↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ハンバーグ ~最初の一皿は、まずかった~  作者: もふもふぐんだん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/50

第35話 道具を見る目

 その日の昼前,理人はぽんたとクウを連れて煮込み鹿亭を出た。

 目的地は市場ではない。

「ドランって,あの怖い顔のやつだよな」

 ぽんたが理人の横を歩きながら尋ねる。

「怖い顔は余計だろ」

「でも怖いぞ」

「本人の前で言うなよ」

「言わねえよ」

 ぽんたはそこまで無謀ではないらしい。


 反対側を歩くクウが,二人を見上げた。

「何を作ってる人なの?」

「鍛冶屋です。包丁とか,鍋とか,農具とか。前にぽんたが肉を細かくするときの道具も相談しました」

「私が来る前?」

「かなり前ですね」

 理人が答えると,ぽんたが胸を張った。

「俺がまだ名前もなかった頃だぞ」

「そこは自慢するところじゃないだろ」

「昔の話っぽいだろ」

「そんなに前じゃない」

 クウが小さく笑う。


 ぽんたにとっては,アルカで暮らし始めてからの数日は,理人が思うより長く感じられているのかもしれない。

 煮込み鹿亭から鍛冶場までは,市場を横切るより少し外側の道を通る。

 人通りは多くない。

 三人で歩くにはちょうどよかった。


     ◇


 ドランの鍛冶場へ近づくにつれ,金属を叩く音が聞こえてきた。

 一定ではない。

 何度か強く響いたあと,少し止まり,再び鳴る。

 入口の前まで来ると,熱せられた鉄と炭の匂いが流れてきた。

「暑いね」

 クウが足を止める。

「中はもっと暑いですよ」

「外で待っててもいい?」

「もちろん」

「うーん,やっぱり入る」

 クウは一度だけ鍛冶場の奥を見てから言い直した。

「見てみたいから」

「無理しないでくださいね」

「暑かったら出るよ」


 その横で,ぽんたはすでに入口から中を覗いていた。

「おい,勝手に入るなよ」

「見てるだけ!」

 理人が声をかけたところで,奥から低い声が飛んできた。

「入口で騒ぐなら帰れ」

 ぽんたが一歩下がった。

「やっぱ怖い」

「聞こえてるぞ」

「ほら!」

「お前が言ったんだろ」

 理人は苦笑しながら中へ入った。


 鍛冶場の奥では,ドランが火床の前に立っていた。太い腕で鉄を押さえ,作業台には大小の槌や鋏,刃物の途中らしい金属片が並んでいる。

「久しぶりです」

「そうでもないだろ」

 ドランは手を止めずに答えた。

「今日は何だ。また妙な道具でも作るのか」

「今日は作ってほしいものがあるわけじゃないです」

「じゃあ何しに来た」

 理人は横のぽんたを見る。

「こいつに,道具を見せてもらえないかと思って」

 ドランの手が止まった。

 ぽんたを見る。

「狸に?」

「俺,ぽんただぞ」

「知っとる」

「なら狸って言うなよ」

「狸だろうが」

 ぽんたが何か言い返そうとしたが,理人が軽く肩へ手を置くと,口を閉じた。


「ぽんたの《物質変化》なんですけど,最近,同じ道具の一部分だけ形を変えられるようになってきたんです」

「ほう」

 ドランが初めて少し興味を示した。

「見た形をそのまま真似するだけじゃなくて,どう使うか分かってきたからじゃないかと思ってます」

「それで本物の道具を見せろ,か」

「はい」

 ドランはしばらくぽんたを眺めたあと,顎で作業台を示した。

「壊すなよ」

「見るだけなら壊さねえよ!」

「触るなとは言ってない」

「いいの?」

「道具は触らなきゃ分からん」

 ぽんたの耳が立った。


     ◇


 最初に見せてもらったのは,大きさの違う三本の包丁だった。

 肉を切るもの。

 骨の近くへ入れる細いもの。

 野菜などに使う幅の広いもの。

 理人には同じ刃物の仲間に見えるが,並べると形も厚さもかなり違う。

「これ,全部切るやつだろ?」

 ぽんたが尋ねる。

「そうだ」

「なんで形違うんだ?」

「切るものが違うからだ」

 ドランは細身の一本を持ち上げた。

「こいつは細いところへ刃を入れる。だから幅が狭い。こっちは硬いものに当てるから,背を厚くしてある」

 次に幅広の一本を示す。

