↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ハンバーグ ~最初の一皿は、まずかった~  作者: もふもふぐんだん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/50

第40話 王都へ行く

 ハンバーグを作った翌朝,理人はいつもより少し早く目が覚めた。

 昨日の味が,まだ頭に残っている。

 角猪の肉を粗さの違う二種類に分け,脂を混ぜ,涙玉と黒香子の香りを残した。ぽんたの《物質変化》とクウの《境界魔法》,自分の《熱交換》も使ったが,どれか一つに頼ったわけではない。

 自分で食べて,うまいと思えた。


 そこまではいい。

 問題は,そのあとだった。

「……王都か」

 口に出してみる。


 寝台の脇で丸くなっていたぽんたが,片耳だけ動かした。

「何?」

「起きてた?」

「今起きた」

 ぽんたは顔だけを上げ,大きく欠伸をする。

「王都って言った?」

「言った」

「行くの?」


 理人はすぐには答えなかった。

「まだ考えてる」

「何を?」

「行くなら,どうやって行くかとか。何があるのかとか」

「遠い?」

「たぶ……」

 言いかけて,理人は少し考え直す。

「近くはないと思う」

「何日?」

「それもちゃんと聞かないとな」

 ぽんたは眠そうな目のまま理人を見る。


「じゃあ行くか分かんない?」

「今はまだ」

「ふうん」

 それ以上は聞かず,ぽんたは再び顔を前脚の間へ戻した。


 理人も起き上がり,服を整える。

 王都へ行く。

 言葉にすると,大きな話に聞こえる。

 けれど,理人が求めているのは王や貴族に会うことでも,何か大きな仕事をすることでもない。

 市場で見たチーズ。

 アルカでは種類の少ないパン。

 乳製品。

 さらに,ここにはない食材や料理。

 昨日のハンバーグを食べたことで,足りないものが見えたのではない。

 逆だった。

 今あるもので十分おいしくできたからこそ,ほかの材料を知ったらどうなるのかが気になった。

 理人には,その好奇心を無視する理由がなかった。


     ◇


 朝食の仕込みを手伝いながら,理人はマルタへ尋ねた。

「王都って,ここからどれくらいかかります?」

 マルタの手が止まる。

「急だね」

「昨日ちょっと話してて,気になって」

「歩きならかなりかかるよ。荷車なら,道が悪くなければ十日ちょっとってところかね」


「十日……」

 思っていたより遠い。


「途中に町は?」

「あるよ。宿場も何か所かある。ただし,毎日ちゃんと屋根のあるところへ泊まれるとは限らないね」

「野営も?」

「商隊ならすることもあるさ」


 マルタは鍋の中を一度かき混ぜ,理人を見る。

「本気で行く気かい?」

「まだ決めたわけではないです」

「理由は?」

 理人は少し迷ったが,隠すことでもない。

「王都の方が,パンや乳製品の種類が多いって聞いたので」

 マルタの眉が上がる。

「それだけ?」

「今のところは」

「ハンバーグのために?」

「……それもありますが,いろいろ見てみたいです」


 マルタは数秒黙ったあと,声を上げて笑った。

「ほんとにあんたらしいね」

「そんなに変ですか」

「普通,王都へ行きたいって言われたら,仕事とか金とか,冒険者なら名を上げたいとか,そういう話だと思うだろ」

「自分は教師だったので」

「それもこっちじゃ役に立ってないじゃないか」

「文字も読めませんしね」

「そこはそろそろ覚えな」

「はい」

 痛いところだった。


 そこへクウが香草の束を運んできた。

「何の話?」

 マルタが先に答える。

「リヒトが王都に興味あるんだとさ」

 クウの動きがわずかに止まった。


「王都?」

「行くって決めたわけじゃないですよ」

「遠いの?」

「荷車で十日くらいらしいです」

「結構遠いね」

 クウはそれだけ言い,持っていた香草を棚へ置いた。


 理人には,少しだけ耳の向きが変わったように見えたが,意味までは分からない。


     ◇


 昼前,ガルドが煮込み鹿亭へ顔を出した。

 理人はちょうどいいと思い,食事を運ぶついでに声をかける。

「ガルドさん,王都まで行くなら,やっぱり一人は危ないですか」

「やめとけ」

 返事が早かった。

「やっぱり?」

「道はある。人も通る。だが,森より安全ってだけだ」

 ガルドは水を一口飲む。

