父上となる人の元へ。(エリク視点)
ロザリアナお嬢様と、品物を交換した翌日の朝。
出立前に執務室に呼ばれると、従順な存在としてそこへ足を踏み入れる。
私はただ、その言葉を待った。
「あの放蕩者の弟が、お前を即座に『身元不明の偽物』として拒めば、私はそれを本家への反逆とみなし、即座に領地を没収する。お前の身体に傷を付けるような手出しをしても同様だ。……あいつが、そんな短気を起こせば手っ取り早いのだがな。」
閣下は僅かに口元を歪めた。だが、すぐにその笑みを消す。
「あいつも、そこまで愚かではない。今ある利益のために、必ずお前を受け入れる。」
ここから、私を試すように言葉を継いだ。
「あの土地でどう実権を握るか、すべてはお前次第だ。何の権利も得なければ弟のところでただの従者として生涯働くことになるだろう。その場合でも情報を定期的に送ってもらうが……」
言いたいことは分かっている。人質は、お屋敷に残された私の主。私が無能であればあるほど、お嬢様は衰弱し、私の知らない誰かとの結婚へ向けて進んでいく。何かしらの権利を得なければ、私はただお嬢様を見殺しにする可能性すらある。自ら『大丈夫だ』と主張するからには、きっと最大限の努力をなさるおつもりだろう…。しかし、肉体的に維持できたとしても精神的にどうなるか分からない。
「……御意に。すべては、我が主のために」
私は深く一礼し、静かに執務室を退室した。胸の内ポケットにお嬢様から託されたリボンの存在をしっかりと、何度も確認を行った。
お嬢様の見送りなどはもちろん無い。柔らかな風と、太陽の日差しを気にしながら、お嬢様のいるはずの部屋へと視線を向けた。
「お嬢様、必ず戻って参ります」
深く一礼すると、閉まりきったその窓のカーテンが揺れたような気がした。それは私の見間違いかもしれない…願望がそう見せただけだろう。
それでも、私は嬉しかった。
…
馬車に揺られて到着した屋敷は、本家である公爵邸とは違い、無駄に華美な空気が漂っていた。馬車から眺める景色も、豊かさが一目見て分かる。自然に恵まれ、物流も盛んのようだ。
出迎えた使用人に案内され、表向きの『父親』となる男の元へと連れて行かれた。彼は、私を見るなり大げさに両手を広げて胡散臭い笑顔を見せる。公爵様に似ているが、その佇まいにはどこか精神的な幼さを感じる。
「おお、お前が兄上の推薦してくれた従者か。俺の可愛い息子、 よくぞ無事で来てくれた!」
その人物は、満面の笑みで私を抱きしめたが、その瞳は笑っていない。この面を見て『可愛い』と口走るなど、どこまでも軽いのだろう。
「突然、息子などと言われ困惑したことでしょう。出自を明かす日が訪れるなど無いと思っておりました」
視線を下げてしおらしく言う。
「それは、おかしな話だ。こうして俺の元に来たと言うのに。」
その人は、私の粗を探すように唇を歪める。早速ボロでも出したか?と言いたげだ。
「当主様は…きっと、私を『公爵様からの監視』か、それに近い存在だとお思いでしょう。しかし、実態はただの厄介払いにございます。」
「厄介払いだと?わざわざ俺の元にか。」
「左様でございます…」
その人が、続きの物語を持つように腕を組む。私は、事前に考えた物語を話した。
「母は、当主様の子だからきっと受け入れてもらえる…と、恐れ多くも公爵様のお屋敷に私を連れて行きました。ここで使用人となればきっと血の繋がる父上、当主様に見つけて貰えると」
「それで何故、わざわざ兄上の屋敷で使用人になると言うのだ…私の元へ最初に交渉へ来るのが道理だろう?」
「母は、私を身籠った際、こちらへ訪れたそうです。しかし、話もろくに聞かず使用人に追い返された…と」
公爵様は言っていた。
この人が、婚姻など面倒な貴族ではなく娼婦や庶民にばかり手を出していた。その結果、弟の子だと虚偽の発言をして恩恵を受けようとする者が次々と現れて使用人の対応が激務だった事がある…と。この話を利用するのは打ち合わせ通りだ。
「私が生まれ、生活が困難になった母は、次は公爵家に話を聞いて貰えないかと、無謀にも訪れたそうです。当時の私は母の執着に付き合う外ありませんでした」
「へぇ?」
「すると、お嬢様には何か…トラウマがあったようでございます。人形に似ても似つかない……華も無ければ見栄えもしない私のような容姿だからこそ、お傍にお仕えさせて頂く事が許された……と聞いております」
そう言って、その人に視線を向けた。彼は気まずそうに顎をなでる。トラウマを植え付けた本人なのだから、思うところがあるのだろう。
「しかし、これから縁談も舞い込む令嬢の傍に、私のような愚男が信頼を得てお傍にいては足を引っ張るどころの話ではございません…」
「――ははっ! なるほどな! 兄上のことだ、ロザリアナの結婚の邪魔になるようなものは、たとえ長年仕えた犬であっても一瞬で叩き出すはずだ。ましてやこの容姿じゃな!」
その人は、可笑しそうに笑った。
「それで、何年も尽くして厄介払いとは。容姿に恵まれていれば、まだ希望があっただろうが…兄上はつくづく公爵家当主様だな!よし、部屋に案内してやれ」
そう言って、その人は楽しそうに笑いながら使用人に部屋の案内を命じた。ほんの少し警戒が薄れたように見える。
私の容姿は醜い……。
故に、彼らは勝手に隙を見せる。
◇ ◇ ◇




