた。

 料理人でも猟師でもない自分に,そんな細かいことを聞いてどうするのかと思った。

「前より好き」

「どこが?」

「食べやすい」

「ほかには?」

「崩れない」

「味は?」

「おいしい」

「もう少し何かありません?」

「注文多くない?」

 そんなやり取りをした覚えもある。


 理人は,自分が作りたいものを作っているくせに,自分の感想だけでは足りないらしい。

 ガルドには肉のことを聞き,マルタには料理としてどうかを聞き,ぽんたには噛み応えを聞く。

 クウが来てからは,今度は香りまで気にするようになった。

 人によって見るところが違うなら,それぞれに聞けばいい。

 言われてみれば当たり前だが,理人はそういうことを妙に丁寧にやる。

 面倒な男だと思う。

 ただ,嫌いではなかった。


     ◇


 理人のことを,料理ばかりしている男だと思っていたわけでもない。

 火爪熊が町へ入り込んだ日,ミレナはその認識を少し変えた。

 あのときの理人は,戦える人間ではなかった。

 剣も持っていないし,大きな魔法を使えるわけでもない。

 だから当然,下がっていると思っていた。

 実際,理人自身も最初は下がろうとしていた。

 それでよかった。

 戦えない人間が残る方が危ない。


 ところが,火爪熊の進路に自分が入り,逃がそうとしていた方向へうまく動かせなくなったとき,後ろから理人の声が飛んできた。

「そこの水,滑ります!」

 何を言っているのかと思った。

 次の瞬間,ガルドが理解して進路を変えろと叫んだ。

 言われた通りに動けば,火爪熊の前脚が濡れた石畳へ乗り,大きな身体が崩れた。

 ほんの一瞬。

 それだけで十分だった。

 倒せるほどの力ではない。

 実際,誰もあれで火爪熊を仕留めたとは思っていない。

 理人本人も,終わったあとでずいぶん慎重に「少し滑らせただけ」と言っていた。

 その評価は正しい。


 けれど,ミレナにとっては少し違った。

 あの場で必要だったのは,強い攻撃ではなかった。

 ほんの一歩,火爪熊の動きをずらすことだった。

 理人は,自分にできる小さなことを見つけて使った。

 終わってから,

「それ,料理用じゃなかったの?」

 と聞いたら,

「別に料理専用ではないです」

 と返された。

 少し可笑しかった。


 森で拾ったときには,魔法という言葉すら知らなかった男が,いつの間にか自分の力をそうやって使うようになっている。

 もっとも,その直後にはぽんたに「使う前に逃げろ」と怒られていた。

 ミレナは,そちらの意見にもかなり賛成だった。


     ◇


 クウが加わったときも,理人はいつもと変わらなかった。

 珍しい魔法を使う狐。

 しかも喋る。

 普通なら,もう少し騒いでもよさそうなものだ。

 理人も興味は持っていた。

 能力について聞き,できることを一緒に試し,料理に使えるかまで考えていた。

 それでも,無理に何かをさせようとはしなかった。

 疲れたと言えば止める。

 分からないと言えば,それ以上は押さない。

 ぽんたに対してはかなり遠慮がなくなっているのに,クウには少し距離を残していた。


 その距離も,最近はずいぶん縮まったらしい。

 市場で三人が歩いているところを見ると,もう誰が誰についているのか分からない。

 ぽんたは前へ行っては振り返る。

 クウは理人の横にいる。

 理人は二匹がいる場所を時々確かめている。

 別に手をつないでいるわけでも,命令しているわけでもない。

 それでも,三人で動いている。


 昨日,市場で旅支度をしていた姿もそうだった。

 ぽんたの背には小さな袋。

 クウにも香草を入れるという包み。

 その間に理人が立っていた。

 初めて見たとき,森で一人だった男とは思えなかった。


     ◇


 そして,最後のハンバーグを食べた日のことを,ミレナは思い出す。

