人助け。
中庭に飛び出した私は、生徒たちの背中に声を掛けた。今出せる、一番大きな声で。
「あなた達、何をしているの」
私の鋭い声が中庭に響き渡り、足を振り上げていた男子生徒たちが凍りついたように動きを止めた。彼らは私の顔を見るなり、怯えるように後退る。
公爵家の権力とは、それほどの威力を発揮する。
「私の目の前で、これほどの醜態を晒すのには相応の理由があるのでしょうね」
「…………コイツは試験で不正したに決まっているんです!」
「そう、その証拠はあるのかしら。私もぜひ見たいわ」
何も言えなくなったその男子生徒。疲れたからゆっくり歩いて彼に近寄ると「ひっ」と小さな声を上げて去っていった。最近の私の目つきは怖いらしいから…だいぶ迫力が出てしまったようだ。
「近づいただけで逃げるなんて失礼な人だわ。どこの家の者かしら」
私は泥だらけで倒れていた男子生徒に歩み寄り、そっと手を差し伸べる。彼は庶民でありながら、知能を認められて特待生として入学した生徒のようだ。特待生のバッジが上着に付いていたから分かる。そして家柄を示すバッジが無い。それが庶民の証拠だ。
彼を助け起こすと、事の成り行きを木陰や校舎の陰から見ていた生徒が徐々に出てきた。彼らは傷ついた少年を心配し、同時に何かを恐れるような目で見つめている。酷く疲れているからため息が出る。しかし、そのため息一つで震え上がる目の前の特待生。
本当に失礼だわ。
「助けたのに、お礼も言えないのかしら?」
「はっ、ぅ、ぁ、ありがとうございました。」
「そうよ、礼儀はしっかり身に付けなさい。貴方みたいな立場の人間なら尚更よ。」
エリクがそうだった。庶民でありながら、屋敷の執事や従者から学び、私の専属として恥じぬ従者となった。この賢いはずの特待生ですらこうなのだ。エリクはとても努力したのだろうと思う。
特待生の彼の手を引っ張り上げれば、怯えた…けれど必死に生きる「人間」の瞳が見えた。特待生の彼は、わりと見れる見た目をしている。彼の持つ色は華やかなのだけど、庶民だから艶がないというか…。寝癖なども人間らしい。今は土に汚れているから尚更だ。
「……困ったことがあれば、私の傍へ来なさい。私の側なら、あんな不届き者は寄り付きもしないもの。その本も、私のを貸してあげる。」
「え、そんな」
「下級生の本など、もう使わないわ。気まぐれで置いておくよりもずっといいもの。それとも、私の善意を受け取れないと言うの?」
私の言葉に信じられない物を見たように驚き、目に涙が浮かんでいた。これくらいどうってことないというのに…。それとも、ただ私が怖いだけかしら?と思いながら特に何も言わず汚れた品を確認し、約束を取り付けてから別れた。
それからというもの、私の周囲には不思議な光景が広がるようになった。華やかな高位貴族の輪から離れた場所に座る私を、身分の低い生徒や、家柄の弱い令嬢たちが側に来て勉強や雑談をするようになった。
そんな彼らに声をかけるでもなく、何かをさせるでもない。私はずっと本を読んでいた。
最近は、本に視線を落として時間になれば教室に戻ることで一日を乗り切っている。本を理由にすれば、話しかけられる事もなく、人が視界に入ることもないと気がついたから。
時折、周囲の雑音に耳を傾け、何やら不穏な会話が聞こえればそちらに視線を向ける。それだけで難癖をつけた相手は縮こまって退散していく。
どんだけ私が怖いのよ。
それなのに、集まる身分の低い者たちが丁寧に挨拶をしに訪れるようになった。今の私に、関わらないでほしいのに。
「ご、ごきげんよう!」
「………」
視線を上げれば、震えながら…しかし、何か希望を持ったような眼差しを向けてくる。私に取り入れば、何か恩恵があるだろうと狙っているのだろうか。
「貴方、礼の所作が下手ね。到底格上に挨拶できるそれではないわ」
そう言えば、彼女は酷く絶望したように表情が強張りカタカタと震え出した。彼女は何を期待して話しかけてきたのだろう。私のことを優しいと勘違いしたのだろうか。私に彼らに優しくする利点など無いというのに。
息を吐き立ち上がる。
彼女に下手な礼をされたままでは癪だから、格上への挨拶をやり直させようと考えた。
◇ ◇ ◇




