叔父様?からの報告書。
エリクが叔父様の領地へと向かって一ヶ月と少し経った頃。お父様の元に、叔父様から報告書が届いた。いつもは、お父様が叔父様に「毎月報告書を送りなさい」と催促するのに、一年に一回しかやってこない報告書。
それが来たと言う。
私は、エリクの状況が気になり、お父様の執務室へついていった。そしてお父様は、報告書に目を通してから何か馬鹿にしたような微笑みを浮かべる。
「ふん。アイツはやはり馬鹿だな」
お父様は、叔父様からの手紙を放り出すと、呆れたように鼻で笑った。私はその報告書を見ていいかお父様に目配せすると、頷いてくれる。
内容を要約すると、領地の現状報告と「我が子を匿い、ここまで優秀に育ててくれてありがとう。しっかりと職務を全うしている」と言うことが書かれていた。
「お父様……この字は…」
「そうだ、癖を似せているがエリクの字だろう。自分の字に似せさせるところが滑稽だな。これで自分がしっかり仕事をしていると勘違いするとでも思っているのか…」
私は、その見慣れた字を指で撫でる。
それは、エリクが叔父様の領地で上手くやっている証拠だ。その触れた指先から少しだけ温かい気持ちが広がる。
「弟は、エリクに仕事を丸投げしているようだな。内政を把握し、上手くやっているようだ」
「なんて恐ろしいの…エリクったら。」
呟くと、お父様が何やら楽しそうに笑う。
エリクには、公爵家当主の推薦状と、20年ほど前に叔父様が遊び歩いていた街の娼婦の姿絵を持たせたそうだ。顔立ちはエリクに似ていて、華やかにしたような女性らしい。それならきっと美しい女性だったのだろう。
エリクは華やかさがないだけで、端正な顔立ちをしているもの。
「順調に見える時こそ注意が必要だ。エリクがこうして報告書を纏めるほど内政を理解し、仕事を任されている。…それだけならいい。エリクを受け入れたと見せかけて、何か企んでいる可能性もある。」
もし、叔父様が何かを企んでいたなら…エリクは大丈夫なのだろうか。私は、自分へ訪れるかも知れない災いより、エリクが不当な扱いを受けないかが心配でならなかった。
「お父様、エリクは…大丈夫なのでしょうか」
「心配いらない、身の危険を感じれば、我が直轄領へ逃げ込めと命じてある」
「そう、ですか」
叔父様の領地は、豊だが広くはない。そしてお父様の領地に囲まれている。安全は保証されているのだと安心した。
「ロザリアナ、お前は大丈夫か?案の定、体調を崩しているようだが。」
ギクリとした心を隠しながら、私は気合を入れてお父様の目を見た。
「問題ありませんわ。食事もしっかりとっておりますし…。縁談は……少し…間が悪いだけですの」
「それならいいが。」
エリクは戦っている。
ならば主である私も、彼に恥じぬよう気高くあらねばならない。
……けれど。
私の現実は、そう甘くは無かった。
気合を入れたはずの私は、今日も学園の誰もいない空き教室へと駆け込んでいた。
「はぁっ、はぁ……っ」
窓から見える景色は、恨めしいほどに突き抜けた快晴だ。遠くから聞こえる生徒たちの楽しげな笑い声が、ささくれ立った私の心を逆撫でする。
独りきりの教室で、私はエリクの白手袋を握りしめ、必死に呼吸を整えていた。
「エリク…」
誰もいないこの空間で、彼の名を口にすれば…彼が後ろに控えていた時を少し思い出せる。
それでも、もう忘れてしまいそうな感覚だ。それが更に胸を締め付けた。
「はぁ、貴方はこんな私を見たら何というのかしらね。」
今日は十分頑張りました、心置きなく私の胸に…とか言って私の独り立ちを妨害するのよ…貴方は。
そう考えると、少し笑ってしまう。
ふと、窓の下の中庭に目が留まる。
そこでは数人の男子生徒が、一人の小柄な下級生を囲んでいた。そして、下級生の背中を思い切り蹴飛ばす。
「!!」
下級生が泥の中に転がり、拾おうとした本をさらに踏みつけられる。その光景が、あの日、泥の中で蹴飛ばされていた幼いエリクの姿と重なった。
気づいた時には、私は自分の体調不良も、令嬢としての慎みも忘れ、階段を駆け下りていった。
◇ ◇ ◇