「こいつは刃の重さも使う」

 ぽんたは一本ずつ眺め,鼻先を近づけるようにして見ていた。


「刃が薄けりゃ切れるんじゃないの?」

「薄けりゃ欠ける」

「硬くすれば?」

「硬すぎりゃ折れる」

「じゃあどうすんだよ」

「だから作るんだろうが」

 ドランの返事に,ぽんたが黙った。

 理人は少し笑いそうになる。

 ぽんたが珍しく言い返せていない。


「難しいね」

 クウが入口近くの日陰から声をかけた。

 鍛冶場の熱気を避けるため,中までは入らずに見ている。

「道具って,形だけじゃないんだね」

「そういうことだ」

 ドランは短く答え,今度は金属製の穴あき板を取り出した。

 理人には見覚えがある。

 以前,簡易的な細断器を相談したときに見せてもらったものに近い。

「狸。お前,今はどんな形になる」

「見せる?」

「やってみろ」

 ぽんたは少し後ろへ下がった。

 身体が縮み,広がり,やがて普段使っている細断器の形になる。

 穴の開いた板状の部分と,肉を押しつけるための形。

 以前より確かにまとまっている。


「こんな感じ」

 器具の姿のまま,ぽんたが喋る。

「気味悪いな」

「おい!」

「喋る道具なんぞ普通いない」

「俺だって好きで道具のまま喋ってんじゃねえ!」

 ドランは気にした様子もなく,ぽんたの表面を指で軽く叩いた。

「前より厚みはましだな」

「だろ?」

「だが,ここ」

 穴の開いた部分を示す。

「全部同じ厚さにする必要はない」

「なんで?」

「力がかかるところだけ厚くすりゃいい。何でも均一にすれば丈夫になるわけじゃない」

 ぽんたが黙る。

 ドランはそのまま,縁の部分と中央を順に示した。

「ここは支える。ここは肉が通る。役目が違うなら,形も厚さも違っていい」

 理人はその説明を聞きながら,ぽんたを見る。

 器具の表面がわずかに揺れた。


「……こう?」

 縁が少し厚くなる。

 代わりに,中央の穴の周りが少し薄くなった。

 形そのものはほとんど変わらない。

 だが,さっきより道具らしく見える。

 ドランがもう一度指で叩いた。

「さっきよりはいい」

「ほんと?」

「ただし薄くしすぎだ」

「じゃあここ戻す?」

「少しな」

 ぽんたが調整する。

 今度は全身を元の姿へ戻さない。

 必要な場所だけ,少しずつ変える。


「……部分的な変化,できてるな」

 理人が思わず呟いた。

 ぽんたが元の姿へ戻る。

「前からできたぞ」

「昨日できるようになったばっかりだろ」

「昨日できたなら,もうできる!」

「そういう理屈か」

 ぽんたは得意そうだった。


     ◇


 それからしばらく,ドランは使っていない古い道具をいくつか見せてくれた。

 曲がった鋏。

 欠けた鑿。

 柄を外した小さな槌。

 古い鍋の取っ手。

 ぽんたはどれも熱心に見ていたが,全部へ変化しようとはしなかった。

「これは?」

 ぽんたが鋏を指す。

「二枚の刃を動かす」

「俺,これ無理かも」

「なぜだ」

「二つ動かすの,よく分かんねえ」

 以前なら,見た形だからとそのまま真似しようとしたかもしれない。

 今は自分から止まった。


「それでいい」

 ドランが言う。

「分からん道具になるな」

「でも形は分かるぞ」

「形だけ分かっても,中が分からんなら同じだ」

 ぽんたは少し考え,鋏から視線を外した。

「じゃあ,これは今やらない」

「賢くなったじゃねえか」

「前から賢い!」

 ドランは鼻で笑った。

 だが,口元は少し緩んでいる。

 理人もその変化には気づいた。


「ぽんた」

「何?」

「褒められたな」

「褒めてないだろ!」

「今のは褒めてたと思うよ」

 入口からクウも加わる。

「そうなのか?」

 ぽんたが交互に見る。

「たぶ――」

 理人は言いかけてやめた。

「褒めてた」

「だよな!」

 ぽんたの尻尾が勢いよく上がった。

 ドランは何も言わず,次の鉄を火床へ入れた。


     ◇


 しばらくして,クウが少し外へ出た。

 理人も様子を見に続く。

「大丈夫ですか?」

「うん。ちょっと暑かっただけ」

 クウは建物の影へ移り,石壁の近くへ伏せた。

 舌を出すほどではないが,耳が少し横へ寝ている。

「中にいなくてもよかったのに」

