親友の恋心
教室の重厚な扉が閉まると同時に「完璧な公爵令嬢」としての振る舞いを心がける。
エリクの胸の温もりを未練がましく思い出しながら、必死で隙のない微笑みを顔に貼り付けた。
私が教室に入ると同時に、キラキラとした瞳がこちらを見る。それはまるで多くの人形に見つめられているような錯覚に陥り背筋がゾワゾワとして気持ち悪い。皆が椅子に座り、動きを最小限にする教室は、不気味としか言いようのない空間だった。
エナを見つけると、私は彼女だけを視界に入れるようにして歩みを進める。
「ごきげんよう、ロザリアナ様」
「ごきげんよう、エナ。婚約、おめでとう……で、いいのかしら? エナ、貴方は幸せ?」
周囲に悟られぬよう手で口元を隠しながら、私は密やかに問いかけた。
貴族の義務として、心が磨り減ってしまっていないか。もしそうなら、力になりたい。本気でそう思っている。
しかし、エナは驚いたように目を見開いた後、ふわりと、春の陽だまりのような照れた笑顔を浮かべた。
「心配してくれたんだ。ありがとう、ロザリアナ様。大丈夫、幸せよ」
その笑顔に、曇りはなかった。
最初はあんなに「親の決めた結婚なんて!」と反発していたのに。その疑問が表情に出ていたのか、クスクスと笑いながら気持ちの変化を話してくれる。
「不思議なの。あんなに嫌だったのに、お話ししていると心地よくて……。ああ、この人の子なら産んでもいい、って自然と思えたのよ」
「それはとても素敵ね。」
親友の心底幸せそうな表情を見て安心する…けれど、その言葉が私の胸の奥に、さざ波のような動揺を広げた。
……この人の子なら、産んでもいい?
思い出される先ほど馬車の中で私がエリクに投げかけた言葉。「旦那様が不気味で愛せなかったら、こっそりエリクと子を宿せばいい」なんて冗談めかしたはずのあの発言。
ただ純粋に、さっさと子を残す役目を早急に終わらせたいだけの考えだった。しかし、よく考えれば子を成すのに誰でもいいなんてことはない。それはエナが語る気持ちと重なっていく…。
エナは顔を林檎のように真っ赤にして…
「初恋ってものかもしれない。」
とはにかんだ。
恋。
……初恋。
その言葉が、頭の中で何度も反芻される。
眩しすぎる世界で呼吸をすることすら苦しかった私が、求め続けた彼。
彼の「地味さ」に安らぎを感じ、彼の「体温」に縋り、彼がいない場所など耐えられないと願うこの心。
これが、恋…の可能性があるのかしら?エリクに?まさか…ね?
私は、エリクにそのような想いを抱いているというの?
そう考えた瞬間、頬に熱が集まるのを感じ、私は慌てて視線を落とした。
いえ、まだ恋と決まったわけでは…
「ねぇ、エナ?恋ってどういう気持ちなのかしら。」
エナは少し気恥ずかしそうに答えてくれる。
「恋の感じ方は人それぞれだと思う。あくまでも私の気持ちで表すなら…そうねぇ、誰よりも一番彼のそばにいたいって思ったの。私より仲のいい令嬢がいたら絶対に嫌だなぁって。あと少し触れられるだけで嬉しいの」
「ふふっ、熱いわね。」
少し触れるだけで嬉しいなんて。エリクの胸に飛び込む私はいったい…。
表面上は微笑みを浮かべるだけだが、エナの話がどんどん自分と重なっていき、謎の気持ちで溺れてしまいそうだ…。
◇ ◇ ◇




