ベッドで一人悶える。
その夜。
自室の天蓋付きベッドに横たわった私は、手元にある白手袋を胸に抱きしめ寝返りを打った。
「ああ、もう……!」
シーツを掴み、枕に顔を押し付けて声を殺したまま、子供のように足をバタつかせる。
孤児院で見つけた安らぎ。自立に成功したという確信。それらが全て、たった一人の従者の記憶によって塗りつぶされていく。どれだけ周りに別の「香り」や「地味」を集めても、心の中心にある乾きが全く癒えない。
四六時中その顔を思い浮かべるなんて。
これじゃあ、まるで、私がエリクに……。
「……ありえないわ……馬鹿げてる」
脳裏に浮かびかけたその不穏な二文字を、私は全力で打ち消した。あまりの恥ずかしさと恐ろしさに、顔がカッと熱くなる。思わずベッドの上で身をよじり、長い髪を振り乱しながら転がった。
あり得ない。あってはならないことだ。
私は最高位貴族である公爵家の令嬢。対するエリクは、どこまでいっても庶民。
この国において、その身分差は決して越えられない絶対の壁だ。恋だの愛だのと浮ついた感情を抱いたところで、彼と結ばれる未来など万に一つも存在しない。
実は貴族…なんて物語はここに存在しない。
それは、私とお父様がよく理解している。エリクは出生の記録すら残されないほど、貧困に陥った庶民の家の者。だからこそ、その出自を利用して叔父の元へエリクを向かわせた。
「……これ以上、考えてはダメよ。」
お父様は、私達が恋仲になるなど許さないだろう。
これ以上彼を求めれば、破滅の道しか用意されていない。
まさか、今、私たちを引き離したのも……?考えれば考えるほど気持ちは重くなる。
私は、仰向けになって冷たい天井を見つめた。どくどくと波打つ心臓の音を鎮めるように、深く、長く息を吐き出す。湧き上がりそうになる感情に無理やり重い蓋をして、心の奥底へ力任せに押し込めた。
縁談が全滅している可哀想な公爵令嬢が、脳内お花畑な恋を夢見るなんて滑稽にも程がある。
私はただ、優秀な従者を失って、一時的に情緒が不安定になっているだけ。そうに決まっている。
「…………でも………想像するだけなら……罪にはならないわよね?」
私はそっと目を閉じ、都合の良い想像をしてみる。どこまでも生真面目で、私の一歩後ろに控えていたエリクが、もしも恋人という対等な関係になったなら、一体どんな表情を私に向けるのだろう。
きっと、いつもの表情を少しだけ崩して。
「こうして……触れてくれるのかしら……」
考えながら、胸に抱いていた白手袋をそっと自分の頭へと載せ、髪のラインをなぞるように動かしてみる。布越しだというのに、まるで本当にエリクの大きな手に優しく撫でられているような錯覚に陥った。
『可愛い私のロザリアナ』
なんて、甘い台詞を脳内で再生させてみる。絶対言わないわね……と思うけれど、それだけのことで気恥ずかしさが押し寄せた。
熱くなった頬を自覚しながらも目を開け、今度は手元に残ったもう片方の手袋を見つめる。
彼は…この手袋のどこへ口づけをしていただろう?……と探した。
「確かあの時、こう手袋を取って…こう持ってたかしら?そしてこの辺りに……」
記憶を頼りに、その場所を探り当てる。そして、ただ白いだけのその場所を眺める。
「ここに、私がキスをしたら…」
そう想像すると、それはまるでエリクとキスをしたも同然ではなかろうか。
「………破廉恥だわ」
白手袋を頭に載せる滑稽な自分の存在を一人恥じる。
「これも、エリクのせいよ…まったく。」
家族には絶対に見せられないこの姿。
急に訪れた虚無感。
「……早く戻ってきなさいよ、エリク。私がおかしくなってしまうわ」
呟くけれど、叔父様の信頼を勝ち取り内政を操作するのは難しい事だ。そう早くは戻れないことは分かっているつもり…。
胸元の白手袋をぎゅっと握りしめる。
変な妄想をしてしまった罪悪感を彼のせいにして、私はその手袋を胸に抱いて眠った。
◇ ◇ ◇