「見たかったから」

「面白かった?」

「うん。ぽんた,ちゃんと考えて変わってるんだね」

「本人に言ったら喜びますよ」

「じゃああとで言う」

 クウは鍛冶場の入口を見る。

 中ではぽんたがドランに何か尋ねているらしく,時々大きな声が聞こえてくる。

「ぽんた,楽しそうだね」

「ですね」

「リヒトも?」

「自分も楽しいですよ」

「道具見てるだけなのに?」

「道具がどうできてるか分かるの,面白くないですか?」


 クウは少し考えたあと,首を傾げた。

「私は匂いの方が面白いかな」

「人それぞれですね」

「そうだね」

 風が吹き,鍛冶場の熱気が少し散った。

 クウの耳も元へ戻る。

 理人が立ち上がろうとすると,クウも自然に立ち上がった。

「戻ります?」

「うん。もう少し見る」

 二人で入口へ戻る。


     ◇


 鍛冶場へ入ると,ぽんたが小さな槌の形になっていた。

「何してるんだ?」

「これ!」

 槌の姿のまま,ぽんたが返事をする。

 理人が見ると,形そのものは単純だが,握る部分と頭の部分で厚みが違う。

「前よりそれっぽいな」

「ドランが,重いところと持つところ分けろって」

「なるほど」

 ドランが横から口を挟む。

「ただ,こいつは重さまで都合よく変えられんらしいな」

「広げると薄くなるし,大きくしても俺の重さは変わらねえ」

「なら道具の形にも限界がある」

「うん」

 ぽんたは素直に頷いた。


 理人は少し意外だった。

「今日はよく聞くな」

「ドラン,詳しいから」

「最初からそうだろ」

「前は怖かった」

「ついさっきも怖がってだだろうに」

「ちょっとだけ」

「帰れ」

「冗談!」

 クウが笑う。

 理人もつられて笑った。


 ぽんたは元の姿へ戻ると,しばらく自分の前脚を眺めた。

「形見るだけじゃ駄目なんだな」

 ぽつりと言う。

「そうみたいだな」

「中どうなってるかとか,どこが大事かとか」

「分かれば変わりやすい?」

「うん。さっきのやつ,前より楽だった」

 ぽんたは自分でも少し不思議そうだった。

 理人はその答えに納得する。

 能力が急に強くなったわけではない。

 ぽんたが道具を見る目を持ち始めたのだ。

 形を覚えるだけではなく,何のためにその形なのかを考える。

 それなら,今後できることも少しずつ増えていくだろう。


「ドランさん,ありがとうございます」

 理人が頭を下げると,ドランは手を振った。

「礼ならその狸に働かせろ。次に妙な道具へなるなら,せめて道具として使える形になれ」

「次はもっとすげえのになる!」

「複雑なのはやめとけ」

「なんで!」

「今言ったばっかりだろうが」

 最後まで噛み合っているようで噛み合っていない。


     ◇


 煮込み鹿亭へ戻る道で,ぽんたは何度も自分の前脚を見ていた。

「どうした?」

 理人が尋ねる。

「いや」

 ぽんたは歩きながら答える。

「次,何になれるかなって」

「急に難しいの試すなよ」

「分かってる。分かるやつから」

 理人は少し笑った。

 その返事だけでも,鍛冶場へ連れていった意味はあった気がする。

「ぽんた」

 クウが反対側から呼ぶ。

「何?」

「今日,ちょっと格好よかったよ」

 ぽんたが止まった。

「……どこが?」

「道具のこと,ちゃんと考えてたところ」

「そう?」

「うん」


 ぽんたの尻尾がゆっくり持ち上がる。

「まあ,俺の《物質変化》だからな」

「それは関係ある?」

「ある!」

 急に足取りが軽くなった。

 理人は何も言わず,二匹の少し後ろを歩く。

 数歩先へ行ったぽんたが,ふと振り返った。

「リヒト,遅いぞ」

「普通に歩いてるよ」

「クウも来い!」

「今行くよ」

 クウが小走りで追いつく。

 結局,ぽんたは理人たちが並ぶまでその場で待っていた。


 三人で再び歩き出す。

 今日分かったのは,ぽんたの《物質変化》が少し上手くなったことだけだった。

 それでも理人には十分だった。

 何にでもなれる必要はない。

 使う道具を知り,仕組みを覚え,必要な形へ少しずつ近づいていく。

 それは料理を覚えるのと,どこか似ている気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。