エリクの為に見せる根性
翌日。
私は、エリクの出立に立ち会うことが出来なかった。エリクが離れて行ってしまう現実を実感してしまうから。
自室のカーテン越しに、彼が旅立つであろうその場所をただ眺め、その布を握りしめた。
目を閉じ「行かないで」と心で何回も叫びながらカーテンを掴む手に力を込める。本心が口から出ないように、そうしてなんとかやり過ごした。
すると馬車の音が遠くで響き、屋敷から離れてゆく。
…
本当に………もう……
コンコンッ
「!?」
「ロザリアナお嬢様。新しい担当の紹介とご挨拶に伺いました」
扉のノック音に何故か少しの期待を抱き、壊される。
「入りなさい」
「失礼いたします」
お父様が新たに選んだ腕利きの侍女と従者たちが部屋へ静かに入ってきた。人前に出るような身支度は、侍女の力を借りるしかない。公爵令嬢として半端な身支度では出られないから。
早速、私は気合を入れる。けれど極力彼女たちから視線を逸らし、服の黒い布地や白いエプロンに視線を固定させる。そんな視線を気にすることなく、テキパキと私を立派な公爵令嬢へと整えてゆく。
鏡の中に完成したのは、一点の曇りもない完璧な女性の姿。私にとっては、不気味なほど華やかさに仕上がっていた。エリクが結うよりも更に技術が高いと一目で理解できる。
「………見事ね」
「ありがとうございます、お嬢様」
精一杯褒めたが、表情を柔らかくは出来なかった。それが不満と捉えられたのか従者達の表情も硬い。そして、その硬い表情が更に人間味を消してしまう。
ああ…本当に嫌だわ……。
そうしていると、学園に着いた時には既に疲弊していた。
「ロザリアナ様、今日の髪飾りも素敵ね。」
「ええ、ありがとう」
微笑む親友のエナ。前までまだ大丈夫だったのに、美しい見た目にぞわりとする。
周囲に溢れる、整いすぎた容姿、強すぎる香水の匂い……自身の美しさを理解している澄ました表情……気取った仕草。どれも人形みたいで気味が悪い。
笑顔を作れなくとも、淑女としての姿勢は崩さずにいられた。けれど、内側では心臓が悲鳴を上げていた。
エリク……エリク……
何度も喉元まで出かかったその名を飲み込み続け、ようやく一日の学園生活を終える。帰宅したとき、私の精神は限界だった。彼が居た時は、もっと余裕があったはずなのに…。
「今日はもう、一人になりたいわ。 下がっていて」
「ですが、お嬢様。これから」
「一人にして…」
自室の扉の前、控えていた従者たちに、拒絶に近い冷たい声を投げてしまった。私を気遣う彼らに何の不手際もないのに。嫌な主だわ…。
彼らが完璧な一礼をして立ち去るのを待たず、私は部屋に飛び込み、内側から鍵をかけた。
「……っ、はあ、はあ……」
扉に背を預け、そのまま床に崩れ落ちる。
部屋の中はしんと静まり返っている。いつもならエリクが絶妙なタイミングで淹れてくれる紅茶の香りも、飛び込める胸も今はない。体に合った制服を着ているというのに、息がうまく吸えない。
私は、エリクから貰った白手袋を握りしめた。中身のない抜け殻でも、これを身につけた彼の事を思い出せる。
「たった一日で、こんなにボロボロだなんて」
お父様には、問題ないと言い切った。
エリクが安心して任務に就けるよう、私は強くあらねばならない。
夕食は、部屋の前に用意させ、1人取ることにした。それはまるで、閉じこもっていた十年前に戻ってしまったみたいに感じる。
「んっ、ぅ」
胃の中から、時折飲み込んだはずのものが迫り上がってくる。それを必死で抑えた。
出してたまるもんですか。エリクが心配してしまう。
食事は健康の基本。根性で全て食べ終えた。湯浴みも道具の準備だけさせて一人で行う。
時間は掛かるけれど大丈夫、ちゃんと1人でできる。
そうして気合を入れて耐えるけれど……。
「はぁ……情けないわ」
あれから、学園で倒れたり、朝にはなかなか起き上がれなかったり、学園で他の生徒に向ける視線が怖い……など言われ、立派な淑女とはだいぶ離れていた。
せっかく来た縁談も「具合が悪そうだ、休んだほうがいい」とお相手と会っても早々に家に返されて終わってしまう。
どんなに美しく仕上げられても、相当不健康に見えたのだろう。後日届く手紙には、要約すると「病弱な嫁は受け入れられない。嫁いできてから何かあっては…と思うと荷が重い。純粋に、上手くやっていける気がしない」という旨を遠回しな文章で綴られて届く。
猶予までに決まるどころか、最終的にお父様が決めると言った相手とすら上手くいくかも怪しい。
「公爵家の地位があってもダメって……相当だわ」
私は、毎晩…ベッドの上で白手袋を胸に抱き、溜息が出るのだった。
◇ ◇ ◇