「野盗もいれば,魔獣も出る。道を外せば迷う。お前は旅慣れてないだろ」

「全く」

「なら商隊に入れ」

「同行できるんですか?」

「荷運びでも護衛でもできるならな。何もできなくても,金払えば乗せる商人はいる」

「なるほど」


 理人は頭の中で整理する。

 一人で徒歩。

 それはない。

 この世界へ来て最初に角猪から逃げ回ったことを考えれば,自分の旅の能力を過大評価する気にはなれなかった。

「ちょうど来週,王都方面へ出る商隊があるぞ」

「来週?」

「ああ。月に何度か来る大きいところだ。アルカの肉や皮を運んで,向こうから布や穀物を持ってくる」


 理人は思わず身を乗り出した。

「一般の人も一緒に行ける?」

「空きがあればな。商人のハリスに聞け」

「どこにいます?」

「市場の南側。でかい青い布を掛けた荷車がある」

 理人は覚える。

 市場で,青い布,商人のハリス。


「行く気になったか?」

 ガルドが聞く。

「少し」

「少しか」

「安全に行けるなら,現実的かなと思って」

「それなら先に聞いてこい。空きがなければ考えても仕方ない」

「そうします」

 ガルドは頷き,そこで話を終えた。

 その判断の早さがありがたい。

 理人も,まず条件を知らなければ始まらないと思った。


     ◇


 午後。

 理人は一人で市場へ向かうつもりだった。

「俺も行く」

 宿を出る直前,ぽんたが当然のようについてくる。

「買い物じゃないぞ」

「知ってる」

「商人に話聞くだけ」

「それも知ってる」

「誰から聞いた」

「クウ」


 振り返ると,クウも少し離れたところにいた。

「私も聞いたよ」

「ふたりとも来るんですか」

「駄目?」

 クウが尋ねる。

「駄目ではないですけど」

 結局,三人で市場へ向かうことになった。


 少し前に買い出しへ来たときと同じ道だ。

 ぽんたは串焼きの屋台を一度だけ見たが,今日は立ち止まらなかった。クウも人が増えるところでは自然に理人の近くへ寄るものの,以前ほど周囲を気にしている様子はない。


「青い布ってあれ?」

 クウが先に見つけた。

 市場の南側に,大きな荷車が何台も並んでいる。そのうち三台には,確かに濃い青色の布が掛けられていた。

「たぶん,あれでしょうね」


 三人で近づくと,荷車の横で荷札を確認していた男が顔を上げた。

 四十代くらいだろうか。日に焼けた顔で,腰には短剣を下げているが,冒険者というより商人らしい落ち着きがある。

「何か用か?」

「ハリスさんですか?」

「そうだが」

「ガルドさんから聞きました。来週,王都方面へ行く商隊が出るって」

「ああ」

 ハリスは理人を一度見て,足元のぽんたとクウへ視線を移した。

「三人か?」


「……いや,自分はまだ行くか考えてるところで」

「そっちの魔獣は?」

 理人が答えるより早く,ぽんたが胸を張る。

「俺,ぽんた」

「名前じゃなくてだな」

「喋る狸です」

 理人が補足すると,ハリスはしばらくぽんたを見る。

「見れば分かるような,分からんような」

「こっちはクウです」

「私は狐だよ」

 クウが自分で答えた。

 ハリスは少し驚いたものの,それ以上深くは聞かなかった。


「王都まで行きたいなら,空きはある。客として乗るなら金がいるぞ」

「どれくらいです?」

 提示された額を聞き,理人は少し考え込んだ。

 市場でお使いをしていたから,どれくらいの金額なのかは分かった。

 マルタにお願いすれば,きっと払ってもらえなくはない。

 だが,申し訳ない気持ちになる。


「働くなら?」

「荷物運びと見張りの手伝い。護衛は経験者だけだ」

「料理は?」

 理人が聞くと,ハリスの眉が動いた。

「できるのか?」

「宿で働いてます」

「どこだ」

「煮込み鹿亭です」

「ああ,マルタのところか」

 どうやら知っているらしい。

「なら話は早い。道中の炊事を手伝うなら,多少安くできる。人数多いと飯作るだけでも手がいるからな」


 理人の中で,一気に現実味が増した。

 料理をする。

 荷物を運ぶ。

 必要なら水や食材の温度管理もできる。

 戦えなくても,何もできないわけではない。

「途中,食材を買える場所はあります?」

「宿場ならな。あとは村に寄ることもある」

「王都に着いたら?」

「うちの荷車は中央市場まで行く」

「中央市場……」

 理人が呟くと,ハリスが笑った。

「食い物目当てか?」

「……そんなことは……」

