その人の計画【エリク視点】
ある日、突然書斎に呼び出された。
私は、二人きりになったその人から、値踏みするような視線を向けられていた。
「お前が優秀なのはよく分かった。お前を息子と認め、仕事をさせてはどうかと声もある。俺は楽できるし、お前は使える人間だからな。どうだ、俺がわに付かないか?まだ公爵家に忠誠が残っているだろう?」
「もちろんでございます。公爵家当主様、そして当主様に生涯仕える所存です」
「そうではない、完全に俺だけに付くのだ。養子縁組をして息子として」
養子縁組?不義の子…と信じたのだろうか。…まさか、そこまで愚か者にも見えない。仮に信じていたとして、養子縁組を行う利点は何だ。仕事なら今でも十分にやっているが…。
色々疑問は浮かぶが、ここでは一旦様子を見る。私は、酷く申し訳ない表情を作り弱々しく返事を返す。少しでも野心を見せたら終わりだ。
「私は…本当に当主様の子かも怪しい存在です。当主様のような華やかさなど持ち合わせておりません…そんな私を養子になど…」
「ははっ、本当に血の繋がりがあるか…などどうでもいい。兄上がお前を俺の『不義の子』だと言って厄介払いした…それを利用するまでだ。」
その人は、何か思い浮かべるように瞼を閉じた。
「ロザリアナは、昔から美しい少女だった…最高の贈り物を持って少し遊んでやろうと思ったのにね。出だしから失敗だよ」
「………」
「その上、だいぶ気も強いようでね。兄上に似ている」
「気高いお嬢様でございますから」
「はははっ、あの子を『気高い』で片付けるなど相当扱い慣れているのだな?ロザリアナの傍にいたのだ、弱みなど何かないのか?」
「あのお方は、完璧なご令嬢でございます」
私の言葉に、つまらなそうに頬杖をつき、もう片方の手でコツコツとデスクを叩く。使えない、と言いたげな態度を見せる。
「そう隠すな。何か…あるだろう?弱みをチラつかせ、あの子と結婚するんだ。そして屋敷に連れてこい。そうしたらあの子を共有出来るだろう?」
お嬢様を共有………何を言い出すんだ?
咄嗟に軽蔑の表情を作らなかった自分を心底褒めてやりたい気分になった。その人は更に名案を披露するように言う。
「勿論それだけではない。兄上も自分の愛娘がいるこの領地で争うなどしたくないだろう?むしろ援助を惜しまないかもしれない。私が職務を放棄しようとね。問題を放置すれば愛娘が危機にさらされるのだからな。しかし、ここの利益は俺のものだ。一生安泰。しかし、俺ではあの子を屋敷に連れてくる関係は結べない。だからお前だ。」
私の微細な変化を逃さまいと、じっと見つめているように見えるその瞳。
私がお嬢様と婚姻関係を結ぶ。
それを本気で言っているようだ。この腐った頭と提案に嫌気が差す。
「お前のような醜男を世間は評価しない。これまでだってそうだろう。しかし、このまま俺に付けば共に確固たる地位を得られるんだ。脅す事柄がないと言うなら、隙をみて既成事実でも作ってしまえばこちらのものだろう?」
「……私のような者が、既成事実を作ったところで切り捨てられ公爵家の力で揉み消されて終わりではありませんか」
「はははっ、そうでもないさ」
そう言って、その人がデスクに投げ出したのは公爵様からの推薦状だった。
「ここに兄上がお前を俺の『不義の子』だと身分を認め、寄越してきた証拠がある。そんなお前を、ただの庶民として切り捨ててみろ?永らくロザリアナの傍で仕えてた実績のあるお前と、ロザリアナの間に何かあったのだとすぐに勘づくだろう。社交界で終わりだ。」
計画を話し終え、くっくっと笑いを堪えきれない用に笑うその人。
「上手く行けば利益を山分けしてやる、そして傍に置いてやろう。」
まるで何も知らないその人の言葉。思い上がる態度にこちらまで笑いそうだ。こんな見た目だからと、どこまで低く私を見るつもりか…と感情を抑え込むのに一苦労だ。
「協力をすれば…私を息子と認めてくださるのですか?母を…、亡くなった母を認めてくださいますか?」
「ああ、もちろんだ。あの子とそれなりに関わりが深く、扱いにも慣れているお前ならきっとできるだろう。……と言っても…醜男は醜男だからな……。ここへ嫁いでくれば、あの子を愛でる隙も…」
手段として差し出されたその人の思惑は、あまりにも不潔で、反吐が出るほどに気持ちが悪い。
どうやらこの男は、私を使い、自分にとってリスクのない賭けをしたいようだ。失敗すれば、すべてを公爵家への復讐心として片付けられる。同時に、公爵家からの監視かもしれない私を処分できる。
断れば自分に忠誠心を持たないとして私への疑惑の目を強めるだろう。若しくは、そのまま命令として行かざるを得なくなるか……。
「………私を…、母を認めて下さるのであれば……何だっていたします。それが母への弔いとなりましょう」
どこまでも従順に、愛など知らぬ者のように、ただ愛を求めるように声を震わせ静かに響かせる。
お前が用意した不浄な舞台を、利用してやろう。
どうせ、ここの内政を牛耳ったところで、私はお嬢様の所へは戻れないのは分かりきっている。公爵家の駒として、この地を治めるために動き続けなければならないのだから。
しかし、お嬢様と婚姻関係を結び、この領地ごと手に入れるなら……。私はずっと、お嬢様の傍にいられる。たとえ、お嬢様が素晴らしい殿方と仲を深めていたとしても…私を拒んだとしても、私はその隣にあり続ける。
父上となる人に視線を向ければ、満足気にこちらを眺めていた。
私を信用すれば、お前の居場所など無くなるというのに。
公爵閣下に付くか、この人に付くかなど、私にとっては最初からどうでもいい。
私の天秤の皿に乗っているのは、最初からお嬢様だけだ。
そのためなら、目の前にいるこの腐った男に親としての愛を乞い、喜んで「お父様」と微笑んで見せよう。
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