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異世界ハンバーグ ~最初の一皿は、まずかった~  作者: もふもふぐんだん


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第25話 冷めにくく,温まりにくい

 翌朝,理人は同じ大きさの木椀を四つ並べた。

 場所は厨房の裏手で,火を使う竈からは少し離れている。日差しも直接当たらず,人の出入りも少ないため,昨日のように置き場所の違いで温度が変わる可能性は多少減らせるはずだった。

 もちろん,多少でしかない。

「朝から水見てる」

 ぽんたが横から覗き込む。

「昨日言っただろ。試すって」

「四つもいる?」

「比べるなら多い方がいい」

「飲む?」

「飲まない」

「じゃあもったいない」

「終わったら使えばいいだろ」

 ぽんたは納得したのか,していないのか分からない顔で椀を見た。


 少し離れたところにはクウもいる。今日は香草の選別を始める前に,理人の実験へ付き合うことになっていた。

「私は何をすればいいの?」

「いつも通りで大丈夫です」

「いつも通り?」

「自分の周りに嫌な魔力を入れないようにするやつです」

 クウは少し考え,耳を動かした。

「今も少しやってるよ」

「どのくらいまで届いてます?」

「ちゃんとは分からないかな。昨日くらいなら,この辺までだと思うよ」

 クウは前脚で,自分の周囲を大まかに示す。

 理人はその範囲へ椀を二つ置き,残りの二つは数歩離れた場所へ移した。

「それで終わり?」

「始まったところです」

「水置いただけだよ」

「こういうのは,大体最初は地味なんです」

「地味なの好きだね」

「好きというか,必要なので」

 クウはそれ以上何も言わず,その場へ伏せた。


 理人はまず,井戸から汲んだばかりの冷たい水を二つの椀へ同じくらい注ぐ。残る二つには,厨房で少し温めてもらったぬるい湯を入れた。

「冷たいのと,温かいの?」

 クウが尋ねる。

「はい。昨日は肉が冷たいままだったので,最初はクウが何か冷やしてるのかと思ったんです」

「私は冷やしてないよ」

「俺もそう思ってます。でも,それを確かめたい」

「じゃあ温かい方は?」

「もしクウが冷やしてるなら,こっちも早く冷めるかもしれない。でも,そうじゃなかったら別のことが起きるかもしれません」

「別のこと?」

「それを見るところです」

 説明しながら,理人は四つの椀をもう一度触る。

 温度計がない以上,正確な数字は出せない。せめて最初の状態を自分の手で覚えておくしかなかった。


「リヒト」

「何?」

「顔が楽しそう」

 ぽんたが言う。

「そうか?」

「昨日より」

「水見てるだけなのに?」

 クウも少し不思議そうに首を傾げた。

「結果がまだ分からないからな」

「やっぱり楽しんでるじゃん」

 ぽんたが笑う。

 理人は否定しなかった。


     ◇


 実験を始めたからといって,その場でずっと水を見ているわけにはいかない。

 宿には宿の仕事がある。

 理人は朝食の片づけを手伝い,ぽんたは空になった籠や箱を運んだ。クウは昨日と同じように香草や保存食の状態を確かめ,マルタから少しずつ仕事を教わっている。

「これは?」

 マルタが乾燥させた葉の束を差し出す。

 クウは鼻を近づけ,少しだけ匂いを嗅いだ。

「大丈夫だと思うよ。昨日のより乾いてる」

「こっちは?」

「少し湿ってるね。中の方」

 マルタが束をほどくと,確かに中央付近の葉だけ柔らかさが残っている。

「やっぱり鼻は使えるね」

「鼻だけみたいに言わないでよ」

「今のところ一番役に立ってるのは鼻だろ?」

 ぽんたが横から口を挟む。

 クウはそちらを見る。

「ぽんたよりは役に立ってるかな」

「俺は箱になれる!」

「昨日も言ってたね」

「今日もなれるぞ!」

「毎日変わらないんだね」

「そういう能力だよ!」

 ぽんたの声が厨房へ響き,マルタが笑う。


 理人は涙玉の皮をむきながら,ふたりのやり取りを聞いていた。クウは初めて宿へ入ったときよりずっと落ち着いているが,まだ食堂へ出る気はないらしく,人の多い時間になると自然に厨房の奥へ下がっている。