「変わった客だな」

 最近,何度か似たことを言われている気がする。


     ◇


 話を聞き終え,三人は市場を出た。

 来週,空きはある。

 炊事を手伝えば,費用も抑えられる。

 王都の中央市場まで行く。

 条件としては悪くない。


「行く?」

 ぽんたが尋ねた。

「まだ少し考える」

「まだ?」

「宿のこともあるし,文字も読めないし,向こうでどうするか決めてない」


「でも行きたい?」

 今度はクウだった。

 理人は歩きながら考える。

「行きたいですね」

 口に出すと,思ったより簡単だった。

「王都に何があるか見たいです。パンも,乳製品も,料理も。それに,アルカだけにずっといる理由もないので」


 この世界へ来たとき,自分には何もなかった。

 住む場所も,仕事も,知り合いも。


 それが今は,煮込み鹿亭で働き,ガルドやミレナ,ドランと話し,ぽんたとクウが隣を歩いている。

 アルカはもう,ただ流れ着いた町ではない。


 だからこそ,離れることを考えると少し迷う。

「戻ってくることもできますよね」

 理人が言う。

 クウがこちらを見る。

「アルカに?」

「はい。別に一度出たら終わりじゃないでしょうし」

「そうだね」

 クウはそれだけ答えた。

 ぽんたは少し先を歩きながら,何も言わない。


     ◇


 煮込み鹿亭へ戻ると,理人はマルタとバルドへ商隊の話をした。

「来週ねえ」

 マルタは腕を組む。

「急すぎます?」

「急じゃないよ。いつまでもここで皿洗ってるつもりでもないだろ」

「皿洗いだけじゃないですよ」

「知ってるさ」

 マルタは笑う。


 バルドも横から頷いた。

「行きたいなら行ってみればいい。王都は見るもの多いぞ」

「行ったことあるんですか?」

「昔な。マルタと二人で」

「初めて聞きました」

「聞かれてないからな」

 相変わらず必要なことしか話さない。


「食べ物は?」

 理人が尋ねると,マルタが呆れた顔をした。

「そこから聞くのかい」

「大事なので」

「パン屋だけでも,アルカとは数が違うよ。乳を扱う店も多いし,チーズだって市場で選べる。金があればね」

「やっぱり……」

「ただし,うまいものばかりじゃないよ」

「それも見たいです」

 マルタは理人の顔をしばらく見ていた。


 それから,小さく息を吐く。

「もう行く顔してるじゃないか」

 理人は返事をする前に,自分でも考えた。

 不安はある。

 文字も読めない。

 王都に知り合いはいない。

 道中も安全とは限らない。


 それでも,商隊がある。

 料理で働ける。

 今までより安全に移動できる。

 そして,行きたい理由がある。


「……行こうと思います」


 言葉にすると,今度は迷わなかった。

 マルタが頷く。

「なら,ハリスには早めに返事しな」

「明日行きます」

「荷物も考えないとね」

「そんなに持ってないですけど」

「だからって着替え一枚で十日旅する気かい?」

「それは困ります」

「だろ?」

 理人は苦笑した。


 王都へ行く。

 ようやく,それが予定になった。


     ◇


 その夜,理人は部屋で持ち物を確認していた。

 こちらへ来たときに持っていたもの。

 アルカで増えたもの。

 大した量ではない。


「ほんとに行くの?」

 ぽんたが寝台の下から尋ねた。

「うん」

「来週?」

「そのつもり」

 ぽんたはしばらく黙っていた。


 いつもなら,食べ物の話か,王都に何があるのかを聞きそうなのに,今日は妙に静かだ。

「ぽんた?」

「何?」

「いや」

 理人はそれ以上聞かなかった。


 行くと決めたのは自分だ。

 ぽんたやクウがどうするかは,別の話である。

 森へ戻ることもできる。

 アルカに残ることもできる。

 煮込み鹿亭なら,二匹を追い出すようなことはしないだろう。

 だから,理人から当然のように「一緒に来るだろ」と言うつもりはなかった。


 荷物を元へ戻し,窓の外を見る。

 アルカの夜は静かだった。

 初めて来たときには読めなかった宿の看板は,今も全部は読めない。

 それでも,ここが煮込み鹿亭だということはもう分かる。


 理人は窓を閉めた。

 王都へ行く。

 もっとおいしいハンバーグを作るために。

 そして,まだ知らないものを見に行くために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。