第46話 帰る場所
市場から戻った翌日,ぽんたは朝食を食べ終えるなり,森へ行くと言い出した。
「森?」
理人は洗っていた木皿を一度置き,振り返った。
ぽんたは食堂と厨房の境目に座っている。いつもなら朝食のあとにも何か食べられないかと厨房を覗いている時間だが,今日は皿へ残った煮汁にも未練を見せず,太い尻尾を足元へ巻いていた。
「俺のとこ」
「ああ」
それだけで,どこを指しているのかは分かった。
猟師小屋跡の近くにある,ぽんたが以前暮らしていた場所である。
森の異変が起きてからしばらく近づけず,安全が確認されるまでは戻らないようガルドにも止められていた。干し肉や木の実,大きな骨まで置いてきたと何度も言っていたので,ぽんたが気にしていること自体は知っている。
「ガルドさんに聞いた?」
「昨日聞いた。外側ならもういいって」
「奥へは行くなって言われただろ」
「行かねえよ。俺んとこ,そんな奥じゃない」
ぽんたは少し不満そうに耳を動かした。
森の異変が収まってから,猟師や採集者も少しずつ仕事へ戻っている。理人自身が森へ一人で入っていい理由にはならないが,そこで暮らしてきたぽんたが外側の寝床まで行くことまで止める段階ではないらしい。
「自分も行こうか?」
そう言ってから,無理があると気づいた。
ぽんたも同じことを思ったらしく,呆れたように理人を見上げる。
「リヒト,一人で森行くなってずっと言われてるだろ」
「そうなんだよな」
「俺の方が森詳しいぞ」
「知ってる」
「走るのも俺の方が速い」
「それも知ってる」
「じゃあ何しに来るんだよ」
「荷物持ち?」
「俺の荷物だぞ」
「ですよね」
理人が苦笑すると,ぽんたの口元も少しだけ緩んだ。
それでも,今日はいつものようにそのまま話が別の方向へ流れなかった。
「昼には戻る?」
理人が尋ねると,ぽんたはすぐには答えず,厨房の開いた裏口から外を見た。朝の日差しが石畳の端まで入り,宿の裏を通る人の足音が時折聞こえている。
「分かんねえ」
「夕飯には?」
「……戻る」
「分かった」
引き止める理由はなかった。
ぽんたには,森へ戻るという選択肢がある。
最初から分かっていたことである。
王都へ行くと決めたのは理人で,ぽんたがそれに付き合う義務はない。森の異変が収まったのなら,以前の暮らしへ戻ることだってできるし,アルカに残って煮込み鹿亭で働き続けることもできる。
だから,決めるのはぽんただ。
そう考えてきた。
間違っているとは思わない。
ただ,ぽんたが裏口から出ていくのを見送りながら,理人は自分の中にある別の気持ちまで消してしまう必要はないのだと,今さらのように気づいた。
ぽんたと一緒に王都へ行けたら,きっと楽しい。
知らない食べ物を見つければ真っ先に食べたがるだろうし,道具を見ればドランから聞いたことを思い出して,触ってみたいと言うかもしれない。旅の途中で料理をすれば,肉を細かくする道具にもなれるし,役に立つかどうかなどとは別に,一人で食べるより二人で食べる方がいい。
できれば,一緒に来てほしい。
それが理人の本心だった。
けれど,自分がそれを言えば,ぽんたはどう受け取るのだろう。
森へ戻りたいと思っているのに,理人に頼まれたからついてくる。それでは意味がない。
そう考えると,やはり言葉にはしづらかった。
「何難しい顔してんだい」
マルタの声で,理人は我に返った。
「そんな顔してました?」
「してたよ。ぽんたが森へ戻ったから?」
「……少し」
「帰ってくるって言ってただろ」
「はい」
「なら皿洗いな」
「はい」
マルタはそれ以上何も聞かなかった。
理人も,手を止めていた木皿をもう一度水へ沈めた。
◇
昼を過ぎても,ぽんたは戻ってこなかった。
約束した時刻があるわけではないので,遅いと決めつけることもできない。それでも,厨房で涙玉を刻みながら,理人は何度か裏口の方へ目を向けた。
自分でも気にしすぎているとは思う。