 それでいい。

 今はここが安全だと分かるだけでも十分だった。

 しばらくして,理人は裏手の椀を確認しに戻った。

 まず,クウから離した冷水へ触れる。

「……少しぬるくなった」

 朝の井戸水ほどの冷たさはない。

 次に,クウの近くに置いた方へ触れる。

「こっちは,まだ冷たい」

 昨日の肉と同じだ。

「やっぱり?」

 後ろからクウの声がする。

「はい。ただ,まだこれだけだと何とも」


「まだ?」

「温かい方があります」

 理人は離れた場所に置いたぬるま湯へ触れる。

 こちらはかなり冷めていた。

 続いて,クウの近くに置いた方へ手を入れる。

「……あ」

「何?」

 ぽんたまで寄ってきた。

 理人はもう一度,二つを交互に触る。

「クウの近くの方が,温かい」

「冷たくなってない?」

「はい」

 クウの耳が少し前へ向く。

「じゃあ,私は冷やしてるわけじゃない?」

「たぶん」

「またたぶん」

「まだ一回なので」

 ぽんたが呆れたように尻尾を振る。


 理人は気にせず,四つの椀を見る。

 クウの近くに置いた冷水は,温まりにくい。

 同じ場所に置いたぬるま湯は,冷めにくい。

 冷たいものだけが冷たいままなら,何らかの方法で熱を抜いている可能性もあった。

 だが,温かいものまで温かいままなら話は違う。

「外の温度と混ざりにくくなってる?」

 理人は口に出した。

「混ざる?」

「水そのものじゃなくて,熱が」

 言いながら,自分でも少し違うと思う。

「……いや,熱だけじゃないかもしれない」

「何が?」

「まだ分からないです」


 クウは理人の横まで歩いてきて,四つの椀を順番に見た。

「私,何もしてないよ」

「それが気になるんです」

「何もしてないのが?」

「クウは森の嫌な魔力を入れないようにしてる。でも,その近くにある水は温度まで変わりにくい」

 理人は少し考える。

「クウが『魔力だけ』を止めてるんじゃなくて,もっと大きな何かを分けてるのかもしれない」

「大きな何か?」

「今のところ,うまく説明できません」

 クウはしばらく黙っていた。

「私は,嫌なものが来たら,こっちに入らないようにしてるだけだよ」

「その『こっち』って,どこです?」

「私の近く」

「境目みたいなのがある?」

「……あると思う」

 返事は少し遅かった。

 クウ自身も,普段意識していないらしい。


「ここから先は入れない,って感じ?」

「そんな感じかな。でも,見えるわけじゃないよ」

「広げたり狭めたりは?」

「できるよ。でも広げると疲れる」

「昨日みたいに」

「うん」

 理人は腕を組んだ。

 境目。

 内側と外側。

 まだ名前を付けるには早い。

 けれど,これまでクウが話していた「嫌な魔力を入れない」という説明より,少しだけ形が見えてきた。


     ◇


 昼になる頃には,理人はもう一つだけ試した。

 今度は水ではなく,同じ鍋から切り分けたパンを二つ用意し,一つをクウの近くへ,もう一つを離れた棚へ置いた。

「今度はパン?」

 クウが言う。

「食べ物でやらないと,宿の仕事に使えるか分からないので」

「最後に食べる?」

 ぽんたが聞く。

「状態が変じゃなければな」

「じゃあ俺,待ってる」

「仕事しろ」

「待ちながら働く」

 器用なことを言う。

 パンの場合,水ほどすぐに差は分からない。昼過ぎに触ってみても,どちらもほとんど同じだった。

 理人は少し残念に思ったが,むしろ当然でもある。

 何でもすぐ違いが出る方がおかしい。

「パンは分からないですね」

「じゃあ終わり?」

 ぽんたが期待を込めて聞く。

「夕方まで置く」

「長い!」

「お前のためにやってないから」

 ぽんたは不満そうだったが,マルタに呼ばれるとすぐ仕事へ戻っていった。


 夕方。

 夕食の仕込みが始まる前に,理人は二つのパンを回収した。

 見た目は変わらない。

 匂いも,理人には大差が分からなかった。

「クウ,嗅いでみて」

「どっちが私の近く?」

「先に言ったら意味ないので」

「分かったよ」

 クウは二つのパンを順番に嗅いだ。

 一度目では何も言わず,もう一度鼻先を近づける。

「こっちの方が,少し昨日みたいな匂い」

「昨日?」

「焼いたばかりに近い感じ」

 クウが選んだのは,自分の近くに置いてあった方だった。

「もう片方は?」

「少し乾いた匂いがするよ。ほんの少しだけ」

 理人には分からない程度の差だった。

 マルタにも見てもらう。

「触った感じなら,こっちの方が少し柔らかいね」

 やはりクウ側だった。


「乾きにくい?」

 理人が呟く。

「温度だけじゃないんですかね」

「私に聞かれても分からないよ」

 クウは困ったように耳を動かす。

「ですよね」

 水は温まりにくく,冷めにくかった。

 パンはわずかに乾きにくかったらしい。

 どちらも,クウ自身が意図して起こしたものではない。

 本人はただ,自分の近くへ森の嫌な魔力を入れないようにしていただけだ。

「それ,役に立つの?」

 ぽんたが尋ねる。

「かなり役に立つかもしれない」

「パンがちょっと柔らかいだけだぞ」

「肉でも同じならな」


 そこでマルタが反応した。

「保存かい?」

「可能性はあります」

「腐らなくなる?」

「そこまでは言ってません」

「言うと思ったよ」

 マルタは笑った。

「明日,少し肉で試す?」

「いいんですか?」

「傷んでも惜しくない端のところならね。ただし,変だと思ったらすぐやめるんだよ」

「はい」

 話が決まる。

 理人はクウを見る。

「また付き合ってもらっていい?」

「私は普通にしてればいいんでしょ?」

「今のところは」

「じゃあいいよ」

 クウはあっさり頷いた。

 自分の能力のことなのに,理人の方が熱心に調べているのが少し面白いのかもしれない。


「でも,そんなにすごいことかな」

 クウが言う。

「嫌なものを入れないようにしてるだけだよ」

「その『だけ』が,思ってたより広いのかもしれません」

「広い?」

「まだ分からないですけど」

「またそれだね」

「分かってから言います」

 クウは少し笑った。

 理人は今日の結果を頭の中で整理する。


 クウの近くでは,冷たい水が温まりにくかった。

 温かい水は冷めにくかった。

 パンは少し乾きにくかった。

 少なくとも,何かを冷やしているわけではない。

 むしろ,外から受ける影響そのものが弱くなっているように見える。

 森の異常な魔力を入れないこと。

 水の温度を変わりにくくすること。

 パンの乾燥を遅らせること。

 今はまだ,三つが同じ力によるものだとは言い切れない。

 それでも。

 別々に見えていたものが,少しずつ同じところへ集まり始めている。

 そんな気がしていた。




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