 煮込み鹿亭へ入ったときから,いつもよりいい匂いがしていた。

 焼けた角猪の脂。

 涙玉の甘い匂い。

 黒香子の少し鼻へ残る刺激。

 理人が何度も作っている料理だから,香り自体には覚えがあった。

 それでも,その日は少し違った。

 肉の匂いが強いのに,重たくない。

 焼いている間から腹が減った。

 冒険者の仕事を終えたあとに,ああいう匂いを嗅がされるのは少し卑怯だと思う。


 目の前へ皿が置かれる。

 表面にはしっかり焼き色がつき,割っても以前のように崩れない。中から少しだけ肉汁が滲み,湯気と一緒に香りが上がった。

 一口目を食べたとき,ミレナは少し驚いた。

 柔らかい。

 それなのに,噛んだ感触がある。

 以前のものより,口へ入れた瞬間はずっと食べやすいのに,噛むと粗く残った肉が歯へ当たり,そこから角猪らしい濃い味が出てくる。

 脂もしっかりある。

 けれど,脂ばかりが口へ残らない。

 涙玉の甘さが間へ入り,最後に黒香子の香りが鼻へ抜ける。

 ミレナには,ガルドのように肩肉がどうだとか,脂の割合がどうだとかは分からない。

 マルタのように,店で一皿いくらで出せるかも考えない。

 ドランのように,粗い肉と細かな肉の役目を見ることもない。


 ただ。

 一口食べたら,次を食べたくなった。

 二口目を食べれば,パンも一緒に欲しくなった。

 一皿を食べ終わる頃には,少し残っていないかと思った。

 それだけだった。

 でも,料理への感想としては十分だった。

 うまいものは,また食べたい。

 難しい言葉などいらない。


 だからガルドが理屈のある感想を話したあと,ミレナは自分の皿を見ながら言った。

「私はこれ,かなり好き。前に食べたのより食べやすいし,でも肉っぽい」

 理人がこちらを見る。

「前の覚えてました?」

「何回か食べさせられたからね」

「言い方」

 その顔がおかしくて,ミレナは笑った。

 そして,もう一度皿を見た。

「でも,これならまた食べたいよ」

 本当に,それ以上の意味はなかった。

 そのときは。


     ◇


 ところが数日後,ハリスの商隊で王都へ行くと決めた理人を市場で見つけた。

 しかも,一人ではない。

 ぽんたも行く。

 クウも行く。

 三人分の旅支度をしていた。

 そこでミレナは,少しだけ妙な気分になった。

 別に寂しいわけではない。

 自分も王都へ行くのだから,しばらく会わなくなるわけでもなかった。


 けれど,アルカで知っている理人たちの日常が,一度区切られるのだという実感はあった。

 理人が煮込み鹿亭で働いている。

 ぽんたが食堂で何か運んでいる。

 クウが厨房で香草を嗅いでいる。

 食事どきに顔を出せば,誰かしらがいて,運が悪ければ――あるいは良ければ――何かの試食に巻き込まれる。

 それが当たり前になっていた。


 王都へ行けば,同じ三人でも少し変わるのだろう。

 見るものが増える。

 食べるものも増える。

 ぽんたは知らない道具を見つけ,クウは知らない匂いを覚え,理人はまた面倒そうな顔で何かを考え始める。

 そして,たぶん料理をする。


 そこまで考えたところで,ミレナは自分が少し楽しみにしていることに気づいた。

 王都の料理を食べることではない。

 それも楽しみではある。

 ただ,それ以上に。

 知らない材料を見つけた理人が,次に何を作るのか。

 それを見てみたいと思っていた。

「……私もだいぶ毒されてるなあ」

 ミレナは苦笑しながら荷物をまとめた。


     ◇


 翌日,ミレナはハリスの荷車が並ぶ場所へ向かった。

 出発前の確認である。

 濃い青布を掛けた大型の荷車が並び,その前では荷蜥蜴が腹を地面へ近づけるようにして休んでいる。荷台にはまだ空きがあるものの,出発までにはアルカから運ぶ肉や皮,森産の素材が積み込まれる予定だった。

