贈り物の交換を。
「……交換。承知いたしました」
エリクは答えたものの、一瞬、困惑したように視線を泳がせた。主人への贈り物に相応しい品、更には身につけているものとなると考えつかないのだろうか。
「……申し訳ございません、お嬢様。あいにく、お嬢様のリボンに釣り合うような品を、私は持ち合わせておりません。私が持っているものなど、どれも従者としての備品にすぎず……」
「身につけていたリボン一本にどれだけの価値があると言うの。考えすぎよ。」
どことなく悲しそうにする彼の手を、私は迷わず取った。
指先を絡めるようにして引き寄せ、自分の手を重ねる。
「これが良いわ」
それは、彼の手を包む白手袋。
彼が従者として私の隣に立つ際、常にその身の一部としてあったもの。泥にまみれていた少年の手が、いつしか私のエスコートに相応しい従者となった証。
「このような、ただの消耗品を……」
「これがいいの。貴方が私を支え、守ってきた手の代わりに。これ以上に価値のあるものなんて、私には思いつかないわ」
私の断固とした言葉に、エリクの瞳が大きく揺れたように見えた。
彼は観念したように、自らの手袋に指をかけた。ゆっくりと引き抜かれたそれは、主人の肌に触れることを許された唯一の布地だ。彼はそれを差し出してきた。
…けれど、それだけでは受け取る気にもならない。
「これを渡す前に、何かを忘れているのではなくて?」
私はあえて冷ややかな、試すような視線を彼に向けた。
エリクは、私の真意を測るように目を細めると、やがて何かを悟ったように頷く。
「……失礼いたしました。お嬢様の仰る通りでございます」
彼はゆっくりとその手袋へ、自らの唇を寄せる。私と同じように…いや、それ以上に長く、濃密な沈黙がそこにはあった。
「私のすべてを、こちらに。お嬢様、お受け取りください」
今度こそ、しっかりと受け取った。
白手袋を外されたその手には、私のリボンが優しく握られている。互いの手に収まるそれらは、本来なら持つことのない品々。
それぞれの手に小さく収まりながらも、異質な存在感を放っていた。
私は、彼の身が安全であるように願い、リボンに願掛けをした。エリクは、何を願ってくれたのだろう。
私は、その手袋を胸に抱きしめる。
離れたくない……離したくない気持ちを、その手袋へ八つ当たりでもするようにキツく。柔らかな布地の奥に、その温もりが残っているようで、少しだけ気持ちを鎮めてくれる。
そんな私を、彼は静かに、何も言わずに見ていたのだろう。ふと、その視線に気がついたら気恥ずかしくて、慌てて言葉を探す。
「……貴方がいない間も、最高の淑女でいるわ。次に会う時は、美しすぎる花嫁姿に驚きすぎて腰を抜かす時よ。」
「楽しみにしております。お嬢様の隣に立つお方は、この世界で一番の幸せ者でございます」
「まぁ…そうよね?」
エリクの社交辞令にウンウンと大袈裟に頷き、胸を張って見せる。必死に取り繕い、軽口を言うけれど「その時、一緒に来てくれるのよね?」とは聞けなかった。
叔父の領地へ向かい、お父様の駒として動かなければならない彼にそれは不可能だから。主の意向に背けば、それこそ彼を罪人にしてしまう。
「それでは、失礼いたします。」
「そうね、下がっていいわ」
軽く言葉を返した。まるで、明日もそこにいるみたいに…。
エリクはアッサリと部屋を去っていく。これくらいのほうが、今の私たちにとって良いのだと思う。深く言葉を交わせば、きっと私はもっと我儘を言うだろうから。
カチリと静かな音を立てて閉まった扉。やがて、静かに気配が遠ざかっていった。
部屋には、紅茶の残り香と私の胸の中にある手袋の温もりだけ残される。
私はゆっくりと崩れ落ちるようにベッドに腰を下ろし、預かった白い布地に顔を埋める。
「……貴方がいない世界で、どうやって息をすればいいの」
不安で、既に指先が震えてしまう。その指先を手袋と共にギュッと押さえつけ、心を落ち着かせる。
明日から始まる、安らぎのない眩しすぎる世界。
彼の欠片を握りしめ、1人で戦うしかない。それでも死別したわけではないのだ。エリクには、そのうち会えると分かっている。それが、いつになるかは分からないけれど…。
それでも、その時を心待ちにしていればきっと…私は、狂わずにいられる。
◇ ◇ ◇
最近忙しく、毎日1話だけで申し訳ないです。もし良ければ、☆評価やリアクションを頂けますと励みになります。