森で暮らしてきたぽんたにとっては,アルカから以前の寝床まで往復するくらい珍しいことではない。火爪熊が出た頃とは状況が違い,今はガルドも外側なら入っていいと言っている。
それでも,気になるものは気になる。
「指切るよ」
向かい側で香草を分けていたクウに言われ,理人は包丁から一度手を離した。
「見てました?」
「さっきから何度か外見てるから」
「ぽんたがまだ戻ってないので」
「森には慣れてるよ」
「分かってます」
クウはそれ以上何も言わず,また香草へ鼻を近づけた。
理人も作業へ戻る。
ぽんたのことは,ぽんたが決める。
そう思っているはずなのに,戻ってこなければ落ち着かない。
もし今日,ぽんたが森で以前の寝床を見て,やはそこちらへ戻ろうと決めたなら。
それも,ぽんたの選択だ。
当然である。
理人はそれを尊重するべきだと思う。
思うのだが。
寂しいだろうな,とも思った。
宿へ来た最初の夜,部屋が少し狭くなった。
朝になれば尻尾が顔へ乗っていた。
食事のたびに肉が少ないと文句を言い,市場へ行けば屋台へ寄りたがり,厨房では頼まれてもいないのに仕事へ首を突っ込む。
それがなくなる。
ほんの少し前まで,理人はこの世界で一人だった。
それなのに今は,一人へ戻ることの方を想像しにくくなっていた。
「リヒト」
「はい」
「今度は止まってるよ」
クウがこちらを見ていた。
理人は自分の手元を見る。
涙玉を半分まで刻んだところで,包丁が止まっていた。
「すみません」
「ぽんたなら帰ってくると思うよ」
「そうですね」
クウの言葉に根拠があるのかは分からない。
それでも少しだけ気が楽になり,理人は残りの涙玉を刻み始めた。
◇
ぽんたが宿へ戻ったのは,夕方になる少し前だった。
食堂の入口が開いた音に理人が顔を向けると,見慣れた茶色い姿が入ってくる。背中や脚には細かな枯れ葉がつき,鼻先には土がついていた。
口には,細長い干し肉を何本かまとめて咥えている。
「戻った」
「おかえり」
考えるより先に言うと,ぽんたが一瞬だけ立ち止まった。
それから何事もなかったように食堂へ入り,咥えていた干し肉を床へ置く。
「俺の」
「取らないよ」
「何も言ってない」
「顔が言ってる」
「言ってない!」
いつものぽんただったが,声に変に力が入っている気がした。
「寝床,どうだった?」
「普通」
「崩れてなかった?」
「平気。ちょっと葉っぱ入ってた」
「食料は?」
ぽんたは床の干し肉を前脚で寄せる。
「残ってた。木の実もあったけど,古いの捨てた」
「骨は?」
「持ってくるの面倒だから置いてきた」
「あれだけ気にしてたのに?」
「また取れる」
以前なら,置いてきた物を全部回収したがったような気がする。
理人は少し気になったが,食堂にはまだマルタとバルドがいて,クウも厨房の奥にいる。
ここで聞くことではない気がした。
「夕飯まで少し時間あるけど,風呂代わりに体拭く?」
「何で」
「葉っぱついてる」
「森だから普通だぞ」
「そのまま寝台に上がるのはやめろよ」
「上がらねえ」
「昨日上がってた」
「昨日は昨日!」
ぽんたはそう言うと,干し肉を一度くわえ直し,階段の方へ歩いていった。
理人はその背中を見送りながら,やはり何かがいつもと少し違う気がした。
◇
夕食のあと,理人が部屋へ戻ると,ぽんたはすでに中にいた。
森から持ち帰った干し肉は,部屋の隅へ置かれている。量としては大したことがなく,ぽんたなら数日で食べてしまいそうだった。
窓は少し開いていた。
外から入る夜風が昼間の熱をゆっくり追い出し,遠くでは宿の前を通る荷車の音がしている。以前,ぽんたが町の夜は音が多くて落ち着かないと言っていたことを思い出した。
今は,その音を気にしている様子はなかった。
ぽんたは,床へ伏せ前脚へ顎を乗せていた。
「疲れた?」
「別に」
「結構長かったけど」
「片づけてた」
「全部持ってきたの?」
「全部じゃない」
理人は椅子へ座った。
ぽんたの言葉を待ってみる。
いつもなら,こちらから質問を続ければすぐ何か返ってくる。それでも今日は,何となく急がない方がいい気がした。
