涙の執務室
馬車を降りて、エリクは「これまでの事を、当主様に報告に参ります。」と言う。私は止まらぬ涙を流しながら「私も行くわ!」と言い張った。
お父様の執務室に訪れると、エリクは従者としての振る舞いを取り戻し、お父様と対面する。
「報告に参りました。公爵家当主様」
「あぁ、聞かせてくれ」
そこからエリクが叔父様の所へ行ってからの事が語られたが、それは簡潔なものだった。
「お屋敷に着いて暫くは、普通の従者として信頼を得る事に専念いたしました。そして家臣達に丸投げされている業務が少しずつ私に移り、最初は細かく確認を取っておりましたが、今となっては利益だけ報告するように…と。現在、運営をほぼ任されております」
「はぁ、なんてことだ」
「そして、お父上となるあのお方の思惑ですが…」
そこまで言うと何やら言い出しにくそうに私を見る。しかし、私はエリクの背中にひっついて断固として離れない姿勢を固めていた。その様子にお父様が続きを諭すような仕草をする。
「はい、あのお方の狙いはお嬢様のようです」
「はぁ?なんだと?こんなにも怖がらせて…なのか?」
エリクは頷き、話を続ける。
「怖がらせるつもりは無かった、最高のプレゼントをしてもっと触れ合う機会を求めていたそうです。」
「あの馬鹿者は!!」
お父様はイライラした態度でその話を聞いた。
「お嬢様の縁談が上手くいかないことを知ったあのお方は『卒業パーティーで恩を売り、上手く取り入ってこい。婚約を取り付け屋敷に連れてこい』と申しておりました。私がお嬢様専属の従者だったことを知っていたようで…多少は弱みを知っているだろうと」
「今回のパートナーは…エリクに現状を聞く良い機会だったからな。私も了承したが。呆れた奴だ、まったく」
私は声も出せずにエリクの背中にひっつく事しか出来なかった。お父様はエリクに確認するように言う。
「エリク、お前はまだ忠誠を誓えるな?」
「もちろんでございます」
そう言って、エリクが礼をする。
「そこで、提案いたします。あの領地に娼館を作る事を認めて頂けないでしょうか?仕込めば、色々と可能かと」
「なるほど…」
「私の見立てでは、時間はそうかかりません。娼館の運営はあのお方が進んでやることでしょう。そして…自滅いたしましょう」
何がなるほどなのか。
何やら怖い話をしている気がする。
「ぁ、あの。怖いお話なの?私はエリクに手を汚してほしくはありません」
私は分からないながらも聞けば、お父様とエリクは悪い笑みを浮かべる。
「いいえ、お嬢様。私はあくまで娼館の運営を任せるだけでございます。」
「…許可だけ、出せば良いのだな。」
「はい。」
そして更に一息ついてエリクは話を進める。
「まだ、養子縁組の提案のみでございます。褒美をチラつかせ、仕事をやらせているだけ…の可能性は大いにあります。」
「はぁ…小賢しい真似を…」
「あのお方を、更に信用させる必要がございます。なので、お嬢様との婚約を認めて頂けないでしょうか」
「ほう、ロザリアナとの婚約を望むか」
「あくまでも、書類上のでございます。……明確な成果もなく帰れば、築いた信用も崩れるでしょう。」
エリクは一度言葉を切ると、指先で自身の顎をなぞり、獲物を追い詰める猟師のような冷徹な眼差しをお父様へと向けた。
その言葉が執務室に響いた瞬間、私の心臓が大きく跳ねる。お父様は椅子の背にもたれかかり、面白そうに目を細めた。
「婚約者として報告を入れ、エリクを正式に息子として迎え入れれば、ロザリアナが手に入ると思い込ませる事ができる…。思い通りに動く駒として示し…養子縁組を確実なものとする。ということか」
「左様でございます。私が婚約を取り付けたとなれば、あの方はお嬢様が己の屋敷に訪れるのを心待ちにしながら、私への警戒を完全に解くでしょう。……心置きなく娼館の者と溺れ、破滅へ向かうはずです。そうなれば、私があの領地を治めるも同然です。公爵様の駒として」
「ならば、婚約を承認する書類を書こう…しかし、成果がでなければ…分かっているな?」
「心得ております」
エリクの声は淡々としていて、残酷な未来を提示する。
私は、彼の背中に回していた手の力を知らず知らずのうちに強めていた。
◇ ◇ ◇




