お嬢様(エリク視点)
お嬢様は今までに会ったどんな人間よりも私の心配をしてくれた。
何日もお風呂に入っていないと聞いていたお嬢様は、申し訳なさそうに身を縮こめる。だが、当時の感覚ではお風呂に入らなかったくらいなんてことはない。身近にいた大人より良い香りがした。それは、お嬢様自身の良い香り。他のどこにも存在しないお嬢様だけの香り。
そんなお嬢様の湯浴みを命じられ、高貴な少女に万が一の無礼があってはならないと、衝立の向こうから指示をくれる侍女の声に必死で耳を傾けた。
女の子の肌に触れるのも、髪に触れるのも初めて。
そんな不慣れな自分にお嬢様は「救い」だと言う。そうしてやっと終えた湯あみ。お嬢様を部屋へ連れて行くと、お嬢様が呼んだらすぐに行くようにと教えられ、隣の使用人部屋へ通される。子供にしては大きな部屋。服も既に数着用意があり、着替えるように伝えられる。着替え終えてしばらくすると。
「貴方は今日からお嬢様の世話係です。いいですね?」
と告げられた。
まだ何が何だか訳が分からないまま「はい」と返事をする。その返事しか認められないと思って。とりあえず死ななくて済んだと安堵した。
フカフカなベッド。清潔な床。クローゼットには使用人用のほつれのない服が数着。どれも夢のようだった。
「これがベッド…」
恐る恐る腰を下ろすと、身体が深く沈み込み、ふわりと体を支える。
「すごい」
そうしていると、ご飯に呼ばれ使用人の皆でご飯を食べる。一人ひとりに食器が与えられ、食べたい分を取るように言われた。「本当にいいの?」「好きなだけ食べていいの?」と何度も確認した。
「好きなだけ取ってもいいけれど、野菜も食べるんだよ?」
「うん、食べる。」
そんな私に使用人の皆は笑顔を向け、良くしてくれた。
翌日から、まずはお嬢様の遊び相手として過ごし、少しずつ従者としての心得や技術を学んでいった。
それが、とても楽しくて。
「こういうのを幸せと言うのかな」
と、思ってしまった。
お嬢様は、こんなにも恐怖に震えているというのに。
私の背中に隠れるお嬢様は、自分がいないと生活出来ない。私の幸せは、お嬢様の恐怖の上で成り立っている。
…………
それは、今も変わらない。
ふと、お嬢様が居るであろう教室の方向へ視線を向けた。今朝、お嬢様は言った。不幸な結婚をしても、密かに私と子を宿せばいいと。冗談のような響きではあった。しかし、本心も混じっているように感じ取れたそのお言葉。
お嬢様には幸せになって欲しい。
しかし、もしもお嬢様に幸せな結婚が叶わなければ、私と血を分けた子供を残す……そんな想像すらしなかった幸せが訪れるかもしれない。生涯お嬢様と我が子を従者として見守り続ける。
私の守るべき人の不幸で幸せに近づく自分。
それがどうしようもなく嫌で、どうしようもなく愛しい。
「……屋敷に戻らなければ。」
公爵様から、お嬢様を今後も支える為に…と、領地の事はもちろん、運営なども学ぶ機会を頂いている。
一息の休憩の後、急ぎ屋敷へ戻った。
一瞬芽生えてしまった夢を振り切るように。
◇ ◇ ◇