窓の外で誰かが笑う声が聞こえ,少し遅れて戸を閉める音がした。
しばらくして,ぽんたが口を開いた。
「森,静かだった」
「もう異変は収まったんだろ?」
「そうじゃなくて」
ぽんたが少しだけ顔を上げた。
「前も静かだったけど,普通だった。でも今日,変だった」
「何かいた?」
「いねえよ」
「じゃあ何が?」
ぽんたは答えず,また顎を前脚へ戻した。
耳だけが少し横へ倒れる。
「何もいなかった」
理人は少し考えた。
「一人だったから?」
「……前から一人だった」
「そうだな」
理人はそれ以上を勝手に補わなかった。
群れの話になると,ぽんたは昔から口数が減る。
できないと怒られる,と漏らしたこともあった。
何があったのかは,今も聞いていない。
話したくないことまで聞き出す必要はないと思っている。
ぽんたはしばらく黙ったあと,ぽつりと続けた。
「寝るとこもあった。食い物もあったし,匂いも前と同じだった」
「うん」
「別に,戻ろうと思えば戻れる」
「そうだな」
返事をすると,ぽんたの耳がわずかに動いた。
「リヒト,そればっかだな」
「何が?」
「俺が決めればいいって顔」
思いがけない言葉に,理人は少し黙った。
「そんな顔してる?」
「してる」
「最近,顔でいろいろ分かられすぎじゃないか」
「今それどうでもいい」
「はい」
ぽんたが身体を起こした。
床へ座り直し,理人を正面から見る。いつものように胸を張っているわけではなく,尻尾も身体の横へ置いたまま動いていなかった。
「ハリスのところで,一人分って言ってた」
「今のところ,自分しか決めてないからな」
「俺とクウは,まだって言った」
「そう」
「何で?」
「何でって……」
理人は一度言葉を止めた。
答えは決まっている。
「自分が王都へ行きたいからって,ぽんたまで行く必要はないだろ。森へ戻ってもいいし,この宿に残ってもいい。どれを選ぶかは,ぽんたが決めることだから」
ぽんたは黙って聞いていた。
理人は続ける。
「勝手に一緒に来る前提で話すのは違うと思ったんだよ」
「でも」
ぽんたの前脚が,床板を少しだけ掻いた。
「お前,俺が森戻ってもいいって思ってんだろ」
「ぽんたはそうすることができるよ」
「……そうじゃない」
ぽんたが顔を逸らした。
太い尻尾の先が一度だけ床を叩く。
理人はようやく,聞かれていることが少し違うのだと気づいた。
許可の話ではない。
ぽんたは,自分がどこを選んでもいいかを聞きたいわけではない。
自分がいなくなっても,理人は何とも思わないのか。
そう聞かれている。
思えば宿へ来た最初の夜にも,似たようなことがあった。
――俺,邪魔?
あのときも,ぽんたは遠回しだった。
「ぽんた」
「何だよ」
「森に戻ったら,寂しいとは思う」
ぽんたの耳が立った。
理人は言葉を続ける前に,一度自分の中を確かめた。
一緒に来てほしい。
そこまで言ってしまえば簡単なのかもしれない。
けれど,今はまだ,ぽんた自身が何を選ぶのかを聞きたかった。
「宿に残っても,同じかな。自分が王都へ行ったあと,市場で何か食べたときに,ぽんたなら食うだろうなって思うだろうし,道具を見たら見せたかったと思う気がする」
「……」
「だから,いなくなっても何とも思わないわけじゃないよ」
「じゃあ」
ぽんたがこちらを見る。
「俺が行っても,困らない?」
「何で困るんだよ」
「飯いっぱい食う」
「知ってる」
「荷車乗ったら金かかるかも」
「それはハリスさんに確認する」
「寝るとこ狭くなる」
「今も狭い」
「俺,勝手に食い物見る」
「それも知ってる」
「道具になると疲れるときある」
「疲れたら休めばいいだろ」
答えるたびに,ぽんたの耳が少しずつ前を向いていく。
けれど,まだ何か残っているようだった。
「あと」
「まだあるの?」
「ある」
「どうぞ」
「……役に立たないときもある」
最後だけ,声が小さかった。
理人はすぐには返さなかった。
ぽんたが顔を逸らす。