 ハリスは荷札を確認しながら,護衛の配置を説明していた。

「前に一人,後ろに一人。残りは荷車の間を動く。夜は交代で見張りだ」

「了解」

「道の悪いところじゃ客にも降りてもらう。荷蜥蜴が止まったら,まず荷を気にしろ。人間は自分で逃げられる」

「それ客の前で言った?」

「言う必要があるやつには言う」

 ハリスらしい。

 商隊にとって荷は商売そのものだ。

 もちろん人命を軽んじているわけではないが,何を守る仕事なのかは最初からはっきりしている。


「例の三人も乗るぞ」

 ハリスが何気なく言った。

「知ってる」

「狸と狐が喋るのは聞いたが,あれはいつもあんな感じか?」

「どんな感じ?」

「ずっと何か話してる」

「大体」

「面倒そうだな」

「慣れるよ」

 即答してから,ミレナは少し笑った。

 自分でも,ずいぶん自然に答えたものだと思う。


「リヒトは炊事を手伝うらしいな」

「料理はできるよ」

「マルタのところなら大丈夫だろ」

 ハリスは簡単に言った。

 ミレナは少しだけ考えてから付け足す。

「変わった料理も作るけどね」

「うまいのか?」

「今はうまい」

「今は?」

「最初はいろいろあったの」

 ハリスは意味が分からない顔をしたが,説明するほどでもない。

 たぶん道中で分かる。

 理人が十日以上,何も試さずにいられるとは思えない。


     ◇


 煮込み鹿亭へ戻る途中,ミレナは市場を通った。

 ちょうど昼前で,屋台からは焼いた肉の匂いが流れている。

 前方に見覚えのある三人がいた。


 理人が小さな紙袋を持ち,ぽんたが横から中を覗こうとしている。クウはその少し隣で,別の店から漂ってくる匂いへ鼻を向けていた。

「だから,今食べる分じゃないって」

「一個だけ」

「一個しかないから駄目」

「じゃあ半分」

「保存食の意味なくなるだろ」

「リヒト」

 クウが呼ぶ。

「何?」

「向こうの店,昨日と違う香草使ってる」

 理人の顔がすぐそちらへ向く。

 その隙にぽんたが紙袋へ鼻を伸ばした。

「ぽんた」

「まだ食ってない!」

「食おうとはしただろ」

 ミレナは思わず笑った。


 三人がこちらを見る。

「あ,ミレナさん」

「何笑ってるんだよ」

「いや。変わらないなと思って」

「何が?」

「何でもない」

 ミレナは三人のところまで歩いていく。

「ハリスさんのところ?」

 理人が尋ねる。

「うん。護衛の確認してきた」

「どうでした?」

「予定通り。前後と荷車の間で護衛するって。夜は交代で見張り」

「大変そうですね」

「仕事だからね」

 理人は素直に頷いた。


「道中よろしくお願いします」

「こちらこそ。炊事係」

「正式に係になったんですか」

「ハリスが期待してたよ」

「普通のもの作りますよ」

「普通?」

「旅の途中で試作ばかりはしません」

「ばかり,は?」

 理人が一瞬黙る。


 ぽんたがすぐに顔を上げた。

「ハンバーグ作る?」

「まだ作るって言ってない」

「王都までに肉買えるところあるんだろ?」

「宿場では買えるらしいけど」

「じゃあ作れる」

「道具は?」

「俺!」

「火は?」

「商隊!」

「勝手に使うな」

 クウが小さく笑う。


 そのやり取りを聞きながら,ミレナは少し前に食べた一皿を思い出していた。

 また食べたい。

 あのときは,ただ料理への感想だった。

 今も,もちろんそうだ。

 けれど。

 王都までの道で,新しい材料に出会ったとき。

 王都の市場で,理人が知らない食べ物を見つけたとき。

 その先でまた何かを作ったなら。

 できれば,そこにも居合わせたい。


「ねえ,リヒト」

「はい?」

「次のハンバーグ作ったら,ちゃんと私の分も残してよ」

 理人が少し驚いた顔をした。

「もちろん」

「前よりうまくしてね」

「急に条件つけます?」

「王都まで行くんだから,何か増えるでしょ」

「まだ着いてもないですよ」

「じゃあ,着いてから考えな」

 ミレナが笑うと,理人も少し笑った。

「分かりました」


 横からぽんたが口を挟む。

「俺の分が先だぞ」

「何で?」

「俺,一緒に作るから」

「じゃあ私も匂い見るよ」

 クウまで加わった。

「それなら私,食べる係でいいや」

「一番楽じゃないですか」

「感想は言うよ」

「ちゃんと?」

「また食べたいかどうかくらいなら」

 理人は一瞬だけ黙ったあと,笑った。

「それが一番分かりやすいです」

 ミレナも笑う。


 森で拾ったときには,一人だった男。

 今では狸と狐を連れ,知らない食べ物を求めて王都へ行こうとしている。

 そして自分は,その商隊の護衛として同じ道を進む。

 理人についていくわけではない。

 自分には自分の仕事があり,王都へ行く理由もある。

 それでも,同じ荷蜥蜴の商隊で,同じ十日余りの道を行くことになった。

 その偶然は,悪くないと思う。


「出発の日,遅れないでよ」

「それ,ハリスさんにも言われました」

「ぽんたが朝起きないとかありそう」

「飯って言えば起きるぞ」

「今日それで起きました」

「何で言うんだよ!」

「本当だろ」

「クウは?」

 ミレナが聞く。

「私は起きられるよ」

「なら一人は安心だね」

「俺も起きる!」

 ぽんたが声を上げ,理人が笑う。

 市場のざわめきの中を,四人の声が混じっていく。


 数日後には,アルカを出る。

 その先に何があるかは分からない。

 危険もある。

 護衛の仕事なのだから,何も起きない保証はない。

 それでも今,ミレナの頭に浮かんでいるのは,王都の強い魔獣でも,高い報酬の依頼でもなかった。


 まだ見たことのない市場で,理人がどんな顔をするのか。

 ぽんたが何を食べたがるのか。

 クウがどんな匂いを見つけるのか。

 そして,次に出てくるハンバーグがどんな味になるのか。

 それを楽しみにするくらいなら,護衛の仕事に支障はないだろう。

 ミレナはそう考えながら,三人と並んで市場を歩いた。



ここまで読んでくださり,ありがとうございます。


明日投稿する第50話で,第1章「アルカ編」は一区切りとなります。


異世界へ来たばかりだった理人が,この町で何を見つけて,誰と出会って,どこへ帰るようになったのか。


最後の一話も,一緒に見届けていただけたら嬉しいです。

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