恋を教えたい。
「違うわ!貴方は仕事じゃないの!私は、貴方の事を考えなくとも良い環境でありながら、貴方の事を考えたのよ!だから恋なの。」
「しかしお嬢様。私も、この地を離れてから領地をどう手中に治めるかが仕事でございました。けれどお嬢様の事も考えておりました」
「貴方は『従者』としての前提があってでしょう?私の身を案じて脅されてる立場だったからなの。この分からずや!私の繊細な恋心というものを越えて来ないでくれる?」
何を言っても私もそうだった…と返ってきそうだ。この完璧な従者の従者論には困ったものだ。私は従者じゃないのだから。
「お嬢様は今、私の心を従者の檻から引きずり出そうとしている。その意識はございますか?」
「何を言っているの?従者の檻に閉じこもって出てこようともしない引きこもりの癖に」
「それは…とても居心地が良い檻だからでございます」
そう言ったエリクは、頬杖をつき椅子に座る私の前に跪く。
「この檻にいれば、お嬢様の言うことを聞くだけで隣に存在することが叶います。恋人や夫など…離縁などもあり得る危うい関係ではございませんか」
私はまたため息が出てしまった。あたかも夫より素晴らしい存在のように言うのだから。
「従者でいる限り、お父様の都合で別の場所で働かされるのよ」
「だから私は、夫の座を手に入れたのです。夫であり従者であれば、お嬢様が心変わりしようとも従者としてお傍に仕えられます。公爵様の意向でも夫となる人物をそうそう変えることはございません」
「超理論すぎるわ」
私は頬杖をついていた手を離して、目の前で跪く彼の前髪を軽くかきあげた。その間もエリクは瞬き一つせず、ただじっと、私を見上げている。
夫という絶対的な地位を手に入れつつ、中身は従者として仕え続ける。そうすれば、私の心変わりからも、お父様の政略からも、永遠に守られた安全圏でお傍にいられる。
彼が導き出した結論は、あまりにも歪で、そしてあまりにも強固な執着にもみえる。
なぜ、それを『恋』と言ってくれないのか。
それは、本当に『恋』では無いのだろうか…。
「そんなに私の傍にいられなくなるのが怖いの?」
いつもの彼なら「従者として、主を失うことは最大の不名誉でございます」とでも、そつなく返してくるところだ。
しかし、エリクはすぐに答えなかった。
跪いた姿勢のまま、彼はゆっくりと手を伸ばす。私の膝の上に置かれていた右手に、彼の長い指先が触れた。
「お嬢様は、魅力的な方です。領民を、そして貴族たちを魅了していくでしょう。その過程で、私などよりも遥かに相応しく、お嬢様に真実の恋を囁く男が現れないとは限らないのです」
「縁談全滅した私によく言えたわね。いい度胸しているわ」
それって嫌味かしら?と鼻で笑うと、エリクは首を振り、真剣な眼差しを私に向ける。
私は繋がれた手に少しだけ力を込め、彼を見下ろした。可能な限り妖艶なお姉さんの表情をつくる。この事柄に関しては、確実に私が先輩なのだから。
「前に、マーメイドの話をしたのを覚えているかしら?」
「はい」
「私達は、まるでそれよ」
エリクは私の言葉の真意を探るように静かに待っていた。
「私達は、互いに自分の世界に引きずり込もうと企んでいるの。どちらかが引きずり込まれるだけの旅人ではないわ。私達は同類」
エリクの顎に指を添えて自分の方へ向ける。
「私が貴方を引きずり込んでやるわ。貴方の檻など飛び出したくなる私の世界に」
エリクは、そういう私の姿をただ見つめていた。




