もう一つの安らぎ。
ある日、この群れの始まりとなった特待生が、震える手を握りしめながら私の前に跪いた。突然何なんだと視線を向けると、恐縮しながらもこう口にした。
「公爵令嬢様……厚かましいお願いだとは存じております。ですが、もしよろしければ……、私が育った孤児院を一度見に来てはいただけないでしょうか。そこには、学ぶ意欲はあっても、明日のパンさえままならない子供たちが大勢いるのです。……援助を、ご検討いただけないでしょうか」
「孤児院?貴方、孤児院からこの学園に入学出来たというの?」
「は、はい。本が好きで院長の教えもあり……。」
彼は、孤児院の出だと言うのに特待生としてこの学園に入学できるほどの知識を蓄えたというの?それは…どのような環境なのかしら。
「良いわ、今日、放課後にでも行ってみましょう」
「きょ、今日でございますか?」
「ええ、何か取り繕われても援助に値するか判断しかねるもの」
少しの好奇心からそう告げると周囲がざわついた。援助とかしなさそうだと思われていたのね。失礼よ。
私はその日、学園が終わると真っ先に護衛を連れてその施設を訪れた。
馬車を降りた瞬間、土や草木の香りに包まれて呼吸が楽になるのを感じる。そして、その光景に目を見張った。
「まぁ……なんて質素なのかしら」
思わず零れた言葉は、嫌味ではなく純粋な感動だった。
そこには、街ゆく人々よりも更に地味に生きる者たち。輝きの無い容姿の子供達の姿だった。しかし、生き生きと遊び、勉強に励んでいるように見える。そんな彼らの住む施設の壁は剥げ、屋根は継ぎ接ぎだらけ。
子供たちは、汚れが蓄積された粗末な服を着て、くすんだ色の髪を揺らしながら、こちらに気が付くとおどおどと私を見上げる。
まるで、幼い頃のエリクがいっぱいいるみたい。
「可愛い……」
足を踏み出すと、子供達がこちらを見る。それと同時に、私はハンカチを取り出すと鼻を押さえた。
「まずはお風呂…衛生面から整えなくてはね。」
そう呟くと、特待生の男子生徒はパッと表情を明るくしたのが分かった。そのまま特待生は走って施設の中へ駆け込んでいく。その先には美しい少女が施設の手伝いをしていたようで、顔を出した。特待生はその少女に援助の可能性を嬉しそうに話している事だろう。
美しい少女と特待生の喜び合う姿を見て、思わずにはいられない。
裏でやりなさい!と。
きっと、彼が将来的に成功を収め、施設の建て直しをして、2人で協力してもっと施設を豊かにしていくのだろう。そんな彼らは後に結婚をして幸せに暮らす…。
それまでの時間稼ぎを私にさせようと言う事よね?これだから脳内お花畑の恋人達は嫌いよ。
しかし、私の元に1人の幼い少年がやってきて、制服のスカートを握る。
そして
「お嬢様?本物のお嬢様なの?」
「あら、礼儀がなってないわね。女性のスカートに気安く触れるなんて無礼にも程があるわ」
お花畑な2人がピシリと固まった気がする。いい気味だわ。それでも私の気持ちは言葉とは裏腹に高まっていく。私をお嬢様と言い、真っ直ぐこちらを見る瞳がとても懐かしいそれに見えたからだ。
やがて、美しい少女と手を繋いで戻ってきた特待生。その手を離して聞く姿勢を整えなさいな?と言いたい気持ちをのみ込んで彼らに話をする。
「援助方法を、私に任せてくれるなら可能な範囲で支援いたしましょう。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
そうして手を握り喜び合う2人。いい加減手を離しなさい。縁談全滅している私が可哀想だと思わないの?とは言え…それでも私はここに価値を見いだしている。
第二の安らぎという価値を。
◇ ◇ ◇