「旅なら,道具になれた方が便利だろ。荷物とか,料理とか。俺,できるけど……ずっとは無理だし,でかいのも無理だし,火も駄目だし」
理人の頭に,初めて会った頃のぽんたが浮かんだ。
普通の変化狸とは違って,獣や鳥ではなく鍋や箱へ変わる。
そんな力を「変じゃないのか」と尋ねてきた。
それからも,できないことへ妙に敏感なところは何度か見てきた。
「ぽんた」
「何」
「俺は,王都に肉挽き器を連れていくつもりじゃないよ」
「……何だそれ」
「道具として役に立つから一緒にいるなら,最初から煮込み鹿亭に住ませたりしてないだろ」
「でも,最初はハンバーグ作るのに使った」
「使ったな」
「今も使う」
「使うよ。便利だから」
「ほら!」
「便利なのと,それだけなのは別だろ」
ぽんたの口が閉じた。
理人は少し笑う。
「肉を細かくしてもらえるのは助かるし,荷物を運べるのも助かる。でも,できない日があったからって,置いていく理由にはならない」
「……本当?」
「本当」
「何にもできなくても?」
「何にもできない日は,飯食って寝ればいいんじゃないか」
「飯は食っていい?」
「そこ確認するのか」
「大事だぞ」
「ぽんたらしいな」
理人が笑うと,ぽんたも少しだけ口元を緩めた。
それから,太い尻尾が一度,ゆっくり床を掃く。
張りつめていたものが少し解けたように見えた。
「今日さ」
ぽんたが言う。
「森の寝床行って,最初はここでもいいかなって思った」
「うん」
「前ずっといたし,食い物隠すとこも知ってるし,誰にも何も言われねえし」
「楽そうではあるな」
「でも,座ってたら暇だった」
「早いな」
「うるさい」
ぽんたは少しむっとしたあと,また続けた。
「誰も喋らねえし,飯の時間になっても何も出てこねえし」
「それは自分で取らないと」
「分かってる! 前はそうしてた!」
「はい」
「あと,何か作っても褒めるやつもいねえ」
「そこ?」
「大事だろ!」
ぽんたの声が少し戻った。
理人は笑いを堪えながら頷く。
「大事だな」
「ドランに教えてもらったやつも,森じゃ見るものないし」
「王都なら道具は多そうだな」
「食い物も?」
「それはかなり」
「肉も?」
「それもあると思う」
「知らない肉?」
「市場ならありそう」
ぽんたの耳が完全に立った。
分かりやすい。
けれど,それだけで決めたわけではないことも,今は分かる。
「それで」
理人は促した。
「森,どうするんだ?」
ぽんたは一度,窓の方を見た。
開いた窓から入る夜風が毛を少し揺らし,町のどこかから人の話し声が届く。以前なら警戒して眠れないと言っていた音を,今は気にしていない。
「戻るぞ」
ぽんたが言った。
理人は一瞬,意味を取り違えた。
「森に?」
「違う」
ぽんたは立ち上がり,部屋の隅へ置いた干し肉へ目を向ける。
「今日,森から戻ってきただろ」
「うん」
「明日も戻る」
「どこに?」
聞くと,ぽんたは少しだけ胸を張った。
「ここに」
理人は何かを言おうとして,しかし言葉は出なかった。
「森のとこ,寝床はある。でも俺,もうこっち戻ってくるから」
ぽんたの尻尾が,小さく揺れる。
「それで,お前が王都行くなら」
一度言葉が止まった。
いつものぽんたなら,ここで勢いよく言い切りそうなものなのに,今は少しだけ耳が横へ向いている。
それでも,逃げるように顔を逸らすことはなかった。
「俺も行く」
理人は何も言わず,ぽんたを見る。
「何だよ」
「いや」
「嫌なのか?」
「違う」
「じゃあ何」
理人は少しだけ息を吐いた。
嬉しい。
先に浮かんだのは,それだった。
役に立つからでも,旅が楽になるからでもない。
ぽんたが,自分で一緒に行くと決めたことが嬉しかった。
「分かった」
「それだけ?」
「明日,ハリスさんに伝えないとな」
「それだけかよ!」
「いや,本当に嬉しいよ」
今度は迷わず言った。
ぽんたがぴたりと止まった。
「……本当?」
「本当」
「さっき森戻ったら寂しいって言ってたしな」
