友人からの報告
エリクのお陰で、人並みに生活を出来るようになった私は今日も学園へ向かう。
貴族は必ず通わなければならないこの場所は、私にとって試練のようなもの。
朝の眩しい光に目を細め、柔らかな風に背中を押される。乗り込んだ馬車の揺れと音は、私を憂鬱にさせる。しかし、今朝は良い知らせもあった。
「ねえ、エリク。エナに婚約者が決まったそうよ。」
「左様でございますか。」
エナも美しい見た目をしている。しかし、彼女の快活な性格やコロコロ変わる笑顔は人間味で溢れていた。居心地よく仲良くなることが出来た唯一の親友。そんな親友が幸せであることを願いながら、窓の外を流れる王都の景色に視線を投げる。
そこには忙しなく行き交う人々。皆生きていると安心する風景があった。しかし、着飾った女性がただ座っている、背の高い男性が立ち止まっている瞬間が視界に入ると背筋がぞわりと悪寒が走る。
「私にも婚約者ができるのかしら。」
世に言う「美形」は人形みたいで不気味に感じる私に。
長い睫毛。宝石のようなキラキラした大きな瞳。不自然なほど艶めく髪に、血の気を感じさせない陶器のような肌。妙に生々しく主張する赤い厚めの唇。
それらが、ふとした瞬間に動き止めたとき。脳裏には、あの日の人形の首が落ちた不気味な衝撃が鮮明に蘇ってしまう。
(……もし、私の隣に座るはずの人が、それらの特徴を持っていたら?)
想像するだけで、指先が微かに震える。
「旦那様方も、お嬢様の幸せを願い、良縁をお探しになるはずです。たとえ周囲がどれほど美しくとも、私がお嬢様の視界を調律いたしましょう」
私の従者として模範的な言葉。
落ち着いた低めの声が、波立つ心を穏やかに鎮めていく。
今、目の前にいる男は、仕立ての良い衣服を完璧に着こなし、隙のないポーカーフェイスを維持している。だが、記憶にある彼は、もっとずっと「人間臭い」生き物だと知っている。何と言っても、見た目は相変わらず地味で華がない。よく見なければ分からないけれど、頬や手にはうっすらと傷が治った跡がある。
「初めて会った時は、私の湯あみを命じられて顔を真っ赤にしていた可愛い少年だったのに。一体いつの間に、こんな完璧で隙のない従者になってしまったのかしら?」
わざとらしく溜息をつき、彼をからかう。
すると、鉄壁だったエリクの表情が、ほんの一瞬だけ困ったように動く。
「お嬢様。そのお話は、今ここでなさることではございません」
「ふふっ、つまらないわね」
「……はい、つまらない従者でございます。」
困ったように眉を少し下げるその仕草。完璧な従者の裏側に潜む、かつての少年の面影。
それこそが、この眩しすぎる世界で唯一、心から安らぎを感じる生きた人間の証。
「ねえ、エリク」
先ほどまでの弾んだ声とは違う、どこか頼りなげな響き。
エリクは即座に「はい、お嬢様」と短く落ち着いた声で応じた。
「もし、私がどこかへ嫁ぐことになったら。……その時は、貴方も嫁ぎ先まで一緒に来てくれるかしら」
貴族の家に生まれた以上、結婚とは家同士の結びつきを強める目的がある。それは、自分の「理解者」が誰もいない、見知らぬ「人形の館」へと身を投じるのと同義だ。
もし、嫁いだ先に待っている夫が、あの日の人形のように完璧すぎる美貌を持っていたら。
もし、義理の両親が、瞬き一つせずガラス玉のような瞳で自分を見つめてきたら。
自分が正気を失わずにいられる自信はまだない。
「エリクがいない場所なんて、きっと耐えられないわ」
自然と、そんな本心が溢れた。
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