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異世界ハンバーグ ~最初の一皿は、まずかった~  作者: もふもふぐんだん


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30/50

第30話 今のハンバーグ

 ハンバーグを作ると決めてから,理人が最初にしたのは,材料をもう一度並べ直すことだった。

 角猪の肩に近い赤身と,脂の多い腹側。涙玉,パン,乳,卵,塩,それに黒香子。

 最初に作ったときと比べれば,材料そのものは大きく変わっていない。


 違うのは,使い方だった。

「今日は七と三?」

 ぽんたが作業台の下から顔を出す。

「とりあえず」

「もっと脂入れない?」

「先に前と近いところからやる」

「前よりうまくするんだろ?」

「前と条件変えすぎたら,何が良かったか分からなくなる」

「またそういうやつ」

 ぽんたは少し不満そうだったが,すぐに作業台の上の肉へ視線を戻した。


 角猪の肩肉七,腹側の脂が多い部分三。

 以前,ぽんたへ食べさせるために試した比率と同じである。あのときは粗く刻んだ肉の食感を残すことで,最初の失敗とは比べものにならないところまで持っていけた。

 ただ,今なら同じ作り方をそのまま繰り返す必要はない。

「ぽんた,今日は細かくしすぎないでくれよ」

「分かってるって」

「押しつぶすんじゃなくて,切る感じで」

「それも分かってる」

「途中で疲れたら言えよ」

「それも――」

 そこまで言って,ぽんたが理人を睨んだ。

「俺,前より上手くなってるぞ」

「知ってる。だから頼んでる」

「……ならいい」

 ぽんたの耳が少しだけ上がる。

 褒められるのは相変わらず嫌いではないらしい。


 その横では,クウが角猪の肉へ鼻を近づけていた。

「これがハンバーグになるの?」

「そうです」

「このまま焼くのとは違う?」

「かなり」

「細かくして,混ぜるんだよな」

 ぽんたが先に答える。

「それで丸くする」

「丸くないと駄目なの?」

 クウが理人を見る。

「絶対ではないですけど,厚みをそろえやすいので」

「味じゃなくて焼きやすさなんだね」

「それもあります」

 クウは納得したように一度頷き,今度は涙玉へ鼻を向けた。


「これは前に食べた香草焼きには入ってなかったよね」

「ハンバーグには入れます」

「生だと少し強い匂いだね」

「火を入れると変わりますよ」

「それは楽しみかな」

 ぽんたとは反応するところが違う。

 ぽんたは最初から肉を見ている。

 クウは肉より先に,涙玉や黒香子の匂いを気にしていた。

 理人には,その違いが少し面白かった。


     ◇


 涙玉は以前より細かく刻み,弱めの火でゆっくり炒めた。

 最初の頃は,どこまで火を入れるべきかもよく分かっていなかった。今でも専門家ではないが,生の辛い匂いが薄れ,水気が少し飛んで,甘い香りが出てくるところまでは待てる。

