思い出すのは。
まずは、お風呂の新設。
清潔で優しい香りは大切だ。臭ければ私が心を癒やしに来れない。臭いのは嫌だもの。
多くの子供達を一気に入れられるように大きなお風呂を新設したいわね…。
「この子たちのお風呂は、いつもどうしているの?臭いわ」
「お風呂は5日に1回、湯を溜めて順番に入ります。それ以外では各々で井戸の水をかぶり布で肌を拭きます」
「それは、全ての子供がそうなのかしら?」
「………申し訳ございません。お風呂を嫌がる者もいて…その際入らない者も…」
視線を気まずそうに漂わせる特待生。隣の女の子も困り顔だ。
「そう、臭いのも納得ね」
そうして、周囲を歩く度に臭い一部の子供達へ視線を向けた。彼らは、あんなにも活発に遊び回っているのに風呂に入りたがらない…ということね。
ならいっそ、遊んでたら体が綺麗になっていた……というお風呂を新設するのはどうだろうか。臭い子供達が、進んでお風呂に入ってくれるように。
そんな事を、業者に話してみた。
何のアイディアも無いけれど、プロがなんとかするだろうと考えて。すると、その丸投げで夢が膨らんだ様子の担当者。
彼らに残る童心をくすぐったのか、今までにない遊べるお風呂の設計が勝手に仕上がっていった。
なんと言っても公爵家の資金で作られるのだ。やりたい放題と言うのはこのこと。
すると、建設中にも関わらず遊具のあるお風呂が出来ると話題になった。
「私達も利用は出来ないの?」
「俺らもぜひ入りたいな」
そんな街の人の声に、孤児院の院長は目をつけた。一般開放の時間を作り利用料金を取れば食費の足しになると言い出す。
他人の援助で利益出そうとするとはいい度胸をしている。しかし、子供達も掃除なら出来るだろう。労働を学ぶ機会として良いのかも知れない。
有益な支援ね!と、勝手に出来上がった産物に胸を張った。
発案から3カ月と少し。
公爵家の潤沢な支援のもと大量の職人が呼び寄せられ、お風呂が完成された。訪れてみれば、まだ湯の張ってないお風呂に子供達は大興奮で冒険するように見て回る。
「昼間は、薪の節約のために水を、夕方から薪を使い、こちらの一角だけ湯を溜めての営業を考えております」
院長が指さしたのは、大人が並んで10人ほど入れそうな遊具のない箇所。子供達や大人がバシャバシャ遊ぶエリアではない落ち着いてはいれるそこは、水で遊んだ後に体を温めて帰ろう…となる場所になるのだろう。施設長のその発言に、少しでも多く利益を出そうとする魂胆が見えた。
「いい性格をしているわね」
しかし、お風呂を作って終わりではない。
私が施設で子供達に文字の読み書きを教えたり、本を読み聞かせる事を提案した。これはもちろん私の為。地味な子供達を呼び寄せる作戦だ。やんちゃな子供達の遊びに付き合うなど体力が持たない……。その上、そうした子は臭い者が多かった。落ち着きのある上昇志向の子供達の相手ならしてもいい。
そうとなれば、勉強を餌に子供達を呼び寄せれば、自ずと集まるのは落ち着きある子供達だろうと考えた。
完璧な計画だわ!とつい頬が緩む。
しかし、私という存在があまりにも珍しかったのだろう。皆で私のやる事に参加したがる。終わると「遊んで?」と言わんばかりの瞳でこちらを見るのだ。だから「1回だけ」と遊びに付き合ってあげる。それでも、子供達の1回が1回で終わるはずもない。「貴方たちが臭くなくなったらもっと遊んであげてもいいわ、またね」と最初は追っ払っていた。
お風呂ができてもまだ臭い者は臭い。しかしどうだろう。私があまりにもそういうものだから臭い子供が徐々に減っていった。
子どもたちにとって、それだけ遊んでくれる大人は貴重なのだろう。そうなれば多少多めに遊んであげてもいい。
そうして過ごしていたある日。
気まぐれに、一人の少女を抱きかかえた。その香りは石鹸とお日様の香りで懐かしさを覚える素晴らしいもの。まるでエリクのように。
「貴方、とても良い香りだわ」
そう言って抱きしめると、その子供は飢えた何かを満たすようにギュッと力を込める。それを見て、他の子供達も「やってやって!」と言い出した。
「この子のように、石鹸の優しい香りがする子だけよ」
そう言って追い払う。そうしたら日に日に子供達皆が石鹸の香りになっていった。綺麗好きなその少女が、皆に得意げに洗い方を教えて回っているらしい。
はぁ、ここは天国?
私の周りに、幼い頃のエリクみたいな子たちが自ら集まってくる。
それでも、汗っかきで乱暴な子供はそんな施設でも勿論いる。私に体当たりしようと試みる子供に対しては、護衛に押し付けた。
「ずるい!お嬢様はオレの事が嫌いなんだ!」
その男の子は孤独を滲ませ、同情を得ようとするように叫ぶ。しかし、それだけで同情する私ではない。
「野蛮な男は皆嫌いよ。相手して欲しいなら紳士になりなさい。」
護衛に抱えられる隙間からワンワン言う子にそう言えば、首を傾げて「紳士って何?」と言う。
「貴方を捕まえるその騎士達は最高の紳士よ。彼らを超えるつもりで努力なさい。そうしたら認めてあげる」
まぁ、無理だろうけど。
なんて言ったって公爵家の護衛騎士だ。並大抵の努力では彼らを超える事なんて出来ない。
それなのに、やんちゃなその子達は私が訪れると護衛騎士の後ろに着いて真似し始めた。小さな彼らが騎士の真似をするのはとても可愛らしい。
「あら、こんな紳士な騎士様がいたのね。今後も期待しているわ」
抱っこまではしないが、そう言えば誇らしそうに胸を張る。ここは、まるで小さな王国のようだ。ついでにお風呂に入ってもらおうと「上から水が落ちてくる場所は修行になるわ」と誘導した。それはお風呂場の丸洗いスポット。男の子達は「修行だー!」と競うように小さな滝があるお風呂へ向かうそうだ。
「チョロいわ」と考えていると、そんな姿に私ではなく護衛騎士達が絆されていた。訪れた時は、彼らに紳士として、騎士としての心得を教える。
そんな場所へ、街の子共達やその親もお風呂の利用ついでに集まってきたのだ。
規模はどんどん大きくなっていった。
人が増えれば、私の苦手なキラキラした人物も増える。だけれど私の周りには地味で優しい香りの孤児達がいた。
エリクほどではないけれど、ここは間違いなく私の心が休まる場所。
私は自立に成功したわ!と、お父様にも報告を済ませた。お父様は「自立ではなく別の依存先を見つけただけではないのか?」と難しい表情をしていたけど気にしない。
それなのに…
子供たちの汚れた袖を直してやるときも、質素なスープを共に飲むときも、ふとした瞬間に考えるのは彼のことだった。
私は、エリクの代わりが出来ても彼を思い出すのね。
溜息をつくと、いつまでも主人の自立を妨げる従者の事を考えた。
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