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【完結】完璧な従者から自立したい!  作者: かたたな


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お嬢様にとって危険な存在。【エリク視点】


 その歓迎は実に手厚いものだった。


 用意されたのは、平民の従者である私には分不相応な、豪奢なベッドがある客間。食事も上質な料理が並び、周囲の家臣たちの手前、私を息子として丁重に、何一つ不自由のないように扱ってみせた。


 私の話を信じたから……という訳ではなさそうだ。


 しかし、どんなに疑ったとしても害することはできないし、拒めない。


 だからこそ、口先では息子として歓迎し、甘い蜜で私を 骨抜きにするか……あるいは徹底的に監視して自滅を待つことにしたのだろうか。それが、この男の選んだ戦い方なのだろう。


 そうした歓迎から、与えられる料理は従者相手にしては豪華だが、お嬢様から頂いた料理に敵うものなどなかった。



 ……



 それからは、徹底して無害で邪魔になったから追い出されただけの哀れな従者を演じ続けた。


 調べれば、お嬢様とある程度距離の近い従者だったことはすぐに分かるだろう。お屋敷の者は口を開かずとも、学園で私達を見た者から簡単に証言を得られるはずだ。


 そして、ここの当主ではなく、周囲の人間へ取り入ることにした。


 初めは本当に小さな雑用から。私に仕事を任せれば任せるほど、周囲の人間に良い影響を与え、改善される意識を植え付ける。


 愚痴が出たならこっちのものだ。


 その愚痴を丁寧に聞き、環境の改善を望む姿勢を見せつつ「貴方がたのような優秀な方たちはもっと優遇されていいはずなのですが…」と当主への不信感を滲ませる。彼らの愚痴は、自然と山ほど出てきたから簡単なものだった。


 その上で彼らに、扱いやすい人間と思い込ませる。


 次第に、労いの声もかけられるようになった。


「華がないのは致命的だが、君はとても優秀だ。公爵様は勿体ないことをしたな」

「仕事を丸投げするここの当主様とは大違いの息子だ」


 もともと当主様が家臣に丸投げしていた業務が少しずつ私に移り始めた。ここの当主のせいで多くの仕事が配分されていた彼らにとって、私の存在は秘密裏に雑務を手伝わせ楽が出来る道具。


 おそらく、彼らはこう考えているだろう。「哀れな醜男を自分が上手く使ってやろう」と。他の者も、私に仕事を手伝わせているなど思いもしない。


 私の容姿を馬鹿にし、憐れみながら自分に従う便利な存在として認識が深まる。そしてジワジワと核心的なものへと近づいていった。



 今の環境は地獄だ。



 常に仕事をこなし、睡眠時間を削り、成果は彼らのものとして奪われていく。それを成し遂げては彼らに蔑まれる。何も良いことはない。


 しかし、地獄であればあるほど実感する。


 お嬢様がどれほど美しい輝きだったかを。


「ははっ」


 皆が寝静まる時間に、豪華な部屋に籠り山積みになった仕事に取り組む。ああ、苦しい。辛い。私の容姿と比べ、優越感に浸る人物しかいないこの場所で、普通の人間なら潰れていただろう。


 しかし、容姿について言われる度にお嬢様を思い出す。


『貴方はなかなか端正な顔立ちをしているわ』


 そう言って私の頬を優しくなでるお嬢様。私の目の前で容姿を馬鹿にする彼らには到底与えられない喜びを私は知っている。



 私だけが得られるその輝き。



 離れる今も、お嬢様の言葉に救われていた。お嬢様は意図せず私の傷を癒してゆく唯一の存在。


 商会で下働きをしていた頃。主の残飯…しかも他の大人が取っていった残りしか与えられなかった。


 しかし、お嬢様は、よりにもよって自身の大好物を目の前にして大きく切った肉を差し出してきた。それは上品な大きさではなく、口いっぱいに頬張る大きさ…なのに噛むのにそんなに力のいらない肉だった。その味と、嬉しそうに私へ向ける表情が忘れられない。お嬢様自ら使ったカトラリーで与えられたそれに、嫌悪感等一切なかった。


 そして、私の口に触れたそれを、当たり前のように使い自らも美味しそうに料理を頬張る。あれは、信じられない光景だった。


 もしかすると、お嬢様は私のことを自身の一部のようにお考えなのかもしれない。それほど長い期間を傍で過ごしてきたものだから。


 温かい湯の中から、お嬢様がマーメイドのように私へ手を差し伸べた時。このまま導かれ、息を吸うことを忘れてしまえば……その湯に溶けてお嬢様と永遠に共にずっといられるのではないか……と夢をみてしまった。


 あの時は、バカな事をしたと思う。


 改めて、私達は全く違う存在なのだと実感するだけだった。


 そんなほんの少しの夢から覚めたというのに、お嬢様は無邪気に私の全てに触れようとする。これも夢なのかと現実と夢の区別がつかなくなったかと困惑した。


 昔から、私に好んで触れようとする人はいない。お嬢様も気まぐれに触れる程度だと思っていた。


 その考えが湯殿で洗われた時、変化した。


 お嬢様の手つきは優しいものだった。大切な宝物でも磨くように痛くないか確認しながら進める。


 傷が消えるように願ってくれる。


 お嬢様は、誰よりも私を大切に思ってくれているような錯覚。


「望まぬ結婚をするくらいなら、私と共に逃げましょう。」そう囁けば「それもいいわね」と言って、共にいられるのではないかと考えてしまった。


 それは、お嬢様にとって悪魔の囁きだ。


 考えてしまえば、その言葉が頭から離れなかった。私は、お嬢様にとって悪魔にも等しい存在へと変化したのだと理解した。


 だから、必死で悪魔と悟られぬように、少しでも永くお傍に仕えられるように離れるのに、お嬢様はそれを許してはくれない。悲しそうな視線を向けてくる。


 私を危険だと知らない彼女を、このまま騙してしまえたならどんなに良いだろう。共に地獄へ堕ちようと囁けたなら…。


 

 そう考えると、今ある地獄のような生活も、本来あるべき場所にいるだけのようにも思えてくる。不思議だ。


 しかし、あるべき場所でゆっくりもしてられない。…早くお嬢様の元へ戻らなければ、とペンに力を込めた。


 美しいお嬢様のことだ…すぐに惚れ込んで求婚する者が現れるだろう。完璧な容姿を恐れる今は良い。しかし、お嬢様がそれに慣れてしまえば相手が決まるのも時間の問題だ。


 私の知らない殿方に、私の知らない輝きを向ける。それを想像するとギリギリとペンが軋む。



 早くしなければ、お嬢様が自立してしまう。




◇ ◇ ◇


 

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