「これ,もう食える?」

 ぽんたが聞く。

「食えるけど,まだハンバーグ用」

「一個くらい」

「駄目」

「けち」

「さっき朝飯食っただろ」


 理人は炒め終えた涙玉を平たい木皿へ広げ,片手を皿の下へ添えた。

 もう一方の手は,冷たい水を入れた器へ触れる。

《熱交換》。

 涙玉から水へ,少しずつ熱を移す。

 以前より,どの程度までなら無理なく使えるかは分かってきた。完全に冷やす必要はない。ただ,熱いまま肉へ混ぜれば,せっかく冷たい肉が温まる。

「それ,便利だね」

 クウが横から見ている。

「こういうときはかなり」

「火爪熊を滑らせたやつと同じなんでしょ?」

「仕組みは同じです」

「使い方,全然違うね」

「こっちが本来です」

「本来?」

「自分の中では」

 理人は少し笑った。


 戦うために覚えた力ではない。

 肉を冷やしたい。

 水を温めたい。

 そこから始まった能力だった。

 涙玉が十分に冷めたところで,今度は肉へ取りかかる。

「ぽんた,お願い」

「よし」

 ぽんたの身体が変わる。

 以前に何度も試した,肉を押し込むための簡易的な細断器。穴の開いた部分と,肉の繊維を切るための突起を組み合わせた形で,最初の頃より厚みも安定している。


 完全な金属製の挽肉機とは違う。

 回転する刃もない。

 それでも,手で延々と刻むよりはずっと早い。

「もうちょい穴大きくできる?」

「できる」

「全部じゃなくて,半分くらい」

「半分?」

「粗いのと少し細かいの,混ぜたい」

 ぽんたが一度元の姿へ戻った。

「なんで?」

「全部粗いと崩れやすいかもしれないから」

「前は粗い方がうまかったぞ」

「粗いのは残す。でも,少しだけ細かいのも混ぜる」

「……なるほど」

 ぽんたは分かったような顔をしたが,本当に分かっているかは怪しい。

「要するに,俺の好きな粗いのは残る?」

「残る」

「じゃあいい」

 そこが判断基準らしい。


 まず大きめの穴で半分ほどを細かくする。

 残りは少しだけ形を変えて,もう少し細かく。

 理人は出てきた肉を指先で確かめた。

 完全に均一ではない。

 むしろ,その方がいい。

 大きめの粒の間へ,細かい肉が入る。

「前よりつながりそうだな」

「つながる?」

 クウが聞く。

「焼いたときに崩れにくくなるかなと」

「細かい方が隙間に入るから?」

「たぶん」

「たぶんなんだ」

「料理は特に多いです」

 クウが少し笑った。


     ◇


 肉へ塩を入れる。

 最初に少しだけ混ぜて,粘りが出るまで手で練る。

 以前は,動画で見た記憶を頼りにやっていたことが,今では自分の手の感覚として少し分かるようになっていた。

 完全な感触ではない。

 ただ,肉がばらばらの粒から,ひとまとまりへ変わっていく瞬間は分かる。

 そこへ冷ました涙玉,細かくしたパン,乳,卵,黒香子を加える。

「黒香子,もう少し入れる?」

 クウが尋ねた。

「匂い弱いですか?」

「肉に混ぜたら,思ったより消えそうかな」

 理人の手が止まる。

「分かります?」

「今のままだと,涙玉の甘い匂いの方が強いよ」

「なるほど」

 理人は少しだけ黒香子を追加した。

 入れすぎれば,今度は苦味や刺激が前へ出る。

 今までは自分の鼻と舌だけで判断していたが,クウがいると別の基準が増える。


「クウ,鼻いいな」

 ぽんたが言う。

「ぽんたも鼻いいでしょ」

「俺は肉なら分かる」

「じゃあ違うところ見ればいいね」

「そういうことか」

 ぽんたは妙に納得した顔をする。

 理人も同意だった。

 同じものを見て,同じことを言う必要はない。

 違うところへ気づいてくれた方が,むしろ助かる。


 肉だねを小判形へ整え,中央を少しくぼませる。

 最初に作ったときほど,手つきに迷いはない。

 それでも,料理人のように手早く美しい形へそろえられるわけではなかった。

「これ,全部同じ大きさ?」

 クウが聞く。

「なるべく」

「一個ちょっと大きいよ」

「……本当だ」

 ぽんたが笑う。

「先生なのに」

「数学教師は目分量の授業しないんだよ」

「じゃあ測れば?」

「秤がない」

「先生なのに」

「それ関係ないだろ」


     ◇


 焼き台へ鉄板を置き,十分に温める。

 そこへ肉だねを並べると,すぐに脂の弾ける音が広がった。

 香りが立つ。

 焼けた肉。

 涙玉。

 黒香子。


「おお……」

 ぽんたが一歩近づく。

「近い」

「見てるだけ」

「鼻が鉄板の上に来そうだぞ」

「来ないって」

 クウは少し離れた場所で座っていたが,耳が明らかにこちらへ向いている。

「いい匂い?」

 理人が聞く。

「うん。でも,最初に黒香子が来て,あとから肉の匂いが強くなるね」

「順番まで分かるんですか」

「分かるよ」

「すごいな」

「普通だと思ってたけど」

「ぽんたは?」

「肉」

「それだけ?」

「うまそうな肉」

「感想が強くなっただけだな」


 片面に焼き色がついたところで返す。

 前ほど亀裂は入らない。

 脂も多少出ているが,最初の失敗のように中身が流れ出しているわけではない。

 理人は火加減を見ながら,必要以上に触らないようにした。

 以前なら,焼けているか心配になって何度も動かしていた。

 今は待つ。

 ただし待ちすぎない。

 それが意外と難しい。

「そろそろ?」

 ぽんたが聞く。

「まだ」

「さっきも言った」

「まだだからな」

「いつ?」

「焼けたら」

「答えになってねえ」


 マルタが横から鉄板を覗く。

「もう少しだけだね」

「はい」

「分かってきたじゃないか」

「まだ見てもらってますけど」

「最初よりはましだろ」

「それは間違いないです」

 理人は素直に頷いた。

 最初は,見た目だけで焼けたと思い,割ったら中が生だった。

 今は火の強さ,肉の厚み,表面の状態を少しずつ見るようになった。

 大きな進歩ではない。

 でも,こういう積み重ねの方が自分には合っている。