「自分で聞いといて確認するなよ」
「念のため」
「何の念だよ」
ぽんたは答えなかった。
ただ,太い尻尾がさっきより大きく左右へ揺れている。
理人はそれを指摘しなかった。
昔から,そこだけは分かりやすい。
「じゃあ,王都で何食う?」
ぽんたが急に聞いた。
「そこから?」
「大事だろ」
「まだ王都にも着いてないぞ」
「昨日チーズ屋がいっぱいあるって言ってただろ」
「チーズ屋とは言ってない。種類が多いって話」
「肉は?」
「あると思う」
「串焼きも?」
「アルカとは違うのがあるんじゃない?」
「ハンバーグは?」
「それは自分たちで作るんだよ」
ぽんたの尻尾がまた大きく揺れた。
「じゃあ,新しい肉で作れる?」
「いきなり全部ハンバーグにするな。まず普通に食べる」
「何で」
「どんな肉か知らないまま混ぜたら,最初の角猪と同じになるだろ」
「ああ」
そこは覚えているらしい。
ぽんたは少し考えてから頷いた。
「じゃあ食ってからハンバーグ」
「そうだな」
「いっぱい食う?」
「食費次第」
「昨日金もらってたぞ」
「よく見てるな」
「いっぱい入ってた」
「それでも無限じゃないから」
「働けばいい」
「商隊では自分が炊事する予定」
「俺も働く」
理人は少し笑った。
「何する?」
「分かんねえ」
「決めてから言えよ」
「向こうで探す」
「それでいいか」
今までなら,「役に立つこと」を先に決めたがったかもしれない。
今は,行くことを先に決めている。
その順番の方が,理人にはよかった。
◇
話が一段落すると,ぽんたは部屋の隅へ置いていた干し肉を咥え,一本だけ理人の前へ置いた。
「何?」
「やる」
「急に?」
「森から持ってきた」
「見れば分かる」
「俺のだからな」
「さっきそう言ってたな」
「一本だけやる」
理人は干し肉を見る。
かなり硬そうで,表面には細かな傷がついている。森でぽんたが自分のために蓄えていた食料だと思えば,気軽にもらっていいものなのか少し迷った。
「大事なやつじゃないの?」
「また取れる」
「じゃあ,もらう」
受け取ると,ぽんたは満足したように床へ伏せた。
「王都まで持ってける?」
「これを?」
「俺の分」
「食べる前提か」
「保存食だぞ」
「確かに」
理人は一本を少し曲げてみたが,ほとんどしならない。
「煮た方がよさそうだな」
「そのまま食えるぞ」
「ぽんたはな」
「うまいのに」
「歯が違うんだよ」
何気ないやり取りが続く。
けれど,さっきまでとは少し違って聞こえた。
王都の話をするとき,もうぽんたを外して考えなくていい。
ハリスへ報告する人数が一人増える。
旅の途中で食べるものも,見る道具も,作る料理も,一緒に考えられる。
理人は干し肉を机の端へ置き,寝台へ腰を下ろした。
「ぽんた」
「何?」
「明日,ハリスさんのところ行くぞ」
「俺も?」
「本人がいた方が早いだろ」
「分かった」
「あと,旅の荷物も考えないとな」
「俺,そんなないぞ」
「今日取ってきたのは?」
「肉と木の実くらい」
「骨は置いてきたんだろ」
「重いから」
「正解だよ」
ぽんたは少し得意そうに鼻を鳴らした。
「俺,旅向いてる?」
「まだ出てもない」
「でも荷物少ない」
「そこだけなら」
「じゃあ向いてる」
「判断が早いな」
理人は笑いながら窓を閉めた。
町の音が少し遠くなる。
部屋の中には,ぽんたが森から持ち帰った干し肉の匂いがわずかに残っていた。
以前なら,森の匂いを連れてきたように感じたかもしれない。
今は少し違う。
ぽんたは森へ帰ってきたのではなく,森からここへ戻ってきた。
そして今度は,ここから先へ一緒に行く。
王都までの道が急に身近になった気がした。
まだ一人,答えを聞いていない相手がいる。
理人はクウの姿を思い浮かべた。
決めるのは,やはりクウ自身だ。
その考えは変わらない。
けれど,もし聞かれたなら。
自分は本当はどうしてほしいのか。
今度はそれをどう伝えるかも,きちんと考えておいた方がいいのかもしれなかった。




