エリクとの出会い。
扉の向こうで侍女が息を呑む気配がした。
無理もない。
既に6日間ほど、誰の顔も見たくないと閉じこもっていた令嬢が、突然「あの子を連れてきて」と口にしたのだから。
「あ、あの……お嬢様。あの子とは、今、中庭で作業をしている……下働きの少年のことでございますか?」
「たぶん、そうよ、いいから早くして。あの子供がいなくなってしまうわ」
私の必死な訴えに、屋敷内は騒然となった。
やがて、数十分が過ぎた頃。控えめなノックの音とともに、扉の向こうから従者の困惑したような声が響いた。
「お嬢様、連れてまいりました。こちらの少年でしょうか。」
侍女が話す声と、震える少年の微かな声が扉の向こうから聞こえた。少し扉が開いたかと思うと、その隙間から少年が無理矢理押し込まれ入ってくる。
部屋にやってきたのは、泥にまみれたままの少年。
くすんだ色の髪は乱れ、頬にはさきほど転んだ時に付いたのであろう土が残っている。着ている服も、貴族の華やかさとは無縁の、粗末で色の落ちた作業着だ。
彼が、恐怖に震えるような様子で顔を上げた。
その瞳は、宝石のような輝きもなければ、ガラス玉のような空虚さもない。ただ怯え、けれど必死に今を生きている「人間」の光を宿していた。
怖くない
怖くないわ!
感動する気持ちを抑えて、少年に話しかけた。
「……ごめんね、急に呼んで怖い思いをさせてしまったわね。」
「えっ!?ぁ…うん」
少年を安心させるように声を柔らかくして告げる。その汚れた袖をぎゅっと掴んだ。
「お願い……私の側にいて欲しいの。」
少年は、目を丸くして固まっていた。
彼の腕からは、陽に焼けた肌の熱と、労働の後の少し泥臭い、けれど確かな生命の匂いが伝わってきた。
「……あ、あの……お嬢様?ですよね。 汚れます、……」
「いいの。暫くジッとしていなさい。……いいえ、少し話し相手になって貰おうかしら」
戸惑いながらも、私を突き放すことなく、少年は消え入りそうな声で答えた。その声の震えさえ、私には愛おしく感じられた。
それからだった。
両親は彼を私の「専属」として召し抱えることを決めた。彼のいた商会と交渉したらしい。働き手を引き抜くのだから多分大きなお金が動いただろう。
名前はエリク。
私より年は下だろうけれど、私よりもずっと厳しい世界を生きてきた少年。
そうしてやって来たエリクに最初に与えられた仕事は…
「ゆ、あみ!?僕が、お嬢様の!?」
一旦、扉の外へ呼び出されたエリク。部屋の外から、驚く声が聞こえた。彼に与えられた初めての仕事は、私の湯あみ。他の侍女たちが近づくだけで悲鳴を上げてしまう私に、お父様たちが出した苦肉の策だった。
目を閉じたまま、エリクに手を引かれて浴場へやってくると、一見すると二人きりの空間が出来上がっていたが、壁際に不自然に置かれた衝立の後ろには侍女が待機してくれていたそうだ。
「お嬢様、熱くありませんか…」
浴室に立ち込める白い湯気。
エリクは、慣れない高級な石鹸の香りに鼻をムズムズさせながら板の向こうにいる侍女の指示を聞き、奮闘してくれている。今は私の髪を洗おうとしていた。
その手は、先ほどよりもずっと激しく震えている。
◇ ◇ ◇