     ◇


 焼き上がったハンバーグを皿へ移し,少し休ませる。

 ぽんたがすぐ手を出そうとした。

「待て」

「なんで!」

「焼いた直後より少し置く」

「冷めるぞ」

「少しだから」

「クウ,《境界魔法》で冷めないようにして」

「勝手に私を使わないでよ,ぽんた」

「いい案じゃん」

「まだ試してる途中でしょ」

 クウはそう言いながらも,皿の方を気にしている。


 理人は少し考えたが,今回は首を横に振った。

「今日は普通に食べよう」

「なんで?」

「能力の効果まで混ぜると,何が良かったか分からなくなる」

「またそれか」

 ぽんたが露骨に嫌そうな顔をした。

「今日の目的は,今の作り方でどこまでいけるか確認することだから」

「次は?」

「次は次」

「絶対やれよ」

「何を?」

「もっとおいしくするやつ」

「そのために作ってるんだよ」

 ようやく皿を食堂の端へ運ぶ。


 時間は昼と夜の間で,客は少ない。マルタとバルド,ちょうど顔を出したガルド,それにミレナまで加わり,結局いつもより多い人数で試食することになった。

「俺の分,大きい?」

 ぽんたが聞く。

「同じ」

「なんで」

「試食だから」

「俺,粗いの作った」

「だから一個あるだろ」

 クウは自分の皿を見て,少し不思議そうにしている。

「私も一個食べるの?」

「多ければ残していいですよ」

「残したら?」

「ぽんたが食べると思います」

「食う」

 返事が早い。

「じゃあ残さない方がいいかな」

「なんでだよ!」

 笑いが起きる。


 理人も自分の皿へ視線を落とした。

 表面にはしっかり焼き色がついている。

 割る。

 中は火が通っている。

 肉汁も,最初のときのように一気に流れ出さない。

 一口。

 噛む。

 粗い肉の粒が残り,その間を細かい肉がつないでいる。以前の粗挽きだけのものより,確かにまとまりがいい。

 腹側の脂が赤身の硬さを補い,涙玉の甘さも分かる。

 黒香子の香りも,前より少し強い。


「……うまい」


 自然に声が出た。

 以前の「ちゃんとおいしい」から,さらに一歩進んでいる。

 少なくとも,自分がこの世界へ来て初めて作ったものとは別物だった。


「うまい!」

 ぽんたもすぐに叫ぶ。

「前より肉がちゃんといる!」

「肉がいる?」

「噛んだときに肉!」

「何となく分かる」


 ミレナも一口食べ,頷いた。

「私は前のより好きかも。崩れないし」


「ちゃんと料理になってるね」

 マルタの評価は相変わらず現実的だった。

「最初は料理じゃなかったみたいに聞こえますけど」

「最初は途中から煮込みになっただろ」

「それはそうです」

 否定できない。


 ガルドも静かに食べながら,二口目へ進んでいる。

「角猪って言われなきゃ,硬い肉だと思わんな」

「それはかなり嬉しいです」

 本来なら煮込みへ回すことが多い部位を,別の形で食べられる。

 それこそ,理人がハンバーグに求めていたものの一つだった。


「クウは?」

 ぽんたが尋ねる。

 灰銀色の狐は,まだゆっくり食べていた。

「おいしいよ」

「それだけ?」

「あなたに言われたくないかな」

「俺は肉がいるって言った!」

「意味分からなかったよ」

「リヒトは分かったぞ!」

 二匹が言い合い始める。


 理人はクウへ聞いた。

「匂いはどうです?」

「焼いてるときの方が好きだったかな」

「食べると?」

「最初はいい匂いがするよ。でも,噛んでると途中から肉の味だけになる感じ」

 理人の手が止まる。

「途中から?」

「うん。悪いって意味じゃないよ。肉はおいしいから。ただ,焼いてるときにした黒香子と涙玉の匂いが,食べてる途中では少し遠くなるかな」

「なるほど……」

 理人はもう一口食べる。

 意識してみる。


 確かに,最初の香りはある。

 けれど噛むほど,角猪の味と脂が中心になる。

 それが悪いわけではない。

 ぽんたなら,むしろそちらを好むだろう。

「俺は今のでいいぞ」

 予想通りだった。

「分かってる」

「じゃあこれで完成?」

 理人は答える前に,自分の皿を見た。

 おいしい。

 ちゃんとおいしい。

 以前なら,そこまで行けただけでも十分だった。


 ただ,今は少し違う。

「いや」

「なんでだよ」

「まだ変えられそう」

「もううまいぞ」

「うまいから終わり,ではないだろ」

 ぽんたは納得できないようだった。

 理人は残った一切れを食べる。

 食感は良くなった。

 まとまりもある。

 脂の比率も大きく外してはいない。

 それでも,まだ気になる。

 香り。

 肉の魔力が持つわずかな苦味。

 焼いている間の温度。

 パンの量。

 涙玉の水分。

 どれも,今より少しよくできる余地がありそうだった。


「リヒト」

 クウがこちらを見る。

「難しい顔してるよ」

「考えてました」

「おいしくなかった?」

「かなりおいしいです」

「じゃあいいんじゃない?」

 理人は少し笑った。

「それでも,もっとおいしくできそうなんです」

 クウは一瞬,目を丸くする。

 それから,自分の皿に残った最後の一口へ視線を落とした。

「……そういうもの?」

「自分にとっては」

「変だね」

「よく言われます」

「知ってるよ」

 クウの口元が少し緩む。

 ぽんたはまだ納得していない顔で,自分の空になった皿を見つめていた。

「じゃあ,次も作る?」

「作る」

「いつ?」

「まだ決めてない」

「明日?」

「またそれかよ」

 食堂に笑い声が広がった。


 理人も笑いながら,残った皿を重ねる。

 今のハンバーグは,もう失敗作ではない。

 十分においしい。

 それでも,完成ではなかった。

 今度は何が足りないのかも,少しずつ見えるようになっている。

 それが,理人には以前よりずっと面白かった。



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